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第一次対馬沖海戦 2



 聖光教会布教艦隊、第22航洋艦戦隊の旗艦〈クトゥルス〉。その露天艦橋にて。

 船体が波を乗り越えるたびに上がる、盛大な波飛沫。それに全身をずぶ濡れにされながら、第22航洋艦戦隊司令官 後衛提督パシャは仁王立ちしていた。


 司令官が見つめる先。そこにあるのは、400メートルほど前方を行く船だ。

 ただし、ただの船ではない。大型の魔導船だ。全長は180メートル近い。しかもその魔導船、どうやら木造ではないようだ。


 では、なんでできているのか? それは、いまひとつ謎だった。ペンキで塗装されており、材質が判然としないのだった。


 と、そんな彼のもとに、中級海尉が一人近づいてくる。


「司令官、旗艦より魔導通信が届きました」


 海尉の報告。そんな彼に、司令官は振り向きもしない。


「読み上げろ」


 司令官の返答。彼の視線は、前方の魔導船に釘付けになっていた。

 彼我の距離は、徐々に近づきつつある。どうやら、あの魔導船。船体が大きすぎて、それほどの快速は出せないようなのだ。

 これは戦術上の利点だった。速度の速い方が、より交戦に有利な位置を占位できるからだ。……むろん、風向きには注意を払わなければならないが。


「はっ! “警戒部隊ヲ除キ艦隊集結セヨ”、であります」


 海尉が通信を読み上げる。


「なるほど。わかった。下がってよろしい」


 司令官は鷹揚に頷く。


「はっ!」


 海尉は敬礼し、艦橋を離れ、船内に戻っていく。


 だが、しばらくたっても、司令官はそのまま。まっすぐに大型魔導船を睨み付けている。


 その様子に、周囲の幕僚や艦長以下の旗艦士官たちに、ざわめきが起こる。

 やがて、意を決したのか、幕僚長が進み出て意見具申する。


「その、司令官。集結せよとの命令がでているのですが……」


「分かっている。だが、我々の目の前には正体不明の大型魔導船が存在している」


 司令官はそう、そっけなく返答する。


「それはそうですが……しかし……」


 幕僚長は困ったような顔をする。実際、彼は困っていた。司令官の命令不服従を放置しては、その独断専横を止めなかった部下の責任も問われることになるからだ。

 一方、目の前にいる上官にむやみに反対することもまた難しい。

 直属の上官と、分艦隊司令部。幕僚長は板挟みにあっていた。


「そう気にすることはない、幕僚長。我々は、最初にこの異世界に踏み入れた艦隊だ」


 司令官の指摘。


「はあ」


 幕僚長は気の抜けた返事をする。


「である以上、我々には露払いの役割が存在している」


 これは事実だ。


「したがって、我が戦隊の最初の任務は、異世界へと転移し周辺環境を調査。脅威があるようならこれを排除することである」


「それは、まあ、その通りですが……」


「幕僚長。この命令は、布教艦隊司令部、ルッケ提督の名で出されている。矛盾した命令が出ている場合には、より上級の司令部が出した命令が優先される。そうではないかね?」


 そう言って司令官は、幕僚たちを振り返る。司令官は何やら、イタズラを思いついた悪童のような顔をしている。


「なるほど。確かに。司令官のおっしゃる通りです」


 幕僚の一人、作戦幕僚のケーニスハート中級海佐が、司令官に同意する。


「前方の魔導船、あれほどの大型魔導船なのですから、間違いなく脅威です」


 旗艦艦長、ナルシアス上級海佐も追従する。

 二人の返答を聞いて、司令官はにやりとする。


「そう言う訳だ。諸君、これは命令違反ではない。完全に合法かつ適法な行動である」


 司令官の宣言。それっきり、司令官は前方に視線を戻す。


 今や、魔導船までの距離は300メートルにまで近づいていた。


 すでに、敵魔導船は、船体前方に搭載した旋回砲の射程圏内。しかし、この射程距離というのが曲者で、要するにただ弾が届く距離を示しているに過ぎない。

 この距離で発砲しても、まず命中弾は見込めない。大砲が多数あれば、確率の問題によりいくらかの命中弾を期待することも出来るが、生憎と敵魔導船は前方を占位している。前方の敵には、舷側砲が使えず、艦首旋回砲しか指向できない。そして、この〈クトゥルス〉には艦首旋回砲がたったの三門しか搭載していない。

 これでは到底命中など期待できない。発泡しても、ただの無駄玉。


 従って、今はまだ距離を詰める必要があった。




******





 一方の〈新秦〉。エンジントラブルにより最高出力が出せず、じりじりと帆船に追いつかれつつある状況。

 船内では緊張が高まっていた。


「くそっ! このままでは追いつかれてしまう!」


 船長が悪態をつく。いきなり大砲をぶっぱなすような野蛮な連中。流石の日本鬼子でも、イキナリぶっ放したりはしないというのに!


