表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コネクト  作者: 夏みかん
第1話
1/43

秘めた想い、共有する心(1)

完全新規の恋愛もの。

壊れた三角関係の果てに至る恋愛事情は幼馴染か、親友か、それとも趣味を旧友する者か。

これまでの作品とは少し違った方向性で書いていますが、どうか最後までお付き合い願います。

外は雨、しかも大雨だ。窓に打ち付けるその雨の音にそっちを見て、それからゆっくりと身を起こす。眠れないのは雨音のせいではない、それは分かっている。それでもその音にイライラしていた自分がいたのもまた事実だ。癖なのか、短い髪の裾をくるくると指で回しながら机の上に置かれた写真を無意識的に見つめる。とっくに闇に慣れていたその目はその写真の中にいる3人の男女を捉えていた。いや、見えなくてもわかる。自分と、そして良く知っている2人の男がそこにいるのだから。高校の入学式で撮ったその写真はもう3ヶ月も前になるものだった。ショートカットの少女が見つめるのはその写真に写る2人の男子生徒、そのどちらかに視線が注がれていた。小さなため息をつき、それからのそのそと寝転がってみせる。薄い布団は下半身しか覆っていないが、湿度と気温が高いために寒さは感じない。


「昔は素直に言えたのになぁ・・・」


ずっと幼い頃から、いや、記憶にはないが赤ん坊のころからずっと一緒にいる幼馴染の仲良し3人組、それが近所の人たちの認識だった。血の繋がった兄弟よりも兄弟な3人。同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校、そして同じ高校へ進学した。偶然ではないが、それでもそれがあたりまえだと思っていた。でも、そうじゃない。そう、今の学校を受験すると言った彼を追い、自分もそこを受験することに決めた。そんな自分を追い、彼もまたここを受験する。そういった三角関係がそこにある。誰も何も言わないが、今でも確かにそこに恋愛感情があるのだ。ただ1人を除いて。少女は大きなため息をつき、睨むようにしていた天井を見ないように目を閉じる。好きだとも言わず、かといって言われず、相手の気持ちを知りながら知らないふりをし、自分の気持ちを知りながらもなお変わらず傍にいる、そんな関係でいたかった。今、交わることのない恋愛の矢印は一方通行だ。それを打ち砕く矢印を持つ人物の気持ちを他の2人は知らない。そう、彼だけはただの幼馴染という感情しかないのだろう。そう思う。そうしたのは自分の責任でもあるのだが。


「20歳になったら、でいいや」


そう呟き、体ごと横を向いた。中学生になったら、高校生になったら、そう思い続けて逃げてきた。そう、これもまた逃げだ。あの日の全てを告白して、今の関係全てが壊れてしまうのが怖いのだから。ため息をつき、そのままそれが寝息に変わるまで1時間を要したが、ようやく少女は眠りについたのだった。



玄関のドアを開ければ、そこは昨夜の雨が嘘のような青空が広がっていた。もう夏が到来しているといっていいだろう。天気予報によれば来週にも梅雨は明けるらしい。だが、学生にとっての梅雨とは今日から始まる1学期の期末テストのことであろう。1週間前から部活も休止になり、テスト勉強に励んだ甲斐はあると思う。もっとも、そうまで必死に勉強しなくてもいつも上位の成績は確保できていた。半袖の白いブラウスは制服で、赤いネクタイがきちんと締められていた。短めの髪は肩よりも少し上にある。そんな少女は目の前にいる人物に微笑を浮かべて見せた。


「おはよう」

「おはよう。暑いなぁ、今日は」

「そうだね、でも雨よりましかも」

「それは言えてる」


小さな道路を挟んで向かい側に立つその人物は幼馴染だ。顔はイケメンで1年生ながら校内でもかなりの人気を誇っているテニス部のエース。そう、1年生にしてエースなのだった。小学生の頃から父親の影響でテニスを始め、中学では全国3位の実力を持つに至っている。そこそこマスコミも注目するほどの選手だったが、地元の公立高校を選んで進学していたのには理由があった。そこは父親が通っていた高校だった。父はそこでテニス部に所属して全国2位の成績を残している名選手だ。だからこそ、父を超えたいとしてこの高校を選んだのだった。厳格ながらも比較的息子の意思は尊重してくれる父親は尊敬に値する人物である。


