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052C型駆逐艦


 突如として光の柱が変色。その光の柱から多数の帆船が出現、〈あそ〉船内で日本人達が動揺している頃。

 中国人民解放軍 海軍に所属する駆逐艦〈済南〉の艦橋でも、混乱が生じていた。


 当直士官からの異常事態発生の報告を受け、艦橋に上がった艦長。彼は、窓の外を見るなり絶句した。艦のすぐそばの光柱、それがまばゆい光を発しながら、次々と帆船を吐き出していたからだ。


「報告せよ!」


 艦長の命令。部下たちは次々と報告を上げる。だが、その内容は望ましいものではなかった。


「10分前、光柱が突如として強烈な発光を開始。同時刻、光柱より帆船が出現。どうやら、船があの光柱から出現するときに、光を放っているようです」


「レーダー並びに通信設備に不具合が生じています。人為的な電子妨害とは思えません。光柱が多量の電磁波を放出しているもよう」


「帆船の一部が、本艦に対して衝突進路を取っていたため、増速。回避行動をとりました。本艦は現在、光柱より10キロの距離を保っています」


 艦長は思案する。光柱から帆船が出現! なんだそれは! アニメ映画でもあるまいに!

訳が分からん!

だが、とも思う。どうすべきか? 


 もともと、彼が司令部から受けた命令は単純明快。光柱周辺を遊弋することによって、中国海軍のプレゼンスを発揮することにあった。この命令を受け、彼は〈済南〉を光柱から3キロの距離を取り、反時計回りに周回させていた。

 だが、今では、遠ざかっている。まあ、それ自体は良い。衝突の危険があったのなら、回避するのは当然。その程度は現場の裁量というものだ。


 問題は……帆船への対応だ。攻撃すべきか? 一瞬チラリとだけ考える。無論、あり得ない。党からの命令が無いし、そもそも攻撃すべき理由がない。ではどうする? 交信を試みるか?

 悪くはない考えだ。問題は、相手が誰かが分からないこと。通信機は? いや、電波状況が悪いんだったな。では、旗旈信号は? だが、そもそも言語は? 未知の帆船の乗組員たちに、中国語や英語だのが通用するのだろうか?

 分からないことだらけ。ちくしょうめ!

 艦長は内心で罵る――自分が誰を罵っているのか、その答えは本人も知らない。


 しばらく様子を見てみるか? そんな消極的な考えが浮かぶ。だが、首を振る。

 それでは消極的にすぎる。様子見とは! その間に、日本や韓国があの帆船たちと交流をもち、成果を上げたら? 目も当てられない事態だ。当然、党も艦隊司令部も、彼の優柔不断ぶりを非難するだろう。


 そこまで思考を進めた後、艦長は決意した。虎穴に入らずんば、虎子を得ず。所属不明の帆船と接触する!


「通信! あの帆船に通信を送れ! デジタル、アナログ両方でだ。国際救難信号も使え」


 艦長は命令を発する。


「しかし、電波状況が悪く、先方に届くとは思えませんが」


 部下の返答。どうやら、あまり乗り気ではないようだ。


「分かっている。しかし、とにかくやってみよ。運が良ければ届くかもしれん」


「了解しました。内容はどうしますか?」


「こちらの所属と艦名を伝え、相手の所属・船名を誰何すいかするのだ。同時に、発光信号も送れ。搭載艇の準備もへいこうして進めろ」


 矢継ぎ早の命令。命令を受けた中尉は、目を白黒させる。だが、急げっという艦長からの指示を受けると、敬礼して各部署へと命令を伝達していく。

 帆船へと視線を戻した艦長は、思い出す。司令部に報告しなければならないことに。


「それと、司令部にも打電。未知の発光現象より、正体不明の帆船船団が出現。我、これより接触せんとす」


 その命令を伝えた後、艦長は洋上の光景を睨み付ける。そこにあるのは、光柱。盛んに発光し、次々に帆船を吐き出している。それに、帆船船団に近づく白い船――日本の巡視船だ。こちらは衝突回避のために距離を取ったが、向こうは敢えて近づくことを選択したようだ。