 高まる緊張。船長の胃が、キリキリと痛む。ストレスで胃に穴が開きそうだ。そうなったら、医療費をどうやって捻出しよう。船長はそんなことを考え、現実逃避をする。だが、それも一瞬のこと。


 船長席の電話を持ち上げ、エンジンルームを呼び出す。


「はい、こちや機関室」


 相手はすぐに出た。機関主任のチャーリーだ。何とかというゴビ砂漠のあたりに集住する少数民族の出身で、その難解な名前は漢民族には到底発声できない。

 そのため誰しもが、チャーリーとだけ、彼を呼んでいた。なぜ皆が英語風の名前で彼を呼ぶのか? その理由を船長は知らなかった。いちど本人に、あだ名の由来を聞いたことがあるのだが、当の本人も知らなかった。まあ、あだ名の由来なんてその程度ではある。


「チャーリー。こちら船長だ」


「はい、船長。分かっておりやす。エンジンのことしょう?」


 チャーリーは、船長の質問に先回りして答えた。


「そうだ。まだ復旧しないのか?」


「たってぇ今、応急修理が完了したところでやす。いつでも行けやす」


 チャーリーからの元気溢れる返答。とても徹夜明けとは思えない。


 いや、違うな。

 船長は考え直す。きっと、ランナーズ・ハイに違いない。ドーパミンを大量に分泌して、気分が高揚しているのに違いなかった。


 本当にエンジンは大丈夫なんだろうか?

 船長の頭を疑問がよぎる。徹夜明けの突貫作業。どこかでチャーリーがへまをしている可能性は十分にあった。


 そのときだった。一等航海士が悲鳴のような報告を上げたのは。


「距離、250メートル! 船長! このままでは!!」


 くそっ! 船長は悪態をつく。最早、時間がなかった。選択の余地はない。


「機関始動! 両舷全速!」


 船長の命令。


「機関始動、両舷全速」


 操舵主の返答。彼は、機関スロットルを最大にする。


 そのときだった。


 船体に衝撃。数瞬、船長の身体が宙を浮く。窓が割れ、固定していない幾つかの備品が宙をまう。


 一瞬遅れて響く。

 爆発音。


「報告せよ!」


 船長が叫ぶ。

船橋に設置された複数の液晶パネルが、赤く明滅。船体後部に損傷がある事を知らせていた。


「船長! 煙突から炎が噴き出してます!」


「右エンジン停止! 再始動不能! 左エンジンも出力不安定! 速度が落ちます!」


「機関室で火災!」


 部下からの報告が次々に上がる。

 だが、どれも凶報だ。

エンジン始動直後の爆発。どう考えても、応急修理の失敗だ。そうに違いない!


「くそっ! 一体どうすれば!」


 船長の悪態。エンジンルームで爆発! 右エンジンが機能停止。さらには、今まで無事だったはずの左エンジンも出力が不安定。恐らく、爆発の余波を喰らったのだろう。

 さらにさらに、エンジンルームで火災。これでは応急修理もままならない。そもそも、機関員たちは無事なのか?


 事態は、地獄の底の最悪へ向かって急降下を開始していた。


 だが、そのときだった。

 絶体絶命の〈新秦〉に光明がともる。


「船長! 本船右舷前方に軍艦を発見! 中国海軍です!」


 部下からの報告。その部下は、荒野育ち。両目とも、裸眼視力が6.0という化物のような視力を誇っている。

 部下に釣られ、船長は慌てて視線をそちらへと向ける。そこには確かに一隻の船。だが、軍艦かどうかは判別できない。船長は双眼鏡をかまえる。


 目に入るのは、船体前部の大砲。船体後部のヘリコプター格納庫。軍艦なのは間違いない。

 船長の視力では中国海軍の船かどうかまでは分からなかったが、それは問題ではない。近くに軍艦がいる。そのことが問題なのだ。


「おお!」


 船長は思わず、安堵の吐息を漏らす。


「すぐに通信を送れ!! 救助を要請するんだ!!」


 船長が指示を出す。


「しかし、電波状況が悪く通信不能ですが……」


 部下の指摘。これに、船長は一喝した。


「バカモン!! 発光信号だ!! 旗も振れ!! 急げ!! はやくしろ!!」


 矢継ぎ早に指示を出す。


「はっ! 直ちに取り掛かります!!」


 船員たちは、復唱もそこそこに、発光信号の準備を始める。






 だが、〈新秦〉に訪れた幸運はこの一瞬だけで終わりだった。


「船長!! 帆船と並走します!」


 一等航海士からの絶叫のような報告。


 慌てて船長は、左舷を見る。なるほど。そこには確かに、並走する帆船の姿。相対距離は50メートルほど。すぐ目と鼻の先だ。


 そのとき、船長は気付いた。全長40メートルほどの帆船。その先頭の一隻、その舷側窓、それが全て開けられ、砲列をこちらに向けていることに。


「伏せろーーー!」


 船長の叫び。同時に、彼自身も床に伏せる。


 だが、それは無駄だった。


 ドーン! ドーン! ドーン! 連続する砲声。臓腑を揺さぶる大音響。

 船体が揺れる。窓ガラスが割れ、破片が散らばる。と、一発の砲弾が操舵装置を粉砕。根元から折れたそれは、船長へと吹っ飛んでいく。


「がっ!?」


 それが彼の最期の台詞となった。重量が300kgもある操舵装置が、彼の胴体を直撃。あまりの重量。彼の心臓は破裂。即死だった。



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[一言] 誤字報告 ×発泡しても、ただの無駄玉 ○発砲しても、ただの無駄玉
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