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コネクト  作者: 夏みかん
第1話
3/43

秘めた想い、共有する心(3)

家に帰った茜は着替えを済ませて軽く部屋の掃除をする。とはいえ、いつも普段から綺麗にしているだけに掃除といってもしれているのだが。それに陽太と夕矢なら気心も知れているし、部屋に入れることも抵抗が無い。お互いの部屋を行き来することも多い仲だけに、身だしなみとして掃除をしたにすぎなかった。そうしてリビングへ行けば、昼食の支度をしている母親がキッチンに見えた。リビングとキッチンに仕切りがないためによく見えるのだ。


「昼から陽ちゃんたちと勉強するから」

「あらそう」


素っ気無い言い方だがいつものことだ。特に相手が陽太と夕矢なら母親として気を遣うこともない。


「ってことは夕ちゃんも?」

「うん。ま、あいつは強制だけど」

「素直じゃないわねぇ」

「どういう意味?」

「別にぃ」


その言い方にムッとした茜だが、それ以上何かを言う気になれなかった。言えば勝手にいろいろ決め付けられて言い返されるからだ。


「あまり夕ちゃんをいじめちゃ嫌われるよ?」


意味ありげにそう言う母親を見ることなくソファに腰掛けるとテレビのチャンネルを変えた。


「いじめてないよ。愛のムチだし」

「あんたドSね」

「言っても聞かないんなら実力行使しかないじゃん」

「あんたに技を教えたのは夕ちゃんとSMさせるためじゃないけどね」


呆れた口調でそう言う母親に茜は顔をそっちに向けた。今日の昼食は焼きそばらしい。


「でもどうせならちゃんと習えばよかった。今でも充分強いと思うだけに」


その言葉を聞いた母親はお茶を置き、目で茜にこっちに座るよう命じた。茜はテレビのリモコンをテーブルに投げてから立ち上がるとキッチンテーブルに着いた。


「あんたは強くない、上手いだけ」

「そっかな?」

「強いって人間なんて一握りだけよ。私も強くはないし」


目の前に座りながらそう言う母親を見つつ首を傾げた。茜からすれば母親も充分に強いと思っている。女子であらゆる大会を総なめにした実績もあって、だからこその師範代なのだから。


「母さんが強くないなら、どんな化け物が強いんだか」

「少なくとも母さんが知る限り数人だけど、特に2人ね、本当に強い人間っていうのに会ったのは」

「へぇ、誰?」


箸を手に取り、いただきますと続けて焼きそばを頬張った。程よいソースの味が絶品だ。


「ま、使ってる技は空手じゃないけどね。古武術っていうらしいわ、1人は我流だけどケンカ殺法かな」

「古武術?なんての?」

「あんたが知る必要は無いわよ」


そこまで言いながら母親は話題を終わらせて焼きそばを口に入れた。茜は憮然としつつお茶を飲みながら昔押入れの奥で見た昔のノートの内容を思い出す。あれは母親の筆跡だった。書かれていた文字は、確か、木戸。


「木戸なんとか?だっけか?ん?あとなんだっけ?」


娘のその言葉にも手を止めず、母親は無言で焼きそばを食べ続けた。


「答えてくれてもいいじゃん」


不機嫌そうにそう言い、茜はさっさと焼きそばを食べると洗面所に向かう。これから幼馴染とはいえ男子が来るのだ、歯に青海苔やネギをつけていくわけにはいかない。そんな娘を見送りつつ、母親はお茶を手に取った。


「若気の至りは娘に語りたくないだけなのにね」


苦笑し、そして昔の自分を恥じた。いわゆる不良だった時代のことを。その時に見た鬼神のごとき2人の男のことは脳裏に焼きついて離れない。前髪の長い鋭い目をした魔獣と金色の髪をした野獣のごとき大男との死闘。それを目にしたからこそ自分は正しい道に戻ってこられたのだと思う。以来、いろんなことを調べた、それが茜の見たノートだった。


