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コネクト  作者: 夏みかん
第2話
16/43

理解の深さ、後悔の重さ(8)

午後になってさらに人が多くなってくる。テレビの取材も入るほどの盛況だが、香と愛瑠に疲れが見え始めた。会場の2階には喫茶店や自販機のある休憩所が設けられているが、そこは既に人でいっぱいだ。だが夕矢は常連であり、その辺りはぬかりがない。この会場は再入場ができない厳しい仕組みになっている。不正を働く輩が多いからだ。だが、会場の裏手には柵で覆われた芝生があり、しかも構造的に日影になるのだ。もちろん、不正な入場を防ぐために警備員が配置されているが。夕矢は休憩場所をそこに決めており、2人をそこへと誘った。だが人が多い箇所を通らねばならず、かなりの人に押され気味になってしまった。


「掴まってもいい?」


はぐれそうになる恐怖からそう言い、愛瑠は夕矢の左腕に右腕を絡ませ、フィギュアの入った袋を左手で抱えるようにする。夕矢が愛瑠を確認してから香を見れば、小柄なせいで人の波にもみくちゃにされそうになっているではないか。夕矢は右手を差し出し、香がそれを掴む。そうして左側に愛瑠をくっつかせ、右手でしっかりと香と手を繋いでどうにか人の波をやり過ごした。そうして裏手のドアから外に出る。暑い気温に汗が噴き出すが、会場内が人の熱気で冷房がほとんど利いていないこともあってさほど暑さを感じない。見ればそこも結構な人で溢れていたが、それでも3人が座るスペースは充分にあった。とりあえず壁を背もたれにして座り、ほっと一息ついた。そこでようやく愛瑠が離れ、香が手を離す。


「しかし今年は人が多いわ」


汗を拭いつつリュックから飲み物を出す夕矢がそうこぼす中、香はじっと自分の左手を見つめていた。愛瑠はお茶を飲みつつ購入した品物の整理を始めている。結構な数を買ったものの、1つ1つがそう高くはない。夕矢は好きな番組のキャラクターフィギュアなどを買い込んでおり、予算の大半は既に使い切っている状態にあった。


「この後はまだ回っていないブースを回って、んでもう一度見たいとこに行ってから帰ろうか?」

「ユイのブースはもう一度最後に行きたい」

「そうしよっか。瀬川もそれでいいか?」


夕矢が香を見れば、香はまだぼうっとしていた。人の熱気にやられてのぼせたのかと心配するが、愛瑠が声をかけると顔をそっちに向けて頷き、お茶を飲む。大丈夫なようだとホッとした夕矢がリュックから飴を取り出して2人に渡した。当然手が触れるが、愛瑠は平然としているのに何故か香が焦りまくっている。それも気にせず、夕矢は口の中で飴を転がした。


「キスの味のレモンだ」


愛瑠がそう言い、飴を口に入れた。その言葉に香が反応して夕矢の顔を見つめる。


「ん?どうした?」

「・・・・別に」

「疲れたのか?」

「少し、ね」


どこか反応が悪い香だが、飴を口に入れて汗を拭う仕草に異常は見られない。この人の多さと熱気では多少の疲れもあるだろうと夕矢はそれ以上何も言わずにおく。


「キスの味・・・か」


香の口の中に広がる甘酸っぱいレモンの味。それがキスの味と同じなのかはわからない。したことなどないし、そんな相手もいない。中学時代に憧れた人はいても、自分の中で恋愛感情といえるほどのものではなかった。それにオタクに走ってからはキャラに恋すれど、現実の男にそんな感情を抱いたことはなかった。なのに今は少し違う。香はもう一度夕矢を見やる。前を向いてぼんやりしている夕矢の横顔を見つつ、香は何故か胸がざわつくのを他人事のように感じるのだった。



まだ見ていないブースを巡り、個人で出品している完成度の高いフィギュアやグッズを見たり写真に撮ったり購入したりする。わいわい楽しみ、あれこれ知識を得られるだけで来た甲斐があったものだと思う。そうして全てを見回り、最後に2人の要望を叶えるために魔法少女ユイのブースへと戻った夕矢は2人に近くのロボットアニメのブースにいると告げてその場を離れた。さっき来た時は人で溢れていたために撮れなかった写真を撮り、そうしてユイのブースに移動する。ポスターや公式ガイドブックなどを見ながら仲良く話をしている2人を見つつ、こういう同じ趣味の子が彼女だったら楽しいのだろうとも思う。同じ趣味を持ち、デートとしてここへ来る、そんな関係は理想的なのだ。


『3時になりました!ここで、魔法少女ユイに関する緊急且つ重大発表を、この場にいる人にだけ教えちゃいま~す!』


突然ステージに立った若いお姉さんがマイクを手にそう叫ぶとわらわらと人が寄ってきた。終盤になって人は減ったものの、それでも混雑はしている。夕矢は愛瑠の隣に立ち、ステージに設置された大きなモニターに目をやった。既に2人はそこに釘付けだ。そんな2人に苦笑しつ、モニターに流れる映像を見つめた。魔法少女ユイは夕矢も録画して見ていた作品だ。3月からついこの間まで深夜枠で放送しており、今では芸能人もおすすめするほどの人気作品になっているのだった。


