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コネクト  作者: 夏みかん
第4話
33/43

素直な言葉、理由のない気持ち(7)

無事に限定品を買い終え、そのまま急ぎ足でトークショーの会場へと向かった3人だが、さすがにここは混雑していた。物販がそうでもなかった理由がやはりこれかと思う夕矢だが、そっちを優先したのだから仕方がない。席はまだあるがかなり後ろの方に位置するためにまともに声優の顔が見えそうになかった。どうするか迷うものの、それでも香と愛瑠は空いている席の中でもいい位置を取ろうと動いていた。だが、やはり後方になってしまう。


「後ろにモニターあるし、生声聞けるだけも良しとするかぁ」


香がそう言い、愛瑠も頷く。基本的に今回のイベントにさほど興味がない夕矢も同じように頷いた。そうして10分ほど待って、ようやく司会の女性がステージに立った。百貨店の7階の催し物会場とはいえ、結構な広さがあり、肉眼でどうにか顔が判別できる程度の距離だ。司会が注意事項などを説明し、そうしてようやくアニメ制作のスタッフ、声優が壇上に立つ。黄色い声や歓声に包まれる会場。香と愛瑠もお気に入りの声優の名を呼んで興奮しているようだ。夕矢はそんな2人を見つつ、学校で見る2人とのその違いに苦笑していた。愛瑠はスマホでどうにか写真を撮ろうとするが上手くいかない。だが、用意周到な香はデジカメを持参しており、トークそっちのけで写真撮影に没頭していた。それでも制作秘話、苦労話、裏話には耳を傾け、話に聞き入っている。そして話は実際のモデルがいるいないの話になり、スタッフが自身の体験談と共にこのアニメ制作に踏み切った話をし始める。モデルとなる人物は実在し、それを元にこのアニメを作ったと言うとどよめきが起こった。話も実際の体験談を元にしているという貴重な裏話を聞きつつ、夕矢はふと隣に座る香へと目をやる。小柄な体を懸命に伸ばしながら話を聞き入るその姿に苦笑しつつ、その大きな胸にどうしても目が行ってしまう。ここに入るまでは上着を着ていたせいか目立たなかったそれも、上着を脱げばやはり自己主張が激しいのだ。現に周囲の視線を受けていたこともあって、夕矢は自分も同類かとため息をついた。けれどそれだけではない。何故か香に惹かれている自分を自覚する。愛瑠ではなく、香に。その理由がわからないせいか、恋心を抱くまでに至っていないのかもしれない。


「どうしたの?」


自分を見つめる夕矢の視線を感じてか、小首を傾げた香がこっちを見やる。その顔、仕草にドキッとしつつもポーカーフェイスでやり過ごした夕矢は楽しんでるな、とだけ言うのだった。



こんな世界があるのかと驚嘆した。こんな文化が存在するのかと感動もした。そして、そんなものに興味を抱いた自分に驚きを禁じ得ない。まさか自分がこんなモノに興味を持つなど。


「こ、これが・・・・BL!」

「そう、ボーイズ・ラブ、通称BL」

「BL!」


同人誌と言われる薄い本を持った手がプルプル震える。


「こんな・・・・こんな薄い本があるんだ?」

「同人誌だからね。個人や作家が二次創作、いわゆる既存のキャラなんかで妄想したのを絵にしたもの。

まぁ、アニメや漫画の有名キャラにしても男同士で恋に落ちるなんてないし、妄想以外の何物でもない」

「なぜだろう・・・不潔な感じがない」

「ああ、それは一般向けの純愛だしね・・・・っと」


そう言いながら明日那が押入れにあるケースの中から2冊ほど薄い本を取り出して茜に手渡した。表紙からして上半身裸の美少年を後ろから抱きしめているこれまたワイルドな美少年が描かれている卑猥なものだ。なのに胸の高まりが止まない茜はその右下に刻まれている『18禁』の文字に目が行かなかった。そのままページをめくり、手が止まる。同時に顔を真っ赤に染めた。


