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連休明け

長きに渡るゴールデンウィークは終わり、憂鬱な学園生活が再開する。俺は如何なる部活やサークルにも所属していない為に、長期休暇を満喫することが出来た。故にこそ、連休明けの倦怠感は人一倍である。

「楽しかったわ、ゴールデンウィーク」

 そんな俺に対して、隣で昼食をとる一条は随分と上機嫌だった。いつもは鋭い眼光が、どこか柔らかくキラキラと輝いている。どうやら俺に対し、何かを求めているようだ。

「……楽しめたのなら何よりだ。どこかに行ったのか?」

 俺が仕方なく質問を投げかけると、一条は「待っていました」とばかりに懐から封筒を取り出した。

「あんたみたいな貧乏人には縁のない場所かもしれないから、ちょっとくらい見せてあげるわ」

「……ふむ」

 封筒に入っていたのは、十数枚の写真だった。白亜の城の前を行進する兵隊、そびえ立つ時計塔、ゴシックな巨大な橋――バッキンガム宮殿にビックベン、タワーブリッジだろう。なるほど、一条がゴールデンウィークに旅行したのは――

「……ロンドンか」

「えぇ、その通りよ。プライベートジェットをチャーターして、お爺様の財布で名所と言う名所を回ってやったわ」

 理事長に関してはご愁傷さまと言う他ない。写真を見る限り、他にも大英博物館、キングス・クロス・セント・パンクラス駅、ロンドン塔などなど、確かに名所と言う名所を巡っているようだった。

「しかし写真が景色ばかりだな……誰か一緒に行って来なかったのか?」

「? いいえ、一人よ?」

 当然のように言い返され、驚愕する俺である。

 女子高生が一人で海外旅行? しかも普段の態度が粗野で忘れしまいそうだが、こいつは名家のお嬢様なのだぞ? 一条家は頭がおかしいのか?

「あぁ、景色ばっかだから、本当に行ったか疑っているのね? 言うと思って、ちゃんと証拠の写真もあるわよ」

「……」

 変な勘違いを起こした一条は、写真の束の底から証拠と言う一枚を得意気に掲げた。背景は煌びやかな寺院――おそらくウェストミンスター寺院だろう――その前で、斜め上からの角度で移された少女の姿。いわゆる自撮りというものに慣れていない彼女の、ぎこちない笑みが写されていた。

白いシャツの上にカーディガン、黒いロングスカートを着た一条の姿は、その景色もあって新鮮に感じた。まるで別人のようだが……この余りにも下手な笑顔は、あぁ目の前の女と同一人物なのだろうなぁと納得させるに十分な材料である。

「……まぁ、良いんじゃないか、楽しそうで」

 何だか胸の辺りがむずむずしてしまい、歯切れの悪いコメントしか出て来なかった。

「ふふん、どうやら格の違いを思い知ったようね」

「祖父の金で行った旅行で、よくもそこまで偉そうなことを言えるものだ」

 やれやれと肩を竦めてみるが、何だか負け惜しみのようになってしまった。どうやら彼女もそのように受け取ったらしく、「貧乏人の僻みが心地良いわー」と脚を組んでヘラヘラと笑っている。息を吐くように煽る女だ。

「僻みではない。俺だって家族と旅行に行ってきた」

「へぇー、どこに?」

 自信満々に問い掛けてくる一条に言うのは躊躇せざるを得ないのだが、まぁせっかく行ってきたのだからと俺は懐のポーチから、綺麗にパッケージされた箱を取り出した。

「土産の八ツ橋だ。口に合わなければ理事長にでも渡してくれ」

「…………はぇ?」

 開口一番、馬鹿にされるものだと思っていたのだが、俺が掲げた土産の品を見た一条は目を丸くし口をぽかんと開け、固まってしまった。

「いや、だから、京都に家族で行って来たから、そのお土産だ。さりとて高級品という訳でもないが、花をあしらったお洒落な品だぞ?」

 これが京都土産だと強調しながら箱を揺らすと、一条は「おみ……やげ……って?」と上擦った声を漏らす。

 ……その反応から、ロンドン旅行に行って来た彼女が忘れていた物に気付いたことを察した。

「別にロンドン土産は要らないぞ。これだって、母親が『お友達にお土産買っていかないの?』と無用な心配を掛けて来たから、仕方のなく買ったものだからな」

「えぇ……えぇ、そうね、その通りだわ」

 目を泳がせながら、一条は俺の持ってきた生八ツ橋を受け取った。ちなみにあんな女の子向けの可愛らしいお土産を『友達宛て』と両親に言えるはずもなく、こっそり売店で購入したものである。結構高かったぞ。

「むしろこんな貧相な土産を、よくもまぁわたしに渡せたものね。……全く、もう」

 渋々といった様子で、彼女は八ツ橋の箱を懐に仕舞った。友達が居ない為か、お土産という存在を失念していた一条の所作は、どこかぎこちない。罪悪感なんてものが彼女の心には存在したのか。意外だ。

「……それでは、お土産って訳ではないが、この写真を貰って行っても良いか? お前の言う通り、俺には縁のない場所ばかりだからな」

 そんな風に言って、俺はアスファルトの上に置かれたままの封筒を指で摘み、ゆらゆらと揺らす。すると一条は目を丸くして、それから凄く分かり易く頬を蕩かせた。

「な……なーんだ、伊坂。……あんた、やっぱり羨ましいんじゃない」

「へぇへぇ、そうですよ。お嬢様。何て言ったって俺は庶民ですからね」

 俺は写真の束を懐に仕舞って、頬杖をついてそっぽを向く。しかしそんなことで逃がして貰えるはずもなく、一条は昼休み中、ずっと俺を煽り倒すのであった。



 言ってしまえば、俺は海外旅行に微塵も興味がなく、また観光名所の写真などインターネットで検索すれば簡単に手に入るだろう。それでは何故、俺は一条に煽られることを分かっていながら、ロンドンの写真を貰ったのだろうか。それは土産を忘れた彼女の罪悪感を薄めさせる為なのか、それとも……インターネットで検索したって絶対に出て来ない貴重な写真が一枚だけ存在したからなのか――

理由は、俺にも定かではない。


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