「我が黒い歴史ってやつね」


母親はお茶をすすりながら小さく微笑むとテレビへと目をやるのだった。



「お邪魔します」

「ちゅーす・・・お邪魔しま~す」


対照的な挨拶に茜の母親である翔華しょうかはにっこりとした笑顔を浮かべた。赤ん坊の頃から良く知っているこの2人は翔華にとっても息子に近い感覚だ。特に茜しか子供がいないだけに、こうして2人の幼馴染がいてくれることは翔華にとっても心に安らぎを与えてくれた。茜を産んだ後で大きな病気をして子供が産めなくなり、2人は欲しいと思っていた翔華はすごく落ち込んだ。だが陽太や夕矢がずっと一緒にいてくれるおかげでそんな寂しさと心の空白はすぐに埋められていったのだ。優等生である陽太とどこか粗野な夕矢は正反対の存在だ。ただ2人とも優しい人間だとはよく理解している。願わくばこのままどちらか1人が本当の息子になってほしいと思っているほどに。2人はそのまま慣れた様子で2階へと向かう。年頃の男子2人が1人娘の部屋に向かうのを見送る母親だが、何の心配も無い。


「あ、そうそう、夕ちゃん」

「ん?」


階段の真ん中辺りまで来たところで翔華に呼び止められ、夕矢は翔華を見下ろした。一旦立ち止まった陽太だが、そのまますぐに茜の部屋へと向かう。


「わき腹、やられたって?」

「あぁ、まぁね」


肩をすくめるその仕草にクスッと笑った翔華はそのまま夕矢に手招きをする。夕矢は階段を下りて翔華の後を追う形でリビングに入った。翔華は電話機を置いているカラーボックスの中にあるカゴからシップを取り出すと夕矢にTシャツをめくるように指示した。言われるままにTシャツをめくれば、そこは赤く腫れあがっていた。見ただけで相当痛そうだ。翔華はそっと患部に触れて軽く押す。夕矢は表情を変えずにじっとその様子を見つめるだけだった。


「ゴメンね・・・あの子、暴力的で」

「俺にだけ、だけどね」

「まぁ、愛情表現ってことで」

「DVでしょ?」

「ふふふ・・・そうね」


言いながらシップを貼った。市販のものではなく、病院のものらしい。空手道場から持ち帰ったものかもしれないと夕矢はぼんやりと考えていた。そのままテープで固定し、治療は終わった。


「ありがと」

「いえいえ。これからも耐えてね」

「いや、再教育してよ」

「夕ちゃんがお嫁にもらって躾けてよ」

「ないな」

「ないか」

「うん」


そう言って笑いあい、夕矢は茜の部屋へと向かった。シップの入った袋をしまい、透明テープをくしゃくしゃとして立ち上がった翔華は2階を見るような仕草を見せた後でため息をついた。


「まぁ、仕方ないか、な」


認めたくないせいか、語尾が曖昧になる。翔華は苦笑を浮かべつつキッチンへと戻っていった。



夕矢が部屋に入れば、真ん中に置かれたガラスのテーブルの上にテスト勉強用の教科書やノートが広げられていた。一瞬うんざりした顔をした夕矢だったが、対面に座る茜と陽太が左右に来る様に座る。3人でこの部屋に来るときはいつもこの並びだ。持ってきたバッグから教科書とノートを取り出すがどうにも気が乗らない。チラッと陽太を見ればノートを真剣に見つめている。それから茜を見ると教科書に引かれている蛍光ピンクの箇所をぶつぶつと読み返していた。夕矢は勉強するふりをして香のことを考えていた。彼女もオタクだったのは意外だが、それ以上にカルフェスに行きたいというのは度肝を抜かれた。自分は趣味に関しては群れるのは嫌いで1人で行動することが多い。一発クジと呼ばれるコンビニなどで実施されているアニメやゲームなどを対象にした一回五百円のクジを引いてフィギュアやらフェイスタオルを当てるものをする時でもオタク仲間とは行かずに1人で行くほどに。なので毎年のカルフェスにも1人で行っていたが、今年は2人となる。しかもあの香とだ。


