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コネクト  作者: 夏みかん
第4話
29/43

素直な言葉、理由のない気持ち(3)

「そうか、茜があの話をなぁ・・・」

「ああ」


椅子に座って足と腕を組みながら苦笑する陽太に対し、フローリングの上に敷かれたセンターラグの上にあぐらをかく夕矢が頭を掻いてみせた。茜に2年前の真相を聞かされたその夜、夕矢は陽太の家を訪れていた。あの告白の日と同じように。あの時は振られた報告と陽太の見立てが間違っていたことに対する愚痴を言いに来たのだが、今日はそうではない。茜から陽太が今日の話を知っていたと聞いて意見を募りたいと思ったからだ。


「まぁ、正直に言うと、俺は止めたんだよ」


陽太はそう言い、鼻でため息をつく。茜がずっと夕矢を好きでいることは知っている。だからこそ、もう一度告白するためには振った真相は話すべきではないと思っていたからだ。話すことで夕矢と茜の関係が今度こそ途切れてしまうことを危惧したこともある。しかし何より心配だったのは告白の結果によっては折れてしまうかもしれない茜の心だった。真相を話すことで夕矢との全ての関係が終わり、その心が折れて壊れてしまうことを恐れていたのだ。茜がどれほど夕矢が好きかを知っているだけにそこが一番のネックだったのだ。だが、その心配はもうない。夕矢はもう2年前のことに区切りをつけ、気持ちにきちんと整理できていた。だからこそ茜を許し、もう一度自分を好きになる資格を与えたのだろう。


「お前の中にもまだ少しは茜への気持ちが残ってるんじゃないのか?」

「んー、どうだろうなぁ」

「だったらそこはきっちりさせた方がいいんでない?」

「微妙なんだよ。まだ気持ちがあるような気もするけど、だからって付き合いたいって気持ちはない」

「瀬川たちのせい、だろ?」

「多分、な」


夕矢は小さく微笑み、それから暗い表情に変化させた。俯き加減になる夕矢を見てその複雑な心情を察する陽太だが、今回は上手いアドバイスは出来そうもないと思っていた。茜が夕矢を好きなままでいられたことはいいことだと思う。かといって2人が恋人同士になれるかどうかは不透明だし、不可能に近い感じがしている。そう、香の存在がなければ2人はそのまま付き合っていただろう。そう、今や夕矢と繋がりが深いのは香や愛瑠の方なのだ。同じ趣味を持ち、同じ感覚で話もできるし出かけることが出来る。夕矢としてもそういう方が楽しいし、なにより深い繋がりを感じているのもまた事実なのだから。かといって茜は夕矢の趣味を否定してはいない。だが、ツンデレなせいかキモイだのなんだの言っていたのはかなりのマイナスになっているのは間違いないだろう。そういうのもあって夕矢の心の奥底に残っているはずの茜への想いが再度燃え上がることがなかったのだ。


「瀬川たちと出かけると楽しいし、そういう面での話ができるってのも新鮮だった。女子なのにそういう話が出来るってのが嬉しくてさ」


微笑を浮かべてそう言う夕矢に恋愛感情は見て取れない。だが、このまま香たちと行動を共にしていけば遅かれ早かれそういう風になっていくのだろう。つまりは夕矢の中での恋愛順位候補は香、愛瑠、そして随分後ろに茜がいると考えられる。


「まぁ、理想的だよな」

「だな」


そう言い、苦笑を交わした。夕矢としては振られた理由のくだらなさに辟易しているというよりは今更それを聞かされて戸惑っている、そんな風に見える。茜を好きだった気持ちをようやく整理して幼馴染の関係ががっちりと噛み合っている状態でのこの告白はかなり辛いものもあるのだろう。


「自然に任せればいい。お前が茜を選ぶ理由がないならそれでいいじゃないか」

「だな」

「それで幼馴染の関係もまた崩れるとは思えないし、俺がそうはさせないし」

「・・・陽太には世話になりっぱなしだな」


心底申し訳なさそうにする夕矢に陽太が微笑む。この2人の関係は兄弟に近い。いや、それ以上か。時に兄、時に弟、それがお互いの関係だと思う。


「お互いさまだよ」


陽太はそう言うと微笑む。振られた際にお互いに愚痴りあって慰めあった経験もある。時にはライバルとして競い、時には喧嘩をして殴りあったこともある。そして今は親友以上の関係でもあった。本気にならない夕矢も気にならず、本気になった夕矢を目標にしている陽太にとって夕矢は目標であり壁なのだ。そんな壁が苦しんでいる姿は見たくなかった。


