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コネクト  作者: 夏みかん
第5話
35/43

心、コネクト(1)

むくりと起き上ったはいいものの、その寒さにもう一度布団の中に潜り込んだ。11月に入ったばかりにしては気温が低すぎると思う。昨日1日休んだこともあって、瀬川香の体調はすっかり回復していた。元気になったはいいものの、この寒さには参ってしまう。それでも心は温かい。16歳にして初めて出来た彼氏の存在がそうさせていた。風邪を引いた日こそ簡単なラインでのやりとりしかなかったが、昨日は学校が終わってからお見舞いに来てくれたのもまた嬉しくなる。お見舞いだからと、発売になって間もないアニメ作品『霊能宮司』の一発クジのA賞を持参してくれたことは素直に嬉しかった。それでも15分ほどの滞在だったとはいえ、充実した時間を過ごせたと思う。親友である河合茜や姫季愛瑠もラインをくれたし、それはそれで感謝をしている。だが、少し憂鬱な気持ちになっているのは寒さのせいだけではない。ちゃんと話をしなければと思うものの、やはりどこか怖いのだ。彼氏である坂巻夕矢に想いを寄せているその2人にきちんと話をする必要がある。愛瑠はともかく、茜とはいろいろこじれそうだと思えば今日も休みたいという気持ちが大きくなっていく。けれど、逃げてもいられない。逃げても逃げ切れるはずもないのだから。それに、夕矢も一緒なのだ。


「よし」


温かい布団の中で気合を入れ、一気にベッドから出た香はそのまま震えつつ着替えを済ませた。制服のシャツにベージュのベストを着込み、そしてブレザーとジャケット、カバンを手に部屋を出る。寒さに慣れたせいか、キッチンのある部屋に入ればそこは天国のような暖かさである。


「おはよう」


そう母親に挨拶した香は朝食の準備をすべく冷蔵庫の前に立つのだった。



息が白い。今朝はこの秋一番の冷え込みであり、こういう日に朝練がないことは幸せだと思う。見上げる空は薄い雲に覆われているものの、青い部分が多かった。


「おはよう」


向かいにある家から出てきた小泉陽太もまた寒そうにしつつやってくる。


「おはよう。寒いね」

「うん、寒い」


お互いに寒いのが苦手なのは知っている。特に暑さに強い反面、寒さにはめっぽう弱い陽太を知っているだけに、茜は小さく微笑んでから表情を硬くして隣の家の玄関を睨みつけた。この寒いのにまた待たされるのかと思えば怒りに燃えてくる。寒さも消えそうな怒りを宿しているが、待ち合わせの時間はまだ過ぎてはいないのだ。いつも遅れる夕矢だけに、先入観で既に遅刻扱いをされている。そんな茜が夕矢の家の玄関に向かおうと一歩を踏み出した時、玄関の扉が開いた。


「あ、おっはよう!」

「おはよう」


その中学の制服はついこの春まで自分も着ていたものだ。スカートを翻しながら元気よく飛び出してきたのは夕矢の妹の明日那であり、茜に秘密の趣味を植え付けた張本人でもある。


「夕矢は?」

「今、クツ履いてる」

「そっか」

「じゃ、いってきまーす!」

「いってらっしゃい」


出てきた時同様、元気よく駆けていく明日那を見ていた茜の頭の中は週末に一緒に買い物に行くということで埋め尽くされていたせいか、今出てきた夕矢には気づいていなかった。


「うーす」


真後ろでしたその言葉に、驚きのあまり体をビクつかせた茜が無意識的に肘を夕矢の腹部にめりこませた。途端にうずくまる夕矢、しまったと思う茜、苦笑するしかない陽太。夕矢は震える足でどうにか立ち上がると、元々鋭い目をさらに鋭くさせて茜を睨みつけた。


