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コネクト  作者: 夏みかん
第1話
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秘めた想い、共有する心(5)

寝る前のストレッチを終えた陽太が窓を開ける。すぐ目の前にある家の2階の明かりはまだ点いており、その隣の家の2階もまた電気が灯っていた。正面は茜の部屋だが、その隣の家の2階は夕矢の部屋ではない。そこは夕矢の妹の部屋だ。陽太は暑い熱気を含んだ夜風を受けつつじっと茜の部屋を見つめた。そのまま机の上に飾っている写真へと目をやる。陽太は窓を閉めてクーラーの温度を若干下げ、その写真を手に取った。入学式で撮った自分と茜が並んだ写真である。しばらくそれを見つめた後で写真を戻し、今度は机の引き出しから別の写真を取り出す。そこに写っているのは入賞のメダルを手にした茜の姿だ。中学2年の時に県大会で3位に入ったときのものであり、応援に行った際に撮った写真である。3位だが最高の笑顔を見せたその写真は陽太にとって宝物だ。なのにその宝物を見つめる陽太の表情はどこか暗かった。陽太は写真をしまい、ベッドに寝転がる。テレビもなく、簡素な部屋だ。トレーニングのための鉄アレイなどがあるものの、娯楽的なものは一切なかった。携帯ゲーム機も持っているが、机の中で眠っている。今の陽太にとってテニスが全てだった。全国大会で優勝する、それしか頭に無い、はずだった。


「はぁ・・・」


ため息をつき、天井を見つめる。


「夕矢が羨ましいよ」


心の奥から出た言葉だった、いつも自由でマイペース、努力はしないがそれでも成績も運動神経もいい。ただそれを表に出さないだけ。小さい頃からずっと変わらない。親友であり、幼馴染であり、そしてライバルだ。向こうはそんな気などないのだろうが、自分にとって夕矢は特別な存在だった。雑誌の取材などでライバルは誰かと聞かれることは多い。そんな時、決まって陽太はこう答えていた。自分である、と。それは嘘ではない。だが真実でもなかった。自分にとってライバルは夕矢しかいない。夕矢がいるからこそどんな努力も惜しまないのだから。


「あいつとの差は、今、どれぐらいなんだろう」


ポツリとそう呟いて身を起こす。机の上に置いていたペットボトルのスポーツ飲料水を飲み干し、電気を消して寝転がった。明日もまた暑い中での練習が待っている。それは苦痛ではない。今でもまだリードし足りていない、そう思うからだ。どんなに努力してもし足りない、それほどに陽太の中で夕矢の存在は脅威なのだ。


「羨ましい」


誰に言うでもなくそう呟いて目を閉じた。疲れのせいか、すぐに深い眠りの中に落ちていく陽太は夢の中ですら夕矢と戦っているのだった。



サングラスにマスク姿の女が門の外からチラチラとこちらの様子を伺っているのが見えた。玄関を出た矢先の出来事に暑さとは違う汗が額を流れていくのは何故だろう。


「茜ちゃん・・・・何やってんの?」


見た目同様、可愛い声が怯えていた。サングラスの女、茜は体をビクッとさせてからマスクとサングラスを外してにへへと笑った。その笑顔にもドン引きしているのは夕矢の妹である明日那あすなだった。人気雑誌の読者モデルをしている明日那が撮影に出かけようとした矢先の遭遇だった。見るからに怪しいその人物が茜だとすぐにわかったが、声を掛けていいものかどうかを迷うほど引いていたのだ。



「あー、うん・・・暇つぶし、かな」

「どんな暇つぶし?怖いよ」


本気で怯えている自分に愛想笑いをする茜に苦笑し、明日那は玄関脇に止めてある自転車を出しながらそれでもまだ様子を窺っている茜の方を見やった。


「お兄ちゃんなら出かけたよ」

「えっ!も、もう?」

「うん。9時半には出たよ。デートかもね」


時計を見て今が10時だと確認していた茜の思考がそこで止まった。この時間ぐらいに出かけるだろうと張っていたのだが、予想を上回る速さで出かけた夕矢がデートだと聞かされてはこうもなる。


「デ、デートって・・・・まさかぁ」


笑ってそう言う顔が引きつっている。明日那は苦笑を濃くしながら自転車に跨った。


「いつものコンビニとかなら部屋着に近い格好だけど、今日は割りと普通だったし」


そう言われた茜は夕矢の普段着を思い出す。たしかにラフすぎる格好でレンタルDVD店やコンビニに行く夕矢を知っている。一度陽太と3人でファミレスに行った時でもそういったラフすぎる格好だったほどだ。そんな夕矢が出かける際にそれらしい格好をしたとなるとデートといわれても仕方がない。予想よりもショックを受けている茜にどう声を掛けていいかわからない明日那だったが、適当に慰めの言葉を掛けると颯爽と自転車を漕いで行ってしまった。