「で、あのバカは?」


少女のその言葉にイケメンは苦笑を隠さない。そのまま視線を少女の家の隣に向けた。


「いつものパターンだろ」


バカにした風でもなくそう言い、苦笑を濃くする。そんなイケメンを無視して大股で隣の家に向かった少女はインターホンを押すとにこやかで爽やかな笑みをインターホンのカメラに向けた。こういうところはさすがだと思う反面、少し怖くなったのは内緒の話だ。


『はい。ゴメンねぇ・・・・すぐ出るように蹴り飛ばしておくから』


インターホン越しに聞こえてきたのは女性の声だ。


「お願いします」


そうとだけ言い、少女はカメラの外に出た。すぐさま腕組みをして怖い顔になる。


「毎日こうなんだから」


少女はかなり可愛い部類に入る。現に男子からの人気は高かった。裏表のない性格に明るく、それでいて社交的だ。男女問わず友達は多く、所属している陸上部でも何故か先輩から慕われているほどに。よくモテるのはお向かいに住むイケメンと同じだったが、お互いに彼氏彼女はいない。


「こういう時以外はいつも遅刻寸前だからな」


苦笑を濃くするイケメンとは違い、少女は大きなため息をついて呆れた顔をドアへと向けた。するとそのドアが開き、イケメンと同じ制服とは思えない着崩したスタイルの少年が眠そうな顔をして姿を見せた。だらりとしたネクタイにYシャツがズボンからはみ出している。


「おはようさん~」


欠伸混じりにそう言い、ヘラヘラとした顔で2人に挨拶をした瞬間だった。一瞬にこやかに微笑んだ少女が少年の尻を蹴り上げた。しかも本気のそれだ。途端に前につんのめりそうになり、あわてて体勢を立て直すと少女を睨む。顔つきが少々ワイルドなせいか、怖い感じが強い。