「ここここ・・・こ、こ、これは・・・・すごい・・・」

「それが18禁、まぁ、一般的にエロに入る部類。描写も露骨」

「・・・こんな、こんな・・・・エッチな・・・・こんな・・・・・なのに・・・・」


目が離せない。男同士なのに、汚いはずなのに、なのに綺麗だと思う。もはや夢中で読みふける茜に苦笑しつつ、明日那はコップにオレンジジュースを注いだ。正直な話、軽蔑されると思っていた。同じ読者モデルの仲間に薦められて読んだBL本にハマり半年。この夏にはコミケと呼ばれるオタクのイベントにも参加し、同人誌を買い漁っていた。今や世間的にこのジャンルは大きく確立されており、その需要も大きい。幸い、兄の夕矢はコミケには興味がないようで自分がこういう趣味を持っていることを知らない。だが、こうなってからは夕矢をオタクとバカにしなくなっていた。その理由はもしもこれがバレた時のため、そして自分もまたオタクだと自覚したからだ。モデル仲間3人と意気投合したものの、まさか茜がこうまでハマるとは予想外だった。


「すごい・・・・なんか・・・」

「これで茜ちゃんも腐女子だね」

「え?ふじょし?私、元々婦女子だけど?」

「その婦女子じゃなくって、腐った女子ってこと」

「・・・専門用語的な?」

「そう。まぁ、そうだね、茜ちゃんにわかりやすく説明するなら、そういうBLってか、同性愛作品にハマった女の子を腐女子っていう認識でいいよ」

「腐ってるのかぁ・・・・でも、腐ってもいいかも・・・」


完全に堕ちたと思う。軽蔑すべき文化のはずなのに、茜はドハマりしてしまった。男同士が裸で交わるシーンから目が離せない。何より、この美少年たちは純愛をしている。だからこそハマったのかもしれない。


「まぁ、茜ちゃんにはそういう素質があったんだろうね」

「素質って?」

「兄貴と陽ちゃんと一緒にいるからじゃない?妄想しやすいっしょ?」

「・・・・え?」


瞬時に妄想してしまった。裸で見つめあい、どちらともなく愛の告白をし、禁断の情事になだれ込んでいく2人を鮮明に、はっきりと。


「あうっ!ゴメン!陽ちゃんには雪さんがいるってのに!夕矢ぁぁ!ゴメン!でも!」


クッションに顔を埋めがら謝りつつも妄想が加速していく。してはいけないその妄想、だがそれにおぼれていく快感。茜はもう、完全に堕ちきっていた。だからか、明日那は自分の全てを茜にさらそうと決心した。身近に仲間が欲しかったせいもあるが、ただ単純に自分の趣味を理解してくれている茜に嬉しさを隠せないのだ。


「茜ちゃん・・・」


そう言い、一冊のノートを差し出す。それは普通のノートだ。妄想から帰還した茜が不思議そうにそのノートを手に取った。そして明日那を見やれば、力強く頷いている。茜はそのままノートをめくった。1枚、2枚、3枚、その辺りから手が震え、目が離せない。


「こ、こ、こ、これは・・・・・・陽ちゃんと・・・・夕矢と・・・・私と・・・・え?私?」


そこに描かれているのは上半身まで描かれたイラストだ。しかもかなり上手で、一目でそれが誰なのか理解できるほどに。美化されているのだろうが、それでもそれが夕矢と陽太と自分であることがわかる。


「それ、設定画ノート・・・・・漫画をね、今、描いてて、小説はもう・・・いっぱい書いた。でも心配しないで!誰にも見せてないから」

「設定?」

「そう」

「ってか明日那、絵が上手なんだ?」

「デザインの本買ったりして勉強した。まぁ、美術部ってのもあるけど、まぁ・・・うん・・」


言葉を濁したのは美術に対する冒涜になるからだろう。小学生の頃から風景画が上手だったのは知っている。市から表彰されたりしていたし、中学の美術展にも出品していて、それを夕矢たちと見に行ったことがあったからだ。だから、こういったイラストも上手な明日那に驚いていた。しかも一目でそれが誰かとわかる腕前なのだ。


「でも、なんで私まで?ってか・・・可愛く描いてくれちゃって」


美化されている茜は美少女だ。だが特徴は上手く出ており、それは夕矢も陽太も同じだった。


「茜ちゃんはさ、陽ちゃんが好きだったの。でも、陽ちゃんに恋していたのは兄貴も同じ。で、陽ちゃんは茜ちゃんを好きなんだけも、兄貴に寝取られるってストーリー」

「・・・・・へぇ」


声が冷たく感じられた。怒っている、そう思った明日那はこれを見せるのが早すぎたのだと後悔してしまった。だから大きく唾を飲み込み、これからどうするかを思案した時だった。