「夕矢がデートって・・・・嘘でしょ?」


現実逃避は続いていたが、それも仕方がない。もしもを考えてのお粗末な変装で様子を伺った挙句にこれだ。茜はとぼとぼと家に戻ると服を着替え、帽子を目深に被って自転車を外に出した。今更どこを探していいかなど検討もつかず、時間も経ちすぎている。だから気分転換に自転車を走らせた。決してあわよくば発見したい、そんな考えなど無い、そう自分に言い聞かせながら。



知り合いの目を誤魔化すために離れた場所で、そう提案した香の意見を却下したのは夕矢だった。それこそ、そんなところを見つかればあらぬ噂が立ってしまうからだ。ここは自然に学校と香の家の中間地点にある駅前のファミレスが妥当ということでそこに入っていた。もし誰かに見つかっても出先でたまたま会って、暑さしのぎにここに入ったで済むからだ。夕矢はともかく、香は可愛いので人気が高い。それに香としてもオタクである自分と噂にはなりたくないだろうとの夕矢の判断だった。それを聞かされた香は夕矢に対する見方を少々変えたほどだ。こうまで頭の回転が速い人間だとは思っていなかった。一緒にいる陽太が万能なせいか、どうしてもそれよりも下になる夕矢に対する偏見でもあった。2人はとりあえずドリンクバーをオーダーし、香は朝ごはんがまだだということでサラダも注文する。ジュースを入れて席に着き、それから香が自分の趣味について話し出した。


「弟がいるのはラインで話したよね?んで、その弟がハマってたギャルゲーがあって、それに出てくる女の子が可愛くって・・・・ハマったの」

「女のお前が女を口説くようなゲームすんのかよ・・・」

「なんか絵が可愛くて・・・で、ズルズルと・・・・一発クジとかにも手を出したり」

「まぁ、よくあるパターンだ」


呆れる様子もなく、夕矢はジュースを飲んでそう言った。やはり同じオタク同士、偏見はないらしい。


「でも周囲はオタクを嫌ってるし、実際、以前は私もそうだったし・・・・」

「葛藤の日々、か」

「正直、坂巻が羨ましかった。隠さずに堂々とオタクしてるのが」

「褒められてる気がしねーが、ま、隠す必要なかったしな」


小さく微笑む夕矢に香も笑みを見せた。夕矢は自分がオタクだということを隠していない。むしろ公言し、そういった仲間とつるんでいる。休み時間でも堂々とそういう話題を口にしては周囲の女子から引かれている状態だ。だが持ち前の明るさ、そして優等生で女子たちの憧れの的である陽太と幼馴染というポジションのせいか、そこまで気持ち悪がられることもなかった。


「まだオタク暦は1年だけど、半年前にカルフェスのことを知って・・・・んで、行きたくなったわけ」

「1年か・・・まぁ、一番楽しい時期だよな。知識は増える、購買欲も増える」

「うん。で、たまたま茜から坂巻はほとんど毎年カルェスに行ってるって聞いてさ」


コップにささったストローを指先でくるくる回す香が可愛く見える。言葉にも羨望と嫉妬が入り混じっているのがわかった。


「金かかるぞ。俺なんて1年がかりで貯めてるからな」

「うん。貯金は結構あるんだ」

「どんくらい?」

「20万ほど」

「今のお前の範囲なら、多分、5万あればそれなりに買えるぞ」

「そうなの?」

「なんでもかんでも欲しがらなきゃな」


夕矢はお気に入りのアニメやゲームのグッズにしか興味はない。幅広くオタクをしているが、欲しい高額なフィギュアは厳選して手に入れているからだ。そういった意味でも、カルフェスは夕矢にとっても祭りなのだった。香は手の動きを止め、じとっと夕矢を見やる。


「なんでもかんでも欲しいタイプなんだけど、私」

「なら全額持ってけ。実際に行ったらこんなもんかって思うかもしれねーしな」

「でも・・・んー・・・・」


やはり貯金を全部使うことは気が引けるらしい。悩む香を見て苦笑した夕矢が空になったコップを持って席を立った。それを合図に香はサラダをつつき始めた。そうしながらも頭の中では金額が飛び交っている。そんな様子の香を見つつ席に戻った夕矢はジュースを飲みながら窓の外へと目をやった。行き交うカップルがやたらと目に付く。そんなカップルたちを目で追う夕矢に香がくすりとした笑いを浮かべて見せた。