「朝の挨拶にしちゃぁ、えらくぶっそうだよなぁ、おい!」

「あ、あんたが急に声をかけるから!」

「あ?普通はまず謝るだろうが?」

「うっさいわね!ごめんね、はい、謝った!」


素直じゃないと自分でも思うものの、夕矢に対してはどうしてもこういう態度をとってしまう。それは好きだから、ではない。16年に渡る体に染み込んだもののせいだ。温和な陽太とは小学校低学年までは言い合いや喧嘩もしたが、以降はそういったこともない。精神的に大人な陽太が自分を抑えて2人に接しているせいもあるだろう。けれど、いつも言い合いをし、それでいてどっちも引かない夕矢と茜の関係は幼い頃から何の変化もない状態だ。悪態をつき、罵り合い、夕矢が一方的に暴力を受ける。多少の反撃はすれど相手は女の子だ、夕矢としても扱いに困っている部分があった。けれど、茜にはそれがない。それは好きだという気持ちをひた隠しにしているせいか、それともつまらない理由で振ってしまったことによる関係の破たんを回避できた喜びのせいか、とにかく変化がない。良くも悪くも。


「行こう」


睨みあう2人にそう声をかけ、寒い中で痴話喧嘩を見るのもつらい陽太がそう声をかけた。茜は陽太に謝りつつ横に並んで歩き、仏頂面をした夕矢が少し遅れて歩き出す。このポジションもいつものことだ。夕矢は茜の後ろ姿を見ながら、今日、香と付き合っていることを話した後のことを考えていた。香は茜にとっても親友だ。けれど、自分と付き合うことで気まずくなり、そういう関係が壊れる可能性がある。以前に振られた際は陽太という繋ぎ役がいたから元の関係に戻れたが、今度はそういった繋ぎ役はいない。香にしても、隣に彼氏が以前好きだった、そして今はその彼氏に好意を抱いている女の子が住んでお互いに行き来しているのはいい気分ではないだろう。最悪はこうして一緒に登校するのもこれが最後かもしれない。本当は昨日、茜に話をしようと思っていた。けれど、どうしても香が2人で報告したいと言い、今日になったのだ。愛瑠には昨日告げたと香が言い、一応夜に電話で自分もそう告げている。多少の落ち込みは声でわかったものの祝福してくれたし、今の関係はそのままでと念を押されていた。だから愛瑠に関しては大丈夫だろう。ため息をつき、そして一瞬振り返った陽太と目で会話する。


「今日か?」

「ああ」

「一緒しようか?」

「いい、2人で話す」

「了解」


一瞬目を合わせただけでそこまでの会話ができるのも幼馴染だからだろう。2人の関係は兄弟に近いし、何より馬が合う。喧嘩もするが、仲直りも早かった。だからこそ、香と付き合ったその日のうちに陽太にだけは報告をしていた。


「やっぱそこに落ち着いたか」


そう言って笑った陽太は嬉しそうであった。元々、茜とのこじれた仲を取り持ったのはこういう3人の関係を壊したくなかったからだ。茜にしても夕矢にしても家族同様の存在だ。そして振られた夕矢を知り、だから自分も告白をした。あっちが振られたからチャンスがある、ではない。自分の気持ちにけじめをつけた夕矢と同じで、長年の想いを伝えたかっただけの話だ。それに振られることは分かっていた。茜は夕矢が好きだと知っていたから。だから夕矢を振ったと知った時は心底驚いたし、混乱もした。それもあって自分が告白した際にその真相を聞き、だからこそ2人の間を取り持ったのだ。せめてこの関係だけは維持できるようにと。


「しかしこう寒いと部活は地獄だなぁ」

「テニスってかなり動くのに?」

「やってる時はいいけど、こういう、そういうのを考えてる時は嫌な気持ちになるだろ?」

「あー、わかる」


そう言い、笑う合う2人を見る。自分は部活に入っていないためにそういう気持ちはわからない。夕矢は一つため息をつくと今の距離を保ちながら歩き続けるのだった。



いつも場所で香と出会う。バスで通っている香とは上り坂の手前で会うのが通常のことだった。そうでない場合は朝練だったり、寝坊したり、あるいは休みだったり。


「おはよう」

「おはよう。もう大丈夫なの?」

「うん。もう元気回復」


にこやかにそう言う香は元気そうである。


「愛の力は偉大だな。1日で回復だとさ」

「あっそ」


小さくそう言う陽太の言葉に素っ気なく言い返す夕矢に苦笑する。そこには照れもない、いつもの夕矢の姿があった。ポーカーフェイスを得意とする夕矢だが、陽太はそれを見抜く力を持っている。だから今のは照れ隠しではないと分かったのだ。わけのわからないことを言うな、そういう返しだ。


