心、コネクト(5)
掘り出し物はなかったが、お気に入りのアニメの食玩が売っていたのは香にとって収穫だった。あとは来週のクジにお金を注げば当面欲しい物はクリアとなる。来月はホビーショーにクリスマスといったイベントがあるため、出費は最小限に抑えたいのだ。話も弾む中、同人誌のフロアである4階に来た2人は、満面の笑みで店から出てくる明日那と茜の姿を見て顔を見合わせた。明日那といい、茜といい、こんな場所に来る趣味などないはずだ。
「ん?」
出てきた店がどういう店かを確認し、香は青ざめ、夕矢は顔が引き攣るのを感じていた。
「まさか、な」
「まさか、ね」
同時にそう言い、固まるしかない。明日那と茜は2人に気づかず、背を向けてフロアの奥へと歩き出した。とりあえず不審な動きをすればバレてしまう危険性があるため、一旦普通の本屋に入る。夕矢は茜と一緒にいたのが自分の妹だったことを説明するが、動機が激しいせいかどもってばかりだった。
「BLの店、だったよな?」
「う、うん・・・でも茜、そんな趣味あったっけ?」
「明日那も読んでたのは普通の漫画だったけどなぁ」
考えても答えは出ない。かといって問い詰める勇気がない2人が下した決断はとりあえず忘れようというものだった。たまたま2人で買い物に来て、茜が香の趣味を理解するためにこういう店を回っているという可能性もほんの少しはあるはずだ。たまたまそういう店から出てくるのを見た、そう結論付けたのだ。ようするに考えるのが怖い、真実を知るのが怖いから逃げたというわけだった。
「と、とにかく、忘れよう。機会を見て俺から明日那に聞いてみる」
「うん」
普通のオタクの店から出てきたのであれば話かけも出来ただろうが、BLとなれば分野が特殊すぎる。だから2人は現実逃避をしたのだ。しかしこの日、この衝撃が尾を引きすぎてせっかくのデートも楽しめない状態に陥ってしまったのだった。
*
週が明けても香は茜と普通に接した。あれが本当に茜だったがどうか、曖昧だった部分が記憶を上手く操作したとしか思えない。確かにオタクに対して偏見を持たなかった茜だが、かといって自分がBLにハマった茜に偏見を持たないかどうかは疑問だ。少なくとも茜に変化はない。夕矢と付き合い始めてから今までも。
「やっぱ走ると寒いのも吹き飛ぶよね」
一緒に帰る茜の言葉に頷くものの、あの日BLの店にいたよねとは聞けない。
「茜、なんか明るくなった?」
様子を探る風でもなく、本心からそう言っていた。現に茜のタイムは伸びているし、元気もあって充実しているようだからだ。もちろん、香も同じだ。夕矢と付き合ってからはタイムも伸びているし充実している。まだキスもしていない関係ながら2人にがっつきがないこともあってそれでいいと思っていた。
「最近は充実してる。夕矢の事も吹っ切れたみたいだし、それでかな?」
微笑みながら、それもこれもBLのおかげだと思うが顔には出さない。これに関しては絶対にバレてはいけないと思っているし、そうしている自分に酔っているせいもある。
「そっか」
「そっちはラブラブしてんでしょ?」
「普通かな」
「ほぉ~」
疑いの目を向ける茜に苦笑するが、実際には手を繋ぐぐらいの行為しかしていない。
「12月に入ったら温泉の詳しい話しようって雪さんが言ってたから、雪さんの家に泊まりになるよ」
「大きい家だって言ってたよね?」
「お嬢様らしいからね」
「すごいね」
そういう会話になったせいか、香もまた自然になった。そうして駅で別れた茜は電車に乗り、今日も早足で自宅に帰る。日が落ちるのが早くなったこともあって帰宅時間が早いのはいいことだと思い、まずは風呂に入った。そして夕食までの間に少しでも作品を進めたくてパソコンに向き合っていた。完成はもう目の前だ。創作意欲は凄まじく、かなりの超大作になっていた。
「今日中には終わりそう」
夕食に呼ばれてそれをとるのももどかしく、それでも空腹を十分に満たすまで食べた茜はまたすぐに自室にこもった。そして処女作が完成する。午後10時23分のことであった。
「で、できた!」
何度も保存し、感動に打ち震える。そのまま明日那に完成を告げる電話をし、パソコンのメールで作品を送付した。あとは感想を待つだけなのだ。幸い、来週は祝日もあるので、その日に集まる約束もしていた。人に自分の作品を見られる恥ずかしさと、どういう評価を下されるのかという恐怖が入り混じるものの、やり遂げたという充実感がそれを上回っている。夕矢への気持ちをこういう方面にぶつけたせいか、心の中はすっきりしている茜なのだった。
*
昨日は愛瑠を含めた3人でオタクの店を巡り、香と愛瑠は夕矢の能力もあって一発クジのA賞とB賞をちゃっかりと手に入れていた。久々の遠征に愛瑠のテンションは高く、香もまた負けじと高かったこともあって夕矢としては少しばかり疲れた日でもあったものの、久しぶりの3人の集結は素直に楽しかったと言えるものだった。そして今日は日曜日、香とのデートの日である。11月も半ばを過ぎてくるとイルミネーションがきらめき始める。2人は珍しく普通のデートを楽しんでいた。ゲームセンターに行き、深夜アニメの劇場版を見てボウリングをする。昨日、愛瑠を含めてオタクの店巡りをしたのもあってこうなっていたのだ。映画に関しては愛瑠が興味を示さなかったために2人で見たのであって、もし昨日見ていたら今日はその辺をブラブラしていただけになっていただろう。
「昨日は暖かかったのに」
