#1
カーン、カーン・・・・
オペラ座の寮の一日は近くにある教会の鐘の音から始まる。
私、クリスティーヌ・ダーエもその大きな音でいやおうなしに目を覚ます。
ああ、眠い。あくびが次から次へと出る。
隣で寝ていたメグ・ジリーも目を覚まし、大あくびをしながら起き上がった。
「おはよう、メグ。」
「おはよ〜クリスティーヌ。」
私たち二人はそうやって朝の挨拶をするとふふっと笑って朝食に遅れないように支度をする。
質素な服を着て髪をとかしつければそれで終わり。連れ立って食堂に行くのが幼いころからの日課だ。
「何かクリスティーヌ眠そうだね〜。あくびばっかり。」
「ああ、昨日の夜眠れなかったの。」
先生のせいで、という言葉をかろうじて飲み込んだ。
このことは秘密。
メグにも言えないことなんだから。
食堂からはパンの焼ける香ばしい香りと、食器をならべるせわしい音が漂ってきて、成長期の少女のお腹をくすぐる。
メグと一緒に席に着き、簡単に食膳の祈りをささげてから食事を始める。
オムレツ、スープ、ベーコン、そしてロールパン二個。
決して豪華じゃないけど、すごく美味しい。
「とうとう今日はハンニバルの公演だね〜」
「あ〜そうだねぇ・・・・うわ、間違えそう。。。」
「間違えたりなんかしたら、こわ〜いマダム・ジリーに叱られちゃうよ!」
ウインクをして茶目っ気たっぷりにいうメグ。
マダム・ジリーは彼女のお母さんであり、私のお母さん代わりであり、そして我等のバレエの先生だ。
「マダム・ジリーったら厳しいんだもん。この間なんてちょっと欠伸しただけで怒られちゃった。」
「じゃあ今日はクリスティーヌは全力で欠伸をかみ殺さなきゃね。」
「本当よ。それにカルロッタさんにもにらまれたくないし。」
「ああ。あの声をまた聴かなきゃいけないのね。本当にやんなっちゃうわ。
誰か代わりの人はいないのかしら。」
「代理を立てたりなんかしたらカルロッタさんが怒ってオペラ座をつぶしちゃうわよ。」
食堂は笑いで満ち、私の心は幸せでいっぱい。
ここの生活が好きだから。
お金も名誉もいらない。
このままがいい。
そんな小さな願いぐらい神様だって聞いてくださるはず。
・・・・それにしても先生、なんでわざわざあの曲を私に練習させてるのかしら。
運命の歯車は回り始めたばかり。