第二話 姫と専属医 その1
「たっく、どこのどいつだ?
うちの可愛い姫さんにこんな事をしたヤツは!」
医療室で白衣に似合わぬ無精髭をはやした男が、ルイディアナの腕についた沢山の痣を見て声を荒げる。
「先月雇ったばかりの作法の教師ですよ。
まあもう辞めましたが」
付き添いのルッツが王室専属医であるザックスに説明する。
「あたりまえだ!生徒に怪我させなきゃ物も教えられんような教師は辞めちまえ!」
乱暴な言葉をはきながらルイディアナの手当は優しく丁寧にほどこす。
「でも、そこまで悪い先生じゃないの!ただちょっと私が物覚えが悪いせいでこうなっただけで・・・」
「姫さんも姫さんだ。
痛いなら痛いとちゃんと主張しろ。
怪我を放っておくと、とんでもない事にだってなるんだからな」
「うう、はい」
しみる消毒液を足の傷にぬられながら姫は素直にうなづく。
「さて腕や足以外はもうないか?」
「・・・」
ザックスの質問に即答せず黙り込むルイディアナ。
「あるみたいだな。どこだ?」
沈黙が答えとなりザックスは眉をひそめる。
「背中と・・・お腹」
言いにくそうに小さな声でつぶやくルイディアナ。
それを聞いた瞬間、ザックスとルッツの顔は険しいものへと変わった。
「どうやら体罰って言葉じゃおさまらないみたいだな」
「本来なら王族に手をあげたとなれば死罪なんですけどね」
「姫さん今からでも遅くないぞ。処罰を変えた方が良い」
「だ、大丈夫!全然たいした事ないから!!」
恐ろしい形相の二人がとんでもない事をしでかしそうな気がしたルイディアナは慌てて首をふる。
「姫さんの言葉だけじゃ信じられないからな。
おい!レオナはいるか!!」
「はい」
ザックスの呼び声に、カーテンで仕切られたベット室から無機質な女性の声で返答があった。
「ちょっとそっちで姫さんの傷を見てくれ」
「はい」
ルイディアナはザックスに背中を押され、自分の意思とは反しながらカーテンの向こうへと移動した。
「脱いで下さい」
カーテンの向こうには背中までの長い黒髪を首下で束ねた白衣姿の女性、レオナがいた。
レオナに言われるまま衣服を脱ぐルイディアナ。
「背中に鞭で叩かれた痣が三か所。
あばらのあたりを棍棒で殴られた痣が左右に一ヶ所づつ。
肩に本のような角で叩かれた痕が一ヶ所あります」
淡々とした声でカーテンごしに報告するレオナ。
「思っていた以上だな。
ちょっと、ヤッってきていいか?」
「自重して下さい。姫様はそれを望まれていません」
物騒な事を言うザックスに制止の声をかけるルッツだが、彼の声もまた怒りで震えていた。
「レオナ手当してやれ」
「もう完了しました」
手際のよいレオナはすでにルイディアナの処置を終えていた。
そしてしばらくすると衣服を着直したルイディアナが、カーテンを横に引きながらザックス達の前に姿を現した。
「姫さん、しばらく休め。
最低でも3日は予定を入れないように。
出来るなルッツ?」
教育係兼姫の予定管理をしているルッツは当り前と言うような顔で頷く。
「で、でも・・・」
「でももかしこもねぇ!そんな体中痣だらけで一カ月も普通に生活してたんだ、心身ともに負荷が多すぎる。
いいな、体と心の傷を癒すためにも何もしない時間が必要なんだ。
これは医者としての見解だ」
姫としての勉強だけでなく、外交などにも顔を出す義務のあるルイディアナは長期休暇する事に不安を感じていた。
しかしそれを専属医としてザックスが命令する。
「わかりました」
観念して頷くルイディアナに、ザックスはさっきまでの神妙な顔から一転してにやりと笑った。
「て事で姫さん、明日はヒマだな?
朝迎えに行くから何もせず待っていろ」
「え?」
「ちょっと待って下さい!どこに連れて行く気ですか?」
戸惑うルイディアナのかわりにルッツが慌てて尋ねる。
「いったろ姫さんには心の治療も必要だって。
そんな危ない場所には連れていかないから安心しろ。
ちょーっと息抜きに行くだけだ。息抜きに、な」
ザックスはとてもただの息抜きに誘っているとは思えないほどの悪戯な笑顔で笑っていた。
「私も同行します」
「無粋な事言うなよルッツ。
俺と姫さんの逢引きの邪魔をする気か?」
「逢引きとか不愉快な言葉を使わないで下さい。
姫様、嫌なら嫌と断った方が良いと思います」
「んな事言ったら姫さんが不安な顔するだろーが。
冗談だよ冗談!
姫さん楽しいとこ連れてってやるから大人しく待ってな」
「うん!ありがとうザックス!」
ザックスは口は悪いが人として道を外す事は絶対にしない性格であるのを知っているルイディアナは、快くその誘いに頷いた。