「でも、おかげですっきりした。まぁ、意識しないでいくよ」

「相談ぐらいには乗るから、また、な」

「そうだな・・・・ところで・・・」


あぐらをかいていた夕矢が少し身を乗り出すようにしてみせた。陽太はその言い方が気になりながらも夕矢の方に体ごと向けたままだ。


「先輩のおっぱいはもう触ったのか?」


椅子から転げ落ちそうな自分をしっかり支え、陽太は呆れた顔を夕矢に向けるが夕矢は真面目な顔をしている。どうやら冗談ではなく、本気で気になっていたようだ。


「・・・・答える必要あんの?」

「ま、ないな。でも知りたい」

「まだだよ」

「え?そうなの?もう2ヶ月は経つよな?そんなもんなの?」

「・・・・お前の言う基準がわからん」


うんざりしたような陽太の言葉を聞いてもにんまりと笑う夕矢。


「2ヶ月以上だったらもうやることやってんだと思ってた」

「・・・俺は先輩が卒業するまではそういうことをするつもりはない」

「え?そうなのか?」


驚く夕矢に陽太は真面目な顔で頷いた。よく我慢が出来るなと思う反面、あの雪がそれでいいと思っているかどうかが疑問だ。天然だということを差し引いても雪の方が積極的に見えたからだ。人目も気にせず腕を組むなど、校内でそれを陽太に咎められているシーンも見たことがあるだけに夕矢はその疑問を口にした。


「先輩はそれでいいって?」


その質問を受け、夕矢の想像が現実だったらしく陽太は苦い顔をしてみせた。


「正直、すごく求められてるっていうか、結構激しかったんでそういう風にしたんだよ・・・俺としてはしてもいいんだけど、何かちょっと怖い感じもしてさ、その、迫られるのが・・・」


言い難そうにしたことからかなり激しく迫られたのだろうか。夕矢は苦笑し、それから立ち上がってベッドに腰掛けた。


「まぁ、気持ちはわかる。必要以上に迫られると怖くなるよなぁ」


想像すると確かに怖い。何か裏があるのかとも思うし、病んでいるのかとも思う。だが雪に関していえば深い繋がりを求めているだけだろうと思う。独占したい、のではく愛されているという自覚が欲しいのだろう。陽太はよくモテるし、茜という存在も少なからず気になるところだ。


「まぁ、その件に関してはアドバイスできないが、おっぱいの感触は是非頼む」


そう言いながら立ち上がる夕矢を見て笑みを漏らした。そんな陽太に微笑みかけ、それからすぐに真顔になる。


「ありがとう、陽太。少し楽になった気がする」


いつになく真面目で、そして心のこもった言葉だった。だからか、陽太は自然と笑みを浮かべて頷いている。


「ま、お互いに、な」

「ああ。じゃ、帰るわ」

「また明日な」

「ああ、おやすみ」

「おやすみ」


見送りなど当然しない。勝手知ったる家というのもあるが、わざわざそんなことをする間柄でもないからだ。夕矢は陽太の両親に帰ることを告げて玄関を出た。冬が近くなっているとわかる冷たい風に身震いしつつ小走りで正面にある自分の家へと駆け込むのだった。



玄関を出れば、息も白くなるほど寒かった。まだ冬とはいえない季節なのにこの寒さとなると冬本番はどこまで寒くなるのか恐ろしくなる。今日は一足速い冬だという天気予報だったが、当たりすぎだと思う夕矢は道路脇に立っている茜を見て片眉を上げた。


