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どう転んでも  作者: 桧斐 六子
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4.最終結果

「崎村君」


「はい、部長」


「今日14時から取引先のタムラデザインの方たちがいらっしゃるんだが、そのための資料が今やっとできてきたんだ。大変申し訳ないんだけど、君、急いで4部揃えてもらえないか」


そんな仕事は本来今日香の仕事ではないから、部長が遠慮気味なのも無理はない。今日香は若く見えるが36歳。企画部のチーフだ。けれど、今は昼休みでアシスタントもランチで外にいるし、カラーの資料の印刷はけっこう面倒で部長だとできないのもわかる。タムラデザインはお得意様だ。今日香は今、出ようと思っていたランチだったが、大幅に遅らせる覚悟をした。


「はい、いいですよ。すぐにやります」


「ありがとう、悪いね。助かるよ。データはすぐに送るから」


部長はホッとした顔で席に戻る。今日香は苦笑いしながらデスクトップで届いたデータを開き、印刷に取り掛かった。コピー機のある隣の部屋まで印刷物を取りに行く。


「あれ?おかしいな」


印刷物が出ていない。紙がないわけではない。エラーも出ていないし、操作に誤りがあったわけではないはずだ。


「この大事な時に故障?!嘘でしょ?勘弁してよ!」


今日香は思わず1人大声を上げた。すると、


「どうしましたか?」


「うわぁ!」


急に声を掛けられて飛び上がる。振り向くと、印刷室の戸口に見慣れない顔の若い男性が立っていた。うちの会社の人ではなさそうだ。スーツを着ている。うちの会社はオフィスカジュアルと言ってもかなりラフなので、誰もスーツなど着ていない。そのスーツ姿のスマートな男性はすまなそうに微笑んだ。


「驚かせてすみません。印刷機にトラブルがあったようだったので。私、この機械をリースしている会社の営業の者です。ちょうど他の機械のメンテナンスでお邪魔していたんですが、見ましょうか」


長身で細身のスーツが良く似合う爽やかイケメン。いい感じ・・と思いかけて、それどころじゃなかったと今日香は我に返る。救いの神じゃないか。


「本当ですか?助かります。14時までに印刷しないといけない資料がありまして・・」


「もうすぐですね。失礼します」


営業の男性は印刷室に入ってくると、上着を脱ぎ、印刷機を調べ始めた。慣れた手つきで機械を開け、彼女に症状の詳細を聞きながら、色々調べていく。しばらくして、


「紙を巻き出す部品が摩耗しているみたいですね。交換すれば大丈夫だと思いますが、今、手元にないので、一回社に戻って取って来なくてはなりません。申し訳ないのですが、印刷はすぐに再開できないと思います」


と又すまなそうに言う。今日香は慌てて手を振った。


「大丈夫です。別の部署で印刷させてもらいますから。仕事増やしてしまって、こちらこそ申し訳ないです。えっと・・」


言い淀んだところで、さすがは営業、胸ポケットからさっと名刺を差し出した。


「失礼しました。私、ピコー株式会社営業部の園田と申します」


「園田さん、ですね。私は企画部の崎村と申します。ありがとうございます。原因がわかって早急に対応していただけて本当に助かります」


「もう14時になりますので崎村さんはご自身の印刷をどうぞ優先してください。後で部品を持って又お邪魔致します。作業終わりましたら崎村さんにお知らせさせていただきますが、よろしいですか」


園田と名乗るその男性は優しい笑みを浮かべてそう聞いてきた。


「もちろんです。企画部はこの部屋のすぐ隣です。よろしくお願い致します」


「ではひとまず失礼致します」


お互いに丁寧なお辞儀をして別れた。今日香はとりあえず総務部の印刷機を借りようと走り出した。気持ちは焦っているけれど、なんだか心地のいい余韻が残っている。


(園田・・達樹さんか。ちょっと若そうだけど、いい感じの人だったな・・)


総務部の印刷機を使わせてもらいながら、先ほどもらった名刺を眺めて今日香は笑みを浮かべた。



14時は少し過ぎてしまったが、事情を知り、しきりに恐縮する部長になんとか資料を渡すことができた。


「崎村君、本当に悪かったね。お昼もまだだろう。ゆっくり行って来てくれ」


そう言って部長は今日香に五千円を差し出した。


「え?いいですよ、部長!」


こんなこと初めてなので今日香はびっくりする。


「いいんだ。いつも崎村君には世話になってるからな。釣りはいらないから好きなものを食べておいで」


そう言いおいて部長は足早に会議室に向かってしまった。


(珍しい。でも嬉しいな。焦ったけど、なんか今日はいい日かも)


やっと一息ついて自分の席に座り込む。緊張から解放されて気が抜けてしまった。この40分ほどの間に目まぐるしく事が起こり、今目の前の机の上には、名刺と五千円札が1枚ずつ乗っている。なんだかぐったりしてランチを食べるテンションでもないが、でも今食べないと後が辛いだろう。


