035 不気味な40階
ルシアスたちはあっさり対岸の館に到着した。
そこでテレシアから増幅器を受け取る。
「本当にお休みにならなくて大丈夫なのですか?」
館のすぐ外でテレシアが尋ねる。
彼女の目は真っ直ぐミオを捉えていた。
蛇のようなねっとりした視線だ。
「け、結構ですーっ!」
ミオは全力でお断りし、テレシアに背を向けた。
目の前には黒いゲートが佇んでいる。
「すまんな。俺としてはゆっくりしていきたいが、相方がこのように言っている以上はお別れだ」
「それは残念ですわね……」
テレシアは気配を殺して近づくと、背後からミオに抱きつく。
そして、ミオの体をいやらしい手つきで撫で回しながら言った。
「旅の疲労、ここでなら癒やしていけるというのに」
「ミオー! 直ちに泊まろう! 直ちにだ! 俺は続きが観たい!」
「やだー! 私はルシアス君が――」
そこでミオの言葉が消える。
彼女は喚きながらゲートの中に突っ込んだのだ。
テレシアだけ転移することなくゲートをすり抜けた。
「おいおい、ミオ、待てよ!」
ルシアスは急いでゲートに向かう。
「ルシアス様、ありがとうございました」
「こちらこそサンキューな! じゃ!」
慌ただしい別れとなった。
◇
はちゃめちゃな展開に見舞われたものの、どうにか40階に到着。
いよいよ最終局面が近づいてきていた。
「30階もそうだったが、この階は特に人が少ないな」
「この調子だと50階は誰もいなくなるんじゃ?」
「ありえる」
40階には、ルシアスたちを含めても31人しかいなかった。
14人PTと15人PT、そしてルシアスたちだ。
「チィッ、ここらが潮時か」
「さすがに31階からはきつかったぜ」
片方のPTが撤退する方向で話をまとめている。
それを聞いたもう一方のPTが話しかけた。
「戻るなら余った物資を譲ってくれないか? 金なら払う」
「それはありがたい。俺たちにはもう不要な物だからな」
「では商談といこうか」
両PTの代表が話を詰めていく。
その間、ルシアスたちは角のスペースにテントを張っていた。
今日の狩りは終了だ。
「これだけ広い空間にこの人数だと寂しくなりますねー」
「だなぁ」
そんな話をしている間にも、他のPTには動きがあった。
「じゃ、頑張ってくれ」
「ありがとう、お疲れさん」
片方のPTが白いゲートを通ってリタイアした。
そして、もう片方のPTは黒いゲートへ進む。
「いよいよ俺たちだけになったな」
「なんだか寂しいですね……」
「ま、人が少ないなら少ないでいいさ。存分に活用しよう」
「と言いますと?」
「こういうことさ!」
ルシアスはテントの横に縦長の長方形の箱を召喚した。
四方に黒いフィルムが張られていて、中が見えない。
フィルムの張られた面の一つには扉が付いている。
「なんですかこれ?」
「シャワーさ」
ルシアスが「ほら!」と扉を開けた。
彼の言う通り、中にはシャワーが備わっていた。
「見たまんま〈シャワーボックス〉って名前だ」
「わー! 最高じゃないですか! 私、ずっと体を洗いたかったんですよ!」
「だろー? 俺もさ。着替えも買ってやるからさっぱりしようぜ」
「はい!」
周囲に人がいないのをいいことに、ルシアスたちは色々と設置する。
シャワーボックスは同時に使えるよう二つ並べ、その前は脱衣所にした。
さらに脱いだ服が洗えるよう洗濯乾燥機まで設置する。
それだけに留まらない。
別のスペースにはソファやベッドを設置する。
ついでに絨毯を敷いて、それなりに立派な部屋にした。
最後にそれらを扉のない壁で囲む。
セーフエリアの壁と似た材質で、天井までそびえ立つ高い壁だ。
一見すると壁の向こうにルシアスたちがいるとは分からない。
これで完成だ。
セーフエリアの一角がルシアスたちだけの住み処になった。
「さ、流石にこれはやり過ぎでは?」
「大丈夫大丈夫! どうせ大して人がいないんだし!」
「それもそうですね! ではシャワーターイム!」
「おうよ!」
二人は上機嫌でシャワーボックスに入る。
気持ちよくてつい鼻歌を口ずさんでしまう。
そんな時、40階に新たなPTが現れた。
「よし、今日はここまでにするか」
「そうだな、もうヘトヘトだぜ」
そのPTはルシアスたちに気づかず、テントを設営し始める。
だが、ほどなくして異変に気づいた。
「あそこの壁からなんか聞こえてこないか?」
メンバーの一人が言う。
「たしかに……。水の流れる音も聞こえるな」
全員で壁に近づく。
壁の向こうからはルシアスたちの生活音が漏れていた。
「やっぱりそうだ、壁の向こうになにかいるぜ」
「ここの壁だけなんだか出っ張ってるし不気味だな」
「もしかしてセーフエリアにも魔物が出るようになったのか?」
「わからねぇ。わからねぇが、これじゃ安心して眠れないぞ」
「だな……」
こうして連中は荷物をまとめて41階へ向かう。
その後もいくつかのPTが40階に着いたが、誰もが同じように去っていった。
この階まで来られるベテランだからこそ、不透明なリスクはしっかり避ける。
「シャワーにDVD、いやー、極楽だなー」
「これで明日もシャキッと元気に戦えますね!」
他者の動向を知る由もないルシアスたちは、楽しく夜を過ごすのだった。




