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コネクト  作者: 夏みかん
第1話
8/43

秘めた想い、共有する心(8)

学校近くのオープンカフェにはカキ氷もあって、陽太は雪と向かい合って座りながらメロンのカキ氷を満喫していた。雪は定番のイチゴを選んでおり、ご満悦な表情を浮かべながらその甘い味を堪能している。


「でも意外です。飯島先輩から誘ってくるなんて」


その言葉にカキ氷を口に入れすぎて冷たそうにしていた顔を陽太に向けた。


「んー、こういうのに応じてくれそうなのって小泉君かなって」

「先輩の誘いを断る人がいるとは思えませんけど」

「そうでもないのよねぇ」


そう言いながら雪は肘をついて手に顎を乗せた。どこか不満げだが、その顔もまた綺麗だと思う。そう、茜や愛瑠が可愛い系なら雪は美人系だ。ボリュームのある胸といい、1つ上なのに凄く大人びて見えるほどに。


「お固く見られがちでさぁ・・・なんか裏を取られる感じで断ってくるんだよね」

「はぁ」


そうは思えない。雪に誘われて断る男は絶対にいないと思う。


「小泉君はなんか自然に誘えるし、気を遣わないしね」

「男として見ていないってことですね」


苦笑混じりにそう言う。だが雪はその言葉に小さく首を横に振った。


「ううん。私、あなたのこと好きだし。男として見てるよ」


不意にとんでもないことを言うなと思うが、陽太は雪の言った好きをラブではなくライクと受け取っていた。部活でもかなり可愛がってもらっているし、親しい仲でもある。だが茜の存在があるだけに変に勘ぐる者はいなかった。それに雪に対する陽太の態度はごく自然であり、好意をもっている風には見えなかったことも大きく作用していた。時々天然な発言をすることもあり、雪の言葉を告白と受け取っていなかった陽太が小さく微笑んでカキ氷をすくった時だった。


「私、小泉君の彼女になりたい」


その言葉に陽太はカキ氷をテーブルの上に落としてしまったが、それすら気にならないほど驚いた顔を雪に向ける。何がどうなって告白されたのかわからずにポカーンとしていると、雪がにっこり微笑みながら置いてあったナプキンで丁寧に落ちたカキ氷をすくっていた。


「君に可愛い幼馴染がいて、その子のことをずっと見てることも知ってる。でもね、好きになっちゃった。飾らないからかな?自然な君に惹かれてしまったの」

「ありがとうございます・・・・でも・・・」

「あー、気にしないで、フラれるの分かってて言っただけ。というかね、ここで言っちゃった自分がなんか恥ずかしいし、空気読めないし、ムードもなにもないなって」


雪は笑みをそのままにそう言った。性格なのか、ややゆっくりめの口調は耳に残る。言いたいことを言った雪がカキ氷を食べるのを再開したが、陽太はこんな告白のされ方は初めてだったこともあって戸惑っていた。雪が自分を好きだと気づかなかったのもあるし、告白されることなどないと思っていたことも大きい。


「んんー。やっぱカキ氷はイチゴだね」


満足げにそう言う雪につられてか、陽太から自然と笑みが漏れた。それを見た雪もまた笑みを濃くする。


「あー、あとね、いつか私を彼女にしたくなったら言ってね?卒業までは多分、あなたを好きでいると思うから」


その言葉に再度ポカーンとする陽太を見て微笑む雪は何度も美味しいを連発してカキ氷を堪能し、逆に陽太は食べた自覚もないままにカップの中が空になっている状態になるのだった。



「じゃぁ、ここでね」


駅まで来たところで雪がそう告げる。雪の家はすぐそこにある大きなマンションだということは知っている陽太も頷いて見せた。だがやはり心ここにあらずだ。


「じゃ、また明日」

「あ、はい、お疲れ様でした」

「うん。バイバイ」


ひらひらと手を振るとそのまま振り返ることもせずマンションの方へと歩き出した。帰宅途中のサラリーマンも多く、雪の姿はすぐに見えなくなってしまった。陽太は無意識的にため息をついてゆっくりと改札に向かった。定期を通し、ホームへと降りる。既に電車が来ているために階段を走る人たちを横目に、陽太はぼうっとしたままエスカレーターに乗っている状態にあった。電車が行き、ホームに人はまばらしかいない。陽太はバッグとラケットを置いてベンチに座るとため息をついた。自然に出たため息の意味はどういうものか。


「先輩に、告白されて・・・・んで・・・」


再度頭の中で告白をリピートする。予期せぬ告白に予想もしない言葉。陽太はもう何度目かわからないため息をついて顔を伏せてみる。


「いい加減、前に進めってことなのかなぁ」


誰につぶやくでもなくそうこぼし、表情を暗くする。


「でも、それでも・・・・」


ぎゅっと拳を握ってみせるが、やるせない気持ちは潰せない。諦めが悪いと思うが、それ以上に自分が女々しく思えた。


「俺はフラれてんだぞ」


脳裏に浮かんだのは茜の顔だ。だがそれは雪の顔に上書きされた。またもため息をつき、それから顔を上げた。


「気持ちの整理、つけないとなぁ・・・・・この先ずっとこれじゃ、な」


陽太はそう呟き、バッグを持って立ち上がる。そうして電車の扉が来る場所に並ぶと2年前の冬のことを思い出していた。


「あの日から、俺は何1つ前に進んじゃいない」


心の中でそう言い、バッグを持つ手に力を込めた。そう、雪の告白はきっかけにすぎない。今のままではダメだとずっと思っていた、その思いを今、再度認識したのだ。雪のことは後回しでもいい、だが、片付けるべき問題は後回しには出来ないのだ。


「今はテニスだ。目標を達成したら、次の目標に動く」


自分にそう言い聞かせ、陽太は前を見据えた。もう迷わない、そう自分を鼓舞する。目先のテニスに専念し、それをクリアしてから次の目標に切り替える。自分の気持ちに区切りをつけよう。茜と夕矢、2人の問題にもケリをつける。その結果、今までの関係が壊れようとも。



その夜は遅くまで香とラインをした茜は夕矢の言葉と寸分のぶれもないことにホッとしていた。今日は買い物の帰りに偶然夕矢と愛瑠に出会い、駅まで同行したというものだ。愛瑠とも仲良くなったと聞き、茜は小さく微笑んでいた。堅物である愛瑠は茜も苦手としている。体育は夕矢たちのクラスと合同であるために愛瑠と接する機会もあったからだ。ベッドに転がった茜は電気を消し、スマホを握ったままで天井を見上げる。


「香が夕矢を好きになったら、私はどうしたらいいんだろう」


香だけではない、他の誰かが夕矢を好きになったとき、自分はそれを祝福できるのだろうか。


『あんたにそういう感情はない。あんたはただの幼馴染だよ。今までも、これからも』


自分の言ったその言葉を思い出し、何度目かわからない激しい後悔に襲われる。だが、もう遅い。茜は枕に顔を埋めた。この件で涙を流すことはなくなった。だが、心の痛みには慣れることはない。あれからちょうど2年が経つが、その痛みは未だにずっと新鮮なのだ。枕から顔を起こし、机の上にある写真に目をやった。暗さに慣れない目とはいえ、見慣れたその写真は脳裏に焼きついている。


「素直だったら、よかったのにな」


自嘲し、それから目を閉じた。久しぶりに眠れぬ夜になりそうだ、そう思う茜の声を押し殺した嗚咽がクーラーの音に紛れ込む。それでも決して涙をこぼさなかったのは小さな、つまらない小さなプライドのせいだった。

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