表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コネクト  作者: 夏みかん
第4話
30/43

素直な言葉、理由のない気持ち(4)

今日も1日の授業が終わり、開放感に包まれる。そして今日は夕矢が気に入っているアニメの新作一発クジの発売日だ。この辺りのオタクは引きこもりやニートが多いせいか朝一から出撃する者が多く、上位の賞は軒並み持っていかれることが多いのだが、夕矢はあまり気にしない。今回のクジのねらい目は下位に位置するクリアファイルだった。キャラクターが新たに書き起こされたそのクリアファイルは全部で6種類あってF賞に位置しているために数も多く、夕矢の能力を駆使すれば6種類を集めることなど造作もない。A賞やB賞が残っていればそれもゲットしてオークションにかけようと考えていた。いそいそと帰宅準備を整えているとそれを見つつ香が先に教室を出て行った。クジのことは知っているだろうに、そう思う夕矢も何も言わずに見送るだけだ。そうして鞄を担ごうとした時だった。


「さ、坂巻君!ネクタイがだらしないわよっ!」


何故か声が上ずっている愛瑠にそう言われてそっちを見れば、途端に赤面してそっぽを向いてしまった。


「あー、悪い・・・でももう帰るだけだし、大目に見てよ」


微笑みながらそう言った瞬間、愛瑠の顔が一瞬とろけるようになったがそれを理性で元に戻す。ここが学校だという歯止めが利いたのだろう。ここで本性を現してしまえば愛瑠は一気に変人というレッテルを貼られることになる。副委員長で風紀にもうるさい愛瑠のデレデレな姿がさらされればもう2度と強気には出られないだろう。それほどまでにデレた愛瑠は周囲をドン引きさせるのだ。


「と、ところで」


こほんと咳払いをしてからそう言う愛瑠はテレビの見すぎだと思う。


「クジ、行く?」


その言葉にすぐにピンと来た夕矢が黙って頷くと愛瑠がニヤリと微笑んだ。いや、ニタァ~という感じか。だがすぐにハッとなって真顔になりつつ夕矢のネクタイに手を伸ばした。目つきも鋭いが口元が若干緩んでいる。


「ほら、直す!」

「あ、別にいいのに」


誤魔化すためか、夕矢のネクタイを直そうとしているようだ。他の生徒への威嚇の目も忘れないのはさすがで、ネクタイを緩めている男子はそそくさと教室を出て行く始末だ。それほどまでに普段の愛瑠は風紀にうるさかった。


「クジ、欲しいのがあるんだけど、頼んじゃっていいかな?」


ボソッとそう言うが表情は厳しいままだった。きちっと締められたネクタイが圧迫感を与えてくる。普段からだらしがないせいだろう。


「別にいいけど」

「・・・賞が残っていれば、だよね?」

「だな」


夕矢の言いたいことが伝わったようでそう言いあった。どうやら愛瑠が欲しいのは上位の賞のようだ。かといって馴染みの店に行くのは時間が掛かる。夕矢はコンビニを渡り歩く決意を固めて目で愛瑠に行こうと告げた。それを見た愛瑠はにんまりとした口元に変化させ、そそくさと鞄を持って教室を出て行く。それを見て微笑んだ夕矢も教室を出て、偶然を装って2人で駅へと向かうのだった。



駅近くのカフェに入った茜と香は窓際ではなく一番奥の目立たない席を選んでいた。今日は部活もないせいかどこか開放的な気分になっている。けれど完全開放ではなく、これからの話を考えれば心の中の影は確実に大きくなってきていた。お互いがお互いに自分の想いをさらけ出すのだから。好みの飲み物を注文して、それをテーブルの上に置いた。いつもであれば食べ物も一緒にオーダーするのだが、やはりそこまでの気持ちにはなれなかった。まずはお互いに部活の話などをしつつタイミングを計っていく。だが、緊張感が高まってきたのが分かるだけにだんだんと沈黙の時間が多くなっていった。香は自分から誘ったこともあり、ここは自分からだと決めて軽めの深呼吸をしてからゆっくりと口を開いていった。


