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コネクト  作者: 夏みかん
第3話
18/43

わずかな差、大きな違い(1)

青い空は色濃く、それを投影したかのように海もまた青かった。空に浮かぶ巨大な入道雲は真っ白でそれが夏の青空をさらに濃い青に演出しているように思えた。打ち寄せる波もまた白く、水際で遊ぶ小さな子供たち、足まで海に浸かってはしゃぐカップルなど、見渡す限り多くの人で賑わっていた。平日とはいえ、今は夏休みだ。家族連れこそ少ないものの人は多い。特に学生が多く、中学生から大学生までがグループで遊びに来ているようだった。


「壮観な眺めだなぁ」


キャッキャと戯れる女子大生と思しき集団を見た坂巻夕矢は目を細めた。6人の集団は全員がビキニだったこともあり、夕矢としては大小様々なバストを見られるだけで幸せだった。かといってあからさまに見ています、という感じは出していない。海を見渡す際に、という感じで自然に見ているのだった。


「やっぱ海はいいなぁ」


薄い笑みを浮かべていた顔が一瞬で苦痛のそれに変化し、両膝をついてその場に崩れ落ちる。砂浜に両手をついて四つんばいになりつつ、夕矢は右手で腹部をさするのがやっとだった。


「エロ夕矢!」


腕組みをして睨みつつ見下ろす河合茜をゆっくりと見上げた夕矢はお腹をさすりながらもなんとか立ち上がった。


「肘撃ちすんなよ・・・・いいじゃねぇか、見てるぐらい。見せてるんだしさ、向こうも」

「海に来た理由が不純なの!」

「だってお前・・・・そりゃ、わかるだろ?」


そう言いながら夕矢は茜の水着姿を見つめた。薄いオレンジに白いラインが入った水着だが、胸がないせいか夕矢としては見た目のボリュームが足りていないとしか思えない。だが陸上や空手をしているせいか、スタイルはいいし引き締まった体をしているとは思う。短パンと体操服の日焼けの跡がくっきりと残っているために、水着と肌のアンバランスなコントラストもまた美しいと思えた。だが、やはり胸は女子大生に遠く及ばないために目の保養になるとは言い難かった。つまりは全身を見つつも胸を見て小さなため息をついたのである。


「・・・・・ごめんねぇ、小さくってさぁ」


怒りのこもった声に顔を引きつらせるが手遅れだ。言い訳も出来ず、させず、茜の膝がさっき肘を入れた腹部に再度炸裂する。またも砂浜に倒れこむ夕矢は海に来たことを後悔しつつも茜の胸の無さが悪いという結論に至るのだった。



やや沖合いに浮かんでいるオレンジ色したブイに掴まりつつ陸地の方へと体を向けていた。結構な距離を泳いできた気がするが、こうしてみれば思ったよりも沖に来たわけでもないらしい。


「やっぱ海だねぇ。プールじゃ味わえないないこの開放感!」


ブイ越しに向かい側にいる茜が同じように陸地を見つつそう呟く。波打ち際で騒いでいる人や、近くでシャチを形取った浮きに乗っているカップルなど様々な人を見ている茜を見つめた夕矢もまた同じような感覚を持っていた。広い海は混雑していてもそれは砂浜や波打ち際ぐらいだ。こうして沖に出ればそんな混雑もない。プールのような限られた空間では味わえない開放感がここにはあるのだから。


「そうだな」


波もそう高くなく、水温もちょうどいい。気持ちいいと素直に言える中、自分の気持ちに素直になれない茜は陸地を見つめる夕矢の横顔をそっと見やる。濡れた髪のせいか、鋭い目も相まって凛々しく見えてしまう。親友である瀬川香の突然の告白、夕矢を好きになったというその告白のせいか、茜はそんな夕矢から目を逸らした。好きになるのは自由だし、その想いを告げられてどう応えるかは夕矢の自由でもある。だが、もしも2人が付き合うことになった場合、自分は素直に祝福出来るのだろうか。つまらないプライドのせいで自分の気持ちを殺してしまった後悔がまた浮上してくる。この2年、ずっと消えないその後悔がここへきてより大きくなっていた。あの時の自分を消したい、そしてあの後すぐにフォローをしなかった自分を殴りたい。だがもうすべてが手遅れだ。自分は香と同じステージに上がる資格はない。その権利を自分から放棄してしまったのだから。一生幼馴染の関係でいいとも思っていた。それでも自分の気持ちに正直になって素直にちゃんとあの日の真実を明らかにすることと、その謝罪をしたいと思ってきた。たとえそれで幼馴染という関係を失ってもいい、そうとさえ思っていた時期もあった。けれど実際は違う。怖い。幼馴染という繋がりすらなくなってしまうことが怖いのだ。香と夕矢が付き合うことを祝福できるかどうか、それもある。しかし、自分の本当の気持ちを伝えられないことがイヤだ。


