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聖光回廊

この小説の作者は、軍事・政治・経済・文化などのありとあらゆる分野において、基本的な知識が不足しております。予めご了ください。

また、間違い等ありましたら、ご連絡ください。修正いたします。でも、あまりに根本的なレベルでの間違いの場合、修正不可能な場合がございます(ぺこり)

 



 聖光暦4111年 夢の月19日

 パンヘリシア大陸 東方沖10ケメル


 時刻は昼、太陽が中天に差し掛かる頃。そこに、聖光教会が布教艦隊。その基幹艦隊の一つが集結していた。

 大小三百隻に達する多数の艦船。戦闘の主力となる戦列艦。居住性に優れ、長期の航海が可能な航洋艦。船倉に多数の海兵、水・食糧、武器・防具などを満載した輸送船の群れ。艦隊からやや離れたところに布陣しているのは、不気味な黒光りする帆船群。その正体は、死霊兵団に所属するゾンビたちを乗せた呪術船だ。


 第1から第6まで、六つの分艦隊からなるその艦隊は、聖光教会独特の味気ない命名基準によって、第38布教艦隊と名付けられていた。


 ――もうちょっと何とかならないものか。このネーミングセンスの無さは。


 ムッケはそう、胸中で独白する。数字を利用した艦隊の名称は、確かに艦隊管理の面では有利ではある。

 だが一方で、致命的な欠点も存在していた。

 ほとんどの世界で受け入れられることがないのだ。味気ない艦隊名は、文化的に劣っているとみなされ、余計な軋轢を生むことがほとんど。教会首脳部には、まともな判断能力を持った人間がいない。それが教会の欠陥なのに、誰も何とかしようとは思わない。ムッケはそう、胸中で不満を漏らす。

 だがむろん、ネーミングセンスの無さについて教会上層部を批判しない人物にはムッケ自身も含まれる。

 教会首脳部への批判など口にしようものなら、一族郎党がまとめて処刑されるだろうからだ。そんなことを考えながら、ムッケは自嘲の笑みを浮かべる。


 と、そこで気づく。思考が後ろ向きになり過ぎていることに。いかんいかんとムッケは首を振り、そんな考えを頭から追い出す。

 そしてムッケがマイナス思考の脳内追放処分に成功したころ、一つの人影が彼へと近づいてくる。白い神官服を身にまとった女性だ。


 その女性神官を見て、ムッケは僅かに顔を顰める。彼女の名前はシーナ。〈導師〉の称号を帯びている彼女は、艦隊の首席秘術師。優秀ではあるのだが、何かと問題のある人物だ。しかも厄介なことに、問題のほとんどは彼女の性格によるものではない。性別の問題だ。

 男ばかりの艦隊にあって、彼女の存在は酷く目立つのだ。幼さの残る愛くるしい顔立ち。きめ細かな純白の肌。服の上からでも判別できる胸もとの膨らみ。水兵たちの視線が彼女に集まるのは、道理といえた。


 そんな十六歳の少女が艦隊にいるというだけでも、色々と問題があるのだが……。ムッケは頭を抱えたくなった。

 というのも、シーナの服装だ。本来なら、一般的に教会で用いられている神官服はたっぷりと布地を使っており、身体の線が出ることは殆どない。

 しかしながら、今の彼女が着ているのは動きやすさを重視した神官服。狭苦しい軍艦内で自由に動き回るには、普通の神官服は向いていないからだ。そう言った事情についてはムッケも承知していたし、シーナが男性であれば何の問題もない。

 しかしながら、シーナは女。それが問題だった。身体のラインにぴったりと張り付いた彼女の神官服は、女性らしい丸みを帯びた肢体を強調しているのだ。

 頭を抱えるムッケ自身、その胸元に目を奪われる。男のさがというものだ。そんなムッケの視線を無視しているのか、はたまた気づいていないのか、シーナの唇が言葉を紡ぐ。


「提督、聖光回廊が安定化をはじめました」


「うむ」


 軽く頷きながら、ムッケは回廊へと視線をやる。


 ――聖光回廊。


 教会がそう呼んでいるその存在は、じつのところ何が何だか良く分かっていない。


 外見は、誤解を恐れずに表現してしまえば、光の柱だ。海面から伸びる光の柱が、数千メイルの高さにまで達している。その形状はほぼ円柱。直径は50メイルといったところ。

 その性質は、極めて特異。

 異世界への出入口となるのだ。


 一般的に、回廊の光は青色。ただし、今のところ、ムッケの目の前に存在する回廊は赤色。これは、出来たばかりの回廊だからだ。

 出現した当初、回廊は赤色をしており不安定。収縮や膨張、歪曲、明滅を繰り返す。それが徐々収まるとともに、赤から紫色へと変色していき、最終的には青色となって安定化する。


 聖光回廊を異世界への扉として利用できるのは、この青色のモノのみ。赤や紫の段階では、光柱を素通りしてしまうだけで、異世界へと行くことは出来ない。


 そんな聖光回廊、まだ赤色で利用不可能なそれを、ムッケは眺める。先程のシーナの報告にもかかわらず、光柱は依然として赤。青どころか紫に変色する気配すら、見て取ることは出来ない。