「あのさ・・・今日はさ・・・その、全部話そうと思って、ね」

「う、うん」


ごくりと唾を飲み込んだのは香か、茜か。とにかく一気に高まった緊張感に2人が視線を落とした。茜は香の話の内容は夕矢のことだと思っている。つい昨日のこともあって緊張感がいつもの倍は感じられた。


「私ね、ずっと内緒にしてきたことがあって」

「あ、うん」


ずっと内緒とはどういうことかと思う。香が夕矢を好きだというのは夏に聞いているし、かといって2人の仲が進展しているようには見えない。現に昨日の時点で夕矢は香のことが気になっているというような感じで言っていたが、言葉通りそれだけの関係に思えた。ごくりと唾を飲み込み、茜は香の言葉を待った。


「その、ね・・・私も夕矢と同じでさ、その、オタク・・・なんだよね」

「・・・・・・・・・・・えっ!?」


予想の斜め上というか、範囲外のカミングアウトに思わぬ間と変な声が出てしまった。


「私もアニメとか漫画とか、ゲームとか好きで、そういうグッズ集めたりしてるの。偏見が怖くて誰にも言えなかったんだけどね、夏頃にどうしても欲しい物があって、それ、クジでね。夕矢のクジ運のこと聞いて、それで彼には全部打ち明けていろいろ協力してもらってた」


俯き加減でそう言いながらも目は茜を捉えている。その言葉を聞いて何故香が夕矢を好きになったのかを理解した茜だが、同時に夕矢の心を自分に取り戻す自信を失ってしまった。普通に仲良くなった挙句の恋心であればまだ対等に戦えると思っていた。だが、そうではない。同じ趣味を持ち、そして同じ価値観を有しているのだ。茜は2年前に振った理由で既にマイナスで、これまでの素っ気無くツンツンした態度もまた好感度を下げているのだから。


「一緒にイベント行ったりね。あ、でもあいるん・・・・姫季さんも一緒だったけどね。彼女も私と同じだったし」


愛瑠のことも聞いて驚く反面、イベントにも行ったと聞いてそっちの方に動揺する。ますます自分に勝ち目がないと思い、茜はそっと顔を伏せた。泣きそうになっている自分だけは見せたくないとグッと堪えるが、自業自得だとも思う。


「そういうのもあって、夕矢を好きになったの。あいるんは、ずっと前から好きだったっぽいけどね」

「姫季さんも、好きなんだ?」

「うん。見てたらすぐ分かるし、そう言われたしね」


普段の風紀にうるさい毅然とした愛瑠と、趣味に関して夕矢に対する態度との違いは滑稽を通り越して異常だ。だが慣れてしまえばそれすら可愛く見えてくる。いわゆるツンデレだが、デレた際の愛瑠はとても可愛く、そして素直だと思えた。本人にその自覚はないのだろうが、愛情表現も最大限に発揮している。それは香にとって羨ましくもあり、そして敬遠したい部分でもあった。


「最初は本当に趣味のことで相談してた。クジのこともあったし。そこで偶然あいるんにも会って、それで夏のイベントも一緒に、3人で行ったんだ。そしたらだんだん好きになっていって・・・」

「そうだったんだ」


そうとしか言えず、いろいろショックだった茜は顔を完全に伏せた。一番辛いのは趣味のことを隠されていたことだ。偏見が怖い、そう香は言った。自分はそんな偏見などない。近くにオタクの夕矢がいるし、そういうのもまた文化だと思っている、確かに夕矢に関して悪態をついた際にキモいとは言った。だがそれは悟られまいとした恋愛感情の結果だ。しかしそれが香を傷つけていたとなれば反省すべき点となる。茜はゆっくりと顔を上げ、怯えた顔をしている香を見やった。


