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わたくしの夢現

 そこは何もない、白い部屋でした――――ここは、どこなのでしょう。

 確かわたくしは、現れた刺客からお兄様を庇って……気を失った……のかしら。けれどあの痛みは、あの冷たい感覚は、まるで。


「やあ、エイル・エーデルヴァイス・ハルメニア・ノルンヘイム」


 振り向くと、一人の女が立っていました。長い髪に理知的な瞳を持つ、見知らぬ女です。

 裾の長い、白い上着を羽織ったその女は、まるで旧知の仲のように親しげな笑みをわたくしに向けていました。


「貴方は……?」

「私かい? 私のことは……そうだな、観測者とでも呼んでくれ。これは我々(・・)という集団そのものを示す名をこの世界の言葉に直したものなんだ。恐らく私の個人名は、君には聞きとることも発音することもできないだろうからね。この世界の人間では発声できない言葉だし、該当する訳も存在しないから、観測者としか名乗れないんだよ」

「まあ。それはそれは、変わったお名前ですこと」


 変な人。今わの際に、妙な夢を見るものです。


「私は観測者達の総意のもと、君の前に現れた。これから私が話すことを聞く権利が君にはあるが、姿勢は半信半疑でも構わない。ただ、表面上だけでも真実だと仮定したうえで聞いてほしいんだ。どうせ私の話が終わるまで君はここから出られないんだし、暇つぶしとでも思って相槌を打ってくれたら嬉しいな」


 観測者と名乗ったその女は、一方的にそんな要求をしてきます。恐らく彼女は自分主導での対話がしたいだけで、それ以外の話題に関してはどうでもいいのでしょう。彼女の話したいことに関係のないことを尋ねようとも答えが返ってこないのは、そのせかせかした態度から明らかでした。


「どんな世界にも、運命というものがある。これは大まかな筋書きのようなものだ。人は無自覚のうちにその運命に従い、定められた通りの歴史が紡がれていくのさ。……だが、稀に空白とも呼べる時代があってね。この時代には、筋書きと呼べるようなものがない。空白の時代は、いわば次の時代までの帳尻合わせのためのものだ。空白の時代の中で未来は分岐し、次の時代へと繋がっていく」

「はぁ……」


 急になんだというのでしょうか。世界とか、運命とか。まるであの物語みたいです。


「運命の分岐は、この空白の時代にのみ確認される現象だ。空白の時代に生まれる特定の人物が起こせる現象、と言ったほうが正確かな。様々な世界のあらゆる歴史を観測した結果、我々はこの人物達の存在に気づいた。そしてこの人物達を“羽搏(はばた)く者”……あるいは主人公と呼称し、彼らが持つ運命に干渉できる力に目をつけたんだ。“羽搏く者”は空白の時代に生まれる、ならば“羽搏く者”がいる時代は――空白の時代と、呼べるのではないかな?」


 この仕組みを利用すれば後天的に空白の時代を生み出せる、と観測者は楽しそうに笑っています。

 鶏が先か卵が先か、というお話なのでしょうか? どうしてわたくしは、そんな難しいお話を聞かされているのでしょう。


「空白の時代とやらを生み出す、というのは……その、“羽搏く者(しゅじんこう)”というものを人為的に生み出す、ということでしょうか。だって、もともとが空白でない時代だというのなら、彼らはそこには存在していないはずですもの」


 けれど、この白い部屋には観測者とわたくし以外誰もいませんし、何もありません。観測者が満足するまで付き合うしかなさそうです。

 観測者は、表面上だけでもこの話を信じるように言いました。仕方ないので、それに合わせてあげましょう。

 わたくしの妄想か、それとも何かひとならざるものなのか。観測者はどう考えてもまともな人間ではありませんでした。方法はわかりませんが、摂理を嗤いながら捻じ曲げることもできてしまうのでしょう。


「その通り。空白ではない時代の世界には、運命を分岐させて筋書きに影響を与えるほどの波紋を呼べる人間は生まれない。我々にも予想しきれないような例外(・・)が出現する場合はあるが、それは“羽搏く者”とも違う存在でね。だからこそ、別の世界(・・・・)から人材を集めなければいけないんだ」


