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コネクト  作者: 夏みかん
第4話
31/43

素直な言葉、理由のない気持ち(5)

難しい顔をして腕組みをし、クジの詳細が書かれたポスターの前で仁王立ちしているのは愛瑠である。3軒目でようやくA賞とB賞が残っている店を見つけたのはいいが、どうやら予算があと1回分しか残っていないらしい。A賞にするかB賞にするかを真剣に悩む中、クジを引くために並んでいる夕矢がチラッとそんな愛瑠へと視線を向けた。次が夕矢の番なために早急に選んでもらわなければならない。夕矢は既に目当てのクリアファイルを1軒目の店でゲットしているために購入の意思はなかった。


「んんんんん~・・・・しゃーない、Aでいくかぁ」


腕組みしたままそう呟くと体でAの文字を表現した。両手を頭上に伸ばして手のひらを合わせ、足を開いて全身でAの文字を作った愛瑠に苦笑し、夕矢は順番が回って来たために千円を払って箱の中に右手を入れて目を閉じた。触るクジの中身が頭の中に浮かぶ。そうして2つのクジを取り出して店員へと渡せば、店員が驚いた顔を夕矢に向けた。


「おめでとうございます。A賞B賞になります」


そう言いながら後ろの棚にある2つの大き目の箱を袋に入れて夕矢に差し出した。愛瑠は不思議そうな顔をしつつ夕矢に近づくと、袋の中を覗き込むような仕草を見せた。


「なんで2つ?」


愛瑠が5百円を差し出してそう言うと、それを受け取った夕矢が袋を愛瑠に手渡した。とりあえず受け取るが、愛瑠は首を捻って疑問を表現する。確かに両方とも欲しかった物だ。A賞とB賞のフィギュアは2人組の主人公ということで2体合わせて飾ることが望ましい。だが予算の都合で1体しか手に入れられない愛瑠の手には欲しかった2つのフィギュアがある。


「おごりだよ」

「え?でも・・・」

「いいから、な?」

「う、うん」


申し訳なさそうな中に笑顔が漏れた。愛瑠は袋ごと箱をぎゅっと抱きしめてはにかんだ笑みを見せる。


「愛ちゃん、超ハッピー、だよ!」


いつものハイテンションではない愛瑠に思わずドキッとしたが、にんまりとした笑みを返す。そのままコンビニを出た2人はすぐ近くのショッピングセンターに向かい、そこのフードコートに入って温かい飲み物を購入し、席についた。平日の夕方となれば空いている。以前であれば誰かに見られることを危惧していた愛瑠だったが、最近はそうでもなかった。学校で毅然とした態度を崩さない愛瑠はこういった場所でも滅多に羽目を外さない。夕矢と一緒のところを見られたこともあったが、その際に夕矢から声をかけたと説明して問題にはならなかった。そういう面でも愛瑠は夕矢を好きでいるのだ。


「ありがとね、これ」


4人掛けの席のため、対面で座った2人の隣の椅子は空いている。そこに袋を置いている愛瑠がそれを指差してそう言った。


「いいって、別に」

「嬉しかった」

「喜んでもらえて、こっちも嬉しいよ」

「うん」


そう言い、愛瑠は赤い顔を少し伏せた。さりげない優しさに惹かれていった。どんなにきつく指摘しても嫌がることなくスルりとかわす夕矢が気になった。オタクだとバレから仲良くなってますます好きになっていった。もう、その気持ちは溢れている。それでも告白に踏み切れない理由は2つある。1つは香の存在だ。同じオタクと知って仲良くなり、彼女もまた夕矢を好きになった。一緒にいればそうなるのは必然だと思う愛瑠は香の気持ちも大事にしてあげたかった。今すぐここで告白をしても香は自分を責めないだろうし、逆でも自分は香を責めない。何故ならば夕矢の気持ちがまだ自分や香にないことがわかるからだ。そして最大の理由が2つ目にある。そう、茜の存在だ。幼馴染で家も隣な茜は夕矢の中でかなりのウェイトを占めているはず。そう思うとどうにも踏み切れない。見た感じ恋愛感情のようなものは感じられないが、それでも親しすぎる。自分にはない幼い頃からよく知ったる仲、それは愛瑠の中でかなり気になるポイントでもあった。