「それが小説の内容?」

「あ、うん・・・・で、今度はそれを漫画にしようと今描いてる」

「ほぉほぉ」


ノート一冊にびっしり描かれたラフ画や設定画を見ていた茜がそれを閉じた。そしてノートを返却する。


「その小説は?」

「パソコンの中」

「・・・・・・・・・・データ?」


机の上のパソコンを睨むようにしてからそう口にする茜にどこか怯えた。データを破壊されると思ったからだ。


「後で私のとこにメールで送って」

「え?」

「読みたいから、送って!」


目を輝かせる茜にドン引きだ。まさかここまで堕ちていたとは明日那にとっても誤算だった。自身が描いたモデルの中には茜もいるし、なによりストーリー上にも登場している。しかも実名を少しもじっただけの存在であり、十分そのモデルが誰なのか特定できる内容なのだ。しかも茜は彼氏を男に取られる役どころなのに。


「読みたいんだ?」

「うん」

「わかった。でも、絶対誰にも見せちゃダメだよ?もちろん陽ちゃんたちにも」

「見せるわけないし、言えないよ、こんなの・・・」

「でもこれで同志だね」

「うん。よろしくね、明日那!」

「うん!それでね・・・・2月に大きなイベントがあってね、そこでね・・・」


嬉々としてそう語る明日那、目を輝かせてそれに聞き入る茜。最早この2人は特殊な趣味で繋がった特殊な関係になってしまったのだった。



イベントには満足し、限定品を買えた上にトークショーも満喫、その後の展示品を見て回って興奮した香と愛瑠は遅い昼食を取るべく入ったファーストフード店でもその談義を続けていた。聖地巡礼は行わないまでも、2月にある大きなイベントには参加したいと話し合う。このイベントは初めての大規模カルチャーイベントであり、アニメや漫画を含め、様々なジャンルが1つの大きな会場に集うものだった。おもちゃやプラモデルの新作発表を含め、会場限定の商品なども多い。


「温泉が1月だからなぁ・・・・お金貯めないとなぁ」


テーブルに肘をついてストローをくわえる香を見つつ、愛瑠はポテトをついばんだ。


「例のヤツね?」

「2月のイベント行きたいからってキャンセルするのもあれだし、それはそれで行きたいしね」

「趣味と友情の両立は難しいよね。こういう趣味だと隠すのも大変だしさぁ」


特に君は色々、とは言わずに夕矢は黙って頷いていた。そんな夕矢をチラッと見た香だが、目が合うとさっとそれを逸らす。それが気になる夕矢だが、香が自分から何かを言うまではだんまりを決め込んだ。そんな2人を見る愛瑠もまた黙って静観していた。そうして沈黙すること3分、ついに決意に満ちた目を夕矢に向けた香は言いにくそうにしながらも口を開いた。


「あのさ・・・・必ず返すから、最悪はお金貸してもらえるかな?」

「それはまぁ、いいけど・・・・」

「絶対返すし、借用書も書く!」

「そういうとこ、きっちりしてるよな」


笑顔を見せる夕矢に香は頭を下げた。なるべくそうならないようにすると告げ、それからもう一度頭を下げる。夕矢にしても、香がお金を借りたまま踏み倒すとは思えない。何より、借金などしなくてもいいようにすると思えるだけに簡単に了承したのだ。


「まぁ、あれだ、最悪は体で返してもらうってことで」

「え?」

「うへぃ?」


香だけでなく愛瑠もまた変な声を出した。そんな愛瑠の目がひときわ妖しく輝く。


「じゃ、じゃぁ、私も借りようっかなぁ・・・最悪はその、か、か、体で返すってことでさ」


上目使いを忘れない愛瑠の言葉と仕草にさすがの夕矢もため息をついた。魂胆がバレバレなのだから。


「あんたねぇ!」

「愛ちゃん、脱いでも、超可愛いよ?」


香の言葉も耳に入らず、愛瑠は前に座る夕矢に愛嬌を振りまいた。


「・・・・・・利子つきでなら貸すよ」


呆れたその口調に香は鼻でため息をつくが、愛瑠は何故かさらに目を輝かせた。


「利子って・・・・利子って・・・・その・・・・あ、赤ちゃんのこと?」


自分でそう言っておいて激しく赤面する愛瑠に言葉もない夕矢はそんな愛瑠を無視してジュースを飲んだ。香もまた何かを言う気力を削がれて同じようにジュースを口にする。


「愛ちゃんの赤ちゃん・・・・夕くんとの・・・・・ふへ、ふへへへへ~、愛ちゃん超恥ずいぃ~」


想像の真っ最中なのだろう愛瑠を無視し、夕矢と香は2月のイベントに関して話を始めるのだった。

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