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コネクト  作者: 夏みかん
第3話
26/43

わずかな差、大きな違い(9)

夕焼けに染まる空が秋の冷ややかな風を運んできていた。昼間がどんなに暑くとも、夕方になれば秋の涼しさが顔を出す。疲れた体には心地いい風に、陽太と茜が空を見上げながら歩いていた。


「歩くの速いんだよ、オメーら・・・・ちったぁこっちの身にもなれよ」


膝がガクガクなせいか、老人より酷い歩き方になっている夕矢を2人が振り返る。顔を見合わせ、しかしそのまま歩き出した。


「薄情極まりないねぇ・・・」

「普段の運動不足が悪いのよ」

「この際、どこか部活に入るべきだと思うよ。勧誘もされてたみたいだしさ」


茜と陽太にそう言われるが、夕矢はため息をついて1人で歩いた。あのリレーの後で陸上部やサッカー部から勧誘を受けたが断っている。あれは一回限りのことで、もう2度とするつもりはない。勿論、来年も、再来年もだ。


「こんだけやって、たこ焼きもなしかぁ・・・・・・たこ焼きに釣られた俺がバカだった」

「どんだけたこ焼きが食べたかったんだかな」


呆れる陽太に何も返せず、痛む足を引きずって歩くしかない。勝ち目がないのを分かっていながら本気を出した自分を呪う夕矢に、茜がスカートを翻しながらくるっと回って見せた。


「たこ焼き、奢ってあげる。ただしソースか出汁、1人前だけね」

「マジ?いやぁ、さすが茜さん・・・・・ってもなんか嬉しさ半減だなぁ」

「負けたお前が悪い」

「・・・・手を抜かねー陽太が悪い」

「手は抜かないって言ったよね?」

「融通の利かねーやつ!」


そう言いながらも、それが陽太だと分かっている。だからか、夕矢の顔には笑みが浮かんでいた。手を抜くような男なら本気にはならなかった、それは紛れもない事実だ。


「彼女の前でいいかっこ出来てよかったな」

「そうでもないよ・・・お前のこともベタ褒めだったしな」

「妬くな妬くな!お前は心の広い男だろ?」

「あんたはバカなの!」


そう言い、茜がぎゅっと夕矢の頬をつねる。だが震える足のせいで反撃もできず、茜の逃走を許してしまった。悔しがる夕矢にぴろっと舌を出し、陽太に並んで歩き出す。ため息をつく夕矢は仲睦まじく歩く2人の背中を見ながらもどこか満足げな笑みを浮かべて見せた。今日、本気になったことは決して間違いではない、そう思えたからだ。本気を出さなくなった理由を思い出し、そしてもうその必要もなくなったと思う。かといってこれから常に本気を出す気にもならない。そんなことを考えていると家の前に到着した。


「じゃ、また明日な。休むなよ、夕矢?」

「へーへー」


陽太の言葉に適当な返事をする夕矢だが、2人は笑っている。すると陽太のスマホが軽快なメロディを奏で、それを手にした陽太があわてて電話に出つつ手を振って家の中に入っていった。


「ラブラブみたいだな」

「そうね」

「羨ましいな」

「だね」


顔を見合わせて笑いあう。学校でも評判のカップルは妬まれることもなく愛を育んでいるようだ。


「じゃぁ、また明日な」

「うん、またね」


残された2人がそう言い、夕矢が玄関の門に手をかけた時だった。ふといい匂いが鼻をくすぐり、そして柔らかい感触が全身を包んでいた。茜に抱きつかれたと認識した矢先、頬に温かく柔らかい感触を感じた。


「ご褒美」


きょとんとした顔をした夕矢を見てにっこり微笑んだ茜が手を振りながら自分の家に消えた。しばらくぼーっとしていた夕矢がゆっくりと頬に人差し指を当てる。キスをされたと理解し、そしてまた混乱をした。


「なんなんだ?」


戸惑うばかりで何の感情もない、はずだった。なのに何故か嬉しさと、そして痛みを感じている。自分の感情に戸惑う夕矢が我に返ったのは、普通に歩こうとして痛みを感じた膝のおかげであり、その痛みが胸の痛みを上書きしてくれたためにそそくさと家に入るのだった。