 一歩出遅れた。そう考えた艦長は、搭載艇の準備を急ぐよう伝える。〈済南〉で直接乗り付けようとは思わない。言葉が分かるかもわからないのに駆逐艦で直接接舷するのは、リスクが大きすぎるからだ。


 それに……。艦長は思考する。彼が見つめるのは三隻の帆船。白波を立てて疾走するその三隻は、こちらへと接近しつつある。

 恐らく、考えていることは同じ。こちらと同様に、向こうは向こうで、こっちと接触したいのだろう。

そして……。艦長は密かにほくそ笑む。その三隻は明らかに他の帆船よりもサイズが大きい。海軍士官なだけあって、彼には大昔の船舶についても一通りの知識を有していた。それによると、帆船時代には大型船程重要度が大きい。そう考えると、不明船団中、最も重要な三隻がこちらへと近づいていることになる。

 この〈済南〉は、巡視船〈あそ〉より大型だ。である以上、向こうの船団長は〈済南〉の方が重要な船だと判断したのだろう。


 とは言え、〈済南〉と帆船の距離はまだ少しある。日本の巡視船の方が先に接触してしまうのは確実。

後れを取った、という思いは確かにある。だが一方で、焦ってもしょうがないとも思う。緊張しすぎても意味がないことだし。ま、ここは気軽にお手並み拝見とでも考えるとするか。艦長は気楽に、そう自己正当化を図ることにした。


 そして、艦長の見つめる中、帆船と巡視船の距離が近づく。両者の距離はもう、50メートルほどにまで迫っている。


 そのときだった。それが起こったのは。


 閃光、閃光、閃光、閃光。次々と生じる閃光。発生源は帆船、その側面。舷側砲を発射するための砲門部分だ。そして、閃光ののちに砲門から立ち上る黒煙。

 帆船が、舷側砲を斉射しているのだった。


 巡視船の白い船体に、次々と爆炎があがる。船上構造物がなぎ倒されていく。まるで子供が砂の城を破壊するような、呆気ない光景。まるで現実味というものが欠落している。


 映像に遅れること数秒。爆発音が聞こえる。そのときにはもう、巡視船は無茶苦茶。燃料か弾薬にでも引火したらしく、内側から炎を噴出。生き残りらしい、火達磨の船員が海へと飛び込んでいく。


