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コネクト  作者: 夏みかん
第5話
40/43

心、コネクト(6)

イルミネーションが青、オレンジ、赤、ピンクと、街路樹を様々な光の実のなる木に変化させていた。葉の落ちた木に人工的な光で彩りを与えるその綺麗さは道行く人の気を引いた。2人は手を繋いで街路樹の光を見つつ歩いている。他愛のない会話もどこか弾んでいる気がしていた。


「あ、そうだ・・・・ちょっといいかな?」


この雰囲気の中ならいける、そう確信した香が夕矢にそう言い、手を引いて歩き出す。夕矢は何も言わずに香に手を引かれ、そのままオタクの店のあるビルの中に入った。昨日来たとはいえ、ここだけは異質の世界に感じる。数多くのカップルや親子連れがイルミネーションを楽しんでいるというのに、ここはフィギュアや漫画、アニメに関して話をする者たちばかりだ。季節もイベントも関係がない。香は店には入らず、そのまま一番人の少ない6階へと進んだ。このフロアはコスプレ衣装などを売っている店が多いせいか、あまり人がいないのだ。しかも時間的にほぼ皆無であり、並んで歩く2人は客引きのコスプレした女性に何度となく声をかけられるものの、無視をして歩き続ける。こういうものに興味があるのかと疑問に思う夕矢は、先週見たBLショップの店から出てきた茜と明日那の姿を思い出してため息をついた。そんな夕矢をチラッと見つつ香が向かった先はエスカレーターの陰に位置する外が一望できるガラス張りの場所だった。こちら側にはここより低いビルしかないため、イルミネーションもよく見える。車のライトも幻想的な光を放つそこは穴場中の穴場だ。


「ほぉ、こりゃ綺麗だ」


さすがの夕矢も感嘆の声を出す。香はそんな夕矢の横に立つと食事中に実践しようと決めた行為に出るのだった。繋いでいた手を離し、一瞬自分を見つめる夕矢を無視して夜景に視線を向けたまま動かない。そんな香から視線を夜景に戻した夕矢の前に立つと両手を伸ばして夕矢の後頭部でそれを組もうするものの叶わず、少し夕矢が頭を下げたことでようやくそれは達成できた。頭にクエスチョンマークが浮かぶ夕矢が首に力を入れたせいか、香の思惑通り夕矢の上半身は折れず、少しぶら下がるような格好になってしまった。


「何やってんの?」


夜景が見づらいことから来た行動なのかと思ったがそうでもないらしい。顔を伏せてプルプルする香を見つつ、夕矢はそっと香の頭に手を乗せる。だがそれは勢いよく振りほどかれてしまった。


「なに?」


どうしていいかわからない夕矢が困った声をあげる中、顔を上げた香は涙目になっていた。そんな香を見て、そしてさっきの行動にぴんとくる。夕矢は苦笑し、それから香の頬にそっと冷たい手で触れた。今度は香も振りほどこうとしない。夕矢は少し体を曲げてそのまま香の顔を覗き込むようにしつつ目を閉じる。香は既に目を閉じていた。そのまま唇が触れ合うが、それからどうしていいかわからずに10秒ほどお互いにじっとしていた。やがて夕矢の顔が離れ、香が夕矢に抱きついてくる。けれど、やはり身長差のせいかしっくりくる位置に収まらなかった。夕矢は再度苦笑を濃くし、それから香の腰に腕を回してぐっと抱きかかえる。茜に2人のことを話したあの廊下の時のように。すぐ目の前に香の顔があった。嫌がるそぶりを見せず、じっと自分を見つめている。夕矢の首に回した香の両腕が自然な感じになっていた。


「キスは毎日して欲しいって言ったら、怒る?」

「うんにゃ」

「毎日、だよ?」

「出来るよ」

「学校でも?」

「ああ」

「ホントに?」

「出来るよ」

「じゃぁ、毎日して」

「わかった」


そう言い、香がそっと夕矢の頬を両手で包み込むようにしてみせる。両腕がふさがっている夕矢はされるがままの状態だが、抱き上げた香を離さないように力を込めた。香の体に負担がないように優しく。そのまま香の顔が近づき、2人はキスをした。触れては離れ、離れては触れる、そんなキスを。そうして数分、満足したのか顔を離した香が小さく恥ずかしそうに微笑んだ。夕矢は真剣な目をしつつもそこに優しい光を点らせている。


「私さ、ずっと考えてた」

「なにを?」

「夕矢のどこを好きになったのか」

「ほう。で、どこ?」

「わかんない」

「ぶん投げようか?」

「そう言う夕矢は?」

「小柄なくせにばかでっかい胸」

「おろせ!バカ!もう嫌い!」


暴れる香をがっちりと抑え込み、夕矢は小さく微笑んだ。


「俺もどこが好きかって聞かれたらわからない。でも、それでいいって思ってる」


それを聞いておとなしくなったものの、鋭い目をして夕矢を見つめる。そんな香に笑みを消し、それからそっと香を下して片膝をついてみせた。


「そこがなくなったら嫌いになるとか、そういうんじゃないんだよな・・・きっと、全部なんだと思う」


微笑む夕矢が随分と大人に見える。元々どこか大人びていたせいか、16歳には感じられない。


「容姿とかそういうんじゃなくってさ、持ってる空気みたいなのが同じだったからだと思う。まぁ、容姿は正直好きなタイプだし、俺、おっぱい星人だし」

「・・・・嬉しがっていいのかな?」


最後の言葉に引っ掛かりを感じるものの、それでも表情は嬉しさを隠せない。それはきっと自分も同じだと気付いたからだ。茜と一緒にいた時から感じていた似た空気。趣味がそうなのだろうが、それ以外でも自分たちは似ていて、だからこそ引き合ったのだと思う。夕矢は立ち上がるともう一度香を抱き上げた。あれほどコンプレックスだった背丈も、こうされるためだと思うと許せてしまう。


