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コネクト  作者: 夏みかん
第5話
38/43

心、コネクト(4)

翌日から、茜はいやに元気になっていた。それは空元気ではなく、本当の元気だ。吹っ切れたのもあるし、失恋をエネルギーに変えている部分もある。部活でもそれを発揮してタイムは好調に伸び、夕矢と陽太との関係も元のままであった。その上、温泉のことを仕切り、香とも連携を取れている。香にすれば多少の変化は覚悟していたのだが、茜は何も変わらなかった。それはすごく嬉しいことなのにどこか不気味でもある。そんな茜の生活スタイルは劇的に変化していた。学校に行き、部活をする。これに変化などない。だが帰宅後に変化が生まれていた。まず夕食を早めに済ませ、長風呂だったものを普通レベルに。そして夜は12時半までを目途に小説を書くのだ。想像のまま、手の動くままにキーボードを叩く。言葉足らずだろうと台詞ばかりだろうと関係ない。ただ心の赴くままに書き殴ったのだ。睡眠時にも想像、夢まで見る始末。しかし夢をアレンジさせて作品に生かす。そういう生活をすること3日。疲れもなく、元気なままだ。そうして週末である土曜日がやってきた。今日は部活もないために朝から出かける準備をする。そう、今日は待ちに待った明日那と買い物へ繰り出す日なのだ。もちろん買い物といっても服などではない。同人誌を買いに行く日になっていた。おしゃれも必要がないと言われた茜は普段買い物に行くボーイッシュなスタイルで玄関を出た。女の子らし格好はあまり好まないとはいえ、ミニスカートも持っているしワンピースも着こなすセンスは持っている。だが、基本的に動きやすさを好むせいか、どうしてもジーンズにパーカーといったスタイルを取ることが多いのだ。今日はジーンズにピンクのシャツを着込み、その上からジャケットを羽織っている。寒さが和らいで日差しが強いためそう寒くは感じなかった。


「お待たせ!」


そう言って玄関から出てきた明日那はさすが読者モデルをしているだけあってそれなりにおしゃれである。膝丈までのスカートといい、チェック柄のシャツといい、茶色のジャケットといい様になっていた。感心する茜が自分の身なりを見て、それから再度明日那を見つめる。その視線の意図を読み取った明日那は苦笑気味に微笑むと茜の横に立った。


「今日は同人誌と、あと茜ちゃんの服の見立てかな?」

「服って、買う予定ないけど?」

「合わせるだけだよ。昔からのそういう茜ちゃんもいいけどさ、ここぞっと時にキメる服もいるんだよ」

「なるほど」


だから振られたのかと思う。確かに休日出かける香の格好はおしゃれではないが香に似合っていると思えた。つまり、人や場所によって使い分けているということだ。そういう基本的に女の子らしい部分が欠けていることを反省し、そういう面でも明日那を師匠とすることを決める茜であった。


「じゃぁ、行こっか」


明日那に促されて茜も歩き出す。話す内容は勿論、現在執筆中の茜の小説のことだった。


「順調?」

「うん、かなりね。多分来週には出来上がると思う」

「ほぉほぉ、なかなかいいね」

「頑張ってる」


笑いながら歩く2人は駅へと向かい、そのまま電車に乗った。この街で一番の繁華街にはそういったオタクの店が数多い。そういう文化が日本の経済の一角を潤しているのは間違いなく、近年そういう店が一気に増え始めたのだ。人目を気にしながら話をすれば、目的の駅に到着するのもあっという間であった。地下鉄を降りた2人は目を合わせて気合を入れると、明日那が先導する形でまず1つ目の店に向かうのだった。



週末の混雑具合はいつものことで、この繁華街にはしょっちゅう来ているせいか気にもならない。今日はとりあえずオタクの店を数件回り、ブラブラすることが目的だ。何を買うでもない、ただ掘り出しものがあれば買う程度の気持ちで来ているせいか、夕矢と香は人の波に乗りながら昨日の深夜アニメについての話をしていた。香と愛瑠がハマっている『霊能宮司』は夕矢も録画して見ているものの、2人ほどのめりこんではない。それでも数多い深夜アニメの中では面白い部類なのは間違いなく、2人の会話も弾んでいた。


「そういえば限定の数珠、してないんだな?」


繋いでいた手を見てそう言う夕矢に香は苦笑気味の笑みを浮かべて見せた。背丈の差があるせいか、どこか大人と子供に見えなくもない。16歳にして身長178センチの夕矢に対し、香は141センチ。実に37センチの差があるせいか、香は手を繋ぐ位置もやや上になる。それでも夕矢が自分を気遣って歩く速度、歩幅を合わせてくれているのを知っている。これは付き合ってからではなく、付き合う前からのことだ。そういう細かい気遣いにも惹かれたのだろうと思える。


「あれは大事に置いておくの。そう言う夕矢もしてないよね?」

「さすがにそこまでは・・・まぁ、似た理由かな」


そう言って笑う。結局、買ったはいいものの、あくまで観賞用ということなのだ。特に限定品なので傷をつけたくないというコレクター根性が表に出てしまうということも理由の1つになっていた。


