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コネクト  作者: 夏みかん
第3話
23/43

わずかな差、大きな違い(6)

3回戦までは順調に勝利を収めてきたが、さすがに準々決勝ともなると相手の実力もぐんと上がる。陽太はまずきっちりとサーブを入れ、ミスを最小限にすることを心がけた。そして相手のミスは逃さない。手堅い戦いっぷりで接戦を制し、陽太は明日の準決勝へと駒を進めたのだった。その夜は女子マネージャーからのマッサージを受け、体の疲れを癒しつつもストレッチをしていく。既にテニス界では王子の名称で呼ばれつつある陽太はファンも多く、ホテルの周囲にはカメラを持った女性が多かった。体をほぐし、昼間の疲れを癒そうと寝転がっていた陽太の部屋のドアがノックされるのと、スマホが鳴り響くのがほぼ同時だった。おかしなファンの襲撃もあるために電話で連絡してからノックをするのが合図になっていたため、陽太は電話に出つつドアへと近づいていった。


「開けるから」


電話の相手はドアの向こうにいるために電話とドア越しにその声を聞く。陽太はさっとドアを開け、それから目の前に立つ雪をそっと招き入れた。松葉杖にも慣れたのか、その動きもどこか軽やかだ。


「いよいよ明日は決戦の日ね」

「午前中で勝てば午後から決勝です。まぁ、疲れはピークになるでしょうけど頑張りますよ」


ベッドに座るよう言い、雪から松葉杖を受け取った陽太はそれをベッド脇のテーブルに立てかけてから雪の横に座る。


「優勝、信じてる」

「なら、優勝かな?」


そう言って笑いあう。雪が見た限り陽太に緊張や気負いはなかった。いつもの自然な陽太がそこにいた。


「幼馴染さんと幼馴染くんは応援に来ないんだ?」

「幼馴染さんは来たかったみたいだけど、用事があるみたいです。幼馴染くんは元から来る気はないし」


苦笑しながらそう言う陽太はクスッと笑う雪を見て苦笑を微笑に変えた。


「そっか。私ね、幼馴染さんを、幼馴染くんと取り合ってるのかなって思ってた、最初だけ」


雪は膝の上に置いた両手の指を絡ませながらそう言った。陽太は体より後ろに手をつくと天井を見上げるような格好になる。


「そうですね・・・実際そうでした。でも、2年前に2人とも振られちゃいました」


笑いながら言うことではないと思うが、それはもう吹っ切れている証拠なのだろう。だが雪はどこか釈然としない表情を浮かべている。


「そうなんだ?てっきりあの目つきの悪い子と相思相愛だって思ってた」

「俺もです」

「じゃなくって、今でも、だけど」

「へ?」


自分でも間抜けな声だと思う陽太が体勢を元に戻した。雪の言った意味がわからず、そのままの表情をそっちに向ける。


「いやいや、それはないでしょ?」

「えー・・・でもなんか、2人がしゃべってるとこ見たことあるけど、そんな気配だったけど?」

「んー」


困る陽太は少し顔を伏せた。確かに振った側がまだ好きで、振られた側が未練もない状態にある。だからそう感じたのかもしれないという答えになるものの、夕矢から茜を好きだという雰囲気など出ていないはずだ。


「そっか。でもそうなんだ」

「そうなんです、けどね」

「ゴメンね、なんか混乱させちゃったね」


そう言いながら、雪が立ち上がる。そんな雪を支えるようにしつつ松葉杖を取ると雪に手渡した。ありがとうと微笑む雪は綺麗で、陽太の胸に心地の良い高鳴りを与えてくれる。


「激励に来たのに、なんか違っちゃってゴメンね?」


自虐的に微笑むその顔に自然と笑みが漏れた。ドアへと向かう雪の背中を支えつつ、陽太はある決意を固めた。


「じゃぁ、明日、頑張って!会場で応援してるからね!」

「勝ちます。約束どおり、優勝します」


静かな言葉に強い意思がこめられていた。その言葉と目に宿る炎を見た雪が陽太の頬にそっとキスをした。あまりの不意打ちに動揺することすら忘れてポカーンとするしかなく、そんな顔を見た雪が悪戯に微笑んだ。


