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コネクト  作者: 夏みかん
第3話
21/43

わずかな差、大きな違い(4)

松葉杖をついての歩行練習を終え、車椅子に座った雪は向こうからやって来る陽太に向かって小さく手を振った。左足の怪我を除いては順調に回復しているようで、退院まであと少しとなっていた。そんな雪に向かって微笑む陽太はソファに座り、その前に車椅子の雪が来る。最近は部活の追い込みがあるせいか、毎日面会には来ていない。だがそれは陽太の、であって部員は誰かが必ず毎日見舞いに来ていた。それに、陽太が個人的にここに通い詰めていることは知れ渡っており、何故かもう2人は公認の仲になりつつある。


「退院、来週のお盆前になったからね」

「良かったですね」

「そんなことより、アイス!」


最近、陽太は見舞いに来る前に雪にラインをして持ってきて欲しいものがないかを聞いていた。今日はアイスを所望し、陽太は丁寧な手つきで袋からそれを取り出した。病院の自販機や売店で買えるとはいえ、差し入れとしてはこれが最高だった。退屈な入院生活にあってこれしか楽しみがないほどに。カップのアイスをご満悦な顔で開く雪を見た陽太もまた同じように蓋を開けた。木のスプーンで真っ白なアイスをすくって口に入れた雪は頬に左手を添えて心底幸せそうな表情を浮かべて見せる。その顔も、仕草もかなり可愛いと思う。陽太はそんな雪を見て微笑みながら自分も一口食べた。さっきまでの暑さが吹き飛ぶような冷たさが口一杯に広がっていく。雪も陽太の満足そうな顔を見て微笑みを浮かべていた。そうしてろくな会話もないままアイスを平らげる2人。陽太が食べ終わったカップを捨て、そばに来ていた雪の車椅子を押して面会コーナーとなっている開けた場所へと移動した。


「でもいいの?もう最後の調整中でしょ?」


全国大会はもう目の前だ。だが陽太は暇さえあればここに来て雪の相手をしている。そんな雪に笑みだけを返し、陽太はすぐそこにある自販機でお茶を2つ購入した。1つを雪に手渡して椅子に腰掛ける。


「アイスは美味しいけど、後で喉が渇くのが難点だよね?」

「甘さが良し悪し、ですね」


そう言い、微笑みあった。


「で、調子は?ここへ来てるのは負けた時の言い訳、じゃないよね?」


お茶を開けつつそう言い、雪は目を細めた。そんな表情を見ても小さく微笑むだけの陽太を見れば調整は順調だと窺い知ることが出来る。それは余裕ではない、あくまで調整が上手くいっている、そんな表情だ。


「言い訳はしませんよ。悔しがるだけです」


お茶を飲んでそう言い、陽太は意地悪な笑みを浮かべて見せる。雪はそんな表情を見せる陽太に優しく微笑みながらそっとその右手を陽太の右手に重ねた。


「その時は、私の胸を貸してあげる」

「そんなこと言われると負けることに対してなんの抵抗もなくなりますよ」

「ムム!私の胸をどうする気だ!」


さっと自分の胸を両手で隠す雪に苦笑しつつお茶を飲んだ。入院してお見舞いに来るようになってから雪のこういった性格は理解できている。見た目とは違って子供っぽい上にかなりお茶目だということを。そう、はっきりいって天然なのだ。


「とにかく、優勝目指して頑張ります」

「大阪まで応援に行くからね」

「暑いですし、無理だけはしないで下さい」

「りょーかーい」


ビシッと敬礼しつつも間延びした声に苦笑を濃くし、陽太はお茶を飲む雪を見て優勝を誓うのだった。



小物を多く買いすぎたのか、両手はビニールの袋でいっぱいになっていた。今日はリュックではなく肩から掛ける小さなバッグだったことを後悔したが、それでも自分の予想以上の買い物をしてしまった結果だった。やはりオタクの聖地と呼ばれるだけあって品数は豊富で値段もかなり安かった。両手いっぱいの荷物を持とうとした夕矢の好意を断ったのも買ったという実感を味わいたいからだ。そんな香の気持ちもわかるだけに一度しかそれを口にせず、あとは香の自由にさせていた。夕方になっても暑さに変化は無い。2人は汗をかきつつもオタク談義に花を咲かせ、駅までの道を歩いていく。夕矢の荷物は愛瑠から頼まれたクジのフィギュアだけであり、片手は空いている状態だ。そうして駅に着き、切符を買って改札をくぐる。平日なので帰宅ラッシュ時に遭遇するのは間違いないが、それは地元に近づいてからになるだろう。現に今はそこまで混雑していない。電車が来て乗り込んでも扉付近はそれなりに人が多いものの、中ほどに人はあまり立っていなかった。


