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コネクト  作者: 夏みかん
第3話
25/43

わずかな差、大きな違い(8)

その日は秋晴れで、10月も半ばだというのにかなり日差しがきつかった。トラックを囲むようにして教室から運んできた椅子を置き、そこに座る。正面には来賓の席を敷き詰めたテントも用意されており、基本的には一般の人は入れないようになっていた。体育祭は平日に行われるためである。それに一般の人や、申告や入校許可証のない父兄を入れて余計なトラブルを回避するためと、わけのわからない連中を寄せつけないための処置でもあった。過去にいろいろあった反省を踏まえての処置であり、もう何年も続いていることなので父兄も気にしていなかった。各学年10クラスあるためにトラックの半周を囲む生徒も3列になっている。綱引きや棒倒し、騎馬戦などの伝統的な競技の他、先生を使った借り物競争などが人気を誇っていた。そんな中でもやはりダントツなのがクラス対抗リレーなのだ。午前中のラストを飾るのが1年生の女子によるクラス対抗リレーだった。今、各クラスの精鋭女子たちが集まる中、各クラスの有志で作り上げた応援旗が大きく揺れる。先ほど行われた2年生の男子によるリレーもそうだったが、見ている側も異様な盛り上がりをみせていた。そして一番走者が位置に付く。夕矢のクラスは香だ。一番小柄ながら目立つ胸、よそのクラスや他の学年からも声援が香に飛んでいた。


「がんばれー、香!」


愛瑠もまた声援を送り、夕矢は椅子に座りながらも香に注目していた。見た限り、他のクラスの女子に早そうなのはいない。香は長距離を走るタイプだ、持久力はあっても瞬発力はない。


「頑張れよ、瀬川」


つぶやく夕矢は知らず知らずのうちに拳を握っていた。同じオタク仲間が香の胸だけに注目する中、いいよスタートとなった。勢い良く鳴り響くピストルの音、そして同時に10人が駆ける。1コーナーを曲がる香は3番手につけている状態だった。


「香ぃぃ!ブチ抜けぇぇぇぇ!トップは転べぇぇぇ!」


普段にはない過激な声を響かせ、隣の椅子の上に片足を乗せて大騒ぎする愛瑠に周囲の男子が驚く。そんな愛瑠の目の前を駆ける香がトップに立った。大きく揺れる胸にばかり注目がいくが、その綺麗なフォームは充分に見ている者をひきつけた。


「そのまま行け!瀬川!」

「かおりん!そのままぁぁぁ!いっけぇぇぇ!」


愛瑠の絶叫と同時に第2走者にバトンが渡った。香は後続に2メートルの差をつけてのゴールだ。そのまま第2走者の応援をする愛瑠はだんだん言葉が過激になり、男子の背中を叩いたりもしていた。そんな愛瑠に気づきつつも何も言わず、夕矢もまた声をあげて応援をするのだった。



「残念でした」


席に戻ってきた香がぴろっと舌を出しつつそう言い、リレーを終えた4人をクラスのみんなが迎えた。結局アンカーである茜に抜かれて2位に終わったが、それでも大健闘だ。大いに沸く女子たちを見ながら、夕矢は隣のクラスに目をやった。大逆転劇をやってのけた茜はクラスの全員からもてはやされ、そんな茜は夕矢の視線に気づいてべーっと舌を出す。


「空気の読めないヤツ」


つぶやき、隣に座る香を見やった。


「短距離でもやってけそうだな?」

「無理無理、もう必死だった」


笑う香の背後から愛瑠が抱きついた。汗で濡れた体操服など気にもせず。


「香ぃぃ!かっこよかったよ!」

「愛瑠・・・でも負けちゃった」

「香は勝ったし、それに仕方ないよ・・・・あの空気読めない誰かの幼馴染のせいで!」


ぎりぎりと歯軋りしつつ楽しそうにしている茜を睨む。そんな愛瑠に苦笑していると愛瑠のそばに他の女子が近寄ってきた。


「ホント、愛瑠の言う通り、上出来上出来!それに愛瑠も凄かったしね」


その言葉にドキッとするが、いつもの笑顔で動揺は見せない。夕矢はニヤニヤを押し殺してその様子をじっと観察する。


「そうそう、暴言に近かったけど、愛瑠って結構熱いタイプなんだね?」


そう言われた愛瑠はぐっと動揺を堪えて微笑む。本性を出したのかと思った香だったが、そうでもないと知ってどこかホッとしていた。それでも自分を応援してくれた愛瑠がかなり熱かったことが分かり、そうまでして応援してくれたことが嬉しかった。



昼休みを挟んで競技が再開され、各学年の白熱バトルが展開されていた。そうして残るは1年生男子によるクラス対抗リレーと3年生による組体操だけとなった。集合場所に集まる1年生男子にあちこちから声援が飛ぶ。特にテニスで全国大会優勝を成し遂げた陽太の人気は凄まじく、雪と付き合っている事実が公表されてからもその人気はうなぎ登りだった。


