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私の凱歌

* * *


 夜の闇に紛れるようにして軍馬と駆ける。大陸解放軍を名乗る逆賊どもの本拠地は、私の予想した通りの場所にあった。一人たりとも逃がすなと騎士達に命じ、周囲を取り囲ませる。

 逆賊達は、よもや私達が今夜襲撃してくるなどとは思っていなかったようだ。偽情報に踊らされていると信じ込んで油断しきっていたらしく、制圧はあっけないものだった。


「そんな、どうして……どうしてここが……! お前達は西の砦を目指しているんじゃなかったのか!?」

「その程度の陽動すら見抜けないと思われていたとは心外だな。お前達の前にいる者を誰と心得ている?」


 西にある、とある砦はこの逆賊にとっての兵站として使われていた。連中の行動範囲や砦の周囲の様子から補給路を推察するのはたやすい。さらにこの数日にかけて、解放軍の幹部達が物資の補給のために砦付近に向かうという情報があった。だが、幹部達の居場所についての情報は我々をおびき寄せるための偽情報だ。そこで私は、あえて逆賊の活動が確認されていない地域を調べさせた。

 この作業はなかなか骨が折れた。逆賊どもはころころと拠点を変えているからだ。それでも、まったく被害が出ていない場所、あるいはしばらく被害から遠ざかっている場所を当たった。その中で最も疑わしかったのが、どこぞの貴族が所有しているこの屋敷だ。

 結果は大当たりだった。どうやら所有者の貴族の一族の者に、以前私が捕虜として処刑した敵兵がいたらしい。その時の恨みから解放軍に協力し、この場所を提供するようになったのだろう。恐らく資金や物資の支援もしていたはずだ。まったく、逆賊風情にそこまでするなら祖国に代わって身代金を全額支払えばよかったのに。

 後ろ手に縛られた逆賊どもは(ぬか)ずくよう騎士達に抑えつけられている。恐れを知らないような生意気な目がいくつも私を見上げていた。さて、どれから始末しようか。


「……む」


 不意に目が合ったのは、他とは違う表情の男だった。逆賊達の誰もが義憤に満ちた目をしているというのに、その男の目には愉悦が浮かんでいる。


「ハジメマシテ、国王様。ようやく会えたね、嬉しいよ」


 私と目が合ったことに気づいたのだろう、男は笑った。騎士達に取り押さえられ、私を前にしていてもなお、その男は余裕を失っていないようだ。外見の特徴からして、この男がフロディだろう。逆賊達の幹部であり、首魁の右腕とされている男だ。


「キミの傍に行けなかったから、ボクは外からキミを眺めることにしたんだ。キミを囲む輪の外すらも、キミを憎む声で溢れてた。カレらはその象徴さ、カレらの怒りは大きなうねりとなってキミを飲み込むはずだった」


 男は何かを言っているがどうでもいい。相手は逆賊だ、この私が対話をしてやる価値などないだろう。


「けれどカレらは失敗した。可哀想に、ああ、可哀想に。だから、代わりにボクがやってあげよう」

「なんだ……!?」


 瞬間、心臓を鷲掴みにされたような怖気が走った。冬夜の風を越えて骨身が凍る。

 騎士達の多くが膝をついてその場に崩れ落ちるが、逆賊達も白目をむいて口から泡を吹いている。変わらないのは、フロディだけだった。

 引き裂くような笑みを浮かべたフロディは騎士をはねのけ、拘束具を引きちぎって立ち上がる。その周囲に、ゆらめく深い闇が見えた。


「反乱ごっこは愉しかったよ。いい退屈しのぎになった、アリガトウ。だけどもう十分だ、そろそろ終わりにしてしまおう」


 フロディの姿が揺らいでいく。醜く悍ましい、異形の獣がそこにいた。膨れ上がった体躯は異臭を放ち、汚泥のようなものを絶えずごぽごぽと垂れ流している。


「……気に食わん。気に食わんぞ」


 私が恐怖していると? この、どこの馬の骨ともわからない輩に?

