対異世界戸籍管理局
ふと頭に湧いたので書き殴ってみました。
作者の自己満足の為に書いたので、展開が急だったり消化不足だったりすることが随所にみられると思います。
何卒広い御心でお許し下さると助かります。
異世界
その言葉が普遍的で当たり前のものとして扱われるようになった現在、
時尾正は職務に追われていた。
「はいもしもしこちら戸籍管理局相談課です。はい‥‥…はい、わかりました。至急伺わせていただきます。お手数ですが、もう一度ご連絡者様のお名前の方と現場の住所の方をお願いします。……はい、とらく、ひくぞう様で。現在地の方は……はい、○○県××市▽▽町の~~スーパーの近くですね?畏まりました。これよりそちらの方に伺わせていただきますので、現場近くでお待ちいただけますか?何か御用があるようならばこちらから先方に事情を説明致しますので。はい……はい。それでは失礼致します」
空いた右手が流れるようにメモを取り続ける。
宛ら生き物が如くと言ったものか。
ガチャリと受話器が置かれる。
そして時尾は溜息をつく。
「時尾君、不審者かい?」
「はい、詳しくは分かりませんが、そうなんでしょうね」
上司の男性は気遣わし気にぽんぽんと軽く時尾の肩を叩く。
上司の優しさに恨み節が出そうになる口を閉じるしかなく、開きかけた口から出たのはまた溜息だった。
しかし、事態は動いてしまっている。
時尾は再び受話器を取りある番号に内線した。
「もしもし、相談課の時尾です。はい、恐らく。現場付近の住所言いますんで、よろしくお願いします」
先程の電話で伝えられた住所をスラスラと口にしていく。
「今から、現場に向かいます。詳細の方はなるべく早く連絡しますので、はい、はい、よろしくお願いします」
見えない相手に向かって頭を下げる所に男の悲しい哀愁を感じる。
再び受話器を置くと、時尾は慌ただしく動き始める。
「行くのかい?」
「代わりに行ってもらえるとこっちとしても助かるんですけどね?」
「若者よ、今にしかできない事ってあるとおじさんは思うよ」
白い歯を輝かせ爽やかに笑いながらのサムズアップ。
無言の否定であることは明らかであった。
「あ、トキさんお土産よろしくっすぅ~」
すると時尾の隣の席にいた若い女性が声を掛けて来た。
その如何にも軽薄な声色に時尾は溜息を止めることが出来ない。
「はぁ~、遊びに行くんじゃないんだからな。そんな物期待するな」
「えぇ~!でも、課長はいっつも何か買って来てくれますよぉ~?ねぇ~課長?」
「そりゃあ、可愛い部下の為を思えば‥…って、あれ、時尾君もう行っちゃった?」
二人が気付いた時には既に時尾の姿は何処にもなかった。
「え~、逃げるとかマジ、アリエンティヌスゥ~」
「おじさん、君の言葉が分ら主のミコトォ~」
今日も戸籍管理局相談課は平常運転であった。
◇
”異世界召喚”
それは、はっきり言って空想の中のものである筈だった。
しかし、この世界では恐ろしくもその空想が現実へと現れている。
それが公となったのが今から百五十年前。
とある集団が突如として姿を消したのである。
その集団はとある学校の一クラスで、その当時はまるで最初からその者達が存在しなかったかのように人々は錯覚していた。学校の教員も、他の学生も、果てはその学生たちの親兄弟までが彼らの存在を忘れてしまったのである。恐ろしいことにその者達の戸籍までが、記録上からも姿を消していたのである。
この異常事態はこれまでも幾度となくあったとされている。
そして、この異世界召喚による行方不明者の数は未だ明らかになっていないと言われている。
ならば、何故それが起こったと証明できたのか。
そのクラスの存在を何故知り得ることが出来たのか。
それを為したのは一枚の写真だった。
とある少女が自室に飾ってあった写真に違和感を覚えたのが始まりだった。
その写真の左側には少女が移っているのだが右側には背景しか映っていなかった。
少女はこれに違和感を覚えた。ここに飾ってあるのはどれも自分の友人たちとの思い出の写真である筈。なのに何故こんな写真を自分は飾っているのだろうか、と。
それから何日も考え続けていると薄っすらとその写真に人型のようなものが浮かび上がってっ来たのである。少女は最初、心霊現象を疑ったが、我慢して飾り続けると次第にその人型がはっきりと同世代位の少女に形を変えたのである。