「陽太ぁ!頑張って!」


雪も大きな声で声援を送り、周囲から冷やかされていた。左足の怪我のせいで競技に参加はできないものの、今ではもう松葉杖なしに歩行が可能になっていた。そんな雪に手を振る陽太に黄色い声援が耐えない。


「陽ちゃーん!ぶっちぎってよね!頑張れ!」


茜も最前列でそう叫ぶ。


「ゆ・・・・坂巻君、頑張れ!」


愛瑠も大きな声で声援を飛ばし、最前列に立って仁王立ちを決めていた。


「さて、幼馴染対決、楽しみ」


そう言いながら香が愛瑠の横に立つ。夕矢を見つめながらも時折隣のクラスの茜へと視線を飛ばしていた。どうやら当然ながら夕矢を応援する気はないらしい。当たり前なのだが香はどこかホッとしていた。そんな声援を受け、各クラスが並ぶ。必然的に隣になった夕矢と陽太がお互いに目を合わせた。


「差は1メートル、だよな?」

「どんなに差があっても本気出していいぞ」

「ヤだよ、クソめんどうな」


そっぽを向く夕矢だが、陽太は信じていた。差が1メートルであれば夕矢は必ず本気を出すと。しかしそれはかなり不可能な話だ。体育の時間に一度だけ本番さながらの練習をしてみたのだが、その差は圧倒的だったからだ。


「さて、行くか」


背伸びをする夕矢を見て、それから薄い雲しかない青空を見上げる。神が望むなら夕矢との対決がある、そう信じて。そうして第1走者がスタート位置についた。1人が2百メートルを走れるようにトラックに白いラインが引かれている。本来の一周4百メートルをちょうど半分にしているのだ。緊張の中、ピストルの音が響いた。やはり前評判通りの順位が展開されていく。陽太のクラスは3番手で、ほぼ前を行く2人とは団子状態だ。夕矢のクラスも健闘しているものの、現在は大きく引き離されての4位だった。


「こりゃ、残念だけど俺たちの対決はないな」


2番手に移っても差は変わらない。夕矢のクラスのメンバーにしては第一走者からの差を開けられていないことは奇跡に近かった。そして3番手にバトンが渡る。最初から今まで団子状態のままである3位まではほぼ決まりといっていいだろう。1コーナーを曲がる面々を見ず、夕矢が自分のクラスのバトン交換を見つつトラックの中に入ったときだった。悲鳴と歓声、そしてどよめきが巻き起こったためにそっちを見て、そして夕矢もまた驚いた顔をしていた。


「茜の執念が実った、って思いたいな」


薄く笑う陽太の横では唖然とする夕矢がいた。団子状態だった先頭の3人がもつれあいながら倒れ、それに迫る夕矢のクラス。すぐに起き上がったのは陽太のクラスのメンバーだが、膝から血を流して速度も落ちている。それでもなんとか追い抜かれずに走るその差はわずか1メートル程度だった。ついさっきまで先頭だった倒れていた2人がようやく立ち上がる中、彼らを抜いていく8番目のクラス。夕矢と陽太は係りの教師の指示を受けて横並びでスタート位置についた。内側に陽太、その外側に夕矢が立って後ろを向く。アンカーは4百メートル、つまりはトラックを一周する。


「お前がどうしようと、俺は本気だからな」


陽太がそう言い、最後のカーブを曲がった仲間に大きく手を振った。それを見つめる茜は複雑ながらもドキドキしていた。まさかこんなことが起きるなんて、そう思い、胸の前で合わせた手に力を込めた。香もまた同じように緊張している。テニスの王子である陽太とオタクの王子である夕矢、その本気の対決が見られるのだ。結果はわかりきっているとはいえ、これには全員が興奮させられた。


「一刻堂のたこ焼き、美味いんだよなぁ」


そう呟いた夕矢の気配が変わるのを感じる。陽太はテニスの試合の時よりも高揚している自分を感じていた。ようやくこれではっきりする。今の自分と夕矢の差を。小学生の頃は圧倒的に夕矢が上で、それがイヤでどんな努力も惜しまなかった。やがて夕矢を抜いたが、その辺りで夕矢は本気を出すのを止めたのだ。だから知りたい、自分がどれぐらい夕矢をリードしているのかを。陽太はゆっくりと走り出す。そのまま迫る仲間からバトンを受け取ると全力で駆けた。ほぼ同時に隣でも同じことが行われていた。1コーナーへと突き進む陽太、それにピタリと追従する夕矢。その差はスタート当時からまったく変化が無い。


「陽太!がんばれー!」


雪の声援を聞きつつ1コーナーを曲がる。だが夕矢が離れて行く気配はなかった。振り返る余裕などない。そんなことをすればほんのわずかなロスタイムになってしまうのだから。コーナーを曲がった2人がバックストレッチに入った。さらに大きな声援が飛ぶ中、2人がそこを駆け抜ける。


