第一次対馬沖海戦 1
聖光教会が第38布教艦隊。その第1分艦隊旗艦である戦列艦〈ルガイソウ〉が聖光回廊を通過。異世界へと展開したのは、露払いの航洋艦部隊が異世界へと転移してから、1時間後のことだった。
「ふむ? まずまずかな?」
〈ルガイソウ〉の露天艦橋に仁王立ちする大男、第1分艦隊司令官たるカイネ副提督が呟く。副提督は黒髪黒目。肌の色も漆黒。ついでに黒のマントを羽織っており、ブーツも黒色。
全身黒づくめの奇抜なファッションをしているこの将官。実のところ地上軍での勤務経歴が長く、艦隊運用の経験どころか、艦艇乗り組み自体をやったことがなかったりする。
そんな彼が、艦隊の指揮を執っている理由は簡単。聖光教会上層部の思い付きによる人事異動により、急きょ布教艦隊へと転任していたのだった。
ミッターリンツ副将軍は上手くやっているかな? 彼は、自分と入れ違いで地上軍へと転籍させられた“元”副提督へと思いをはせる。あちらはあちらで地上軍を指揮した経験などないらしいし、さぞかし大変だろう。副提督がそんな同情的なことを考えたのは一瞬。頭を振って益体もない思考を頭から放り出すと、あらためて周囲を見回す。
彼の見たところ、このとき、現場の海域はまずまずの平穏と言えた。何隻かの船が、黒煙を上げて炎上。転覆しつつある。
だが今のところ、先遣艦に損害が出たなどと言う報告は上がっていない。この種の報告は優先的に上がってくるはずで、それを考えれば、沈んでいるのは友軍のものではなく、未開人達のモノなのだろう。
水平線の先の方には、陸地が見える。副提督は望遠鏡を手の取ると、陸の様子を見やる。
「うむ。街があるようだな」
それは単なる独り言のつもりだったが、周囲の幕僚はそう思わなかったらしい。答えが返ってきた。
「はい。そのようです。先遣の第22航洋艦戦隊より報告がありました。偵察のため航洋艦五隻を派遣したようです」
「なるほど」
確か、一個航洋艦戦隊は十五隻の航洋艦で構成されていたな。となると、戦隊の三分の一を偵察に出したのか。どこか他人事のように、副提督は考える。実際、彼には自分が艦隊を指揮しているという実感がなかった。
艦隊運用は高度に専門化されており、艦艇乗り組み経験が一カ月もないような副提督には、ほとんど出る幕が無いからだ。今のところ彼の仕事は、幕僚たちが用意した書類にサインすることだけだった。
とはいえ、名目だけとは言っても、彼の艦隊ではある。艦隊の現状について、それなりに興味はあった。
「他に注目すべき情報は?」
副提督の問い。これに幕僚が答える。
「いささか信じられないのですが……現時点までにこの世界で遭遇した船舶、数十隻の船舶、そのすべてが魔導船のようです」
「なに?」
副提督が目を剥く。魔導船は高価だからだ。魔導炉それ自体、遺跡でときおり発掘されるだけの旧時代の遺物で、製造技術は失われて久しい。まれに魔導炉が発見されても、魔導馬車ぐらいにしか使えないような小型で低出力のもの。船のように大きなものを動かす大型魔導炉は、一年に一つ発掘されるかどうかといったところ。当然、オークションでは目の玉が飛び出るような超高値がつく。
それに加えて、魔導炉が消費する魔石もまた高価だ。魔導炉で使用する魔石にはある程度以上の純度が必要で、しかも困ったことに、魔石の値段は純度が上がるごとに指数関数的に上昇するのだ。
従って、魔導船はその数があまり多くない。魔導戦艦の数は、聖光教会全体でも100隻ほど。しかも、そのほとんど全てが、中央世界艦隊か無限海洋世界艦隊に配属されている。とてもではないが、辺境世界への布教艦隊にまで魔導戦艦を回す余裕はない。
それなのに……この世界には魔導船が数十隻? しかもこれは、現在までに遭遇した船の数だ。実数はもっと多いだろう。
恐らくは、突如として出現した聖光回廊を警戒するために主力艦隊を差し向けていたのであろうが、それにしても多い。これまでに教会が遭遇した異世界のほとんどは低レベルで、魔導船など持っていないような蛮族ばかり。仮に魔導船を持っていたとしても、せいぜいが数隻程度。その程度であれば、数の差で圧倒できた。
この分では……この世界への布教は骨が折れるであろう……。
そこまで考察を進めた副提督は、ある点に気付く。
「艦隊の損害は? 魔導船とやり合って、ただで済むとは思えないが?」
副提督の問い。
「はぁ、それがその、何とも奇妙なことなのですが……」
幕僚の態度は煮え切らない。
「艦隊に被害は出ておりません」
ややあって、幕僚はそう回答した。
「うむ? なぜだ?」
これは奇妙な話だ。高価な魔導船には、当然それに見合った重武装を施すのが一般的だからだ。艦隊に損害が出ないなどということがあり得るのだろうか?