『魔法少女ユイ、その新作が劇場公開決定!』


その予告の文字に会場が一気に盛り上がる。同時に香と愛瑠も抱き合って喜んでいた。


「こ、これは・・・・行くよね、あいるん?」

「あたりまえじゃん!行くに決まってる!ってか一緒に行こうよ!」


その言葉に右手を差し出す香、その手をがっちり握る愛瑠。


「夕くんもいっしょに行こうよ!来年の春!」

「ああ、そうだな」


見てない作品なら断ったかもしれないが、そうではないし興味もある。行かない理由などなかった。


「やったぁぁぁ!愛ちゃん、超ハッピーぃぃぃ!」

「私も超嬉しいぃ!ユイぃぃぃ!」


抱き合う2人を見て苦笑しか出ない夕矢は香も随分と愛瑠に毒されてきたなと思う。だがそれは本当に仲良くなった証拠だとも思う。それは素直に嬉しかった。その興奮をそのままに3人は会場を後にした。出てすぐに会場をバックに記念の写真を数枚撮り、愛瑠のたっての希望もあってそれぞれツーショットでの写真も撮った。例によって有頂天になる愛瑠、そしてどこかはにかんだ表情を浮かべつつデジカメをチェックする香がすごく新鮮だった。結局この日、夕矢は3万円を使い、愛瑠は2万円、香に至っては4万円ほど消費していたが、本人たちにとっては有意義な買い物だ。


「来年も来る!またお金貯めないと」

「バイトしたいけど、部活あるしなぁ・・・」

「そういや2人とも今日の資金はどっから?」


駅まで歩きながらそういう会話をする。3時半とはいえ、外はかなり暑い。お昼も食べていないためにどこかで軽く食べようということになっているが、駅周辺の店はどこもいっぱいだろうと乗り換えの駅で店を探すことにしていた。


「私はお小遣いと、お年玉から」


実に香らしいと思う。オタクグッズ用に毎月貯金をしているらしかった。


「私は・・・・時々モデルのバイトしてる。読者モデルだけどね」

「へぇ、妹と同じだな」


愛瑠はその言葉に反応する。


「もしかして、坂巻明日那ちゃん?」

「おー、そうだよ。知ってるのか?」

「知ってるってか、今一番人気の子だよ。私は同じ雑誌からしかオファー来ないけど、明日那ちゃんはもう引っ張りだこだよ」

「へぇ、そうなんだ」


妹が可愛い部類に入るとは理解しているが、もちろんそこ止まりだ。恋愛感情などあるはずもない。


「そっか、やっぱ妹さんか。名字一緒だから来るとき話してて、もしかしてって。でも全然似てないよね?」

「俺は親父に似たからな」


目つきなどは父親譲りとしか思えないほど良く似ている。対する妹は若かりし頃は美人だった母親にそっくりなのだ。今でこそ太って面影もないが、昔の写真を見れば驚くほど美人だった。


「今度会ったらお近づきになろうっと」


愛瑠はそう言い、にんまりと笑う。まずは外堀から埋めようとの考えだ。自分のことをお姉さんと呼ばせたい。それは将来を見越してのことだが。


「そうなったら愛ちゃん、大勝利だよね」


誰にも聞こえないようにそう呟き、ニヤニヤする。香はそんな愛瑠を見て苦笑し、それから夕矢をチラッと見やる。何故か胸がざわつく感じがするが、香はそれをどこか心地よく感じていた。今日1日で夕矢と随分近づいた気がしている。いろんな面も見られたし、また意外な面も見られたと思う。そんな視線に気づかない夕矢は汗を拭いながら歩いていた。お腹が鳴るのを堪えつつ、頭の中は食べ物でいっぱいだった。



遅い昼食を済ませ、帰路につく。上手く座れた電車内では愛瑠が夕矢にもたれかかる形で眠りこけていた。一番端に座った夕矢は肩に頭を乗せている愛瑠をそのままにじっと前の窓を見つめていた。自分と同じくらい汗をかいたはずなのにいい匂いのする愛瑠を不思議に思いながら。茜以外の女の子でこうまで密着された人はいない。だからといって何の感情もないのだが。愛瑠の隣に座る香は大きな荷物を足元に置き、パンパンになったリュックを抱えて愛瑠へと目をやった。夕矢にもたれかかりながらすやすやと幸せそうな顔をして眠っている。そんな愛瑠から夕矢へと視線を向ければ、ぼーっとした顔で真正面にある窓の外を流れる景色を見ているようだ。香はそんな夕矢から自分の左手へと目をやった。人ごみから逃れるために引かれた手。ギュッと握りながらもどこか遠慮がちだったことを思い出す。見事に目当てのクジを引いたときの顔、わけのわからない連中に囲まれた際に助けてくれた表情、フィギュアを見て目を輝かせる子供のような笑顔、そして鋭くも優しさを湛えた瞳。香は左手をギュッと握り締める。同じ趣味を共有しつつ、約束を守って自分の親友である幼馴染にさえその秘密を漏らさない人柄。いろんな夕矢が頭に浮かんでは消えていく。何故そうなるのかはわからない。ただ、またこうして一緒に出かけたいと思う。それも2人きりで。そんな風に思う香の脳裏に浮かぶのは茜の顔だ。香は目を伏せ、茜の顔を消して今日の余韻に浸るようにしてみせた。今は茜のことは考えたくない、そういう気持ちになっている自分に気づかずに。