「やっぱり行ってくるか」


ゆっくりバッグを出し、立ち上がる。と、そこへ、声がかかる。


「崎村さん、ピコーの人」


「あ」


戸口で、先ほどの爽やかイケメンが頭を下げている。今日香は引き出しから自分の名刺を出し、席を立った。


「先ほどはありがとうございました。早いですね」


今日香が声をかける。園田はちょっと息を切らしていた。


「ええ、急ぎました。早くしないと、崎村さんがいないかも、と思って」


「はい?!」


不意打ちすぎて今日香は大声を出してしまった。


(何動揺しているの?言葉通りの意味じゃない。仕事に真面目な誠実な人ってことでしょう?)


自分の自意識過剰な反応に、赤くなって心の中でつぶやく。


「いえ、こっちの話です。すみません。部品は交換しました。これで問題なく動くと思いますが、又何かあったらお知らせいただければ」


園田は淡々と事務的な報告をし出した。今日香もおかげで落ち着けた。


「はい。本当にありがとうございます。お世話になりました。園田さんがいてくださって本当に良かったです」


「いえ、こちらこそ・・良かったです」


園田がふっと笑った。人柄のにじみ出た優しい笑顔だな、と今日香は思った。そして、


「あ、先ほどは名刺いただいていたので、私のも持ってきましたので・・」


と名刺を差し出した。


「ありがとうございます。いただきます。崎村今日香さん・・ですか、素敵な名前ですね」


受け取った名刺を見て園田が今日香の名前を呼んだ。その途端、何故か今日香の心臓が高鳴った。心臓だけでなく、お腹もグルル・・と大きな鳴き声を上げ、今日香は真っ赤になった。園田は又ふっと笑った。


「す、すみません!お聞き苦しい音を・・。あ、あの失礼します。本当にありがとうございました」


いたたまれなくなって、今日香は早々に部屋に引き上げた。園田は何か言いたげだったけど、そのまま一例して去って行った。



今日香は、あれからしばらく自席で気持ちを落ち着けて、あらためて外に出てきた。さて今日はどこに食べに行こうか・・。考えながら歩き出す。すると、


「崎村さん」


「え?」


先ほど帰ったはずの園田が目の前に立っていた。


「お昼に出てこられるかなと思って、待ってしまいました。すみません」


「な、何でですか・・?」


ちょっと混乱した表情が怯えたように見えたのだろう。園田が慌てた様子になる。


「あ、いや、さっき、何も言えないまま失礼してしまったのが心残りだったので・・。すみませんでした。あの時、かわいいと思ってしまってフォローが遅れちゃって」


「え?」


今度こそ、今日香の頭はカオスだ。


「いや・・参ったな。説明すればするほど、変な奴ですよね・・」


爽やかイケメンが弱り切ってぼやいている。今日香は我に返った。


「・・それを言うためにわざわざ待っていてくださったんですか」


「あ、いや、それだけってわけでもなくて、ですね」


園田が更に落ち着きをなくして早口になる。


「実は、私もこれから昼ご飯食べようと思っていて・・。あの・・もし、嫌でなければ、なんですけど、ご一緒させてもらえないかなと思いまして」


「私とですか?」


「はい。崎村さんと。単刀直入に言いますが、崎村さんと個人的にお近づきになりたくて待っていました。もちろん嫌だったらはっきり断ってください。遠慮は無用です」


園田は顔を赤くしながらも、きっぱり言った。


今日香はまさか、さっき会ったばかりの男性にそんなことを言われるとは思わず、頭が真っ白だった。けれど、目の前の園田が彼女の返事を待っている。今日香は何とか、自分を再起動して、考えをまとめた。・・自分はどうしたいのか。園田が食い入るように見つめている。


「園田さん、えっと・・ありがとうございます。私も園田さんとお話したいです。お昼ご一緒させてください」


園田はパッと表情を明るくした。


「本当ですか!嬉しいです。じゃあ、行きましょう。崎村さんの行きつけのお店に連れて行ってください」


「はい、じゃあ・・何が食べたいですか・・?」


2人でゆっくり歩き出した。



この光景をモニターに映して見ている存在がいた。あの、シミュレーションルームからだった。


「やれやれ。やっぱり、シミュレーションのパターンとは出会いの状況もタイミングもちょっと違っていたね。地球の現実とはそういうものさ。それでも、ちゃんと2人は出会えた。肝心なのはそこだから。出会ってしまったら、あの子たちならもう大丈夫だろう。よかった、よかった」


あの2人の指導係だった。ホッとしたように笑い、モニターを消して部屋を出る。次の指導担当はどの2人かな・・。楽しみだ。ニコニコしながら歩いて行った。


お読みいただいてありがとうございました。

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