「そういや、姫季って好みのジャンル何なの?魔法少女ユイはわかってるけど、他は?」

「ん?んーとね、キャラがかわいければOKかな。内容よりも見た目かも」

「それって男も女のキャラも?」

「男のかっこいいキャラってイマイチなの。女の子の可愛いキャラが好きだなぁ」


ニヒヒと笑う愛瑠を可愛いと思う。学校での愛瑠と全然違う姿だが、こっちの方がいいと思う自分がいた。


「ところで、夕くんは『霊能宮司』、見てる?」

「ん、見てるってか録画してからだけど」


深夜に放送している霊能宮司は神社の息子が霊的な怪現象を解決するアニメだ。女性キャラも可愛いが、男性キャラも人気があった。ネットでは実在する人物をモデルにしているという噂もあるが、その人間離れした技や術は絶対に実在しないといえるものだった。夕矢自身もそう思っている。だが聖地巡礼と呼ばれる、劇中でモデルにした町を訪れる輩も多く、そういった写真をネットに載せている者も多かった。


「今度、横浜でそれのイベントあるんだよねー・・・行きたいなぁって思ってて、どうかな?」

「俺は別にいいけど。瀬川は?」

「かおりんは興味ないみたいだったけど、私たちが行くなら行きたいって」

「あいつらしい」


苦笑する夕矢に笑顔を返す。そうしてその話題で盛り上がる中、愛瑠がぽつりと呟いた。


「でも、モデルが実在するって噂は本当みたい」

「そうなのか?」

「うん。だってヒロインは元モデルでしょ?実在する神社は元芸能人が巫女さんやったりしてるらしいよ」

「バイトだろ?」

「違うんだって。その宮司と恋人同士で同棲してるって」

「マジか」

「うん」


それが本当であれば、確かに聖地巡礼で盛り上がるはずだ。それに今の話しっぷりからして愛瑠はその聖地巡礼もしてみたいと思っているようだと思う。だが、そういうのは好きではない夕矢はあからさまに興味なさげに飲み物を口にする。その空気を察した愛瑠はそこでこの話題を切って少し遠くを見つめるようにしてみせた。その表情にもドキッとさせられる。愛瑠は可愛いと思う。茜や香にはない可愛さがそこにある。茜も可愛いが、愛瑠の可愛さはアイドルにような可憐さを持っている。香はどちらかというと美人であり、可愛いとはまた少し違った感じがしていた。中身も見事なツンデレなために見ていて飽きない。こんな子が彼女だったら楽しいのだろうなと思う夕矢は無意識的に口元を緩めた。茜にずっと好きだったと言われて心が揺らめいている気がする。だからといって意識するほどのことではない。付き合うなら愛瑠か香がいいと思っている自分もいたからだ。気心の知れた仲よりも同じ趣味を共有する方がいい、そう思っている。特に同じテニスをしている陽太と雪を見ているせいか、余計にそう思うようになっていた。テニスは出来なくなったがお遊び程度にバドミントンはしているらしい。足を気遣う陽太の優しさに雪がとろけそうな顔をしているところも見ており、そういうのもあって自分にも彼女が欲しいと思うようになっていた。


「横浜のイベントっていつ?」

「来月半ば、だったはず。またラインするね?」

「了解」


こういう会話もいいなと思う夕矢は旅行の件は断ろうと決めた。茜と香は参加するのだろうが、ああいう場所で意識をしてもそれは本当に意識しているとは思えないからだ。ただまっすぐに好きになりたい、なられたいと思う。随分自分も変わったものだと苦笑し、夕矢は袋から箱を取り出してにやける愛瑠を見つめるのだった。



