第二話 姫と専属医 その4
「レイさん大変失礼致しました。
私がザックスの好意に甘え、人脈を利用して貴女に会おうとした事は事実です。
貴女に会おうと努力している方々がいるにもかかわらず、軽率にも私だけ貴女に会いに来ました。
それは大変不平等な事で、卑怯と呼ばれても当たり前の行為です。
それをした事を大変申し訳無く思っています。
そしてもう二度とこのような過ちを犯さない事を誓います。
本当に申し訳ございませんでした」
そう言ってルイディアナは深々と謝罪のお辞儀をした。
「ザックス連れて来てくれてありがとう。さあこれ以上、お邪魔しないうちに行きましょう」
ルイディアナは優しくザックスに微笑みかけて、帰ろうと出口の方へとむき直す。
「待ちな、お嬢ちゃん」
レイは去ろうとするルイディアナの背に声をかける。
「上流階級の人間がこうも素直に頭下げるなんてね。それも卑しい身分の人間にさ」
鏡越しにルイディアナの動作、表情を観察していたレイは始めて笑顔をルイディアナに見せた。
「おまけに理由もわからずにただ頭を下げただけかと思いきや、ちゃんと理由もわかってるじゃないか。
上流階級の人間なんて糞ばかりかと思ってたけどアンタみたいなのもいるんだね。
ただの傲慢で世間知らずなお嬢様かと思ったら・・・アンタちょっと面白いじゃない」
レイは立ち上がると、自分よりもずっと背の低いルイディアナに手を差し出した。
「・・・え?」
「手を出されたら普通握手だろ?」
レイは笑いながらルイディアナの小さな手をとり勝手に握手した。
「これでアンタは私の知り合いだ。アンタがどういう人間か興味があるから、また会いにきな。暇な時なら相手してあげるから」
「あ・・・ありがとう」
びっくりしながらもルイディアナはお礼を言う。
「はー、いやーどーなる事かと思ったが。良かった良かった」
それまで2人の成り行きを傍観していたザックスが、わざとらしく大きな拍手をした。
「いやーしかし、レイなんでお前はコイツが上流階級の人間だってわかった?
今来てる服なんてどう見ても上等なもんじゃないだろ?」
「そんな事、所作を見ればわかる。
歩き方、立ち方どれを見てもちゃんと教育を受けた者の動きさ。
たとえボロ布一枚しか着てなくても簡単に見分けぐらいつくよ」
「凄い観察力なのね」
「まぁ見て来た人の数が違うからね」
レイは軽く肩をすくめて、たいしたことでも無いと言うように言い放つ。
「ああ、そうだ。
お嬢ちゃん名前は?」
話が一段落し、レイは椅子に座り直し化粧を再開したが
ふと思い出したようにルイディアナに尋ねた。
「私はルイ・・・」
「ルイ!コイツはルイって言うんだ!」
本名を言いかけたルイディアナをザックスは慌てて言葉を被せる事で遮る。
「ルイ?男みたいな名前だね」
「お前もだろーが」
とっさについた偽名にレイは不振そうな顔をするが、ザックスのツッコミに「あぁ」と苦笑しながら納得した。
「お嬢ちゃん、一応名前は覚えといてあげるよ。まあ名前を呼ぶ事は無いだろうけど」
化粧箱をパタンと閉じながらレイは冷たく言い放つ。
「ほんとお前はひねくれているな」
レイの性格を知っているザックスは苦笑する。
「ありがとうございますレイさん。
とても楽しい一時でした」
そしてルイディアナは、そんなレイの態度も気にせず最高の笑顔でお礼の言葉を送る。
「こちらこそ」
レイのその言葉を最後に、ザックスとルイディアナは控え室を後にした。
「今日はありがとうザックス!とても素晴らしい1日だったわ!」
控え室を後にし、すっかり冷めきったパンを食べるため屋台前にある食事用の机に座ったルイディアナは、正面に座ったザックスにお礼を言う。
「そう言ってもらえると連れてきたかいがあった」
ザックスは照れ隠しに豪快に笑う。
「ほんとはもっと色々連れてってやりたいんだがな。
まあ、これ以上遅くなったら怒られそうだし
それ食い終わったらそろそろ帰るか」
「そうね。ルッツに怒られちゃうもんね」
そう言って悪戯っ子のように笑うルイディアナのちょっと離れた後方には護衛騎士の姿があった。
「ルッツにも、な」
護衛騎士の心情に気づいているザックスは苦笑いを浮かべた。