窓から見える夕日を見つめるのは車椅子に座った美女。その後ろに立って車椅子の運転手を務める男もまた美形だった。夕日に照らされる美男美女は絵になるのか、時折通りかかる医者や看護士がそれに見入ってしまうほどだった。


「別に毎日来なくてもいいのに」


ぽつりとそう呟きつつもどこか嬉しそうな美女、雪は顔を動かすことなく夕日を見つめていた。病院の非常階段前にある全面ガラス張りのドアから見える夕日はかなり美しい。


「暇ですからね」


美男子、陽太はそう言い、薄く微笑んだ。陽太は部活があるときは終わったその足で、休日は昼からお見舞いに来ていた。自分を好きだと言ってくれた人が退院するまでは支えてあげたい、そんな感情から来ているのだ。


「こんなことされたら、勘違いしちゃうよ?」


雪は少しだけ顔を後ろに向けるが、陽太からは表情までは見ることが出来ない。だが陽太はその言葉に苦笑し、そうですねとだけ返答をする。だが雪にはわかっていた。これは同情だと。同じ部活の先輩後輩であり、告白したされただけの関係でしかないことを。それでも幸せだと思う。返事はまだないものの、それでもこの時間は毎日有意義で幸福だった。


「海に行きたかったんだよね」


雪はそう言い、山間にその下部を擦り付ける太陽を見つめた。


「全国大会が終わったら誘おうと思ってた」

「なら誘ってください」

「んー・・・泳げないしね、この体じゃ」

「潮風に当たることはできますよ」

「水着になれないし」

「それは来年でもいいじゃないですか」

「ハイレグの際どいのでも?」

「・・・・見たいような、見たくないような」


雪はその言葉に笑い、陽太も笑う。その後はしばらくの沈黙が流れた。


「全国大会が終わったら、告白の返事をします」


きっぱりとそう言いきり、陽太は雪の横に回る。そんな陽太を見上げる雪は困ったような表情を浮かべていた。自分でも予期せぬ告白に返事は自分が卒業するまでにとお願いをした。その理由は陽太の負担になりたくなかったし、何より自分をもっと知ってほしいと思ったからだ。


「別に急がなくていいよ?」

「いえ、こういうのはちゃんとしないと」

「なんか振られるって予告された感じ」


雪はそう言って微笑んだ。そこから雪の心情を汲み取ることはできない。陽太は雪から太陽へと目を戻す。実際には答えはまだ出ていない。だが、もうすぐ出そうだという自覚はあった。それ故のさっきの言葉だ。


「幼馴染の子、今でも好きなんでしょ?」

「2年前の冬に振られてから、今はもうただの幼馴染ですよ」


今度は雪が陽太の心情を汲み取ろうと顔を見たが、それは叶わない。陽太は無表情で夕日を見つめているだけだ。雪も茜の存在は知っている。一緒に部活をし、陽太という人物を知って恋心を抱いた。優しくて裏表がない、誰にでも対等に物を言う陽太を好きになるのに時間は必要なかった。だからこそ陽太のことはいろいろ調べた。いや、陽太を見ているだけでいろいろ知れたのだ。茜と夕矢の存在も知っている。


「そっか」


雪はそうとしか言わず、陽太もそれ以上何も言わない。あの冬の日に告白をし、振られた。そして茜の口から告げられた言葉は今でも心の中で大きく残っている。あの日告白をし、とある告白をされた。その日から自分は繋ぎ役になることを選んだのだ。幼馴染、そのポジションだけは守り抜くために。


「全国大会、頑張ってね?優勝してね?」

「します、必ず」


いつになく自信に満ちた言葉を口にした。普段の陽太なら絶対にない言葉だ。


「自分の目標のために」


雪のために、とは言わない。そんな陽太の言葉だからこそ雪は頷いた。自分のため、そう言われていたらそれは間違いだと言っただろう。戦うのは陽太なのだ。


「約束します、優勝するって」


ここで陽太は雪を見て微笑む。雪の頬が赤いのは夕日のせいか、それとも別の要因か。


「うん、期待してるね」


とびきりの笑顔がそこにあった。約束は自分の中の勝利への気持ちをさらに強くした。気負わない、ただ自分の全力を出すだけだ。県大会の日に夕矢に言われた言葉を思い出し、陽太は夕日を見つめた。やがて約束を見守る夕日が山の向こうに消え、2人もまたその場から立ち去ったのだった。

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