「どっちが早く戻れるか、競争しようぜ」

「いいよ。負けたら昼ごはん奢りね」

「いいぜ」


そんな夕矢ににこりと微笑み、フライングでのスタートを切る。


「あ、汚ねぇ!」


あわてて夕矢も茜の後を追った。だがフライングがなくても部活で鍛えられている茜の体力の方が上のため、夕矢は惨敗を喫することになった。余裕のある茜と違い、波打ち際で息を切らす夕矢は茜を睨むことも出来ずにただ息を整えるのに必死だった。背中が焼けるのを感じながらもそこから動けない。


「情けないなぁ、男のくせに」

「中身が・・・・胸も男みたいなヤツに言われたかねーよ」

「・・・へぇ、あんた、死にたいんだ?」


げしっと背中に右足を置かれた夕矢が青ざめた顔を力なく横に振る。茜は一瞬だけ置いた足に力を込めて押すが、夕矢は力なく砂の上にべしゃっと倒れこんだ。もう体力が限界らしい。そんな夕矢に苦笑し、その場にしゃがんで頭をぽんぽんと叩く。すると顔だけを上げた夕矢だったが、すぐに正面を向けていた顔をすっと横に向ける。その動きを見て全てを悟った茜は顔を赤くしてすぐに立ち上がった。


「ドすけべ!」

「不可抗力だろうが!」


股間を間近で凝視された形になった茜だが、確かに夕矢の言う通り不可抗力だ。だが、夕矢がすぐに目を背けた仕草はどこか嬉しく感じる。自分の中に女を感じてくれた証拠だからだ。夕矢はのっそりと起き上がると荷物を置いている場所に移動し、置いてあるバスタオルを羽織った。日差しは強烈で既に肩や背中は真っ赤になっていた。


「焼きそばでいいか?」


髪を拭いている夕矢がそう言い、バスタオルを羽織って水筒のお茶を飲んでいる茜が頷くが、さっきの競争はノーカウントだと思っている。そもそもフライングをした時点でただのお遊びという認識が茜の中にあったからだ。


「一緒に行くよ」

「いいって、負けたのオレだからな」

「んーん、あれは無効。だから一緒に、ね?」

「わかった」


珍しく女の子らしい言い方をする茜に戸惑ったが、夕矢は小銭だけが入った財布を取り出してタオルをそこに置いた。茜も財布を出し、にこやかな顔を夕矢へと向ける。どうも朝からいつもの茜とは違う感じがしていたが、それは気のせいではないようだ。しかし何も言わず、夕矢は茜を伴って歩き始める。


「しかし暑いよね」

「夏だからな」

「味気ない言い方ねぇ」

「どんな言い方しても文句言うくせに」

「かもね」


この会話は実にいつもの2人だと思う。それでもどこか嬉しそうに歩く茜をチラッと見やるが、変なところも別になかった。そうして2人は焼きそばと冷たい飲み物を買って荷物を置いている場所に戻った。持ち運びに荷物になるが、わざわざ持ってきたパラソルがこんなにもありがたいと思ったことはない。ただ小さいパラソルのために寄り添うようにしなければ日影には入れなかった。かといって肌が触れ合えばそれはそれで暑い。ちょうどいい距離を取りつつ2人は座って焼きそばを食べる。


