表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コネクト  作者: 夏みかん
第5話
42/43

心、コネクト(8)

温泉旅行は何事もなく終わった。お酒をたしなむ年頃ならば大きく違っていただろうが、さすがに高校生、しかも男子1人に女子4人となればそれもない。冷やかしを受けるのはカップルで参加している陽太と雪ばかりであり、たまに矛先が香に向く程度なのだった。それでも5人の友好を深める旅になったのは間違いなく、絆は強くなったと思えた。そして平穏な日々が続き、冬のカルフェスまであと1週間と迫った時期になる。このイベントは今回は簡易化されたコミケも導入されての大型イベントとなり、過去のカルフェスと比較しても国内初ということで今までにはない混雑が予想され、対策を練るために愛瑠が会議の開催を進言して部活のない水曜日の放課後に愛瑠が行きつけの和菓子屋に行くことが決定した。限定品の確認やクジのこと、ブースの巡回順を吟味するのだ。また、コミケに関して対応することも重要になる。一方で、温泉旅行でひらめいた新作の執筆に入った茜も忙しい日々を送っていた。部活に執筆、明日那の描く漫画に関する印刷や管理など大忙しだ。特に今までこういったイベントに興味もなく、また初参加になる不安と緊張もあってか、茜は明日那の部屋に来ることが多くなって夕矢から疑いの目を向けられていたものの、そこは明日那が恋愛相談という嘘をもって撃退している。そして水曜日、夕矢は愛瑠と香に急かされる感じで和菓子屋に向かった。掃除当番だったこともあって時間が押しているのだ。大福や黄な粉餅などを注文して2階にあがり、目立たない階段脇の奥まった席に座った3人はパンフレットやネットの情報などを印刷した紙を広げて吟味に入る。まずは限定品の確保を香と愛瑠が、その間に夕矢がクジを引くという初期行動に変更はなかった。その後、待ち合わせて目当てのブースを回り、最後に同人誌を見て回るという大まかな予定に沿って細かい部分を吟味していた時だった。


「あら、こんなところで秘密の会議?」


話に夢中になっていたせいか、すぐ脇に立っていた雪と陽太に気づかなかった。夕矢は苦笑し、愛瑠と香はあわてた様子を見せるが、テーブルの上のチラシを手にする雪はそれを見つめて小首を傾げた。


「カルフェス?これってあの時言ってたやつかな?」


意外と興味を示す雪が狭い通路を挟んだ真横に腰かけ、その正面に陽太が座る。香の趣味のことは知っているとはいえ、こんなイベントに参加していると知られるのは複雑な香と愛瑠は困った顔を見合わせるしかない。


「この間も言いましたけど、オタクの祭典ですね。アニメ、漫画、特撮、ゲーム、そんなジャンルの最新情報やおもちゃの展示、トークショーに即売会、そんなのを最近できた臨海副都心のビッグシェルで開催するんですよ。今はどこを回るかっていう相談をしてるんです」


夕矢がそう説明するとふむふむと口にしつつテーブルを移動させて夕矢たちのテーブルにくっつける。この間は話が途中で有耶無耶になったために雪としては興味がそそられるのだ。いくつかの質問を投げてそれに夕矢が答える。その様子を見つつ嫌な予感がしてならない陽太は黙々とみたらし団子を食べている状態にあった。そしてその嫌な予感は的中してしまう。


「陽ちゃん!行きたい!私、これに行きたい!」


目を輝かせる雪にため息で返す。アニメや漫画に興味などない雪であったが、こういうイベントは大好きなのだ。まるでお祭りに行くような気持ちになっている雪を止める言葉が見つからず、陽太は大きなため息をついてからそれを了承した。


「でも、圧倒されますよ、きっと」

「気分悪くなっちゃうかも」


香と愛瑠が心配するが、大丈夫を連呼するためにそれ以上何も言えなくなってしまった。とりあえず参加ということで、飲み物と簡易的な食べ物を持参するように進言し、あとは待ち合わせ時間を決めた。作戦会議は思わぬ珍客を呼び込んでしまったが無事に終わり、あとは当日を待つばかりとなったのだった。



茜の処女作が大作だったこともあって、全6作に分けたうちの2作までをカルフェスで発売することに決めていた。残りは完成度を高める意味もあって夏のコミケに回し、そこで新作も交えて合計4作品を売る計画を立てた明日那は親友の姉にそれを告げていた。同行した茜のストーリー構成に舌を巻き、元々売れ筋だった明日那の画力と合わさってとんでもないヒット作になると睨んだその女性はその申し出を了承した。ブースは長机1つ分しかなく、50冊ずつ100冊を準備した明日那たちに加え、その女性の作品が200冊、さらにその友人の作品2つの100冊となればぎちぎちに並べる必要があった。売り上げに関しては各作家に入るために売れば売れただけが手元に入るシステムだ。ただ、茜たちの場合は8割を売り上げないと利益にはならない。つまり40冊ずつ売れてようやくわずかな利益となるのだ。


「明日は開場が10時なので、搬入は7時から。私たちは7時半に搬入なので7時に現地着で行くから」


そう言われた2人は頷き、やる気になる明日那とは違って茜は緊張した表情をしていた。こういうイベントが初めてな上に、一般向けとはいえ男子同士の純愛を描いた本を売るのだ。しかもモデルは自分たちとなる作品となれば緊張して当然だ。知り合いにバレないかが怖いものの、バレてもそこに来た時点で同じ趣味を持っているだけと言う明日那は気にもしていなかった。ただ、夕矢や香たちに遭うのが怖い、それが気持ちの大半を占めていることも理解しているが、彼らがBLに興味がなく、むしろ毛嫌いしていることを知っている明日那にすればBLコーナーに来ることすらないと睨んでいた。