「いけぇぇぇぇ!夕矢ぁ!」


香が叫び、手を大きく振る。今まで見たことのないその真剣な表情、そして男子陸上部並みに綺麗なフォーム。前を行く陽太との差は全く変化が無い。


「嘘だろ?相手は学年3位のタイム保持者だぜ?」


男子もざわめく中、興奮の極みにあった愛瑠がその男子の首を掴んで力を込めた。


「いけぇぇぇ夕くぅぅん!ブチ抜けぇぇ!ブチ殺せぇぇぇ!小泉こけろぉぉぉっ!うぉぉぉぉっ!」


完全に自分を見失っての声援に周囲の女子も引いているが、それ以上に興奮していた。あのオタクの夕矢が陽太と互角に渡り合っているのだから。そんな2人を見つめている茜は声も出せず、ただ胸の前で組んだ手に力を込めることしか出来ない。クラス全体が陽太を応援する中、茜だけがそれを出来ないでいるのだ。ずっと見たかった夕矢の本気が目の前を通過していく。あの陽太と変わらぬ能力を発揮しながら。いや、少しだけ差が広がる。それは最終コーナーに入った瞬間に少しだけ外側に寄った結果だった。


「あぁぁぁぁ!夕くぅぅん!頑張れぇぇぇ!キバらんかい!」


掴んでいる男子を振り回すようにした愛瑠の絶叫がこだまする。


「負けるなぁ!夕矢ぁぁ!」


香もまた叫び、全身で夕矢を応援していた。


「何やってんだよ!」

「今だ、小泉!やっちまえ!」


歓声と怒声が響く中、香と茜だけが同じ事を考えていた。


「夕矢、コーナーで小泉を抜く気だ」


直線ですら抜けなかったというのに、それをコーナーでなど無茶としか思えない。


「抜くなら、ここって決めてた」


心の中でそう呟き、歯を食いしばった夕矢がさらに足に力を込めた。少しずつ差が縮まり、ほぼ横並びに近い状態になってコーナーを曲がる。


「マジかよ」


隣にいる男子の声を聞きながら、声にならない声援を送る香の目には体1つ分の差でゴールする2人の姿があった。結局、夕矢は陽太を抜き去ることは出来なかった。それでも、バトンを受け取った時よりもほんの少しだけその差は縮まっている。


「おっしいぃぃぃぃ!ああぁぁぁ!夕くん~・・・・・・もう!」


ぐったりして死にそうになっている男子を解放し、椅子の上に乗せていた足で地団駄を踏む愛瑠がふと我に返る。周囲がドン引きしている様を見つつ血の気が引いたが、女子や男子が口々に夕矢を絶賛し始めたことでうやむやになったためにそれに便乗するのだった。それぐらい、クラスのみんなが興奮していた。ゴールをした陽太が息を整え、地面に倒れこんでいる夕矢に近づく。息も絶え絶えで顔色も悪い夕矢にそっと手を差し出せば、苦しさの中に笑みを見せてその手をがっちりと掴んだ。


「さすが運動部・・・・・・やっぱ抜けねーわ」


はぁはぁ言いながらそう言い、夕矢は微笑んでいた。陽太は夕矢を引き起こしながらも笑顔になる。


「もうちょっとだったんだけどなぁ・・・・やっぱお前と俺には大きな差があったなぁ」

「ああ、差があった」


ただそれはわずかな差でしかなかった、そう思う。これだけ努力してもまだこの程度の差しかつけられていない。数年かかってほんのわずかな差しかつけられない自分が不甲斐ないのか、それともその差を維持している夕矢が凄いのか。そう思う陽太は夕矢の手を離すと集合場所に移動しようとした。


「おい、待ってくれ・・・・久々に本気で走ったから・・・・・足が・・・」


そう言う夕矢を振り返れば、まるで壊れた玩具のように両膝がガクガクしているではないか。それを見た陽太は大きく笑い、それから肩を貸して歩き出した。


「最後のコーナーで俺を抜く気だったのか?」

「そういう作戦だったけど、甘かった」

「いや、あの一瞬だけでもお前は俺よりも速かった・・・それは認めるよ」

「本当に一瞬だけだったけどな」


そう言い、笑いあった。そんな2人を見つつ茜はここでようやく肩の力を抜く。結局、声に出して陽太を応援できなかった。いや、心の中では確かに夕矢を応援している自分がいた。やっぱり自分は夕矢が好きだと、そう認識させられた時間だった。けれど、その想いは伝えられない。伝える前に告げなくてはならないことがあるからだ。そしておそらく、それを告げれば両想いになることは絶対にないだろう。クラス全員が興奮の渦の中にいる中、茜だけがじっと2人を見つめたまま表情を消していた。そんな茜を見つめる香からもまた笑顔が消えていくのだった。

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