夕矢はここ最近のことを陽太に相談しつつ、旅行の件については辞退しようと思っていることもまた告げていた。これに関しては夕矢の意思を尊重するとして陽太としては何も言わなかったものの、状況的にややこしいことを避けるために色々動いたほうがいいのではないかというアドバイスはしていた。雪との関係も良好な陽太としては、このまま茜、香、愛瑠との関係を曖昧にするのは良くないとの見解を持ち、これに関して夕矢もまた同じ考えを持っていた。茜が告白をしたことで状況は一気に複雑化し、また香や愛瑠からは告白をされていないものの、鈍い夕矢でも好意は感じている。特に愛瑠などはわかりやすいほどに。茜との関係を今までの幼馴染というポジションから彼女候補に引き上げたことはまだ2人は知らないはずだ。


「で、誰を選ぶんだ?」


ニヤニヤした顔がそう問いかけるが、夕矢としては答えなど出ていない。あるのはただ同じ趣味を共有している2人のどちらかと付き合えば楽しいと思っているだけだ。恋心はまだない、はず。


「選ぶも何もないよ、そういう気持ちはない」


今はまだ、それをあえて口にせずにそう言い、夕矢は鼻でため息をつく。そんな夕矢を見てニヤニヤ顔を苦笑に変え、陽太は1つ背伸びをした。夕也は肩をすくめるようにしてみせる。


「でも、いつかははっきりさせないとな・・・誰かを選ぶ、誰も選ばないにしろ」

「そりゃそうだよ」

「正直、茜の気持ちを聞かなけりゃよかったと思ってる」

「・・・・それはわからんでもないけど、でも、知れてよかった面もあったろ?」

「まぁ、なぁ」


歯切れが悪い返事だが、気持ちはわかる。陽太は薄く微笑み、椅子から降りると床を見つめる夕矢の横に座った。夕矢は陽太を見るが、陽太は目の前の本棚を見つめている。


「俺としては瀬川か姫季と付き合った方がいいと思う。茜には悪いけどな。最近のお前を見てるとさ、なんかそっちの方が楽しそうだし、明るく見える」

「んんー、ま、そうかもな」

「すっと好きだった茜がお前を好きだって知って、揺れてるんだろ?」


陽太は本音をズバッと言う性格をしている。物事ははっきりさせたい性分というやつだった。だからこそ、雪への返事も期日を決めて実行したり、体の関係を求める雪に対してもはっきりした態度を取っているのだ。


「そりゃぁな・・・いくら気持ちが消えたっても、ずっと好きだったんだしさ」

「瀬川たちとも遊んで、で、揺れてんなら、それは好きって感情だけじゃないのかもな」

「ああ、そうだな・・・きっと、苛立ちとか、未練とか、負の感情だと思う」

「願望も、だろ?」

「理想的だと思っただけさ・・・同じ趣味を持って、同じ目線で何でも話せる。茜とは2年間そういうことが出来てなかった。振った振られたの関係だったし、余計に」


本音をこぼし、夕矢は頭を掻いた。いくら幼馴染でもここまで心境を吐き出すつもりはなかったからだ。だが相手は陽太であり、夕矢が全てをさらして相談できる、信用できる人間だ。だからこそこうして本音をこぼしてしまったのだが。