そう呟く香は厚手の白いコートを着込んでいた。長いスカートにブーツ姿とはいえ、やはりどこか中学生っぽい。この春までは中学生だったとはいえ、最近では自分は童顔ではないかと思い始めるほどだ。夕矢と付き合いだしてそういうのを気にしたのもあるせいか、背の小ささ、顔の幼さが気になって仕方がなかったのだ。小学生の頃から胸だけは大きいが、そのせいでロリコンに追われたこともあった。
「もう少し背が欲しいなぁ」
ショーウィンドウの中で飾られているのは赤いコートだった。マネキンが着ているそれは大人っぽく、それでいて誰でも着こなせそうなデザインとなっている。
「これなら十分着れるだろうに」
「丈が、ね」
困ったような笑みを浮かべる香にため息をつき、その値段をチェックする。しかし見るだけだ。小柄な香が着ても中途半端な丈になるわけでもなさそうで、ややロングコートっぽくなるのもまた可愛く見えるだろう。腕もなんとか出るはずだと思いながらも、夕矢は確かに背の低い香にとってこういうのを着こなすのは難しいのだろうと感じていた。
「いつも、なんかお子様な感じの服しかないんだよね・・・胸が大きいから下着もなんか味気ないのしかないしさぁ・・・アンバランスなんだよ」
「それが香なんだから仕方がないよ」
先週からようやく香のことを名前で呼ぶようになった夕矢だがまだどこかぎこちがない。恥ずかしい、そんな感情が見えるだけに香としては別に気にすることなく、逆に嬉しさを感じられた。
「別に外見に惚れたわけでもないしさ、気にすんなっても気になるんだろうけど、俺は別に何とも思わないよ。香は香だしな」
そう言って笑う夕矢の言葉に嘘などない。だから香は顔を赤くしながら繋いでいる手に力を込めた。
「まぁ、うん」
そう言うのが精いっぱいな香の手を引いて店を見て回る。
「晩飯、どうしよっか?」
「何でもいいけど、和食がいい」
「それってなんでもいいとは言わないな」
「和食なら何でもいい、ってことね」
いつもの会話をしつつ店を探す2人。ラインは毎日、電話はたまにしているが、充実した日々を送っていると思う。ただ、手を繋ぐ以外の行為は何もしていないことを香は気にしていた。16歳という年齢もあるせいか、はやり体の関係になるのはどこか怖い。しかし興味もある複雑な年頃だ。対する夕矢も同じ年齢とはいえ男子であり、そういうのにがっつく年頃だろう。現にクラスの男子はそういった話をしている。
「お、ここいいな」
そう言い、そこそこ大きな和食の店の前に立つ。微笑む夕矢に頷いた香は店に入ると一番奥の柱と壁に挟まれたちょっとした個室のような空間の席に案内された。これ幸いと気になっていることを話そうと思う香だが、内容が内容だけになかなか切り出せないままオタクの話を進めていく。そのまま料理が運ばれてきて、そこでようやく話が途切れた。チャンスとばかりに香は周囲を伺いつつ気になっていることを口にし始めた。
「あのさ・・・夕矢ってさ、その・・・・エッチな気持ちにならないの?」
「はぁ?」
突然、何を言うのかといった顔をしつつ、とんかつにソースを塗るとそれを口に運んだ。味は抜群なようで夕矢の表情も緩んでいく。香は目の前のうどんと親子丼のミニセットに箸をつけようともせずじっと夕矢を見つめていた。
「まぁ、ないわけじゃないよ。付き合ってる、好きな子がいて、そうならないはずがない」
「でも、何にも言わないし、してこないじゃんか」
小さくなる声だが聞こえている。夕矢は一旦箸を置くと水の入ったコップを引き寄せた。
「お前にそういうことして嫌われるのがイヤなんだよ。そりゃ俺だって男だからその大きな胸に興味はいくし、キスもしたけりゃ裸も見たい。けど、それよりもお前に嫌われる、別れを切り出されるってのが怖い」
「私も、その・・・・同じ気持ちなのに?」
「言われなきゃわかんねーだろう?」
「そりゃそうだけど、さ」
「あとさ、まだ早い気はする」
「あー、うん、それは、ね」
「だったら、今はまだこのままでいいんじゃないかな?アニメや漫画みたいにいかないのが現実だって、こうなって改めてわかる。元々フィクションの世界だとわかってて、それでもそういうもんだと思ってた。けど、現実は違う。怖いし、興味はあれど嫌われたらいやだって思うし」
香は頷くしかなかった。
「俺たちはまだ子供で、大人に向かってる。だから興味や好奇心はあるけど怖いんだと思う」
夕矢の言葉に胸が熱くなった。そう自分たちはまだ16歳なのだ。ついこの間までは中学生でしかなく、今はまだ大人と子供の間に位置いている微妙な年頃なのだから。
「ゆっくり進みたい。お前とはずっと付き合っていきたいから、さ」
最後は照れからか語尾が掠れていった。夕矢は少しふてくされたようにしながらとんかつを頬張っていく。そんな夕矢を見てどこかホッとしたような微笑を浮かべた香がうどんをすすった。そのまましばらくは会話のないままで食事だけが進んでいく。そしてほぼ食事を終えたところで香が口を開いた。
「タイミング次第、だね」
「まぁ、理想を言えば、部屋に露天風呂がある温泉宿で、ってな感じかな」
「ふむふむ、夕矢は混浴をご所望ですか」
「・・・・まぁ、シチュエーションの問題」
「私はこう、綺麗なホテルで乾杯しつつ・・・みたいな?」
「セレブ?」
「かな?」
そう言って笑いあった。胸のつかえが取れた香だが、それでも気になっている点があるのは否めない。それはこの後で自分から何とかしようと思い、食事を終えたのだった。