「なにすんだよ!」

「約束の時間に遅れたからでしょ?」

「無理矢理させた約束なんざ守る価値ないけどな」

「へぇ・・・・・あんた、そんな口叩くんだ?」

「・・・・・なんだよ」


押されているのは少年だ。何故ならば、少年にとって少女は幼馴染でありながら天敵であり、様々な弱みを握られている存在であったからだ。


「どうでもいいけど早く行かないと電車に間に合わなくなるぞ」

「さすが陽太君、冷静且ついいタイミングだよ」


イケメンにそう言い、ワイルドな風貌の少年はにんまりと微笑んだ。少女はため息をつくと少年の耳を引っ張って歩き出す。


「イテテ・・・痛いって、マジ痛い!」

「うっさい!黙って歩け!」


耳が千切れそうな痛みから逃れるために少女に並んで歩く少年を見つつ苦笑を漏らしたイケメンはやれやれといった風にして歩き出すのであった。



その3人は生まれた時からの付き合いだった。新興住宅地だったここにほぼ同時にやってきた3組の新婚夫婦が仲良くなるのは必然だ。やがて3組はほぼ同時期に妊娠して笑いあい、子供たちも込みで仲良くやっていこうということになった。そうしてまず生まれたのが小泉陽太こいずみようただ。父親に元プロテニスプレーヤーを持ち、母親はイラストレーターをしている異色の家庭に生まれた陽太は素直でまっすぐに育っていた。やや内気だった幼少期も幼馴染2人のおかげで小学校に上がる頃にはそれもなくなり、活発的な美少年に育っていた。そう、陽太に影響を与えたのはお向かいに住む河合茜かわいあかねだといってもいいだろう。女の子でありながら活発で、男の子に間違われることはしょっちゅだった。サラリーマンをしている父親とは違い、空手の有段者である母親の影響を色濃く受け継いでいたのだろう。幼稚園の頃からリーダーシップを発揮していた。陽太はそんな茜に影響されて内気な自分を克服したのだ。憧れていたのもある。茜のようになりたい、そう思ったことが大きく影響していた。やがて美男美女カップルだと言われ続けることになるこの2人を見守ってきたのが坂巻夕矢さかまきゆうやだった。茜の家の隣に住む夕矢は幼い頃からやんちゃで茜のリーダーシップを無視して突っ走る子供だった。母親に似たせいかやや目つきが悪く、永久歯になって存在感を増した八重歯のせいもあって見た目がかなりワイルドだった。陽太とは真逆の存在、それが夕矢だ。テニスを始めて以来、常に努力は惜しまない。勉強もスポーツも全力で取り組む陽太とは違い、夕矢はなんでも楽をして努力をしない子供だった。それでいて成績も普通以上で運動神経も悪くいない。中学ではテニスプレーヤーとして頭角を現す陽太や、陸上の短距離で県大会に出場するほどの実力を持つ茜に匹敵するほどの才能を持ちながらそれを育てようともしなかった。楽をしていい成績なんだからそれでいい、それが夕矢のモットーだった。そんな3人が同じ高校を受験したのには理由があったのだが、3人の中では偶然の一致とされている。複雑に絡み合う心理がそこにあるのだが、それを3人が明かすことはない。県内でも上位にランクする日永田高校ひながたこうこうの1年生になった3人は陽太と茜が同じクラスになり、夕矢だけが1人隣のクラスになっているのだった。



「今日さ、帰ったら勉強会しようよ?」


電車を降りて大きな幹線道路沿いを歩く。緩い下り坂の先には校門が見えていた。同じ制服の男女がぞろぞろと歩く中、隣を歩く陽太にそう提案した茜は頷く陽太を見てから少し後ろを歩く夕矢を振り返った。


「あんたは強制ね」

「なんで?」

「どうせ勉強なんてしてないでょうから」

「したぞ」

「1教科1分、でしょ?」

「バカ言え!5分だ!」


自慢げにそう言う自分をキッと睨んだ茜に愛想笑いを返す夕矢に陽太が苦笑を漏らした。たった5分の勉強で平均点以上は取る夕矢には恐れ入るが、茜にしてみればちゃんと勉強すればもっといい成績が取れるのにと歯がゆいのだ。


「一回ぐらい本気で勉強していい成績見せてよ!」

「オメーに見せて何のメリットがあんだよ?」


またいつものが始まった、そう思う陽太がため息をついた時だった。


「そうね、私の成績を全部上回ったら何でも1つ言うこときいてあげる」


その言葉に陽太の表情が硬くなった。だがそれは2人には見えていない。


「何でも、ねぇ・・・・・無いからいらねーや」

「無いってのも失礼な話ね!」


そう言って夕矢のネクタイを掴みあげたときだった。


「お前と一晩男女の関係で過ごしたい・・・・ってのもいいじゃん」


脇から口を挟んだ女の声に茜が少々顔を赤くしてそっちを見やった。そこにいたのは背の低い、それでいて胸の大きな美少女だ。同じような可愛い顔をしていながらかなり残念な胸をしている茜とは対照的だと思う夕矢のその表情を見た茜が悪鬼の顔をしたままさらに掴んでいた手に力を込めた。


「なんでかおりの胸見て、それから私の胸見た?」

「・・・・・・・・あの半分でもお前にあればっ!」


語尾がおかしくなったのは茜の膝が夕矢の腹部にめり込んだからだ。小学生の頃はバスケ、中学で陸上を始めた茜だったが、母親直伝の空手の腕前もそこそこなのだった。お腹を抑えてうずくまる夕矢を見つめる瀬川香せがわかおりの表情は同情に満ち溢れていた。