 だが、この足は地を踏みしめている。この目は世界を映している。この手はまだ、すべてを掴むことができる。それならば、屈するわけにはいかない。


「人に恐怖を与えていいのは、私だけだッ!」


 一閃。偽剣レーヴァテインは怪物の躰を断った。怪物が嗤い――――その声は、苦悶と驚愕の叫びに変わる。


「何故、何故何故何故何故!? 人の剣が、ボクに傷をつけられるはずがない!」

「よく吠えるじゃないか。獣の分際で何を勘違いしていたかは知らんが……ああ、いい啼き声だ」


 獣は何故か炎に包まれていた。その炎に焼かれ、獣は悶え苦しんでいた。舌を出して無様に這いつくばるそのさまは、幾分胸のすくものだった。

 かろうじて意識のある騎士達に指示を出し、気を失った者達を担がせて距離を取らせる。騎士達は証人となるだろう。獣風情とこの私、どちらがより畏怖すべき存在なのかの。


「苦しいか? 苦しいよなぁ? ならば赦しを請え、(わたし)の前で恐怖を与える者(しはいしゃ)僭称(かた)った罪の!」


 とはいえ、その巨躯でのたうち回られては邪魔だ。まずは四肢を斬り落とす。丹念に丹念に。どうやらこの剣が斬った箇所は炎に包まれるようだ。であれば、この穢らわしい塊も浄化されるだろう。


「驕るな獣。その目に恐怖を刻みつけてやろう。そして生命(いのち)の輝きを知るがいい」


 肉の灼ける音と壮絶な悲鳴とが混ざり合い、心地よい音色となって響く。それに鼻唄を乗せながら、獣の首を刎ねた。城に帰ったら、今の旋律で曲を作るとしよう。獣の死骸も持ち帰って、骨だけでも飾らせるか。人に化けるような珍しいモンスターならば、記念品にちょうどいい。まったく、思わぬ戦果を手に入れてしまったな。


*


 年明けこそ凱旋の最中に迎えたものの、戴冠式は滞りなく執り行われた。一般開放されている宮殿下の広場を一望できるバルコニーに立つと、そこにはすでに多くの民が集っていた。ノルンヘイムとヘズガルズ、二つの王冠を手に入れた私を、民達は歓喜に満ちた瞳で見上げている。賛美の声がやむことはなかった。

 民への披露と演説が終われば、次はリーヴァとの結婚式だ。リーヴァはすでに花嫁衣装に着替えて待っているだろう。宮殿の中に戻り、最低限の数の侍従だけ連れて控室へと急ぐ。すると回廊の奥に慣れ親しんだ顔が二つ見えた。


「おめでとうございます、お兄様っ! これで名実ともにお兄様はこの国の王……いいえ、大陸の皇帝ですわね!」

「エイル、もう歩いても大丈夫なのか?」

「お兄様の晴れ舞台ですもの、当然ご挨拶に伺いますわ!」

「止めたんだけど、この調子で聞かなくて……」


 侍女に支えられながらやってきたエイルは、私を見るなり嬉しそうにしがみついてくる。生まれた子は乳母に預けているのだろう。「あの忌々しい逆賊達をも掃討してくださったなんて」とエイルは陶酔した面持ちで呟いた。エイルと共に来たカイは、呆れた顔をしていたが。


「ほらエイル、シグはまだ予定があるんだからそれぐらいにしなよ。シグ、祝いの言葉は後でゆっくり言わせてもら……」


 不意に周りが騒がしくなった。カイも言葉を途切れさせ、不審そうに周囲を見回す。エイルも不安に思ったのか、しがみつく力が強くなった。


「シグっ!」

「危ない、お兄様!」

「ッ!?」


 突然エイルに横へと押しのけられて、「シグルズ王、覚悟!」何かが割れるような音と共に視界の端に紅が散り。急に空気が冷え切って、辺りがしんと静まり返った。


「う……嘘だろ……間に合わ……なかっ……た……?」


 静寂を破ったのは、絶望に染まるカイの声だった。

 私が先ほどまでいた場所のすぐ後ろに、大きな氷の柱があった。その中には一人の若い男が囚われている。剣を手にした騎士のような風貌のその男は、しかしノルンヘイムの人間ではない。確か、つい先刻ここに来たばかりの、イズンガルズの皇女が連れてきた従者の一人だ。名をゼードとか言ったか。男の持つ血に染まった剣だけが、氷から飛び出てだらりと垂れていた。


「エイ……ル……?」


 ゆっくりと呼びかける。可愛い私の妹、倒れ伏す彼女の首から腹部にかけて大きな穴が開いていて、そこから紅い血が、とめどなく。


「エイル、エイル! しっかりしろ!」

「破魔の剣……そうか、それで防護の魔術が……。だけどどうして、どうして僕は、肝心な時に……!」


 慌てて抱きかかえ、傷口に手をかざしても治癒の秘跡は発動しない。本来の所有者たるエイルが死んでしまったからか? ……違う。治癒の力はまだ私から失われていない。効果がないのは、死者を生き返らせることができないからだ。それができるのは――――

