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038 最後のセーフエリア

「ルシアス君、無理ですよこれ! 無理無理、上昇!」


「分かってる!」


 ルシアスは何度も着陸を試みるが、上手くはいかなかった。

 草原がすぐ傍に迫ると、怖くなって高度を上げてしまう。

 コックピットからだと、地面までの正確な距離が掴めなかった。


「まずい! もう燃料がないぞ!」


「そんなーっ!」


「仕方ない、かくなる上は……」


「かくなる上は!?」


「コイツに頼ろう!」


 ルシアスが取り出した物。

 それは困った時のスマホ――ではなく、説明書だった。


「えーっと、Q&Aコーナーは……」


「ちょっとー! こんな状況でQ&Aコーナーですか!?!」


「仕方ないだろ! 為す術がないんだ! 一縷(いちる)の望みに賭けろ!」


 ミオは「神様お願いします!」と祈りを捧げる。

 それが神に届いたわけではないが、ルシアスは発見した。

 対処法を。


「ミオ、横にある赤いボタンを押すんだ」


「このボタンですか!?」


 明らかに「押すな危険」と言いたげなボタンを指すミオ。

 ルシアスは「それだ」と強く頷いた。

 彼の隣にも同じボタンがある。


「押すとどうなるんですか!?」


「あわよくば生きる!」


「あわよくばぁ!?」


「信じろ、異世界のメカニズムを!」


「わ、分かりました……!」


「せーので同時に押すぞ!」


「はい!」


 ルシアスは深呼吸して言った。


「せーの!」


 ポチッ。

 二人が赤いボタンを押す。

 その瞬間、コックピットが自動で開いた。

 同時にヘルメットの中では機械音声が流れる。


「ルシアス君、ベイルアウトってなんですか?」


 機械音声の言う「ベイルアウト」の意味を尋ねるミオ。

 それに対してルシアスは「それはな……」と笑いながら答える。


「こういうことだ!」


 次の瞬間、二人の座っている座席が排出された。

 戦闘機は力なく降下していき、草原に墜落して爆発する。


「なな、なんですとー!?」


「まだまだこれからだぜ。俺たちの椅子には仕掛けがたくさんだ」


 椅子の底面からロケットが噴射され、落下の速度を大きく緩める。

 ロケットの推進力が弱まるのに合わせて、パラシュートが開いた。


「なんだか凄いことになってますよルシアス君!」


「これがベイルアウト――緊急脱出だ!」


 ルシアスたちが押した赤いボタンは緊急脱出装置だ。

 諸々の理由でマシントラブルに陥った際に使用される。


「一か八かの賭けだったが上手くいったな」


 緩やかに近づく地面を眺めながら、ルシアスは安堵の笑みを浮かべた。


「うわぁぁぁん! こんな怖い思いは二度とゴメンですぅ!」


 ミオはびーびー泣いていた。


 ◇


 なんだかんだで49階を突破した二人は、50階にやってきた。

 50階のセーフエリアには誰もいない。

 まずは適当な場所にテントを張り、腰を下ろしてのんびり一休み。


「もうクリアした人とかいるんだろうなぁ」


「私たちより先に41階へ行ったPTがありましたもんね」


 自分たちが最速で50階に到達したとは知らない二人。

 彼らよりも先に41階へ突入したPTは、例外なくリタイアしていた。


「いよいよ次で最後だな」


「どんな敵が待ち構えているんでしょうねー?」


 他所のPTが見たら驚きを禁じ得ない呑気さだ。

 疲れている様子は微塵もなく、ほのぼのさすら漂っていた。

 現に二人はピクニック気分でこの場にいる。


「きっとドラゴンだぜ、ドラゴン」


「ドラゴン!? 最低でもB級ですよ!」


「塔に挑めるのはC級までだし、流石にB級の敵はいないか」


「そうですよー!」


 そんなことはない。

 彼らは既にB級の敵を何度も倒していた。

 中には下級のドラゴンに匹敵する強さの敵もいたほどだ。


「それにしてもさ」


 ルシアスはスマホを取り出した。


「コイツがなかったら、俺たちはひっでぇ人生を歩んでいただろうな」


「ですね……。でも、どうしてそんなすごい物を拾えたのでしょうか」


「そりゃアレだ。俺があまりにも才能がないからだよ」


「ルシアス君って、それほど酷かったんですか?」


「そういえば、剣で戦っているところを見せたことがなかったな」


「はい」


 ルシアスは目を瞑り、スマホを拾う前の自分を思い浮かべる。

 フリッツのPTで無様な日々を送っていた頃を。


「スライムゴブリンをソロで倒せないのは当然として、ゴブリンにも苦戦していたからな」


「そうなんですか!?」


「剣の腕がすげー悪いんだ。筋トレなんかもして軽々と振り回せるように励んだこともあったが、まるでダメダメでな。それになにより、俺は敵の動きを読むことができないんだ」


「あー、それ分かります! なんか他の人は敵の僅かな動きや息づかいで動作を読みますよね!」


「それそれ。俺にはそれができなくてさ。ついでに言うと仲間の呼吸に気を配ることもできなかった。だから囮としてもまともに機能しなくてな」


「なるほど……。私もそんな感じだったなぁ」


 ミオも昔を思い返す。

 ルシアスほどではないが、彼女も報われない努力をしていた。

 才能の差に潰された人間だ。


「だがまぁ、俺たちはコイツを手に入れた。才能がないせいで努力は報われなかったが、幸いにも運には恵まれている。コイツを拾ったことは、努力に対する神様からのご褒美なんだと思っているよ、俺は」


「それ、とてもいい考えですね!」


「だろ?」


 ルシアスは小さく笑って立ち上がる。

 新たに召喚したスポーツドリンクを飲み干して休憩終了だ。


「ついに残すは51階だけだ。もちろん挑むよな?」


「はい! 落ちこぼれじゃないところを証明してやりましょう!」


「もちろんだ!」


 二人は黒いゲートを進み、最後のフィールドに向かった。

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