024 自動車事故
その日、ルシアスとミオはアポロタウンの近くにある草原を爆走していた。
――オフロードに対応した四輪駆動車で。
「すごいスピードですよルシアス君! わー! ひゃあー!」
「うはははは! これが異世界のマッスィーン! 自動車だぜ!」
ルシアスは車の窓を全開にしてかっ飛ばす。
ハンドルを左右に回転させて、ジグザグ走行で走り回る。
いつ転倒してもおかしくない危険な運転だ。
転倒の恐怖を知らない二人は心から楽しんでいた。
この自動車は、当然ながら〈ショッピング〉で買った。
アクション映画に決まって登場することから欲しくなったのだ。
「次! 次は私に操縦させてくださいよ! 潜水艦だってルシアス君しか操縦しないままだったんですから!」
「おう、いいぜ」
車を停めて運転手の交代だ。
ミオが運転席に着く。
ルシアスは助手席から操縦方法を教えた。
「この長いペダルを踏めばいいんですね!」
「そうだ」
「えいっ」
ブオオオオ!
エンジンが唸りを上げ、車が走り出す。
あっという間に時速80キロへ到達した。
「わー! 面白い! 風が気持ちいいですよー!」
「車ってすげー! たっまんねー!」
二人の歓喜の声が草原に響く。
草原にはスライムや動物が棲息しているが、二人の付近にはいない。
縦横無尽に暴れ狂う車に恐怖を覚えて逃げ出したのだ。
「なんだあの鉄の塊」
「さぁ? どうせどこかの発明家が作ったおもちゃだろ」
「にしてもあの速度で動く鉄の塊は恐ろしいな」
「どういう原理で動いているのだろうな? 増幅器かな」
「さぁな」
城壁の上で見張りの衛兵たちが眺めている。
代わり映えしない草原を眺め続けるよりは退屈しのぎになった。
「よし、ミオ、あっちに行こう。ゴブリンをペシャンコにするんだ!」
「わっかりましたー!」
車がルシアスの指示した方向へ進む。
草原を出て雑木林にやってきた。
そこには多くのゴブリンが屯していた。
「ゴブ?」
「ゴブブ?」
突如として現れる車に気づくゴブリン。
なんだあれはと首を傾げた後――。
「ゴブゥウウウウウ!」
――慌てて逃げようとする。
よく分からないがとにかくまずいと思った。
大きな鉄の塊が猛スピードで突っ込んでくるのだから当然だ。
「踏み潰せ、ミオ!」
「あいあいあさー!」
ゴブリンの身体能力は決して高くない。
それに知能も低いため、馬鹿正直に真っ直ぐ逃げる。
あっと言う間に大半が轢殺された。
「おー、車で轢き殺してもポイントがチャージされるようだ」
スマホを眺めながらルシアスが言う。
「最高じゃないですか! 銃で撃つより楽しいですし!」
「とりあえず手当たり次第に轢きまくっていくか」
「わっかりました! でも、魔石の回収はどうしますか?」
「あとで拾えばいいだろ」
「了解です!」
その後もミオは一方的にゴブリンを踏み潰していく。
――と、思いきや。
「ゴブゥ!」
ゴブリンも馬鹿なりに反撃を仕掛ける。
木の上からダイブしてきた。
もう少し頭がよければ、ダイブではなく石を投げただろう。
とはいえ、この攻撃は思わぬ形でルシアスたちに恐怖を与える。
ダイブしたゴブリンがフロントガラスに当たったからだ。
バリッ! バリバリッ!
綺麗なガラスがヒビだらけになってしまった。
しかもダイブしたゴブリンが際の際で生き残っている。
そのため魔石にはならず、フロントガラスにへばりついていた。
大量の血を流し、意識を失いながら。
「ひぃいいいいいいい! 前が見えなぁい!」
悲鳴を上げるミオ。
「落ち着け、ハンドルの横のレバーを動かせ!」
「これですか?」
「そうだ!」
ミオが指示に従ってレバーを操作する。
するとワイパーがおもむろに動き始めた。
フロントガラスにへばりつくゴブリンが払い落とされる。
「これでよし」
安心したのも束の間のこと。
今度はパリィンとフロントガラスが割れた。
ガラスの破片が二人に降りかかる。
「うぎゃー、ルシアス君! ガラスが割れちゃいましたよ!」
「こりゃまずい、帰るぞ! 魔石は諦めろ!」
「はいぃぃ!」
ミオは車をUターンさせ、大慌てで来た道を引き返す。
どうにか雑木林から脱出したところで、二人は安堵の息を吐いた。
「一時は死ぬかと思ったな」
「本当ですよー! 車のガラスって脆いんですね」
「覚えておかないとな」
気を抜く二人。
だが、予期せぬイベントがまだ残っていた。
ゴゴゴォ!
地面が大きく揺れ始めたのだ。
それと同時に車が動かなくなる。
「ルシアス君、なんだかこの車……」
「浮いているぞ! ミオ、飛び降りろ!」
「は、はい!」
二人は車から飛び降りる。
そして、外から車を見て驚いた。
地面から生えた謎の角が車に刺さっているのだ。
「なんだなんだ」
と驚いている間にも地響きは続く。
そして、角より下の部分が地面からニョキニョキ生えてくる。
それは、巨大な塔だった。
「なんじゃこれー!?」
絶叫するミオ。
彼女の声に呼応するかのように、塔の頂点に貫かれた車が爆発する。
ガソリンが引火したのだ。
「ミオ、こんな時はどうするか分かっているな?」
「は、はい!」
二人は目を見合わせ、力強く頷いた。
そして――。
「逃げろぉおおおおおおおお!」
――全力でアポロタウンに逃げ込んだ。
なんだかやばい気がする。
そんな時は知らぬ顔、逃げるのが一番だ。
 