「勝利の女神からの贈り物。じゃ、おやすみ」


雪はにこやかにそう言うとドアを開け、器用に松葉杖を動かして出て行った。閉じられたドアを見てあわてて開き、顔を出した陽太は振り返った雪に微笑を見せた。


「おやすみなさい」

「うん。じゃぁね」


小さく手を振る雪が廊下を歩いていく。泊まっている部屋は同じ階である。初日に来た際に送って行こうとしたらリハビリの一環だからいらないと断られていたのだ。だから角を曲がるまで見送り、それからドアを閉めた。そしてキスをされた頬をそっと指でなぞる。薄く微笑み、それを闘志に変えた。必ず優勝する、そして告白の返事をしよう。そう決めた陽太にもう迷いはなかった。



昨日までの疲れも見せず、まさに心技体が1つになった陽太は去年の覇者を前に圧倒的強さで勝利を収めていた。準決勝を勝ち上がり、残るは午後からの決勝に臨むだけだ。女子マネージャーから最後のマッサージを受けつつ相手のデータをコーチから聞かされる。去年の成績は3位ながらもここ最近はその力を伸ばしており、まさに最強の敵にふさわしい相手だった。だが、陽太には気負いもなければ緊張もない。自分でも怖いくらいに落ち着いているほどだ。控え室には来ていないが、観客席に雪の姿を見つけている。県大会で夕矢が言った言葉をもう一度自分の中で繰り返す。気負うことはない。雪の願いは自分が勝つことで叶えられる。自分はそれを叶えるだけ。自分の夢を、雪の願いを。そして、成すべきことを成す。陽太は気合をいれて立ち上がった。そしてここまで自分の手になってくれた武器であり、また相棒でもあるラケットを持つ。コーチに背中を押されながら通路を歩き、熱気渦巻くコートへと出た。途端に沸く大歓声。自分を応援する声、相手を応援する声。そんな観客席を見やった陽太の動きが止まる。そして小さく笑みを浮かべた。


「勝つよ」


それは誰に向けての言葉か。青い空が広がるそこを見上げ、それから顔を前に向けた。恐ろしいほどに落ち着き、それでいて燃えるような闘志は心の中でみなぎっている。陽太はコーチの指示に頷き、ラケットを握り締めた。勝とうが負けようがこれが最後だ。ならば勝つしかない。もう一度観客席を見て、それから歩き出す。迷いもなく、緊張もない。そんな陽太を見つめる雪は祈るように胸の前で手を合わせるのだった。



ようやく静けさがやって来た、そんな気がする。昼間の大歓声も、そしてその後の騒ぎももう夢のようだ。やっと終わった祝勝会の余韻もそのままにホテルの中庭に出た陽太は疲れているはずなのに眠気もこない自分を笑った。なんだかんだいってまだ興奮しているのだと思う。だるい右腕もどこか心地が良かった。小さな日本庭園となっているその中庭にはベンチもなく小道が一本通っている程度でしかない。その小道に立ち、見上げればすぐ目の前にある月を見上げていた。勝利の瞬間も、そして最後の一打も鮮明に覚えている。意識が飛びそうになるほどの暑さの中で終始優位に立った陽太はそのまま勝利を収めていた。夢見た日本一がこんなにも早く手に入るとは思っていなかったが、これはこれで新たな目標にもなった。3連覇、もう頭にはそれしかない。だが今はそれよりも先にすべきことがある。どうしてか決勝の試合前よりも緊張している陽太は少し変わった足音にそっちを向けば、松葉杖をついた雪の姿を見てそこに歩み寄る。狭い小道は歩きづらいようで、ここに呼び出したことを失敗に思いながらもその華奢な体を支えた。真正面から抱き合うような形を取りつつ雪は陽太の胸に両手をつき、陽太は右手に松葉杖を受け取った。


