drawing3
リモコンを置くと
藤岡は黙って瓦礫の山を見ていた。昨日まで浮かれていたのが嘘のように憂鬱だった。昨日に遡る。午前10時を周り、彼が海外赴任するところの送別会がいよいよ佳境にはいったころ、告げられたこと。思い出したくもなかったが、リフレインしていた。
大地震の地震速報である。実家の熊本が震度6弱の大地震に見舞われた。速報を見たときは現実感がなかった。藤岡はよいのさめないままテレビの画面に映し出された倒壊した家屋の瓦礫の山を見せられたかのようにじっと見つめていた。周囲の反応はそれに反して冷ややかだった。成人aは呟いた。これからって時によお。成人bも呟く。まったく気分が悪くなるぜ。
成人c「嫌だわ。せっかくの送別会なのに。縁起が悪い。」
「なあ藤岡?」
藤岡は答えなかった。
周りは訳がわからないといった面持ちでお互いを見合わせ、せっかく歓待してやったのにといわんばかり眉をしかめた
「ごめんなさい急用が入って」
藤岡は震える声で非礼を詫びた
「そう?残念ね」
友人らはそそくさと出て行った。
(あいつ、前から思ってたけど)
(変わってるよな)
bの声が扉越しに伝わってきたのを彼は耳にした。正確には、耳に入ってきたように思った。気が動転していたのかもしれないがそんなことはどうでもいいことだ。
一人になり目の前の事態に集中できるという安堵感が彼女を一瞬脱力させた。遠方で起こったショッキングな出来事に対峙しなければならない既成事実が彼女を我に帰らせた。
藤岡はスマホを取り出し単身赴任の夫に電話をかける
「おかけになった電話は現在つながりません」
背筋に悪寒が走った
男性の渋い擬似音声の反響がぷつりと切れる。
彼女の部屋はいま静寂と呼ぶにふさわしいだろう
彼女はクルマを手配し被災地より一番近くのホテルを予約し飛び出した。真夏の日照りとセミの声。触覚と聴覚が鈍く、不愉快に彼女を襲ったが、これは好都合だった。夫の安否を確かめたい気持ちから気が逸れた。