 観測者は指を一本ずつ立てながら、歌うように語ります。

 手順そのいち。対象となる世界を模して、箱庭を造り上げる。

 手順そのに。その箱庭の中に仮想の“羽搏く者”を配置する。そして箱庭の中で、観測者達が予測しうる限りの分岐の可能性とその歴史の終着までを展開させる。

 手順そのさん。造り上げた箱庭を、別の世界にばらまく。別の世界の住人に箱庭を与え、その中から実際の“羽搏く者”の適合者を探す。

 手順そのよん。見つかった“羽搏く者”の魂を、対象の世界へ連れていく。そしてその世界の住人として専用の器を用意し、その世界の住人として誕生させる――――

 ……あまりにも突拍子のない話です。それでも、この話をわたくしに聞かせることには、何かしらの意味があるのでしょう。


「後天的な“羽搏く者”の多くは、我々の予想通りの成果を上げてくれた。ある者は起きるべき悲劇を書き換え、またある者は悲劇の紡ぎ手となってしまったが……いずれにせよ後天的な“羽搏く者”でも運命に干渉するだけの力があると証明できたんだ、その性質や善悪や是非など問いはしない」

「……貴方がわざわざわたくしの前に現れて、そのような解説をしている。ということは、わたくしも無関係ではないのでしょう?」

「ああ。先も述べた通り、後天的な“羽搏く者”さえいれば空白の時代を創ることができると証明された。そこで次に我々は、空白の時代を取り消すことができるか実験することにしたんだ。そのためには、“羽搏く者”とは対になる者が必要だった」


 空白の時代は“羽搏く者”がいるからこそ成立するようです。それならば、“羽搏く者”の対になる存在を生み出せば、彼らが生み出す波紋に対する抑止力になるのではないでしょうか。

 空白の時代は、世界が備えている自浄作用のようなものです。恐らく、抑止力のような機構は本来ならば存在しないのでしょう。ですが、“羽搏く者”を意図的に用意できる観測者達なら、抑止力についても……。


「我々はそれを“繋ぎ止める者”と呼称した。“繋ぎ止める者”を生み出すために、いくつかの実験場(せかい)を使ってさっそく検証を始めたよ。検体は多ければ多いほどいい。それぞれ条件を変えた世界に“繋ぎ止める者”の試作品を用意し、その経過を観察したんだ。試作品を探す手順は後天的な“羽搏く者”とほとんど同じだったから、用意するのは簡単だったよ。必ずしも箱庭の中に仮想の“繋ぎ止める者”を配置しなければならないわけでもないし」


 観測者は得意げに胸を張ります。

 世界の運命。分岐する歴史(けつまつ)。それならば、わたくしが識る物語とは。


「先天的な“羽搏く者”がいる世界、そして後天的な“羽搏く者”がいる世界。両方に“繋ぎ止める者”を置いた結果、どちらの世界でもほぼ同じ結論が得られた――歴史の決定権は、より意志の強い者が握るんだ」

「……それは世界の真理です。当然の理でしょう。強いからこそ勝てますし、勝者は常に正しいんですもの」

「ああ。空白の時代において“羽搏く者”は変化を望んで波紋をもたらす。一方で“繋ぎ止める者”は、彼らが望む変化を拒む。“羽搏く者”が起こそうとする分岐は“繋ぎ止める者”によって阻まれるし、“繋ぎ止める者”が守ろうとする筋書きは“羽搏く者”によって破壊される。辿れる歴史は勝者が望んだひとつだけ。どちらかがどちらかに降らない限り、両者は常に対立した」


 先天的な空白の時代で“繋ぎ止める者”が勝った場合、“繋ぎ止める者”が新たな“羽搏く者”として未来を紡ぐ。そして“繋ぎ止める者”が望んだ通りの歴史が生まれ、次の時代へと続いていく。

 後天的な空白の時代で“繋ぎ止める者”が勝った場合、何の波紋も生まれないまま世界はあるべき運命を辿る。空白の時代などなかったかのように、歴史は定められた通りの姿で刻まれる。

 それが実験の結果だと、観測者は言いました。……けれど、そんなものはどうだっていいのです。


「“繋ぎ止める者”もまた、後天的な“羽搏く者”と同様に本来はその世界にいなかった人物だ。存在しえない、あるいは必要とされていないはずの抑止力になるんだから、それも当然だろう」

「答えなさい。わたくしは、どちらなのですか?」


 エイル・エーデルヴァイス・ハルメニア・ノルンヘイム。

 そのような名前の人物は、あの物語には登場していませんでした。

 きっと、本来ならばわたくしは、この世界に生まれ落ちることのなかった命なのでしょう――――その摂理を書き換えてわたくしを誕生させたのは、観測者達なのです。

 

「君は“繋ぎ止める者”だ、エイル・エーデルヴァイス・ハルメニア・ノルンヘイム」


 答え合わせは、とても簡単なものでした。

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