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コネクト  作者: 夏みかん
第2話
12/43

理解の深さ、後悔の重さ(4)

いつも以上に気合が入っていた。ウォーミングアップからして鬼気迫るものがある。雪の事故は既に学校中に知れ渡っており、だからこその気合だと茜も理解していた。ロッカーのある更衣室を出てから同行しているが、声を掛けられないほどのオーラが陽太から滲み出ているほどだ。念入りに体を動かし、ラケットのテーピングを確認する。そんな陽太にいつもの感じで夕矢が近づいてきた。


「気合充分だな」


その言葉に顔を向けず、黙々とウォーミングアップを続けていく。


「充分すぎて気合が破裂してるぞ」


その声にようやく夕矢を見やった。その目はいつになく鋭いものがある。茜ですら声を掛けづらい中で夕矢はへらへらした様子を崩さなかった。


「気合は充分すぎる方がいいだろ?」


言葉に棘も感じられた。夕矢は肩をすくめ、それから小さく微笑んだ。


「その気合は先輩のために?自分のために?」


おどけたような口調に茜にも緊張が走る。陽太は動きを止めて夕矢を睨みつける。


「両方だ!」

「なら、優勝は無理だな、棄権しろ」


普段から目つきの鋭い夕矢の目がさらに鋭さを増した。一触即発で睨みあう2人に茜はどうしていいかわからない。陽太の気合は理解できても夕矢の言葉の意味が理解出来ず、ただおろおろするばかりだ。


「どういう意味だ?」

「背負うもん、間違ってんじゃねーの?怪我した先輩はお前に何かを託したのか?」

「そうだ」

「何を?」

「全国に行く俺を応援すると言った。怪我を治して全国大会に応援に行くとな。だから俺は勝たなくちゃいけないんだよ!」

「かわいそうに、治し甲斐もなくなるな」

「なんだと?」

「お前が全国に行く理由と先輩が全国へ行く理由は違う。お前が今すべきことは先輩の想いを背負うことじゃない、願いを叶えることだよ」


その言葉に陽太は黙り込んだ。だが睨んだ目に鋭さは消えていない。


「選手の皆さんは集合願います。応援の方は応援席に移動してくださーい」


係りの者の声に陽太が夕矢に背を向けた。去っていく陽太に頑張ってとだけ声をかけた茜はさっさと行ってしまう夕矢の後を追った。


「なんであんなこと言うの?陽ちゃんの気持ちも考えてあげなきゃ」

「気持ちは分かるけどな、必要以上に背負い込むと見えるもんも見えなくなるんだ」

「どういうこと?」

「さぁ、な」


それ以上何も言わず、こちらの2人の仲も険悪になってしまったのだった。



コートに立った陽太が前を見据える。上手くコートが日影になっているために暑さは幾分ましだがそれでも立っているだけで汗が噴き出してきていた。ラケットを握る手もかなり汗ばんでいる。いや、汗は暑さのせいだけではない。思わぬ劣勢に立たされているからだ。一回戦の相手はかなり格下の相手のはずだった。だが陽太はサーブをミスし、リターンも決まらない。セット数では五分に持ち込んでいるものの、本来の陽太からほど遠い状態にあるのだった。


「なんでだよ、クソ!」


ボールを握る手にも力が入る。自分は全国大会へ行かなくてはならないのだ。怪我をした雪のため、無念の想いを抱える雪の願いを叶えるために。


『お前が今すべきことは先輩の想いを背負うことじゃない、願いを叶えることだよ』


不意に夕矢の言葉が頭をよぎった。不慮の事故で無念の涙を流した雪のため、絶対に全国大会へ行く必要がある。そんな自分がこんなところで苦戦していてどうなると思う。


「願いを叶える」


ぽつりとそう呟いてから一瞬だけ観客席にいる夕矢へと目を向ける。願いを叶えるとはどういうことか。雪は自分に何と言ったのか、それを思い出した。


「まったく、あいつに助けられるとは、ムカつくぜ」


そう呟いた陽太の肩から力が抜けた。離れた場所にいながらそれが分かった夕矢が小さく微笑みを浮かべる。


「ようやっと小泉陽太のお出ましだ」

「え?」

「反撃開始ってことだよ」


ニヤリと微笑む夕矢に怪訝な顔をした茜だったが、直後にそれは消えて笑顔になる。陽太の怒涛の反撃はこれ以降ずっと続き、それは決勝に進んでも変化がないほどに凄まじいものであった。



母親に車椅子を押されていた雪の表情が見る間に笑顔に変わる。母親がにこやかに頭を下げる中、陽太もまた丁寧に頭を下げた。制服姿のまま現れた陽太に微笑を消さず、雪はじっと陽太の日に焼けた顔を見つめた。


「私は洗濯物をまとめてくるから」


母親が気を利かせたのか、そう言って病室に消えた。雪はまだ1人で車椅子を動かすことは出来ず、陽太は面会スペースとなっている自販機やソファが置いてある場所まで車椅子を移動させていった。夕方のためか、土曜日でも人はいない。陽太は雪の前に立つと片膝を着いて目線を同じにする。王女に恭しく頭を垂れる王子のごとく。