「敵の魔導船団のほとんどは、我々を回避するコースを選択。逃げ出しました。追撃隊を派遣しましたが、敵船の速度が速く、追跡は難航しております。複数隻の魔導船が、我々との接触を試みていたらしくマヌケにも接近してきましたので、斉射にて粉砕しましたが、現時点での戦果はそれだけです」
幕僚の答え。
「なるほど。奇襲に成功したのか」
副提督は一応納得する。奇襲を受けた軍はもろい。古今東西、軍事学の常識だ。こちらが奇襲を成功させたのであれば、緒戦の戦果は納得できる。
「だが、敵残存部隊からの反撃はなかったのか?」
「はい。なかったようです。先遣隊からの報告によると、連中、脇目もふらずに逃げ出したようです。味方がやられたにもかかわらず」
幕僚が答える。
「妙だな」
副提督は一人、ごちる。
「はい、奇妙です」
幕僚がそれに同意する。
「理由は分かるか?」
副提督の問い。
「不明です。情報が不足しておりますので。まあ、推察することは出来ますが……」
煮え切らない幕僚の返答。
「推測でも構わん。申してみよ」
副提督の指示。これに幕僚は一瞬だけ逡巡を見せつつ回答する。
「恐らく敵魔導船団は、硬直した命令を受けていたのではないでしょうか。単に、聖光回廊を監視するように、と。それで、攻撃を受けた場合の対処法までは、命じられていなかったため、反撃のしようが無かったのではないでしょうか」
「そんなことがあり得るのか?」
副提督には疑問だった。攻撃を受けても反撃しないなどと……。そんな軍隊が存在するものだろうか?
「中途半端に高度な文明圏では、しばしば見られます。外敵よりもむしろ、政権への反逆を警戒しているようです」
「なるほど、反乱対策か……」
副提督も、それには納得する。軍隊といえども人間がつくった組織に過ぎないのだ。そして人間は合理的な生き物ではない。従って、軍隊が合理的でないのは、ある意味では必然だった。
「しかし……だとすれば……。面倒なことになるな、敵の首魁が一旦反撃を決意すれば」
硬直した命令により、攻撃を受けても反撃しない連中。一見すると無能なようにも見える。だが、それは本質の一面でしかない。
思考が硬直しているということはつまり、一旦反撃を命じられれば、何が何でも命令を実行しようとすることを意味する。それこそ、損害など無視して。
死をいとわない死兵を相手にするのは、いささか以上に骨が折れる。死兵との交戦は可能な限り回避すべし、というのが聖光教会布教軍の基本的な軍事ドクトリンだ。死兵など相手にしても、損害ばかり大きくてメリットがないからだ。
「はい、司令官。おっしゃる通りです。揚陸部隊にもこの情報を伝達しますか?」
幕僚の質問。これに副提督はしばし考える。
「ふうむ」
副提督はしばし黙考する。この情報を伝達すれば、揚陸部隊の指揮官たちは当然に消極的な行動をとるだろう。
無論、損害は可能な限り抑えるべきではある。だが一方、これはあくまで推測。確定的な情報ではない。推測で消極的な行動をとったあげくに、敵に反撃のための時間的余裕を与えるのは、あまり面白くない。
現時点において、我々は奇襲に成功している。複数の魔導船を一方的に撃破できたことを考えれば、それは間違いない。であれば、このまま戦果の拡大を図るべきだろう。
それに、と副提督は考える。揚陸部隊第一陣のほとんどは、もと囚人。刑務所での強制労働をやるぐらいならばと、一獲千金を夢見て兵役を志願したような屑ばかり。囚人部隊にどれだけの損害が出ようと、それが何だというのか?