「ぼーっとしてる」


突然発せられた茜の言葉にドキッとするが、澄ました顔を向けた。動揺を微塵も見せていないのは特技といっていいだろう。


「こういうスタイルなんだよ、俺は」

「心ここにあらず、だったけど?」

「俺ばっか見てないで勉強しろって」

「見てないし、バカ」

「バカはオメーだろ?」

「はい、そこまで!」


徐々にヒートアップを始めた2人を止めるのは陽太の役目だ。


「痴話喧嘩は勉強を終えてから」

「痴話じゃねーし」

「ゴメン」


何故か素直に謝る茜にイラッとくるが夕矢も黙った。沈黙が再開されていく。陽太はそんな2人を見て小さく微笑むと自分も勉強に集中する。黙々と勉強をする2人を差し置き、どうにもこういう勉強は肌に合わない夕矢は茜のベッドにもたれるようにしつつノートを見ていた。実際は別のことを考えながらだ。


「陽ちゃん、これってこういう解釈だよね?」

「ん?んん、そうだよ。あとこの辺の単語は派生系で出ると思う」


そんな会話を聞きつつ夕矢が用意されているジュースを飲んだ。それに吊られてか、陽太もまたジュースへと手を伸ばした。チラッと茜を見て、それからぼーっとしている夕矢を見る。ここへ来てから全く身が入っていない夕矢だが、それでもテストの点はいい方だ。家で勉強をしているタイプでもないのに不思議でしかない。


「そういやさ、陽太の県大会って月末だっけ?」


不意に夕矢がそう口を開いた。


「再来週だ」

「ま、お前の実力なら全国は決まりだろうけど」


その言葉に陽太は小さく微笑んだ。よほどのことがない限り県内に自分より実力が上の人間はいない。体調管理や怪我にも気を配っているだけに、全国大会出場はまず間違いないと思っていた。


「私も来週末大会だけど?」

「オメーのは地元のじゃねぇか」

「ここでの成績次第で秋の大会でのシードがかかってんの!」

「まぁ、頑張れや」

「こいつ、応援に来る気ないな」


キッと睨むが効果はない。


「俺は行くよ」

「でも陽ちゃんも練習が・・・」

「応援して、そんで自分にも気合を入れる」

「ありがと」


微笑みあう2人を見て欠伸をする夕矢の膝を蹴る茜。


「俺も陽太の応援には行く」

「残念ながら、女子の試合は別の日だけどな」

「・・・・・・・・とりあえず、行く」


素直な反応を見せる夕矢に陽太が笑い、茜はムッとした顔をしてみせた。


「女子って・・・それが狙いか!」

「違うし」

「目を逸らすな!」


ここで緊張の糸が切れたせいで3人は一旦休憩を入れた。ジュースの替えを茜が取りにいき、陽太と夕矢がくつろぐようにしてみせる。陽太は背伸びをし、夕矢はベッドの脇にあった少女コミック誌を手に取ってパラパラとめくる。


「茜の応援にも行ってやれよ」

「地味な大会だろ?お前の全国大会が地元ならそれも行くんだけどな」

「茜はお前に来て欲しいんだよ」

「んなことないって」


漫画を見ながらそう答える夕矢にため息をついた。


「無理強いはしないけど、な」

「そうしてくれ」


夕矢は漫画に夢中になり、陽太はそれ以上の言葉を止めた。何を言っても夕矢は茜の応援には行かないだろう。それが照れ隠しではなく本心だとわかっている。だからこそチクチクと心が痛むのだ。そうしていると茜が戻ってくる。同時に夕矢が立ち上がった。どうやらトイレらしい。空になったコップにジュースを注いだ茜はポテトチップスの入った皿をテーブルの真ん中に置いた。