「おはよ」

「おはようさん」

「うーす」


にこやかに挨拶をする香に対し、いつもの返事が2人からやってくる。付き合ってもこういうところは変わらない夕矢に陽太と香が小さく微笑んだ。そのまま茜と香が並び、陽太と夕矢が並んで坂を上がるものまたいつもの光景だ。


「いつ話すんだ?」

「放課後、の予定」

「部活の前?」

「だな」


そこまでで会話が途切れたのは不意に横から体を寄せてきた陽太の彼女、飯島雪のせいだ。


「おはよう!」

「おはようございます」

「ういー」


彼女とはいえ先輩のため、陽太はきちんと挨拶をする。これもまた変化がない。そして夕矢のふざけた感じの挨拶もまた同じだ。だから雪も何も思わない。これが夕矢だと知っているからだ。


「あ、先輩、おはようございます」

「おはようございまーす」

「おはよう。今日は寒いねぇ」


香と茜にそう返す雪はマフラーをしていた。どうやらかなりの寒がりのようだ。11月とはいえ寒いものの、まだ本格的な寒さでないにも関わらずこれだ、冬にはどうなるのかわからない。


「そうそう、温泉、どうなったの?」

「予約入れましたよ、人数決まったので」


茜の言葉に微笑む雪、表情が曇る香。それを見た陽太は苦笑しつつ、こっちのフォローも必要だと思った。夕矢と茜の仲をとりもつことはもうしない、いや、できない。それは当人たちの問題なのだから。元々他人の恋愛事情に興味はないものの、夕矢のそれには興味がある。けれど、相手が相手だけに今度は力になれそうもなく、それは昨日、夕矢にも話している。


「そりゃそうだ、おせっかいマン」


そう言ってにんまり笑った夕矢を見て、こっちはもう任せようと決めたのだ。だが、色恋事情で関係がこじれる茜と香は見たくない。だから、自分の出来る範囲でフォローはしようと決めたのだ。


「じゃぁ、週末にでも集まって話する?」


その雪の提案に香も茜もあまりいい反応は見せない。小首を傾げる雪に並んだ陽太が口を出す。


「いきなりの週末じゃみんな用もあるでしょう。来週か再来週にしましょう」

「そっか、そうだね」


そう言って微笑む雪を見て、それからお互いに顔を見合わせた茜と香はどこか気まずそうに視線を外す。片や彼氏とデート、片や秘密の買い物があるために後ろめたいのだ。


「夕矢くんは行かないんだね?」


不意にそう言われた夕矢が驚きながらも頷く。


「そっかぁ・・・・あ、そうだ、後でさ、夕矢くんにちょっと相談がありまして、いいかな?」

「相談って?」

「あ、と、で!」


可愛くそう言う雪に表情が曇る。校内でも1、2を争う美女のその仕草と表情ならハートを撃ち抜かれても仕方がないはずだ。なのに夕矢にはそれがない。香という彼女ができたからではない、元々そういう性格なのだ。


「へーへー」


先輩に対してもそういう態度の夕矢だが、雪は満足そうに微笑むと前を向いた。そのまま女子3人で旅行のことを話しながら歩いていく。


「相談ってなんなんだ?」


夕矢が横に並んだ陽太にそう聞くが、陽太は本当に知らないようで肩をすくめるしかない。


「なんか怖いな」

「ああ」


夕矢の呟きにそう返す陽太もまた雪の言葉にどこか不気味さを感じているのだった。

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