「1つ聞いてもいいか?」


食べ終えてジュースを飲んだ夕矢が最後の一口を頬張った茜にそう言葉を投げる。顔は海を見据えたままで。


「なに?」


他愛のない話だと思っている茜はもぐもぐと口を動かしつつそう言った。


「なんで俺を誘ったわけ?」


夕矢は茜を見ていた。言われた茜はティッシュで口の周りを拭きながら空になったパックを置いてお茶を飲む。その間、夕矢はじっと自分を見つめていた。


「なんでって・・・・なんとなく」

「ふぅん」

「だって、暇そうなのあんたぐらいだし」

「瀬川たちでも良かったんじゃないの?」

「まぁ、そうだけどさ・・・」


言葉に詰まった。2人だけで行きたかった本当の理由は言えない。そんな勇気もなく、そして素直にもなれない。それでも2人でどこかへ行きたいと思ったのだ。


「お前と2人で出かけるって、2年ぶりだし、なんでかなって思っただけだよ」


明らかに困っている茜を見かねてか、夕矢は薄く微笑みながら海へと目をやった。太陽の光が反射した水面がまぶしい。そんな夕矢を見れず、茜は視線を落として水筒を置くことしかできなかった。2年前、夕矢に告白されたあの日以来、2人だけで出かけることは避けてきた。それも意図的に、である。


「そんな顔すんなよ」


無意識的に暗い顔をしていた茜が顔を上げる。そこには微笑んだいつもの夕矢の顔があった。優しいが、どこか皮肉めいた笑みを浮かべたその顔が。


「俺は嬉しかったんだよ。ようやくお前も吹っ切ってくれたってな」

「え?」


今の言葉の意味がわからない。告白をしたのは夕矢で、それを振ったのは自分だ。つまり吹っ切るのは夕矢の方であって自分ではないはず。そう思う茜の心を読んだのか、夕矢は笑みをそのままに茜を見やった。


「お前さ、俺を振っておいて落ち込んでたろ?まぁ、俺はいろいろショックでさ、そんな余裕なかったけど、陽太がそう言ってた。振られた俺よりも酷い落ち込みようだったってな」


笑みが苦笑に変化するが、その目は茜を捉えている。茜はそんな夕矢の視線に耐え切れず、波打ち際ではしゃぐ小学生の女の子と父親らしい男の人が遊んでいる方へと目を向けた。あの告白でギクシャクした関係を元の幼馴染に戻してくれたのは陽太だ。陽太としても今まであった仲良し3人組の関係を壊したくなかったのだろう。そんな陽太を中心に夕矢と茜は繋ぎとめられていた、それは紛れもない事実なのだから。


「俺もどこかでお前と2人だけで出かけることにビビってた。やっぱ嫌な思い出だからさ。でも、それも告白から1年ぐらいまでの話で、こうやって今日、一緒に海に来られたことは素直に嬉しいと思ってる」

「うん」


そうとだけしか言えず、茜はじっと沖合いを見つめていた。何度思い出しても後悔しかない。あの時、素直になっていれば、今日は恋人同士としてここに来ていたはずだと思う。


「今は、好きな子、いるの?」


茜は前を向いたままそう尋ねた。顔を見るのが怖い。昨日、告白された香の気持ちもあってか、夕矢の本心を知るのが怖かった。けれどこれを聞いておかなければ自分は前に進めない。


「いないよ。けど・・・」

「けど?」


心臓がドクンと大きく動く。いない、それだけで終わって欲しかった。


「こういう関係だといいなってのはある」

「どういう意味?」


わけがわからず夕矢の顔を見た。気になる子がいる、そう言うと思っていただけにそれは意外な返事だった。


「俺と趣味の共有が出来て、いつもそんな話をしてそんなイベントに行く、そんな関係が最高なんだろうってな・・・理想かもな」

「そんな関係になりたい、って人がいるの?」

「なったら楽しいのかなって思う程度の人だよ」


つまりはそう思える人がいるということだ。茜は少しだけホッとしてしまった。少なくとも茜が知る香はそういう人間ではない。夕矢のようなオタク趣味を持っているわけでもなく、そういうものに興味もない。それに今の言い方では気になる手前の段階だということだ。安心する一方で、自分の中の問題が解決できていないことで気持ちの重さに変化はなかった。


「そっか」


搾り出して出た言葉がそれだった。けれど夕矢はその言葉に微笑み、頷いてみせる。その人が自分だったらよかったのにと思う反面、もうそういう対象にはなれない自分を責めることしか出来ないのであった。

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