「海、どうしよっか?」

「んー・・・こっちの部活の休みと姫季の予定が一致する日でいいかな」

「じゃぁ、帰ったらあいるんに連絡するね?」

「任せるよ。俺はいつも暇だしな」

「うん。じゃぁ、都合いい日、連絡するから」


周りの人間が聞けばもうカップルの会話だ。小柄で可愛い美少女中学生と、見た目がワイルドな高校生カップル、そんな風に見えるのが難点か。とにかく、2人の間には友達以上の雰囲気が漂っている。それに気づいていないのは当人たちだけだった。そうして1時間ほど電車に揺られて乗換えをする駅で降りる。そちらのホームへ移動すれば、もうかなりの人でごった返していた。香は電車を待つ間に手早く手荷物をまとめ、なるべくまとまりがあるようにして袋を手にする。それでもどうにか片手が空く程度だったが。やがてやって来た電車は既に人でいっぱいだ。それでも多くの人が降りてくれたので乗り込むことは容易だと思われた。しかしそれが失敗だった。前の方に並んでいた2人は扉付近より少し奥へと入っていた。さっきはこれで充分だったし、今回もまた大丈夫だろうと安易に考えていたせいもある。だがどんどん押し寄せる人の波に押され、車内はぎゅうぎゅう詰めの状態になってしまった。香は小柄なこともあって夕矢の他に前後左右からも押されてもみくちゃにされつつあった。それでも荷物を守ろうとするのはオタクの性か。そんな香を見た夕矢は一瞬の隙をついて香を抱き寄せるようにすると香が楽になるような体勢を取った。息苦しさが和らぎ、小柄なこともあって荷物は人の足の隙間にすっぽりと入り込んでいる。


「大丈夫か?」


夕矢がなんとかつり革を手にしつつ香を背中から片手を回して抱くようにしてそう言う。完全に密着し、香の胸が夕矢の胸とお腹の中間付近に押し付けられている。その感触は夕矢に伝わっているだろうと思うと恥ずかしくなった。だが、そっと見上げて夕矢を見るが涼しい顔で前を向いていた。冷房が効いているが人の多さと密着している体とでじんわりと汗ばんでしまう。それもまた気になりつつ、香は身動きが取れないために体勢を維持することしか出来なかった。ドキドキしているのは自分だけなのだろうか、夕矢もまたそうなっているのかな、そんなことを考えていると夕矢が香を見たためにバッチリと目が合ってしまう。思わず赤面するが、夕矢は優しく微笑んで小声で大丈夫かと聞いてきただけで変化は無い。頷く香に笑みを濃くし、それからまた前を向く。その時、大きなカーブで人の波も大きく揺れた。途端に体全体が夕矢に押し付けられ、夕矢も背中に回していた手をさらに引き寄せて香を支えつつ自分もその動きに耐える。すると一瞬だけ人の動きが逆方向に移動し、力を入れていた夕矢の手が香の脇の下に入ってしまった。柔らかい感触に思わず焦ってその手を抜こうとしたが、今度は人に押される形で腕は完全に固定されてしまうのだった。


「ゴ、ゴメン」

「ううん・・・いいから」


お互いに赤面しつつ目を合わせられない。夕矢はなるべく香の胸を掴んでいる形になった手を動かさないようにするが、逆にそれが手に神経を注いでしまう結果になってしまった。柔らかさが忘れられないほどに手に残ってしまっていた。どこか悪いことをしているという気持ちとこれは不可抗力で自分は悪くはないという気持ちがせめぎあう中、せめて香には意識させまいと手を動かさないことだけを心がけた。そしてそれはちゃんと香に伝わっている。現に香は嫌な顔をせずそのままじっとしているからだ。そのまま30分ほどして、ようやく人の波が収まっていく。乗り換え路線の混ざり合った駅に着いたからだ。すぐに脇から手をどけ、それから香の体を離す。ふぅっと息を吐いた香の笑顔にどこか愛想笑いに似た笑みを返す夕矢は右手に残った柔らかい感触を消そうと必死だった。そのまま扉の前に香を移動させ、その前に夕矢が立った。


「凄かったね」

「だな。こんなの初めてだ」

「うん」

「あとさ・・・悪かったな」

「いいって・・・それに、別に嫌じゃなかったし」


はにかむようにしてそう言う香に驚く顔を見せる夕矢。


「守られてるって、そう感じたからね」


微笑む香に困った顔をするしかない夕矢だが、その言葉にどこか救われた気になっていた。


「そう言ってもらえると、少し楽になったよ、ありがとう」


その素直な言葉に香は少しだけ頬を赤くした。きっと夕矢を好きになっていなければこんな気持ちにはなっていないだろう。いや、オタクの趣味を暴露した時点で嫌な気持ちにはなっていないと思う。そのまま会話もそこそこに駅に到着した。ここからは香はバスで夕矢は違う路線で電車に乗る。


「それじゃ、またな」

「海は多分、お盆前になると思う」

「わかった。また連絡頼む」

「うん。今日か明日には連絡できると思うから」

「了解」

「じゃね」


小さく手を振る香の笑顔に思わずドキッとなる。さっきの手の感触が蘇る中、妙に香を意識している自分に気づいていた。けれどそれが香を好きかどうかはわからない。見えなくなるまで何度も振り返って手を振る香に手を振り返し、こういう関係も悪くないと思う反面、香とならもっと深い関係になっても上手くやっていけそうだと思う夕矢だった。

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