「茜の応援には行かないらしい」


ぽつりとそう告げた陽太に苦笑し、茜は自分の位置に座る。


「来るわけないよ」

「来て欲しいって素直に言ってみれば?」

「なぁんで?」

「ま、いいけどさ」


感情もなくそう言い、表情も崩さずにポテチをつまんだ陽太を見る茜もまた普段通りの顔だ。そうしていると夕矢が部屋に戻ってくる。


「お、ポテチか」


座りながら伸ばした手を茜がピシャリと叩いた。


「何すんだ!」

「手を洗ったの?」

「お前ね・・・・ホント可愛くないな」

「すみませんね、可愛くなくて」

「胸もないけどな」


その瞬間、鼻先をかすめる茜の拳。もはや無意識的に避けていた自分を褒めたい夕矢が愛想笑いを浮かべつつ参ったとばかりに両手を前に出した。茜は夕矢を睨みつつもポテチをつまんでいく。


「そういや、お前、瀬川さんとはマジで何もなし?」


ポテチを数枚手に取った陽太の言葉にピクリと反応する茜だったが、夕矢はすぐ後ろにあるベッドにもたれるようにしながらジュースを手に取った。


「何って、何さ?何もねぇし」

「でも、こう、なんか雰囲気が・・・」

「確かに、ねぇ」


陽太の言葉に茜もそう言い目を合わせる。夕矢はため息をつきつつ得意のポーカーフェイスを貫いた。


「何もない。ホントに弟のことだったし」

「ん~、でも弟がオタクなんて聞いてないしなぁ」

「言いたくなかったんだろうさ。複雑な姉の心境ってもんだろ」

「で、お前に相談か・・・なんか解せん」


陽太は腕組みしつつねめつけるように夕矢を見やった。こういう時は鋭い陽太を知っているだけに夕矢は表情を変えずにジュースを飲んで間を空ける。茜と陽太は目で何かを話し、それからジュースを手に取った。


「もし、もしも、香からの告白とかだったら、私にも言ってね・・・他の誰と付き合うことになっても」


茜がいつになく真剣な顔つきでそう言ってくる。陽太はそんな茜同様、目つきを鋭くして夕矢を見て肩を持たないといった雰囲気をかもし出す。


「まぁ、いいけど・・・でもなんでお前に言う必要があんの?」

「それは・・・」

「複雑な姉の心境、ってやつだよ・・・な?」


言葉に詰まった茜に助け舟を出す陽太に夕矢は苦笑した。そう言われては返す言葉がないからだ。昔からこういった面で茜のフォローが上手いと思う。それだけ茜と自分とを理解していることかと思う夕矢がポテチをつまむ。


「逆に言えば、お前らにも彼氏彼女ができたら俺に言えよ?ま、お前らが付き合うのが一番とは思うけど」


その言葉に陽太は苦笑し、茜は視線を落とす。その雰囲気に既に付き合っているのかと勘ぐる夕矢だが、それはないと思い直した。学校でも、イケメンの陽太も可愛い茜もよくもてる。それこそ何人に告白されたかわからないほどだ。だが今ではそれもほとんど無い。いつも一緒にいることが多いこの2人が既にカップルだと認識されているからだ。真っ向からそれを否定しても噂は収まらない。幼馴染で家も近いから、そう言ってもダメだった。だから2人とももう何も言わないでいる。それは夕矢もよく理解していた。だが、こうまでもてる2人に彼氏彼女がいないのが不思議でならなかった。ならいっそのこと付き合えばいいのに、そう思うことが多々ある。


「別にお前と茜でもいいだろ?」


不意にそう言われた茜が驚いた顔を陽太に向けるが、夕矢は苦笑を濃くしてコップを置くだけだった。そこに動揺は微塵もない。


「ないな。ないよ」


夕矢は静かにそう言い、茜は沈黙を保ったままだ。こちらもその表情に変化はなかった。そんな茜を見つつ、陽太はコップの中身を飲み干してシャーペンを握った。


「さて、再開しますか」

「だね」


茜もそう言い、ペンを握った。夕矢もやれやれという顔をし、テーブルの前に座り直した。何故かさっきよりも空気が重く感じるが気のせいだろう、そう思う夕矢は眠気をこらえつつノートへと目をやるのだった。

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