「これは……一体?」


 誰かの発した茫然とした声。これを聞いて艦長は正気を取り戻した。連中は危険だ! 艦長の背筋に嫌な汗が流れる。本能の命ずるがまま、彼は命令を発した。


「総員戦闘配置! 対艦戦闘準備!」


 艦長の怒声。命令を受け、茫然として非現実的な光景を見物していた艦橋要員たちが反応。訓練通り――とはいかなかった。普段よりも若干動きが鈍い――の反応を見せる。


「総員戦闘配置! 総員戦闘配置! これは訓練にあらず! 訓練にあらず! 対艦戦闘準備!」


 キーンという不快な金属音とともに、艦内放送が流れる。それに負けじと、艦長は怒鳴る。


「機関全速! 面舵いっぱーーい!」


「機関全速! 面舵一杯!」


 操舵主の復唱。反応はすぐに帰ってくる。ガスタービンエンジンの唸り声。

 〈済南〉が急加速。同時に、急速転舵。光柱から離れる進路をとる。


 艦の急機動。艦の動揺に転倒しないよう手すりに掴まりながら、艦長は艦内電話の受話器を持ち上げると通信室を呼び出す。


「はい! こちら、通信室!」


 電話の相手はすぐに出た。だが、声がでかい。電話機がハウリングの様な唸りをあげる。艦長は眉をひそめる。小さな声など論外だが、だからといってデカければいいというもの

でもない。もっとも、その点は無視した。今はそれどころではないからだ。


「こちら艦橋。艦長だ」


「はっ! 艦長!! 何でしょう!?」


 緊張したのか、声がさらにデカくなった。大声を通りこして、ほとんど絶叫のようだ。


「いそぎ司令部と連絡を取りたい。通信状況はどうなっている? 司令部からの返信は?」


 心もち受話器を耳から放しながら、尋ねる。


「はっ! 現在のところ応答ありません!! それ以前に、こちらの通信が司令部に届いているかも不明です!!」


 通信室からの無情な返答。


「そうか。通信が回復し次第、最優先で報告せよ」


「はっ! 了解であります!!」


 耳がキンキンする。あまりの大声に辟易しながら、艦長は受話器をおろす。


 さて、どうしたものか? 内心で当惑しながらも、そんなことは顔に出さない。意識して自信にあふれた顔を造る。


「不審帆船との距離は?」


 艦長の問い。直接不審船を目視できないことに、彼は軽い苛立ちを覚えていた。不審船との距離を取るべく回頭、背中を向けているせいだ。構造上、背後の不審船は死角に入っている。


「約4000。徐々に引き離しつつあります」


 後部見張りからの返答。当然ながら、数秒のタイムラグがある。


「ふうむ」


 艦長は考える。どうすべきか? 先ほどと同じ自問。だが、状況は異なる。なぜあの帆船は〈あそ〉を攻撃したのか? 日本の巡視船などどうなっても構わないが、理由が分からないのは不安だし、問題だ。


 先程の帆船は、なぜ行き成り砲撃を行ったのか? 〈あそ〉が何かをしたのか? それで反撃を受けた? だが、何をした?

 常識的に考えて、未知の船舶をいきなり攻撃するとは考え難い。いくら日本鬼子でも、その程度の良識は存在するはずだ。まぁ、日本人のことだし、常識などないかもしれないが。


 しかし、他にも可能性はある。文化的風習の違いはどうか? 日本人の誰かが何かとんでもないことをやらかしたのでは? だが、どんな行為だ? トリガーになった行為は何だ?


 そこまで考えて、艦長はかぶりを振る。無意味な思考だ。不明な点が多すぎる。これでは推論の立てようがない。


「艦長! 総員戦闘配置完了。対艦戦闘準備よろし」


 戦闘情報室からの報告が上がったのは、そんな時だ。


「了解した」


 艦長は応じる。

 ややあって、彼は質問する。


「法務士官はそちらにいるか?」


「はい。戦闘情報室内です。代わりますか?」


「そうしてくれ」


 数秒の空白。何やら小声でのやり取りののち、法務士官が電話に出た。


「艦長。こちら法務士官。朱少校(少佐)であります」


「うむ。現状については聞いているな?」


「はい。何でも帆船が大量に出現して、日本の巡視船を砲撃したとか」


「法的に見て、本艦が日本巡視船への攻撃を見過ごしたり、あるいは本艦自体が戦闘に介入し、不審船を攻撃したりすることに、なに問題はあるか?」


 この質問に、法務士官は逡巡した。ややあって、「私が聞いた話はいささか眉唾です。何処からともなく帆船が出現するなど、誰かの悪戯としか思えません」と前置きしたうえで、返答する。


「第一に、本艦は中国海軍所属です」


 法務士官が当たり前のことを言う。


「その通りだ」


 言外に早く要点を言えという意味を込めながらも、艦長はあいづちを打つ。


「一方の〈あそ〉は、日本船籍でした」


 法務士官は、またもや当たり前のことを言う。そんなことは分かっている! 内心でそう思いながらも、艦長は我慢強く待った。彼は忍耐力にあふれた士官なのだ――少なくとも、本人はそう思っていた。