一刻堂は駅とは反対側にある大きな川のそばにあるたこ焼きのお店だ。関西から移ってきた人が店長を務め、ソースと出汁の2種類しかないものの人気のある店になっていた。たこ焼き1つが通常のものよりも大きく、関西でいうところの明石焼きに近い印象を与えていた。10個でそこそこの値段がするが、それでもその味に対しては安いと思える。今日は土曜日ながら陽太も茜も部活がなく、夕矢を誘ってこの店に来ていた。昼前に来たというのに狭い店内はもう人で溢れている状態だ。運よく混む前に店に入った3人が各々注文をし、水を飲みながらいろいろ話をしていく。もっぱら話題になるのは陽太と雪のことだが。怪我も順調に回復している雪はもう普通に歩けるようになっていた。ただ走ることはまだダメなようで、それでもテニス部のマネージャーとして頑張りながら個人的に陽太を支えているらしい。それを聞いた夕矢は心底羨ましがり、茜もまたそんな2人を祝福するのだった。そうしているとたこ焼きが運ばれてくる。陽太はソースで夕矢と茜が出汁を選んでいた。


「あんた、出汁なのにソースかけんの?」

「1度で2度美味しいってやつだ」

「なんか台無しな感じ」


その言葉に陽太が苦笑するが、夕矢は平然としたままソースを塗っていく。それを見た茜がげんなりした顔でたこ焼きを食べるが、その表情が見る間に変化していく。とろけそうになりつつ左手を頬に添えて幸せそうな顔をしてみせた。陽太もまた満足げな顔をし、夕矢は目を閉じてその味だけに集中していく。


「そういやさ、何人かでスキーに行こうって話があるんだよ」


半分ほどを食べたところで茜がそう告げる。夕矢は茜の奢りの分を平らげ、追加でソースのたこ焼きを注文した。陽太は出汁を注文し、水のおかわりを要求しつつ茜を見やった。


「スキーねぇ」

「メンバーは今んところ女だけで4人。陽ちゃんと先輩入れても6人」

「彼女は入れなくてもいいけど?」

「ダメダメ!変な誤解されたくないし、陽ちゃんもそうなったら行かないでしょう?」

「まぁな。でも先輩は怪我のせいでスキーできないぞ」


人前では名前ではなく先輩と呼んでいる陽太だが、そこまで気を使わなくてもいいと思う。


「んー、そっかぁ・・・・で、夕矢はどうする?」

「寒いのヤだし、パス」

「言うと思った」


呆れた口調になるが、夕矢は涼しい顔だ。茜はため息をつくと腕組みをして何かを考え込む。茜の中ではそこで2年前の真実を話すつもりでいたのだが、そこだと気まずくなった時に困ると判断した。それならば前倒しにして、それから夕矢をスキーに誘うしかない。真実を話して元の幼馴染にさえ戻れなくてもいいし、もし許してもらえるのならばそこからまた新たな関係を築きたいのだ。自分は夕矢が好きだと改めて認識したあの体育祭の時からそう考えていた。香に夕矢を取られるのはいい。ただ何もしないで取られるのはイヤだ。


「でも男は俺たちだけってのも問題ないか?」


何気ない陽太のその言葉に夕矢がピクリと反応する。女子多数に男は2人、うち1人は彼女持ちだ。事と次第によってはハーレムが待っている。


「やらしい顔をしてますけど?」


茜の冷たい声と表情を受け、夕矢は表情を引き締めた。あの体育祭の後、夕矢は結構女子から話しかけられるようになっていた。それを見た愛瑠は内心で怒り心頭であり、香をはらはらさせるほどだ。


「ま、行ってもいいかなぁ・・・温泉とかあるのなら、な」

「スキーに温泉は外せないだろ?」

「先輩の怪我にもいい温泉探そうよ!」


温泉というキーワードに弱い茜を上手く誘導できたとほくそ笑む夕矢を横目に見た陽太が苦笑する。とりあえずながら参加する気になっている夕矢を見つつ、茜はあの話をした後でも行く気になってくれるのかという不安を抱えていた。だが、前に進むためにはどうしても越えなければならない壁である。そうしなければ香と同じステージには立てないのだから。そう思う茜は決意を固める。近々、話をしようと。心の中で決意を固めつつも顔には出さない。そんな茜を見て目を細めた陽太に対し、やってきたたこ焼きに目を輝かせる夕矢は自身に迫る巨大な修羅場に気づいていなかった。

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