「おはようー」

「あぁ、おはよう」


2年前の真相を聞いた翌日だけに、どこかよそよそしくなる夕矢と違って茜は普段と変わらないように見えた。


「陽太は?」

「朝練だって。寒いのに大変だよね」

「ふぅん」


そう言い、歩き出せば茜も横に並んだ。


「旅行に行くかどうかは夕矢が決めてね」

「あぁ、そうだなぁ」


保留にされた理由は知ったし、何より断る理由もない。けれど、陽太以外に男子が自分だけとなればそれはそれで辛いものもあった。香が参加するとはいえ、オタク的な話もできない。メリットもないかと思う上に今の茜との関係もあって行く気にはなれていない。いや、行かないつもりでいた。


「あのさ・・・今度さ、2人で遊びに行かない?」

「ん?んー、まぁいいけど、どこへ?」

「映画、とかさ。ボウリングでもいいし」

「映画ねぇ・・・」

「考えておいてよ」

「わかった」

「うん!」


嬉しそうなその返事はどこか今までの茜と違う感じがする。昨日まではどこか素っ気無く、自分に突っかかってばかりいた茜が妙に女の子らしい。それはアピールかとも思うが、そうでもない気もしている。素直になれたからか、それとも別の意図でもあるのか。


「なんか、雰囲気が違うってか・・・んー、いつもと違うぞ」


夕矢はストレートにそう切り出した。小細工できない性分だし、何より茜の変化に戸惑うぐらいならはっきりさせたいと思う。すると茜は不思議そうに夕矢を見て、それから首を捻った。


「そうかな?意識とかしてないんだけど」

「ん、微妙にな、なんか・・・こう、素直な感じがしてさ」

「あぁ、そうね、素直かも。素直にこうしたいって思うことを実行しようって思って」


こちらもちゃんとした答えを返してきた。はにかんだその顔もまた珍しい、いつもなら喧嘩腰になっていたはずだ。恋愛のポイントを上げようとしているのかもしれないが、今の夕矢にはマイナスポイントだ。戸惑いしかなく、変に勘ぐってしまうからだ。ただ、素直になった茜、素直な部分を前に出している茜は不気味だが心地がいい気もしている。夕矢は戸惑いをそのままに会話を続け、学校へと向かった。電車を降りて坂に向かうと香がそこにいる。それもまたいつもの光景なので気にしない。


「おはようお二人さん」

「おっはよう!」

「ういー」

「・・・・簡略的にもほどがある挨拶ね」


目を細めて呆れ口調の香がそう言うと茜もまた夕矢を睨んだ。この辺は実にいつもの茜らしい。


「おはようさん」


そう言い直した夕矢に満足したのか、うんうん頷いた香が歩き出し、それに並んで茜が歩く。夕矢は少し間を開けて後ろからついてくようにしつつ、ぼんやりと2人の背中を見つめながらいろいろなことを考えていた。茜に対しては気持ちの整理をつけているために恋愛感情もなく、真相を聞いたところでそれが蘇ることはなかった。ただ、心が揺れたのは確かだ。2年間も、今も好きだったと言われればこうもなろう。そう思いながら今度は香の背中を見つめる。趣味が同じで価値観も似ている。小柄で可愛くて胸も大きいとくれば恋人としてはベストな存在なのだと思う。茜と付き合うよりは楽しいと思うが、茜に関しては性格を隅々まで知り尽くしている分、一緒にいても楽だと思う部分もある。楽しそうに会話をしている2人を見つつ、ため息しか出ない夕矢は陽太を羨ましく思った。天然だが美人で清楚、そしてはっきりした部分もある雪は引っ張っていくタイプの陽太としてもちょうどいい位置にいると思う。お互いに持ちつ持たれつ、そんな関係を見ていた。それこそ夕矢が理想とする恋人の関係だ。そしてそれに近い関係になれそうなのは香の方だろう。そんな夕矢をチラッと見た香が少し茜に顔を寄せた。


「今日の放課後さ・・・部活ないし、ちょっと話できる?」

「ん?んん、いいけど、深刻系?」

「んー・・・かも」

「わかったよ。私も話あったし」

「そうなんだ?じゃぁ、どっか寄っていこ?」

「だね」


そう言い、2人とも意味ありげに微笑んだ。香は趣味のことを、茜は夕矢とのことを話すつもりでいた。その結果、2人の友情にヒビが入ろうとも。

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