「今度から週に一回はこうして抱っこして」

「かしこまりました、香姫」

「ん」


そう言い、2人は都合3度目のキスをした。自分のコンプレックスが少なくなったのも夕矢のおかげだと思う。オタクであることを隠していた辛さももうない。背が低いことも抱っこされるための要因だと思うとそれでいいと思う。


「仕方がないから、卒業旅行は部屋に露店風呂がある旅館にしてあげよう」

「そっか。じゃぁ、お言葉に甘えるよ」


そう言って笑いあい、2人は力強く抱きしめあうのだった。



週が明けて2日だけ学校に行けば祝日である。今日、陸上部の部活は休みで、香は夕矢と愛瑠を伴ったデートに出掛けている。コーチである池谷愛が友人の結婚式に参加するために休みとなっているのだ。対してテニス部は部活があるため、雪は家で編み物をし、陽太は寒空の下でテニスに汗を流している。そんなこの日、茜は明日那の部屋にいた。ベッドに正座をし、机の上で起動させたノートパソコンを真剣な目で見つめている明日那を緊張した面持ちで見つめている茜は唾を大きく飲み込んだ。茜が書いた小説の最後のページを読み終えた明日那はふぅと大きく息を吐くと目を閉じて動かなくなった。余韻に浸っているのか、それとも言葉がないほど酷いのか。ドキドキする茜は姿勢を正すとゆっくりと椅子ごと自分の方に向く明日那を怯えた目で見つめていた。腕組みした明日那が正面に茜を捉え、そのままゆっくりと息を吐くとカッと目を見開いた。芝居がかったその仕草を咎めようともせず、緊張した顔をした茜は頬を伝う汗の感触だけを感じ取っていた。


「正直言うとね、ナメてた・・・」


どういう意味かわからないが、茜はとりあえず頷いた。反射的、と言ってもいい。


「はっきり言うね・・・その・・・」


ごくりと唾を飲んだのは茜か、明日那か。とにかく、わけのわからない緊張感が部屋を包み込んでいた。濃い、しかもとびきり濃い空気だ。


「天才的だよ!茜ちゃん!あんたは凄い!何がって、わかりやすい文章、想像しやすい場面、気になる心情、そして兄貴が陽ちゃんに堕ちていく過程!茜ちゃんが最後に事実を知って闇に堕ちるだなんて!」


興奮を隠そうともせずそう言い、明日那は立ち上がった。拳を握りしめ、そしてそれを天に向かわせる。


「これはもうすごい!そこで、ね」


ずいと一歩出た明日那が怯える茜を押し倒す。ベッドの上に倒された茜の頭の両サイドに自身の両手を置き、上から茜を覗き込む態勢となった明日那は真剣な目をして見せる。まるで今から愛の告白でも始まるかのような目と緊張感で茜を押しとどめているようだ。


「この作品を世に出そうと思います!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


言っている意味を理解するのにかなりの時間を要してしまった茜が顔を真っ赤にして激しくうろたえた。ついでに意味不明な言語を連発してその動揺をありありと前面に押し出した。それを一通り味わってから椅子に座った明日那は小さく微笑み、ビシッと茜を指差す。それにビクッと反応しつつ、今は明日那の言葉を待った。


「2月にあるカルフェス、ワンダーカルチャーフェスティバルってイベントがあるの。そこでは同人誌即売会、まぁ通称コミケってのが、まぁ、ちょっと違うけど、とにかくそういうのがあるんだけど、その小規模即売会が開催される。私は高い競争率をかいくぐり、そこへの参加の権利を得たものの発表する作品に行き詰っておったのよ」


腕組みをしてうんうん頷くその姿はどこか偉そうにしている夕矢に見えた。


「そこで、だ」


ずいと前に出た明日那が飛び掛かるように茜を抱きしめ、そのまま再度ベッドに押し倒した。


「茜ちゃんが原作、私が作画で本を出そう!これ絶対に売れるよ!お金は完全に山分け」

「お金って、儲かるの?」

「予算内で描き、予算内で本を刷る。売り上げが、つまりは数が多く売れれば黒字、少なければ赤字。いつもはトントンだけど、今回は、ふっへっへっへ・・・・勝てる!」


ベッドの上に立ってグッと拳を握る明日那は勝利を確信していた。それほど腐女子の魂を揺さぶる作品を茜は作り上げたようだ。


「もちろん、人物名から何から変えないといけないし、私たちのユニット名も考えてエントリーしないと」

「でももうエントリーしてるんじゃ?」

「売り場所を確保したの。あとはサークル名ってか、ユニット名を登録するのみ!あと作品名も」

「私ってバレないかな?」

「売るときは私もコスプレという名の変装しているし、大丈夫」

「そっか」


行く気満々になっている茜を見て内心でホッとしつつ、明日那はユニット名を考える。


「茜と明日那で・・・・・あすなろあかね?」

「モロバレだよね?」


ため息をつく茜を見て苦笑しつつ、そのまま候補を出しあってあれこれ言いあう。結局、わけもわからないままイベントに参加することになった茜は、前途多難な道のりをこの時は想像すらしていないのだった。

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