「あ、ゴメンね?なんかさ、足手まといみたいで」

「いえ、ここに呼び出したの、俺だし」

「あらためて、優勝おめでとう」


物凄く近い距離で自分を見つめるその顔が綺麗だと思う。茜や香は可愛いが、綺麗という点では雪には及ばないだろう。


「ありがとうございます」


陽太は松葉杖を持った右手を雪の背中に回して支えつつ、左手でポケットに入れていたものを取り出した。それを雪の前に持ってくる。ほぼ密着した形になりながらもそれが何か分かった雪は驚いた顔をしつつもどこか嬉しそうだった。


「ウイニングボール・・・先輩に貰って欲しくって」

「ありがとう。でも、いいの?」

「あと2つ、もらう予定ですし」

「相変わらず強気だなぁ」


受け取りながらもくすくす笑う雪を見ていた陽太がそっと両手で雪の全身を包み込むようにしてみせる。驚きながらもされるがままに、雪もまたそっと陽太の背中に手を回した。


「もう、こんなことされたら勘違いしちゃうじゃない」

「してもいいですよ」

「えー?だって・・・・」

「好きです」

「え?」


雪を抱く腕に力を込めた。肩にかかった髪に顔を埋めるようにしつつ、陽太は雪の告白の返事をしたのだ。一瞬理解ができない雪はきょとんとしていたが、さらに力を込める陽太の抱擁に嬉しそうに微笑んだ。


「もう一度」

「好きです」

「私も好き、だよ」

「一緒にいてくれますか?」

「うん」

「一緒に、同じ夢を見てくれますか?」

「うん。メダルも、ボールも、あと2つ欲しいもん」


その言葉を聞いた陽太が小さく微笑む。そしてそっと雪から体を離した。まだ足以外でも完治していない箇所はあるが、痛みは感じない。むしろ全身が嬉しいと叫んでいるようだ。


「まさかこんなに早く返事をもらえるとは思ってもみなかったなぁ」


それは本音だった。これからゆっくりでもいいから自分を知ってもらいたい、そう思っていたからだ。


「こんなに早く返事する気はなかったんですけどね・・・事故に遭ったって聞いて、多分、あの時に意識したんだと思います」

「じゃぁ、怪我いっぱいしたけどラッキーだったんだ?」


そう言い、笑う。事故に遭った時点でラッキーじゃないだろうと思う陽太は苦笑していた。


「好きだと言ってくれた人が怪我をしたから、お見舞いに行っただけなんですけどね。リハビリを頑張ってる先輩や、テニスが出来なくなってもみんなを応援したいっていう先輩を見て惹かれていったんです」

「おお!やっぱ事故様々だね」

「いや、それはどうかと・・・」

「でも、そうか、私の彼氏は日本一のテニスプレーヤーか」

「高校の、ですけどね」

「じゃぁ、勝利のキスをあげます」

「唐突ですね」


少し呆れているが、これが雪だと思う。茜のはきはきさに慣れている分、こういった雪の言動は新鮮だ。


「じゃ、あげない」

「いいです。俺から貰っちゃいますんで」

「ズル・・・」


ズルい、そう言いかけた雪の言葉が止まった。そして近づいてくる陽太の顔を見つつそっと目を伏せた。触れ合う唇が熱く感じる。それは熱帯夜の風のせいか、それともまだ試合の興奮の余韻が冷めていないせいか。数秒の後、離れた唇に呼応して2人ともそっと目を開いた。


「レモンだとか、イチゴとかいうけど、無味無臭だった」

「雰囲気もなにもないですね・・・・」


ファーストキスの感想がそれかと思う陽太だが、これこそが雪だとも思う。自分の経験上、彼女は心から愛しいと思った2番目の人だが、キスをした人生で初めての人でもあった。そして初めての彼女でもある。


「んーとね、もう一回、いい?」

「何度でも、どうぞ」

「じゃぁ、お言葉に甘えて」


月下の恋人たちの影が重なり合う。暑い空気は2人の気持ちに焦がされたせいか、さらなる熱さを呼んでいる、そんな夜だった。

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