#2
オペラ座の新作、『ハンニバル』で私たちは奴隷の少女の役をやる。
バレエとコーラスでオペラに迫力をつける役割なのだが、個人として目立たないように、
かつ集団として映えるように演技するのはなかなか難しい。
しかし、鎖をがちゃがちゃさせながらくるりと回ったり、メグと息を合わせて踊るのはすごく楽しいものだった。
「ルイーザ!!今のところ遅れないで!!ナンシー!動きが汚い!!クリスティーヌ!もっと集中しなさい!!メグ!いちいち反応するんじゃないの!!」
ひえっ。マダム・ジリーはプライベートだと優しいけど、練習のときはめちゃくちゃ厳しい。
おっとここは二人でターンして・・・・
そろそろカルロッタさんのソロが入るんじゃないかなぁ〜
「このトロフィー!輝かしきヒーロー! もはや影もなきローマ!」
私たちの救い主 私たちの命の恩人!私たちをローマの圧制から救ってくれた!」
さあ、私たちのコーラス。深く息を吸って息を歌に変えていく。
「いざ歌え踊れよ かの人たたえいざ誉れたたえよ 彼らが強者
歌い踊りもてなそう・・・私たちに救いをもたらした 勝利の軍団を迎えよう!」
地響きのようなコーラスとキーキーした・・・おっと失礼、カルロッタさんの声。
なんだかひどくミスマッチ。
変なの。
そう思ってるのは私だけじゃないみたい。
メグも、マダム・ジリーも・・・先生も。
もちろん私みたいな孤児がそんなこと思ったって何にもならないんだけど。
踊り
歌い
その繰り返しの中でオペラがいよいよ熱を帯て来たときだった。
ふいに4人の男性が楽屋の方から入ってきた。
「みなさん、重要なお知らせがあります!!」
そのうちな一人―オペラ座の支配人であるルフェーベルさんは、声を張り上げてそう言った。
楽団長は音楽を止められたことで、かなりむっとした顔をした。
「今見ての通り、リハーサル中何ですがね。」
「ああ、すまない、すまない。しかし、とても重大な、今しか話せないことなん
だよ。みなさん、集まって下さい。」
今しか話せない重大な話?
私とメグは顔を見合わせて中央に向かった。
「短刀直入に申し上げます。
私は今日この瞬間をもってオペラ座の支配人を辞めさせていただきます。」
うっ、うっそー?!
「私の後はこのフィルマンくんとアンドレくんがやってくれます。2人ともくず
鉄産業で…失礼、スクラップメタル産業でご活躍中のやり手でいらっしゃる。」
「まあ!!何てこと!!長年オペラ座の支配人を勤めたあなたが辞めるなんて!!!!ま
さにオペラ座の恥!!理由をお聞かせ願いたいわっ!!」」
イタリア訛りでまくしたてるカルロッタさんに苦笑しながらルフェーベルさんは一言小さくつ
ぶやいた。
「怪人にもあなたにも疲れたんですよ。」
ほんの小さな声だったけど、私とメグにははっきり聞こえた。
確かに最近変な事件が続いているのだ。バレリーナたちはそれを「怪人」の仕業
とし、支配人としてルフェーベルさんは対策に追われていた。
しかし・・・彼がやめてしまうなんて。
場がずーんと重くなったとき、 ふいに甘いテノールの声が聞こえてきた。
「僕は紹介して下さらないんでしょうかね、ルフェーベルさん」
いたずらっぽいその声に管理人はびっくりしたような顔をして慌てて招きよせた。
「これは失礼、子爵。こちら、ラウル・子爵。新しいオペラ座のパトロンだ。」
ラウル?
聞いたことがあるような…
思わず声の主を見ると、
思わず息を飲んだ。
彼は私の幼なじみ。まだ父が生きていたあの頃、よく一緒に遊んだ。
彼はいわゆるボンボンで、私も村の子供たちと一緒になってよくいじめた。
あのラウル。
「どうしたのクリスティーヌ?顔が真っ青よ?」
「あのパトロン…知り合いかも…。」
「うそぉ!!もしかして幼い恋人だったとか?」
「ないない。よくいじめてた。帽子を奪って、高い木とかの上に私は登って、
『悔しかったらここまでおいで〜』とかやったり。
泣き虫で、すぐビービー泣いたから私はよく怒られて、仲直りとかいって古い物語を二人で
聞かされたりしてた。」
「クリスティーヌ…かなり悪かったんだね…」
「えへへ。あの頃のこと、根に持ってないと良いんだけど。」
「でもかなりハンサムね。玉の輿誰か狙うんじゃない〜」
「げー。そういうのって何かやだ〜。」
私たちがあーだこーだとそんな他愛もない話で盛り上がっている中、幹部たちは互いを紹介しあい、プリマドンナを説き伏せて、(おまけにラウル子爵はプリマドンナにサービスウインクなんかしちゃって!!)まずは一段落ついた。
先ほどから早く練習を再開したくてうずうずしていた楽団長はこう切り出した。
「ではどうです。せっかくなのですから御三方にプリマドンナのアリアを聞いて
いただくのは。」
「おお、それは嬉しい。なあ、アンドレくん。」
「まったくだ、フィルマンくん。カルロッタさん、お願いできますか?」
「何言ってるのよ!!今回の新作にはまともなアリアがぜんぜんないじゃないの!!
ダンスやコーラス中心で、何のために私はいるわけよっ!!!!」
ありゃりゃ。また短気なプリマドンナ怒らせちゃった。
楽団長は一生懸命笑顔を作ってなだめにかかった。
「あるじゃないですか、3幕のあの、見事なアリア『Think of me』が。」
「あれは素晴らしいアリアだ。プリマドンナにふさわしい。」
ルフェーベルさんもここはとばかりに楽団長に加勢する。
「そ、そうかしら。」
短気であると同時に単純なカルロッタさんは急ににこにこして咳払いをした。
「ではお願いしますよ…」
楽団長の指揮に合わせてピアノが前奏を奏で、歌が始まる・・・