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コネクト  作者: 夏みかん
第1話
6/43

秘めた想い、共有する心(6)

夕矢は穴場になっているオタクグッズを販売している店へと香を連れてきた。ここではかなりの種類のクジが用意されており、その数も多い。普通の店であればクジはメーカーから1セットしか買い付けて置いていない。しかもそのクジのA賞、B賞などは1つのセットに2つしかないのだが、この店では3セットは置いているのだ。つまり人気のあるA賞B賞が売れ残っている確率もかなり高いということになる。狭い店内には所狭しとキャラクターグッズが並べられていた。ガチャガチャのバラ売りや食玩など、定価よりも高いがそれでも欲しいものが確実に手に入る仕様になっている。香は目を輝かせながらも少し開けたレジスペースへと向かった。あまり人がいないが、何やら奇声を発している女の子がいるのがわかる。背中まである髪を2つにしたその髪型は狙っているとか思えない。


「なんで?なんで?なんで?5千円ぶっこんでA賞出ない~!」


ジタバタしているが、どう見ても高校生ぐらいの年だと思う。若干引き気味になる香に手を差し出した夕矢の意図に気づいた香が財布から千円を取り出してそれを手渡す。


「ホントにこれで?」

「ま、見てろって」


余裕の笑みを浮かべた夕矢がそれを受け取ってレジへと向かえば、馴染みなのかレジのところにいる店員がにんまりとした笑顔を見せていた。


「来たな、クジ泥棒」

「人聞き悪いなぁ」


その会話を聞きつつ香が夕矢の横に立った時だった。


「さ、坂巻・・君・・・・・・・と瀬川!」


戸惑う声が大きく響く。体をビクッとさせた香がその声の主に目をやれば、それはさっきまで奇声を発していたあの少女だった。


姫季ひめきじゃねーか・・・・」

「姫季さん・・・・・・・・・・ユイのクジ、するんだ?」


ビニールの大きな袋には2つの大きめの箱が見えている。それがD賞とE賞のフィギュアだと見抜いた香は驚いた顔をするしかなかった。それ以外にもタオルやコップも入っていることからかなりのクジを引いたのがわかった。姫季愛瑠ひめきあいるといえばお堅いイメージな美少女だ。赤味がかった髪の色は染めているのではなく、父方の祖父がイタリア人のせいである。クラスの副委員長を務め、風紀にうるさい真面目で成績もいい愛瑠が奇声を発していたことも驚きだが、オタクであったことも驚きだ。そんな愛瑠が戸惑う中、夕矢はお金をカウンターに置いた。


「ユイのクジ2回ね」

「狙いは?」


お金を受け取ってクジが入った箱をカウンターの上に置きつつ、店員であり店長でもあるあごひげの生えたイケメンがそう苦笑する。夕矢のクジ運、いや、最早特殊能力に近いその腕前は熟知しているだけにそういう風に言ったのだ。


「AとB」


その言葉に店長がため息をついたのを見た香が愛瑠の目を気にしつつ緊張を走らせる中、箱の中に右手を入れた夕矢がそっと目を閉じて箱の中をまさぐっていく。そしてすぐに1つのクジを箱の横に置いた。


「はい、B賞いただき」


そう言って再度右手を箱に戻す。


「何それ・・・中二病?」


腕組みをして馬鹿にしたような口調になる愛瑠だが明らかに興味津々だ。


「ほい、これがA賞」

「まったく・・・・・困るよなぁ」


言いながら店長が2つのクジを開けば、1つ目にB賞、2つめにA賞と文字が刻まれているのが確認できた。


「すすすすすすすす、す、す、す、凄いっ!凄すぎるっ!」

「なんなの!なんで?どうやって?なんで?なんでなの?なんで?」


香と愛瑠が同時にそう叫んだ。だがすぐにハッとなり、咳払いを1つしてお互いに顔を見合わせて黙り込む。


「瀬川さんって、オタクだったの?」

「そういう姫季さんこそ」


牽制しあう2人をよそに商品を受け取った夕矢がぽんと香の肩に手を置く。その仕草を見た愛瑠の片眉がピクリと動き、目つきが鋭くなるのを香は見逃さなかった。


「さっき偶然そこで会ってね。んで俺がクジするっつったら興味示したわけだ」


さりげなくそうフォローした夕矢の言葉に頷く。しかし愛瑠は腕組みしつつじっと香の肩に置かれた夕矢の手を睨みつけていた。


「で、姫季もクジか?」


そこでハッとなった愛瑠がくるっと2人に背を向けた。


「はっ!あるわけないでしょ、そんなこと!親戚の子に頼まれただけよ!こんな幼稚なのに興味ないし」

「その割にはさっきは物凄い悔しがりっぷりだったけど」


つい本音が出た香をキッと睨む愛瑠だが、自分を見つめている夕矢を見てハッとなり、その頬を赤くした。


「そ、そりゃ、親戚の子のリクエストには応えてあげたいからね」

「なら当ててやるよ、何が欲しいの?」


つーんと澄ましていた愛瑠の表情が驚きと羞恥に変化した。


「A賞、だけど・・・」

「了解」

「べ、別に坂巻君に頼ろうってわけじゃないからね!あくまで好意を受け取るだけだし!」

「はぁ・・・ウチの客寄せA賞が簡単に減っていく・・・・」


店長の嘆きからして夕矢の引き運は本物らしい。本来であれば数多いクジの中でもA賞B賞は貴重であり、それを欲しさに金をつぎ込むオタクのおかげで儲けを得ているのだ。なのにわずかなお金でA賞B賞を取られてはたまらない。そんな気持ちの店長をよそに夕矢は愛瑠から受け取った5百円を店長に渡すと箱の中に右手をつっこんでそっと目を閉じた。胸の前でギュッと両手を握る愛瑠は祈るような気持ちで箱に集中している。