「すぐに答えを出す必要なんかないさ。でも、覚悟は決めた方がいいよ」

「覚悟?」

「どうなっても、誰を選んでも修羅場になる。茜を選べば瀬川が離れるだろうし、瀬川を選べば茜が離れる。姫季を選んでも瀬川を選んでも趣味の交流はぎくしゃくするだろう」

「・・・・はぁ・・・ややこしい」

「お前の中にまだ恋愛感情がないのが救いだと思う。だからこそ、そういうことも踏まえて答えを出せばいいだけなんだよ」


2度ほど夕矢の肩をぽんぽんと叩き、陽太は椅子に戻る。夕矢は深いため息をついて首を垂れ、頭を掻くことしかできないのだった。



夕矢の温泉旅行辞退を茜は正面から受け止め、何も言わずにただわかったとだけ告げていた。これで男子メンバーは陽太だけとなり、女子5人の計6人となった。香も参加を表明し、香から愛瑠へと話が行ったものの、愛瑠はそれを丁重に断っていた。香以外は親しくない女子ばかりだというのがその理由だったが、それ以外に大きな理由もある。愛瑠は趣味関係以外の友人関係構築に時間が掛かるタイプの人間だった。ツンツンしている普段の状態が可愛くない、好きではないという女子が多いからだ。だが付き合ってみればそれは気にならず、愛瑠は気さくで楽しい人間だとわかる。とっつきにくい性格をしているためにすぐに仲良くなれないだけなのだ。だからこそ、そういうメンバーで行く短い泊数での旅行には参加しない、それが愛瑠の中での決め事だった。香もそれを了承し、あまりそのことに関しては突っ込んで話をしなかった。今は来週に迫った霊能宮司のイベントの話で盛り上がっている。香はその作品自体は知っているが、内容に興味が沸かなかったために見てはいない。逆に愛瑠はかなりハマっていた。常識外れの性格をした主人公、霊司れいじというキャラクターにかなり入れ込んでいるためか、その話になるとかなり熱く語り出すほどに。モデルになった人物にも会いたいと思うが、そもそもそんな人物が本当にいるのかも怪しい上に、キャラクターのイメージが壊れてしまいそうで複雑な心境でもある。ただ、インターネットなどでは結構有名になっており、彼に救われたといういう人の書き込みも少なくはなかった。破天荒なその性格はアニメの霊司を超えているという話もあって、愛瑠は聖地巡礼という行為だけは行わないと決めているのだった。


「でもさ、モデルのその人物もかなりいろんな噂があるけど・・・実際そんな人間いるのかな?」

「そいつ人格破綻だろ?自らの心を守るために自分で心を壊してそれを守る、ま、矛盾だわな」


寒さから逃れるために入ったカフェでその談義をしればこういう話になった。愛瑠にとってはキャラこそが命なため、モデルになった人物の悪口は気にならない。


「でも霊司様以上の人じゃないよ、きっと。だいたい、モデルっても人間だし、霊能力って目に見えないし」

「割り切ってんな」


苦笑する夕矢にツンと澄ました顔をする愛瑠に香も苦笑した。


「とにかく、クジじゃないのが残念だけどイベント限定グッズが欲しいし、声優さんも来るし!」

「あ、それは楽しみ」

「だよね」


主人公の声を当てている声優は香の好きな声優だった。イベントに参加を決めたのは夕矢や愛瑠が行くためだが、声優の参加を知って俄然行く気になっていた。ただその声優を生で見たい、それだけだ。


「ってことで9時半に駅に集合ね」

「了解」

「わかった」


その後はいつものごとく深夜アニメの話に突入していた。こうしてわいわいと話が出来る空間が夕矢にとってやすらぎの時間でもあり、そして居心地の良さを再認識する。やはり付き合うならこういう風に趣味を共有できる人がいいとしみじみ思いながら2人の顔を見やった。小柄で胸の大きな香は美人の部類、背も胸も普通だが可愛らしい部類の愛瑠、どちらも魅力的な女性だと思う。ただ、今はどちらにも恋愛感情はない。あるのは友情や趣味を共有できる仲間といった意識のみだ。だが、それ以上の関係になってもいいとは思える。きっと楽しいと思えるし、何より同じ趣味を持つというのが大きかった。そこで頭に浮かぶのは茜のことだ。あんなに好きだった自分が嘘のようにもうその感情はない。それほど振られたショックは大きかったのだ。陽太のおかげで幼馴染の関係だけは維持できてきたが、この間の茜の告白が夕矢の傷を疼かせているのもまた事実だった。もう失ったのその感情がそれをさせている、そう思えていた。


「夕くんはどのキャラが好きなの?」


不意に愛瑠にそう振られて我に返る。ポーカーフェイスを貫きながら今人気のアニメキャラを口にすれば2人とも大きく頷いていた。茜だったらこういう話はせず、こんな風に話題を共有できない。それでも、やはり好きだったせいかどこか気持ちが揺れているのも確かだった。恋愛感情を失った、そう思い込んでいるだけなのかもしれない、そう思う。答えを急ぐ必要などないが、早めに心の整理は必要だと思う夕矢を横目で見つめる香は少し悲しげな表情を隠しながら愛瑠の言葉に相槌を打つのだった。

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