「ゴメン、私、夕矢をキモイとか言ってたね。でもね、それは偏見じゃないの。あれは・・・」

「強がり、でしょ?」


香が薄く微笑んでそう言った。茜は驚いた顔をしつつ頷き、それを見た香は複雑そうな表情を浮かべて茜から視線を外した。


「分かってる。茜は夕矢には厳しいもんね。でも、それって本心の裏返し、だよね?」

「なんで・・・・?」

「夕矢を好きになって、周囲の女子を見るようになってわかったの。茜はやっぱり夕矢が好きなんだって」

「あー、うん・・・そうだね」

「茜の話ってそれでしょ?」


ここで香が意地悪い顔になった。その表情を見た茜は苦笑したが、すぐに泣きそうな顔になってしまったために香が慌ててしまう。香が夕矢を好きになった理由、昨日のこと、そして夕矢の気持ち、それらを考えてしまったせいか、茜の心が痛みを訴えていく。それでもちゃんと夕矢のことに関して香に話しておきたいと思い、膝の上に置いた両手をギュッと握って香を見つめた。


「私さ、本当はね、ずっと、ずっと、小さい頃から夕矢が好きだったの」

「うん・・・でもさ・・・・」

「2年前に、振った時も好きだった。好きなのに、つまんない理由で振ったの」

「どういうこと?」


好きなのに振った、そして今のような関係になっているというのがよくわからない。そこまで好きだったら振る必要などないはずだ。たとえどんな理由があったとしても。


「実は、ね・・・」


茜は昨日夕矢にしたのと同じ説明をした。夕矢を嫌っている友達を優先して嬉しいはずの告白を断った愚かな自分、そのくだらなさ。結果として夕矢を傷つけ、自分を見失った。陽太という繋ぎ止めを得て今の関係になっていること、そして昨日のことも話して聞かせる。いつの間にか茜の目には涙が溜まっていた。香は小さくため息をつき、そして苦笑いとも呆れ顔ともいえる表情を浮かべる。実に茜らしいと思う反面、かなりのバカだとも思えた。


「たしかにくだらない理由。でも、女ってさ、恋人より友達を取る人多いよね。多分、私も同じこと言ってたよ。でも告白されて断りはしなかったけどね。そんな程度でハブる友達なんかいらないし、恋人がいてくれるならそれでいいもん」

「・・・・だよね」


泣きそうになる茜に苦笑し、香はすっかり冷めてしまったカフェオレを飲んだ。茜は視線を落としたままで動く気配はない。


「そっか、でも、正式にライバルだね?」


微笑む香はいつもの香だ。茜はその顔を見てようやくかすかに微笑んだ。だがライバルにはなれない。彼女はもうスタートを切っているが、自分はようやくスタートラインに立ったばかりなのだから。


「でもさ、私はライバルにはなれない。香の方がずっとリードしてるし、それに趣味も同じだしね」

「そっかなぁ?確かに趣味でのアドバンテージはあるけど、茜のほうが近い位置にいるよね?幼馴染だし、彼をよく理解できてるし」

「あー、それね・・・いろいろ規制されたから・・・優位性ないよ」

「どういうこと?」


茜は昨日夕矢に言われたことを香に話した。幼馴染という立場は変わらない、だがそれを利用しての駆け引きは絶対にダメだと言われたことを。それを聞いた香は夕矢らしいと漏らし、それからクスクスと笑ってみせた。


「ま、夕矢らしいよね。でも、おかげで優位には立ってるか。うんうん」

「・・・・香ってそんなキャラだったっけ?」

「うーん・・・あいるんとつるむようになって少し影響されたかも」

「姫季さんねぇ・・・見てみたいよ」

「きっとドン引きするよ」


その言葉に2人は笑った。お互いに胸の中にしまっておいたものを引き出し、そして見せ合った結果の笑顔だった。もう隠していることは何もない。


「お互い、がんばろ?」

「そうだね」


そうとだけ言い、2人は冷め切った飲み物を一気飲みしておかわりを買いに席を立つのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