「ん」


夕矢がくじを1つ取り出してそれを愛瑠へと手渡した。


「ど、どうも」


素っ気無い言い方だがそわそわした感じでクジをめくった愛瑠は表情を輝かせてクジを天高く振り上げてみせた。


「キターッ!A賞!愛ちゃん超ハッピーぃぃぃ!うひょぉぉぉうっ!」


手を掲げたままその場でくるくる回り、緩みきった表情は昇天しているようだ。微笑む夕矢、泣きそうな店長、呆れ顔の香を回転しながら見やった愛瑠は徐々にスピードを落とすと3人に背を向けてコホンと軽く咳払いをしてみせた。


「これで妹も喜ぶわ」

「親戚じゃないの?」

「・・・・・・親戚だけど妹みたいな存在なの!」


目線を逸らせつつそう言う愛瑠にフィギュアの入った袋を手渡す店長。その瞬間に目をキラキラさせた愛瑠は袋の上から箱に頬ずりをしてみせた。


「んふふ~・・・・・これでユイとユミが並んでポーズを・・・・・」


悦に浸っている愛瑠の口から涎が垂れる。どん引きする香とは違い、夕矢は優しく微笑んでいた。そんな夕矢に気づいた愛瑠が現実に戻り、それから顔を真っ赤にしつつツンと澄ました顔でそっぽを向いた。


「一応、礼を言っておくわ、ありがとう」

「よかったな」


微笑む夕矢に耳まで赤くした愛瑠は俯いてしまう。それを見た香は新しい玩具を手に入れたような顔をし、じっと愛瑠を見つめ続けた。


「さて、行こうか?」


夕矢が香にそう声を掛けるが、香としてはまだこの店を見て回りたい。かといって愛瑠がいては動くこともままならない。葛藤するが、2つの袋を抱きしめてニヤけている愛瑠を見た香は覚悟を決めた。


「姫季さん」

「ひゃい!」


完全に自分の世界に入り込んでいた愛瑠は急に声を掛けられて変な返事をしてしまう。


「正直に言うわ。私もあたなと同じで隠れオタクよ。友達や周囲の目を気にしつつ、フィギュアなんかを集めていた」

「う、うん」


香の突然のカミングアウトに戸惑いつつ、愛瑠は素直に頷いていた。それが暗に認めたことに気づいてはいないが。


「私もあなたの趣味を人には言わない。だからあなたも言わないで欲しい」

「そ、それはいいわよ、別に」

「で、これは提案なんだけど・・・」


その言葉を聞いた愛瑠があからさまに大きく唾を飲み込んだ。真面目で風紀にうるさい自分がオタクだというのを黙っている代わりに何を要求するのか戸惑う。香もまた内緒にオタク活動をしていることを忘れて。