 だが、これが普通だ。回廊の安定化は、一刻か二刻ほどはかかる。丸一日かかることも珍しくない。安定化は徐々に起こるものだからだ。


 だが、無論、軍の指揮官としてはそれでは困る。一刻から一日では、時間に幅がありすぎるからだ。


「安定化までの時間は?」


 ムッケは問いを発する。


「おおよそ一刻かと」


 少女の返答。これまでに発見された聖光回廊の数は100以上。自然、教会の秘術師には技術の積み重ねがあり、安定化までの時間について、ある程度の目途を付けられるようになっているのだ。


「ふうむ」


 顎鬚あごひげをさすりながら、ムッケは思案する。

 彼のいる場所。それは第38布教艦隊の旗艦〈オロリン〉、その露天艦橋だ。艦に右弦前方には聖光回廊。その周囲をおびただしい数の艦隊が、二重三重に包囲している。


 艦隊の任務はいたって単純だ。パンヘリシア大陸東方沖に新たに出現した聖光回廊――第115聖光回廊と命名された――を使い、新たな異世界へと布教を行う。それだけだ。


 まあ、それだけという訳でもない。むろん、布教は布教で重要な任務ではある。だが、これだけの艦隊を揃えるのだ。異世界の住民を奴隷として拘束し、その文化や技術、生態系を持ち帰ることも艦隊の任務とされた。


 これまでのところ、聖光回廊を抜けた先には、たいてい近くに陸地があり、都市や街がある。

 陸地が付近にないことも極稀には存在しているものの、ほんの数件。しかもその場合でも、無人の異世界というものには遭遇していない。異世界を調査していけば、その内に何かしらの住民に遭遇していた。


 このことを考慮すれば、この第115聖光回廊を抜けた先にも文明が存在し、近くに都市が存在していることはほぼ確実だった。

 当然、都市には領主が存在するだろうし、守備隊もいるだろう。そんなところから奴隷を確保しようとすれば、戦闘が生起するのは必定。


 であれば、回廊通過時には完全な戦闘態勢を取っていたい。だが、艦隊が戦闘準備を取るのには、半刻もあれば十分。

 では、残りの半刻をどうするか? 真っ先に頭に浮かぶのは、将兵に休息を取らせること。だが、回廊は未知の自然現象。幾ら観測の積み重ねがあると言っても、確実にその安定化時期を予測できるかといえば、そうでもない。

 しばしば、予測を外すことはある。それを考えれば、回廊安定化を目前に控えた今、休息を取らせるのは避けたい。

 一方、軍の指揮官としては、作戦開始前の兵たちを休ませておきたい。


 そんなことを考えていると、新たな人影が近づいて来るのが目に入る。こちらも、シーナと同じ白の神官服を着ている。

 ただし、シーナと違って、男。頭髪はほとんど抜け落ち、残ったいくばくかの髪も、加齢によって白く変色。肌は皺だらけを通りこして、骨と皮だけしかない。スケルトンの一種と言われても、大抵の者は信じるだろう。その年齢は300歳を超え――そのため、彼のことをエルフのような長命種ではないかと疑うものもいる――艦隊中の最高齢だ。名前はチュリオス。艦隊の次席秘術師である。

 一見すると、チュリオスが首席秘術師で、シーナはその助手のようにも見える。ところが、その関係は実際には異なる。このことが原因で二人の間には微妙な空気が存在していた。そんなチュリオスが、杖を突きふらつきながら歩いて来る。


「提督、首席秘術師。第11布教艦隊より報告です。第116聖光回廊でも安定化が始まりました」


 しわがれた声で、チュリオスが報告する。今にも倒れてしまうのではないかと疑いたくなるほどに、彼はフラフラだ。


「なに?」


 ルッケは唸る。

 第116聖光回廊。それは、ここから遥か南方、ネネントモール大陸沖に発見された回廊だ。その正確な出現時期は不明。主要航路から外れていたためだ。暴風雨に遭って航路を外れた私掠船〈親不孝号〉により偶然発見されていた。


 ただし、この回廊についても、その色は赤。つまり、回廊としては使用できない不安定なもの。

 そんな第116回廊には第11布教艦隊が派遣され、回廊が安定化し次第、何時でも布教活動が行えるようになっていたのだが……。


「提督、これでは競争になりますね」


 シーナの指摘。

 言われるまでもなかった。ほぼ同じタイミングで出現した二つの回廊。そして、それぞれが同じタイミングで安定化しようとしているということは、つまり、そう言うことだ。


 当然、競争になれば、功を焦ることになる。より多くの奴隷、財宝、技術。それらを持ち帰った者が出世することになるからだ。それは戦果の拡大という面ではプラスの効果を生むかもしれない。

 しかし一方で、それは無茶な命令、ひいては損害の増大につながる事にもなりかねない。

 余り歓迎できない事態だ。


「面倒だな……」


 ルッケはそう呟きながら、空を見上げる。雲一つない快晴。青く澄み切った空。太陽は白く輝いていた。


 普通、聖光回廊というものは、10年に一つ程の間隔でしか出現しないものなのだが。生憎と今回はそうではない。

 ルッケにはそれが不吉の予兆のような気がした。



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