「これに加えて、不審船は国籍不明です。少なくとも、私の聞いている範囲では……間違いありませんか?」


「ああ。それで間違いない」


 やや苛立った声で、艦長は応じる。

 そんな艦長の苛立ちに、気付いているのか、いないのか。法務士官の方は平静だ。いつもの調子で説明を続ける。


「この場合、本艦は、不審船に対してどうこうする立場にありません。攻撃を受けた船が日本籍である以上、旗国主義に基づき、それは日本政府の問題です。ああ、それと、不審船側の問題でもあります」


「では、見過ごすべきだと?」


 それはそれで悪くないな、と思う。どの道、日本人だ。彼の父は抗日戦争で負傷。左足を永遠に失っていた。日本人が死んだからと言って、何が問題だというのか?


「そうとも言えません。別の見方も出来ます」


 だが、意外にも、法務士官はそれを否定する。


「なに?」


 艦長は思わず問い返す。


「艦長、襲撃地点である対馬海峡は国際海峡――ああ、国連海洋法条約で定められた国際海峡ではなく、日本の領海法が規定するところの国際海峡なのですが……」


「なに?」


 その二つの“国際海峡”がどう違うのか、艦長には分からなかった。そんな艦長に、法務士官がかいつまんで説明する。


「要するに、公海です。その上、厄介なことに、不審船は国籍不明船です」


 そこで法務士官は一拍おく。


「公海上で犯罪行為を行う国籍不明船。であれば、不審船は、国際法上の“海賊船”であるとも言えます。そして国際法は、公海上で海賊船に遭遇した軍艦に対して、海賊を鎮圧することを認めています」


「つまり? どういうことだ?」


 艦長には意味が分からなかった。そんな艦長に対して、法務士官は辛抱強く説明する。


「つまりは、本艦が襲撃を見過ごしても、あるいは不審船を攻撃しても、どちらもにしても問題はありません。まあ、少なくとも法的には、ですが……」


「ふうむ。なるほど。では逆に不審船に接触する場合はどうか?」


「……接触ですか? それはどういった意味での“接触”ですか?」


 法務士官はどうやら、戸惑っているようだ。電話機越しにも、当惑しているのが手に取るようにわかる。


「情報交換だ。相手の船籍や、航海目的を知りたい」


 法務士官が答えを返すのに、しばらく時間がかかった。


「その程度であれば、違法とは言えません。どのみち日本船を攻撃した件についても、海賊行為であるとは断言できませんから」


 意外な返答。


「まて。どういうことだ? 海賊ではないのか?」


「海賊であるとは断言できない(、、、、、、)、です。国際法は、軍艦や政府公船に対して海賊の取締りを認めている一方で、海賊それ自体については、明確には定義していませんので。それにそもそも、国籍不明船が先に発砲したかどうかも現状では不明です。〈あそ〉が先に撃った可能性もあります」


「たしかに、そのとおりだ」


 日本船が先に発砲し、それに帆船が反撃したというのであれば、話は全く別のものになる。


「本艦に同乗していた学術研究グループが、光柱観測用に高解像度カメラなどの観測装置を持ち込んでいた筈です。それを解析すれば、どちらが先に発砲したかが分かるはずです」


「解析にはどれくらいかかる?」


「私は映像分析の専門家ではありませんからなんとも……。ただ、充分に精査しようと思えば、一週間や二週間では足りないのでは?」


「一週間? それでは間に合わないな?」


 艦長はにやりとする。


「ええ。ですから、結論が出るまでは、“海賊”についての判断を保留にできます」


「では、事件の経緯を調査する意味を込めて、彼らとの接触をもっても問題ないな?」


「そうです。ただし、党首脳部や艦隊司令部がこの件をどう判断するかについては、保証しかねますが……」


 法務士官の指摘。艦長はその指摘をほとんど聞いていなかった。


 かくして〈済南〉の方針が決定した。帆船と接触することにしたのだ。





 もっとも、30分としない内に、その方針は脆くも崩れ去ったのだが。



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