「じゃぁ、当日は6時半に駅で」

「わかった」


緊張をそのままに家に入る茜は明日に備えてさっさと風呂に入り、夕食後は早々とベッドに入る。どうせ緊張で眠れないのなら横になっていようとの判断だ。事前リサーチで夕矢たちは8時半に現地入りと知っているため、かち合う危険性もない。それでも出くわすかもしれないという恐怖心がずっと自分の中で渦巻いているのを感じている。


「香もこんな気持ちだったんだろうなぁ」


香の趣味を知らなかった頃の自分を思い出す。そうしてため息をつき、香の趣味より酷い自分の趣味に自己嫌悪の嵐が吹き荒れる。とにかく目をつぶり、不安と格闘すること数時間、5時にセットした目覚ましの音に敏感に反応した茜は寝不足気味の顔をしつつそっと部屋を出たのだった。




その圧倒的な建物は建築された時に世界中に報道されていた。3階までは普通のビルだが、その大きさはショッピングモール2つ分を誇っている。4階より上は緩いカーブを描く楕円形を取っており、最上階である8階は三角となって頂点の屋上にヘリポートが設置されていた。元々はオリンピックに伴う施設であったのだが、見直しがかけられた結果、オリンピックのせいでイベント会場になっていた建物がことごとく使用不能になるためにそういったイベント専用会場として建築されたものである。実際に来るのは初めてなせいか夕矢たちもどこか圧倒されていたが、それ以上に人の多さに圧倒されているのはこういうイベントに初参加となった陽太と雪だ。夕矢たちはホビーショーや夏のカルフェス等で多少は慣れているが、今回はその比ではない。おそらく開場後も2時間は並ばなければならないだろう、それほどの人で溢れかえっていた。最早限定品は諦めるしかない、そんな悲壮感の中でクジだけはという希望が香と愛瑠の中にある。そうして不安と闘い、開場から1時間、意外と早い11時に会場入りした夕矢たちはまず限定品を目指す香と愛瑠が駆け、夕矢は陽太と雪を伴ってクジへと向かう。幸いというか、意図的なのか、まだ8作品全てのAからC賞は出ていないようだ。各作品3回までの制限があるが、目指す作品は2つ。うちAからC賞を引き当てればいい夕矢にすれば楽勝で、1時間も並んだもののそのすべてをかっさらう神業に周囲は落胆し、盛り上がりもした。中にはイベントにおける夕矢のクジ運を知っている者もいて、不正だなんだと騒ぎ立てれもしたが、主催者側がそれを否定し、ネット上でも『神の右手を持つ男』と評されていることもあってさらに有名人になった夕矢は今後のイベントのことを思うと困惑した表情でそれに応えた。夕矢の能力を知らない陽太と雪はその引き運の強さに感心するしかない。そうして香に連絡を入れて合流した夕矢は欲しかった限定品の1割しか買えずに落胆していた香と愛瑠を鼓舞するクジの景品を渡し、愛瑠は陽太と雪の目の前でいつもの台詞といつもの回転を初披露してドン引きさせたのだった。その後は興味のある作品のブースを見て回る。人は多いものの広すぎる会場のせいか見づらいということもなく順調に回ることができていた。気にしていた雪の体調不良もなく、興味津々で各作品ブースを見ていく雪にホッとする夕矢は時々水分を取るように全員に促していた。一方で、何故か怯える目をしつつ雪を見やる陽太は香と愛瑠の普段にはない高いテンションに圧倒されつつそれになじんでいく雪が確実に感化されている様に不安をあおられていたのだった。


「昼はどうするんだ?」


少し疲れた顔をする陽太が時計を見れば、もう1時半を回っていた。


「7階にフードコートがあるけど、まず座れない。だからファーストフードを買って廊下で食べる」

「・・・・なかなか厳しいな」

「でも楽しそう」


ゆっくり座りたかった陽太と違い、雪は元気そうだ。嬉しい誤算とはいえ、どこか怖い気がして止まない。5人は混雑するエスカレーターを上がって7階に行く。昼時を過ぎたとはいえフードコートは人で溢れ、代表で3人が買いに出た。無難に各自が選んだバーガーセットを買い、そのまま廊下に出て上から下までガラス張りで囲まれたスペースを確保して座った。廊下も人で溢れている状況に閉口する陽太も食べ物が胃に入ればそれも和らぐ。気になったアニメの内容などを香たちに聞く雪にため息をつきつつジュースを飲む陽太を見た夕矢がそっと肩をくっつけるようにして近づいた。


「ありゃハマるかもな」

「・・・・だろうな」

「そう気にしなくても上手く抑えてやればいいだろ?」

「それができるなら苦労しないけど・・・結構ハマるタイプなんだよなぁ」

「天然だしな」


そう言って笑う夕矢と違い、ため息しか出ない陽太。


「一過性であることを願うよ」


そう言うのが精いっぱいな陽太に苦笑を返すしかない夕矢は、それでも香や愛瑠がいるためにこの道に嵌って抜けられないだろうと思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