 こうしている間にも、腕の中のエイルのぬくもりは徐々に失われていく。慌てて駆けつけてきた廷臣達に侍従がしどろもどろになりながら事情を説明していた。


「シグ、おねがいだ、おねがいだよシグルズ! 僕の願いは君の願いの邪魔をしてしまうかもしれない、それはあってはならないことだ、だけどどうか、どうか、エイルを……エイルを、生き返らせてくれ……」


 しゃくり上げながらもカイは懇願を続ける。不老不死と蘇生の力を持つとされる、イズンガルズに伝わる宝玉。それさえあれば、エイルを生き返らせることができるはずだ。

 私がそれを探していたのは、母上を生き返らせるためだった。もう顔も声も温度も覚えていない、それでも愛しい私の母上。しかし今、何年も私に寄り添い、支えとなってくれていた妹が骸となってこの腕にいる。人智を越えた奇跡がそう何度も行使できるとは思えない。それならば、私の選ぶべき答えは。


「結婚式は延期だと触れを出せ、逆賊がまだ潜んでいないとも限らんからな。それから、刺客の主人である皇女には私から直々に話を聞こう。カイ、エイルを運ぶぞ、ついてこい」


*


 取り調べのための拷問部屋で、皇女は虚空を見つめながらがたがたと震えていた。カイは淡々と片づけをしている。

 矜持だのなんだのと威勢のいい啖呵を切ったはいいが、しょせんは子供だ。少し恐怖を教えただけですぐに情報を吐いた。わざわざ時間をかけてじっくりといたぶりながら情報を引き出すような場合でもない、焦りから手段は多少手荒になったがやむを得ないだろう。そもそも、この小娘は弑逆を企てた罪人だ。表向きだけでも丁重に扱う理由はない。

 やはりあの凶行は、イズンガルズ側の指示だったらしい。見え透いた人質として皇女を招いたことで、むしろ皇国は皇女を使って捨て身の賭けに打って出たようだ。私が死ねば、停戦条約を破って一気に攻め入るつもりだったらしい。皇女が逃げ出す前に捕まえられてよかった。皇女の逃亡を手引きしようとしたイズンガルズ側の従者達の処刑は追って行うとしよう。

 宝玉に不老不死の力があるというのはただの尾ひれだったようだが、蘇生の力が本物だというだけで十分だ。どうやら宝玉とは物質そのものを指すわけではなく、直系の皇族の娘の血肉に宿った力だという。元々は皇家の祖にゆかりのある力らしい。建国の折に、皇家の威光のためそういった力を持つ者を血筋に取り入れたようだ。なるほど、確かに人を死から克服させるような神の御業、存在を喧伝すれば十分な箔になる。


「嗤えるなぁ。紫の色を持つ者を邪神の寵児と呼び、聖鐘教と心中しようとしたくせに、そのお前達が摂理に反する力に手を染めていたとは」


 皇女の左胸には紫色の大きな痣があった。蘇生の力は、邪神の加護だったのだ。それを代々伝えていく具体的な手段については皇女も知らないようだが、私とて興味もないことなので聞き出すことはなかった。私のように他人の加護を模倣できる者もいるのだ、他人の加護をその一族内に受け継がせることができるような者が過去にいてもおかしくないだろう。どうでもいいことだが。


「それで? 皇女よ、お前はその力を我が妹のために行使してくれる気はあるか?」


 皇女は何も答えなかった。そのうつろな瞳には何も映っていない。

 ひとつの力で生き返らせることができるのは一人だけだという。今、イズンガルズの皇家の女はこの姫しかいない。皇もさぞ悩みながら引き渡したのだろうな。


「そうか、そうか。残念だが仕方ないな」


 残念ながら、皇女はすでに壊れてしまったらしい。身体ならばいくらでも治せるが、心が死ねばどうしようもない。こうなってしまえば、たとえまだ未使用だとしても能力の行使はできないだろう。

 しかし幸いなことに、私もまた邪神の加護を持つ者だ。紫色素の身体の一部を食べることで、私はその者が持つ加護を模倣できる。だが、加護目当てだけの捕食は好まない。治癒の秘跡は、愛しさのあまりエイルを食んでしまった時に身についたものだ。とはいえ……こういった時こそ、模倣の力は有効に使うべきだろう。

 皇女はもはや死んだも同然だ。感覚(いたみ)を感じられなくなったのだから。生かしておいても哀れなだけだろう。最後の慈悲を与えてやらねば。

 生き返せるのは一人だけだ。母上には申し訳ないが、私が選ぶのは――――


* * *

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