「まったく、バカなんだから」


呆れた声の香に誰のせいだと思う夕矢は陽太に手を借りてなんとか立ち上がる。陽太はこそっと自重しろと言い、夕矢は小さく微笑みを見せた。茜はそんな2人を見ずに横に並んで歩く香の方を見やった。


「しかし香も香だよ・・・何よさっきの提案はさぁ」


顔の赤味は消えていたが、どこか照れくさそうにそう言う茜に香は小さく微笑んで見せた。


「女の子が軽々しく『なんでも言うことをきく』なんて言うからでしょーが」

「う・・・」


香の正論にさすがの茜も黙り込んだ。


「坂巻だから良かっただろうけど、他の男子だったらいい点取られてどうなったかわかる?」

「う・・・でも・・・・陽ちゃんでも違うこと言ったと思うけどね」


そう言い、横に並んだ陽太をチラッと見やった。その後ろにはわざと茜と目を合わさない夕矢がいる。


「いや、俺でもそれを要求したね」


さらっとそう言い切った陽太に驚いた顔を見せた後、茜は顔を赤くしながら俯いてしまった。勝気で男勝りな茜だったが、そういう方面の話題は苦手なのだ。


「つまり、瀬川さんの言う通り、軽々しくそういうことを言わないことだね、たとえ相手が夕矢でも、俺でも」

「俺はお前の貧相な体に興味ねーけどな」


最後に余計なことを言う夕矢をキッと睨む茜の表情はどこか複雑だ。そんな茜の顔を見た陽太は苦笑し、その陽太を見つめる香が小さく微笑む。


「で、勉強会だけど、香も来る?」

「勉強会?そんなのするんだ?」

「あれ?そこは聞いてなかった?」

「うん。私が聞いたのは坂巻に抱かれたいって言ってたところだけだし」

「ちょっ!そんなこと言ってないし!」

「抱きたくねーぞ、こんな貧相な胸した体」


その瞬間咄嗟に一歩下がった夕矢の動きは長年染み付いたもののせいかかなり素早かった。さっき自分の頭があった場所に茜の裏拳が空を切り裂いていく。茜は思いっきり夕矢を睨み、フンと鼻を鳴らして前を向いた。


「私はパス。勉強は1人でしたい性格だしね」

「そっか。じゃぁ、3人ね」


陽太を見てそう確認し、陽太は頷き返した。


「あんたは強制」


チラッと後ろを見てそう鋭く言う茜にうんざりした顔をした夕矢はぶっきらぼうに、へーへー、とだけ返事した。その返事に再度夕矢を睨むが、茜は何も言わずに前を向く。そのまま茜と香、そして陽太は会話を弾ませながら登校し、後ろから欠伸を何度もする夕矢が校門をくぐる。下駄箱で上履きに履き替えた4人はそのまま2階へと向かった。


「じゃ、頑張ろうね」

「うん」


茜は香に手を振り、夕矢を睨んでから教室に入る。陽太は夕矢に片手を挙げ、夕矢は口の端を少し上げて返事をすると自分の教室に入った。茜と陽太は4組、そして夕矢と香は3組なのだ。


「茜よりいい点取って、なんか奢ってもらえば?」

「一度それするとずっとそんな感じになりそうなんでパスだな」


もともと鋭い感じの目を細めてそう言う夕矢にくすりと笑い、香は夕矢の隣に鞄を置いた。2人は隣同士の席だ。茜と香は同じ陸上部ということもあって仲が良く、そんな茜と幼馴染である陽太や夕矢とも仲がいい。香は今の言葉が実に夕矢らしいと微笑み、それから教科書を出して勉強を始める。直前までそうしている生徒が多い中、夕矢はぼーっとした顔を前に向けていた。そんな夕矢に小太りの男子が近づくと、何やら深夜に放送しているアニメの話題で盛り上がる。そんな夕矢を見つつ何故かそわそわする香は勉強に集中できずにそっと教科書を閉じるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