「来週はあいるんとクジでしょ?んで・・・クリスマス前はホビーショー・・・・クリスマスどうする?」

「そうだなぁ・・・お金はまぁ、心配するな」


微笑む夕矢が小金持ちだと理解している香だが、別に奢ってもらう気はない。付き合っているからといって奢ってもらうのが当然だとは思いたくないし、対等な立場でいたいからだ。だが、特殊な能力でクジを引き、それを転売している夕矢はそこそこ溜めこんでいるのもあってディナー程度ならどうとでもなると思っているものの、かといってどういった店を予約していいかがわからない。相談できる人間もそういう知識に乏しい者ばかりだ。陽太に相談したら同じような考えだったらしく、2人で苦笑したほどだった。


「そういや・・・サンマルテの店がこの辺に出来たはず」


ふと思い出す。春に来た時に店を建てていたこと。サンマルテはベーカリーレストランであり、お手頃な値段でコース料理が食べられることで有名なチェーン店であった。そこなら自分が奢っても香が気にすることもなく、高校生カップルのクリスマスとしても最適な場所だと思う。ただ、予約が出来るかどうかだ。


「寄ってみて、聞いてみよう」

「うん」


とりあえず予定らしい予定もないために店に向かう。開店しているとはいえまだ昼前ということもあって人はほとんどいない。夕矢はまずクリスマスイブの予約を確認してもらうが、やはりすでに満席だった。土曜日ということも大きいだろう。そこでクリスマスの夜を確認すれば、ついさっきキャンセルが入ったようで2人なら大丈夫とのことだった。イブだろうがそうでなかろうが関係ない2人は予約をし、とりあえずホッとして店を出た。そのままクリスマスの予定を話しながらオタクの店が入る大きな商業ビルに入った。ここは秋葉原に対抗したようにオタク系の店が並んでいる希少な場所である。現に地元民は秋葉原ではなくこっちを徴用しており、また近隣の町から来る者も多いのだ。街の発展を計画した役所の人事にオタクがいたのか、それとも先を見る目があったのかはわからないが夕矢たちにとってはここは天国なのだった。食玩やガチャガチャのばら売り、カードゲームのカードのばら売りなどの店が多いが、漫画やDVDの店も多かった。フィギュア専門店などもあり、7階建てのビルの実に三分の二がそういった店となっていた。残りはメイド喫茶であったり、コスプレの衣装を売っていたりと特殊な店で、1階部分は普通の飲食店となっている。普通の人にとっては1階より上は上がってはいけない魔の巣窟に他ならない。


「そういえば、あいるん、最近話題のアニメのスイマーズのフィギュアが欲しいって言ってた。あと、同人誌も」

「姫季ってジャンルが幅広いよなぁ」

「私は可愛いキャラ重視だけど、あいるんは作品重視だしね」

「同人って、BLじゃないだろうなぁ」

「あいるん、そういうのは嫌いって言ってた。男女の純愛が好きだから」

「腐ってなくてよかった」

「腐ってたら付き合ってないよ、さすがの私もね」


そう言って笑いあい、まずは3階にある広い店舗を持つオタクの店へと向かう。ここはレンタルショーケースをメインにした店であり、個人が売り物をレンタルショーケース内に置いて販売する形態を取っていた。夕矢はこのシステムを利用せずにもっぱらインターネットオークションを利用していた。その方が売買が早いのだ。


「たまーに安いのあるから、じっくり見ないと!」


そう言う香が目を輝かせる。カップルで来る場所ではないと理解しつつも自分たちにはここが似合っているという認識があるせいか、オタク男子の羨望の目を浴びながら2人は仲良くショーケースの中身を見ていくのだった。



衝撃が脳天を駆け抜けた。こんな場所など、以前の自分であれば毛嫌いし、嫌悪し、近づくことすらなかったはずだ。なのにこの衝撃。BL本専門店にやって来た茜はそこに並ぶ本の数々を見て興奮を抑えきれないでいた。表紙を見ただけで血の温度が1、2度上がる。アニメや漫画のキャラクターはよくわからないが、オリジナル創作のコーナーに行けば作家が描いたオリジナル作品がずらっと並んでいる。とりあえず一般向けの本を吟味するが、薄い、それこそ1センチ以下の厚さしかない本に6百円から千円も出さねばならないために慎重にもなる。小遣いに限りがある茜はそのまま18禁のコーナーへと向かった。明日那も遅れてそこにやってくるものの、店員に咎められることはない。現に高校生以下の女子にこそ需要を求めているのだから。


「いいのあった?」

「あったけど、予算がねぇ」

「だよね。私はモデルの報酬を注ぎ込んでるからまだましだけど」

「私もバイトしたい・・・」


部活があるし、何よりバイトは校則で禁止されている。明日那の通う学校は申請して許可が下りればモデル等のバイトはOKだったが、高校はそうでもないのだ。


「3冊はプレゼントするよ。同志だし、弟子だし、こっちに引きづり込んだ責任もあるしね」

「いいの?」


2つも年下の女の子に奢ってもらうことにすら躊躇いはない。欲しいのだ、それほどに。


「よし、じゃぁ、一般を3冊、エロを3冊!」


ますます吟味に力が入る茜を見つつ、こんなところを夕矢や陽太に見つかったらと思う明日那であったが、それは一瞬のことだ。自分もまた目当ての本を探すことに夢中になるのだった。

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