第二陣以降にしても、洗脳魔法で廃人同然にしてある奴隷連隊や、ゾンビやスケルトンといった死霊兵団が主体。
この編成から考えてもわかるように、聖光教会布教艦隊に随伴する揚陸部隊は、基本的に消耗品同然。損害が出たからと言って、それで直ちに降格につながるようなものではない。
そこまで考えて、副提督は決断を下す。
「いや、だめだ。思考の硬直云々はあくまで推測に過ぎん。推測をもとに戦は出来ん」
「は! 了解しました。揚陸部隊には伝達いたしません」
「しかし、司令官」
そこに、別の幕僚が口を挟む。階級章は、上級海尉。子供のような背丈。プラチナブロンドの髪に、エメラルドブルーの瞳。貴族然とした外見の持ち主だ。まだ若く、今年16歳になったばかり。
そのような若者が上級海尉の階級章を有している理由は簡単。父親が貴族だからだ。その上、彼の母親は貴族ですらない。アトランチス帝国の第6皇女だ。帝国独特の奇妙な習慣により、ザーク公爵に嫁いだ後も、彼女の皇族としての地位は維持されていた。
そんな上級海尉が意見具申する。
「艦隊への情報提供はどういたしますか? 少なくとも、ルッケ提督にはお伝えしておいた方がよろしいのでは?」
「その通りだ、上級海尉。直ちに伝達せよ」
副提督は即答する。
これはべつに、上級海尉の家柄を恐れてという訳ではない。囚人主体の揚陸部隊とは異なり、艦隊には熟練の職業軍人が大勢乗り組んでいるからだ。職業軍人の育成費は馬鹿にならず、容易に損害を出していい物ではないのだ。
「提督」
会話の合間をついて、別の幕僚が司令官へと声を掛ける。
「艦隊に、密集隊形を取らせるべきでは? 敵に魔導船多数が観測されている以上、分散していては各個撃破の餌食になるだけかと愚考いたします」
だが、これに別の幕僚が異を唱える。
「いや、むしろ分散すべきだ。艦隊が密集しては回避運動が困難になる。それに、一つのカゴに全ての卵を入れる危険を冒すべきではない。艦隊が一網打尽にされては意味がない」
「分散だと? それでは火力密度が低下するではないか!?」
さらに別の幕僚が、反対意見を述べる。議論は次第に白熱。感情的になって行く。そんな幕僚たちの議論を聞きながら、副提督は思う。
軍を分散すべきか? それとも、集中すべきか? これは、彼の出身である陸軍でもたびたび問題になっている難問だ。
そして、この難問。困ったことに結論が出ていない。大抵の場合、状況に合わせて臨機応変な運用が求められるという、答えを出しているように見せかけて実際にはほとんど行き当たりばったりも同然という結論に達して、話が終わってしまう。
あんがい、陸も海も基本は同じなんだな。そう、副提督はどこか他人事のように思考。
そんなときだった。
「司令官閣下はどう思われますか?」
このままでは議論に埒が明かないと見た一人の幕僚が、司令官に判断を仰ぐ。
「ふうむ。そうだな」
そうもったいぶった答えを返しながら、副提督は思う。おい、俺に振るなよ。海軍のことなんか、分かるわけないだろ。
だが、司令官という立場の関係で、結論を出さない訳にはいかない。しかし、判断しようにも、その材料がない。
そもそも、この種の命題に明確な答えがあるのであれば、軍大学の学生達はもっと楽が出来るはずだ。学生たちが苦労しているのは、結論がないからで。しかし、そうは言ってもやはり……。
堂々巡りする思考。
結局、困った副提督は懐から金貨を取り出す。
「すべては神のおぼし召し。コイントスで決めよう。表なら散開。裏なら集結」
副提督の宣言。些かいい加減な方針。誰か一人ぐらいは反対するかと副提督は思っていたのだが、とくだん反対者は無し。どうやら幕僚たちは幕僚たちで、水掛け論に陥っているという自覚があったのだろう。副提督はそう分析する。
そして、運命のコイントス。
結果は裏。
かくして、副提督は命令を発した。
「艦隊は密集隊形を取る。偵察警戒部隊を除いて、むやみに分散するな。主要攻撃目標は“南東”の都市だ」
副提督は南東へと視線をやる。そこには都市が見えた。かなり巨大な建造物がいくつも見える。相当な大都市であるのは間違いなかった。