「学校では仲良くないけど、こういう面では友達になりたい。女の子とこういう話したいし、どうかな?」


その提案にぽかーんとする愛瑠だが、すぐに我に返る。そのまま髪をかきあげる仕草をして腕組みをすると香の方へと向き直った。顔はニヤけてしまっているが。


「仕方ないわね。そこまで言うなら友達になってあげてもいいわよ?」


嬉しそうにそう言いつつ、口調は何故か上から目線である。


「・・・・・ここまで見事なツンデレを見たことが無い」


つぶやく店長の言葉に苦笑しつつ頷く夕矢を見た愛瑠が再度赤面し、それからキッと香を睨んだ。


「ってことは、坂巻君が連れてきたんだじゃなくて瀬川さんがここへ来たってことね」


どこかホッとしたようにそう言う愛瑠だが、香も夕矢も首を横に振った。


「クジがしたいからってことで俺が連れてきた。まぁ、ぶっちゃけると2人でカルフェス行く話をファミレスでしててね、んで流れでさ」

「あ、そうなんだ、2人でカルフェスねぇ・・・・・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


納得していた愛瑠が一転奇声を発する。それを見て、もう性格が破綻しているとしか思えない香は唖然とし、夕矢はきょとんとするしかなかった。


「ってことは・・・・2人はつ、つ、つ、付き合ってる、とか?」

「あ、いや・・・付き合っちゃいない。瀬川の趣味のことを聞いたのはついこの間だしな」

「な、なぁんだ・・・・もう!」


あからさまにホッとした顔をする愛瑠がじっと自分を見ている香を見てハッとなり、すぐに背を向けてしまった。店長はもうニヤニヤが止まらず、夕矢は呆然とする。


「ま、まぁ、あんたたちが付き合おうが私には関係ないけどね」

「すごい、マジで絵に描いたようなツンデレだ」


店長はレジ前を録画している防犯カメラの映像が音声入りでないことを悔やんだ。もし愛瑠の言葉が残っていたならばかなりのお宝映像になったはずだ。


「で、提案、どうする?」

「いいわよ。お互いに秘密の保持共有を認めましょう。それに裏切ればお互いにデメリットにしかならないし」

「じゃぁ、アドレスとか交換しよ」

「しょ、しょうがないわねぇ」


そう言いつつも愛瑠の表情は緩んでいた。電話とIDを交換し、愛瑠も香も微笑みあった。


「ついでに夕矢ともしたらどうだい?こいつはこの辺の常連だし、いろんな情報を持ってるよ」


店長のその言葉に香は心の中で頷いていた。この店に連れてきてくれたことは感謝したい。それに他にもいろいろな店を知っている夕矢は心強いからだ。対する愛瑠はぽかーんとした顔をしたかと思えばニヤけ面になり、すぐにそれを引き締めた。香はクラスでは接点のなかった愛瑠の変わりように驚きつつもいい友達になれそうだという期待も抱いていた。それにいろいろと面白くなりそうだ。


「しょ、しょうがいないわね・・・・・じゃぁ坂巻君、よろしく」


ツンとしつつ口元は緩んでいた。夕矢は苦笑しながら番号とIDを交換する。愛瑠は表示された夕矢のライン画面を見つめ、その手をぷるぷるさせてからスマホを大きく掲げてみせた。


「やったぁぁぁ!坂巻君のID、念願の!IDを!ゲェェェェット!愛ちゃん超ハッピーぃぃぃっ!」


またもその場でくるくると回転しつつ心の叫びを口にした。さすがの香ももうこれには慣れた。


「ま、時々ならラインしてもいいわよ」


すぐに表情を引き締めてそう言うが、それが上っ面の言葉でしかないことは全員が見抜いている。


「そうする」

「で、でも、どうしてもって言うなら、毎晩でもいいけどね」

「わかった」

「じゃ毎晩、毎晩ね?ううううううう、愛ちゃんまたも超ハッピーぃぃっ!今日は最高!超ラッキーぃ!」


歓喜の涙を流しつつくるくる回る愛瑠にため息をつき、香は苦笑している夕矢を見ながら楽しい夏休みが迎えられそうだとほくそ笑むのだった。



その後、3人は店内を見回り、いくつかのグッズを買って次の店に移動をした。香と愛瑠ははしゃぎつつそれぞれが好きな番組やキャラクターの話で盛り上がり、レアなグッズを見つけては奇声を発してその場で回転する愛瑠を香が諌める行動を繰り返した。夕矢は仲良くなった2人に満足しつつ、真面目一辺倒だった愛瑠の意外な、そして真の姿を見て微笑みを隠せないでいた。そんな夕矢を見やる香は愛瑠のあからさまな想いも届いていなさそうなその鈍さに閉口しつつ、それはそれでいろいろ楽しめるとも思っていた。だが気になるのは茜が夕矢を振ったという事実。夕矢が嘘を言うとも思えず、茜に真相を聞きたいがどのタイミングで聞けばいいかを悩んでしまう。愛瑠もまた香と夕矢の関係を懸念しつつ目の前のグッズに集中していた。そうしてお昼を食べることも忘れていた3人は午後2時半になってようやくファーストフードの店に入ったのだった。注文した品も揃い、3人がわいわい言いながら食事を進める。特に愛瑠は夕矢と一緒にいられるのが嬉しいのかかなり饒舌になったが、時々我に返ってツンツンした態度を取っていた。


「と、ところでさ、2人はカルフェス行くんだ・・・?」

「俺は中1の頃から毎年行ってるけど、瀬川が興味持ってな。だから今年は一緒に行くことになった」

「そ、そうなんだ。き、奇遇ね、私も行きたいのだけど、1人じゃなかなか・・・だからどうしてもって言うなら一緒に行ってあげてもいいけどね」

「じゃ、いらない」


素っ気無くそう言う香がポテトを摘んだ。うっとなる愛瑠が泣きそうな顔を夕矢に見せつつも腕組みをしてふんぞり返る。


「そ、そう?な、なら、1人で、行こうかな」


今にも泣きそうな顔で強がる愛瑠に香が微笑む。


「ツンデレって、現実にいたらややこしいのね」


そう呟き、ポテトをつまんだ。


「坂巻、この子が一緒でもいい?」

「ああ、別に構わない」


香の言葉にあっさり頷いた夕矢を見やった愛瑠の表情が変化した。嬉しさと喜びが全面に出ている。


「うううう!やったぁ、愛ちゃん・・・・・・」


咄嗟に香が愛瑠の口を塞いで立ち上がろうとした体を押さえ込んだ。それでも天に向かって突き出された拳が喜びを表現していた。


「めんどくさっ!」


心底うんざりしたようにそう言う香に苦笑しつつ、仲間が増えたことを素直に喜ぶ夕矢だった。

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