「どういう意味の笑いだ、それ」

「あんたはカップルとかに興味ないと思ってた」

「ホモじゃねーし」

「そうじゃなくってさ・・・んー、オタク関係にしか興味ないんだと思ってたってこと」


香の言葉に苦笑し、再度目を外へと向ける。


「ま、正解だな、それ」

「1つ、聞いてもいいかな?」

「どうぞ」


顔を窓の方に向けたままぶっきらぼうにそう答える。見た目がワイルドな不良系なだけに誤解されそうだが、夕矢は優しい性格をしている。言葉遣いも荒く、一緒にいる陽太が紳士的なせいかそういう面だけが目立ってしまいがちだが、仲良くなればそうではないことはすぐにわかるのだ。


「茜のこと、好きなの?」


ストレートな物言いに笑みを浮かべ、ゆっくりと香を見やった夕矢はそのまま一旦間を置くようにジュースを飲む。香は答えにくい質問をしたこともあって黙って夕矢が返事するのを待った。


「好きじゃないよ、あいつは幼馴染だ。それ以上でも以下でもない」

「ホントに?」

「ああ。それに俺は一度フラれてるしな」


表情もなくそう言うとジュースを飲んでいく。そんな夕矢を驚きの表情で見るしかない香は頭の中で混乱をきたしていた。端から見ている限り、茜が夕矢に幼馴染以上の好意を抱いている感じがしていた。確かに夕矢は茜に対して恋愛感情はなさげだ。逆に陽太は茜に気があるような感じは見て取れている。しかし茜が夕矢をフったとは思えなかった。間違いではないのかと思う。


「告白したの?」

「まぁ、な」


さすがの夕矢も言い難そうにしたためにこの話題はここで切らざるを得ない。今夜にでも茜に確認を取ってみようと思う香だったが頭の中の混乱はしばらく収まりそうになかった。


「で、カルフェスなんだけど、10時開場だ。けどすごい並んでるから10時に行った時点で中に入れるのは12時がいいとこだな。俺は8時前には並びたいから、ほぼ始発で行くことになるけどいいか?」


さらりと話題を変えた夕矢にどこか救われた気がする香は頭の中をカルフェスに切り替えた。話を聞くだけでもやはりオタクたちの勢いは凄いものがあると思う。中にはカルフェス限定商品もあるためにそれを確実にゲットするためには前日から並ぶ強者もいるのだろう。だが香はまだそこまで深いオタクでもないし、限定で欲しい物もない。かといって12時に入って夕方5時までとなると、広い会場内を全部見られるか心配だ。帰る時間も考慮すれば夕矢に従わざるを得ないのだろう。


「それでいい。いつもの坂巻のペースに合わせるから」

「ん。んじゃ直前にまた連絡しよう。ブースとかの配置も連絡する」

「ありがとう、よろしくね」

「ま、いつものことだから、気にしなくていい」


夕矢がにんまりと笑ってジュースを飲み干した。その後はカルフェスのことなどを香が質問して時間が過ぎていく。そうして1時間が経った頃、夕矢が時計を見て座ったまま軽く背伸びをしてみせた。


「で、ここで解散?」

「んー、実はちょっとお願いが・・・」


夕矢にすれば今日は香の話を聞いてカルフェスのことを告げられればいいと思っていた。それに香にしても自分とこうして2人でいるところを見られたくないだろうと思っていたからだ。オタクと一緒にいて噂されれば迷惑だろう、そう思っていたのだ。


「お願い?」

「クジ運、いいんだよね?」

「ああ。最強だぞ」

「魔法少女ユイのクジ、今日からなんだ・・・・で、出来たら2千円以内でA賞かB賞が欲しいの」


魔法少女ユイは深夜にやっている人気のアニメだ。かわいいキャラが活躍する割に、あまりに濃い内容がかなりの人気を呼んでいる。その一発クジが今日から発売されているのは夕矢も知っていた。A賞からE賞までは大きさ20センチほどのキャラクターフィギュアでありA賞とB賞はその中でも主人公のユイとライバルであるユミの大型フィギュアだった。並べると戦っているように見える仕様にもなった優れものでもある。


「OK、当ててやる。千円で2つ、な」


夕矢はそう言いきって席を立つ。それが1回5百円のクジを2回で当てるという意味だと気づくまで数秒を要した香が驚きの顔をしてみせる。


「言い切っちゃって、いいの?」

「俺のこの手に不可能は無い」

「まさに中二病・・・」


この間も聞いたその台詞にニヤリと微笑み、夕矢はコップの中の氷を1つ口の中に入れるのだった。

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