「優勝しました。だから、怪我治して応援に来てください」


言いながらバッグに入れていた楯とメダルを取り出した。雪は楯を持ち、そこに書かれた優勝の文字をまじまじと見つめている。そんな雪の首にそっと優勝メダルをかけた。


「気負いすぎて初戦を落としそうになりましたけど、先輩の願いを叶えたいから頑張りました」


夕矢の言葉がなければ気負いすぎて実力を発揮できなかっただろう。あのままだと優勝など出来なかったはずだ。この優勝は雪のため、そして夕矢のおかげだ。


「メダルは差し上げます。約束の証しだから」

「でも記念のメダルだよ?」

「いいんです、また来年、再来年ももらうから」


その言葉にきょとんとした雪だったが、その顔は見る間に目を細めた意味ありげなニヤニヤに変化した。


「早くも3連覇の予告とは」

「だから毎年全国大会に応援に来てください」

「彼女面して行くから」

「それは・・・・まぁ、ご自由に」

「うん」


とびきりの笑顔に陽太もまた笑顔になる。まだ自分は雪に対する恋心は無い。ただ、以前よりも進んだ関係になったのは間違いないと思う。同情ではなく、雪の人柄に惹かれ始めていることは自覚できていた。


「優勝おめでとう」


その言葉に微笑を強くした陽太を見つめる雪は早く怪我を治そうと改めて自分に誓うのだった。



「陽ちゃん、先輩を好きなのかな?」


病院の前にあるバス停のベンチに腰掛けながら夕焼け空を見上げている茜の言葉にそっちを見やる。夕立でも降れば少しは涼しくなるのにと思いながら茜から赤く染まった空へと顔を向けた夕矢は意味ありげに微笑を浮かべた。


「さぁな・・・でも、今はただ先輩のために頑張りたい、そう思ってるだけだろうさ」


その言葉に何故かムッとした顔になる。試合前の言葉といい、夕矢が自分よりも陽太を理解していることがどうにも解せない。一緒にいる時間は同じだったはずだし、同じくらい陽太のことを理解していたと思う。なのに自分は鬼気迫る陽太が先輩の無念さえも背負っているが故の結果だと思っていた。だが夕矢は違ったのだ。気負いすぎて本来の自分を見失っている陽太を見抜いていたのだ。だからこそああいう形で言葉をかけ、陽太自身にそれを気づかせようとしたのだろう。


「なんか悔しい」

「なにがだよ?」

「陽ちゃんを理解しているあんたが」

「兄弟みたいなもんだからな」

「それを言うなら私もじゃん」

「違うよ」


夕矢はそう言うと立ち上がり、すぐ後ろにある自動販売機に向かって歩き出す。その背中を睨みながら何が違うのか考えるが答えは出ない。同じ時間を過ごしているのに夕矢と自分のどこか違うのかさっぱりわからないのだ。缶ジュースを2つ買って戻ってきた夕矢を睨みつつ、一応礼を言ってからジュースを受け取った。


「で、何が違うの?」


横に座った夕矢を睨むが、夕矢は缶を開けているので茜の方は見ない。


「お前は女で俺は男だってこと」

「男の心理がわからないって言いたいの?」

「だな」


そう言われては何も言えなくなる。自分は女で夕矢と陽太は男、それはどうやっても変えることができない事柄なのだから。


「安心しろよ、俺は陽太の気持ちは理解できてもお前の気持ちは理解できない。おあいこってこと」

「なにそれ」

「女の心理は難しいって話」

「モテ男なつもり?」


その言葉に夕矢が笑い、つられて茜も笑う。そうした後で沈黙が流れた。どれぐらいの間そうしていたのだろうか、そこで不意に茜が最近思っていることを口にした。


「最近、香と仲いいじゃん」

「まぁな」


同じクラスである、それもあるのだろうが茜から見てそれだけではない仲の良さを感じ取っていたのだ。ここ最近、部活に行く前に夕矢のクラスを覗けば、いつも香と一緒にいることが多い。


「好き、とか?」

「さぁ、な」


歯切れの悪い言い方にムッとなる。そんな茜を見て苦笑した夕矢は空になった缶を2つ手に取って立ち上がった。茜はただ夕矢を見上げることしかしない。


「好きって気持ちはない。でもそれは今であってこの先はわかんねーしな」

「それは、そうだけど・・・」

「親友を取られるのが悔しいのか?」


微笑みながらそう言い、夕矢は自販機横のゴミ箱へと向かった。その後ろ姿を見つつ何も言えない自分が歯がゆかった。素直になれなかった女の末路、そう自分を美化したい。しかしながら現実は後悔しかないのだ。ずっと後悔し、素直になれる機会を待っている。いや、もう一度告白される日を待っているのか。茜は夕矢から目を逸らし、空を見上げた。実に汚い女だと自覚する。いや、とうの昔に自覚はしていた。今はそれを再度認識しただけなのだ。ため息と同時に2つの足音が近づく。振り向けばそこには夕矢と共にこっちにやって来る陽太がいた。茜は立ち上がり、笑顔を見せた。さっきまでの暗い顔はもうそこになかった。

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