それを見た瞬間、少女はその女の子のことを思い出し、親の元へ走った。
その女子は小学校からの同級生であることを少女ははっきりと思い出したのである。
それからは芋づる式に人々が記憶を思い出していった。
それでも当初は集団拉致や集団失踪の線で捜査が為された。
当然と言えば当然である。異世界召喚などと警察が疑う筈もなく、精々、スレッドにおふざけ程度の異世界召喚説が書かれるぐらいであった。
そんな折にとある動画が配信された。
その題名は
《異世界召喚されて魔法が使えるようになった》
というものだった。
その動画では顔を隠した人物が手から火の玉や水の玉を作り出したりする様が映っていた。
最初は、CGだどうだと吊るし上げが行われた。当然である。人は異端を嫌うのだから。
しかし、次々と動画はアップされ続け、次第に人々もその動画に注目するようになっていった。
そして、その人物はある時TVに出演した。
TVを前にしてその人物は動画と同じように神秘を披露した。
問題はその後だった。
番組MCが面白おかしく質問を重ねていく中でふと、その人物がとある言葉を呟いたのである。
「他にも召喚されてる人いますけど」
この言葉にまずはSNSで火が点いた。
あっという間に情報が拡散されて行く。
それからネットでは自分の知り合いが、親戚がどうのと大論争を巻き起こしたのである。
ここまでならそこまで問題はなかった。あくまでも想像の世界での話だからである。
しかし、その中で件の集団失踪していたクラスの関係者がこれを燃料に投下。
そのどうにも信じ難く、しかし甘美な事件の経緯に興味を抱かない者などいなかった。
更にネットは祭りとなって、終いにはサイバー犯罪課までが出動し、沈静化しなければならない程のものとなった。
翌日以降、これらのニュースがどの情報番組でも取り上げられ、警察、そして政府は重い腰を上げざるを得なかったのである。
それから一年二年と経つごとに「帰還者」と呼ばれる存在が現れ始めた。
彼、彼女らは主に特殊な能力や高い身体能力を持つ者たちで、何れも「異世界から帰って来た」と口にするのである。そして、その者たちの家族たちも自らの家族だと、認め、その存在を忘れていたと口にするので、次第に世論は「異世界」という存在を感じ始めたのである。
政府はまず「帰還者」たちを”保護”の名目で拘束しようとした。
最初は事情聴取のつもりくらいで考えていたのかもしれない。
しかし、見事にその全員がそれを拒否し、無理に連れて行こうとするならば徹底抗戦するとメディアのカメラに宣言したのである。
人々は政府の対処を非難した。
異世界という価値観を知った彼、彼女らを「純然たる日本国民」として甘く見ていたのもあったのだろう。あっという間に下手に出るしかなくなった。
それからしばらくは、「帰還者」は大ブームを巻き起こした。
しかし、その人気というのも永遠にとはいかなかった。
とある「帰還者」が喧嘩騒ぎで人を殺めてしまったのである。
しかも、特殊な能力を使ってのもので、殺めた相手は一般人であった。
これにより、「帰還者」は危険だという機運が燻り始めた。
熱狂していた者達の中にも「帰還者」の特異さに危機感を覚え始める者が現れ始めたのである。
他国で銃社会の弊害を見ていても他人事だった彼らは「能力」という凶器を持った、いや、凶器そのものである「帰還者」に恐怖を抱き始めたのである。
「気付くのが遅い」と他国のコメンテイターが痛烈に皮肉る様は海外諸国からすると呆れ返るものだったのかもしれない。
それから、政府による「帰還者」のネガティヴキャンペーンが年単位で続けられた。
もちろん、真っ向から否定するのではなく「区別」が必要だとすることを延々と述べ続けたのである。
そして国民の大半もそれを受け入れていった。
人と言う生き物は自らの安全が最も大事なのである。それは他の生き物にも言えることだが、人は天敵となり得るものを兎角排除したがる傾向にあった。
次第に、「帰還者」たちは埋もれていった。いや埋もれざるを得なかった。
そしてそれから時が流れると、今度は何かしらの「能力」を宿した子どもが現れるようになったのである。しかし、その子どもの父母は「帰還者」ではなく、ただの民間人であることがほとんどであった。この時はそれを「能力感染」などと称する心のない記事が「帰還者」たちを追い込んだ。
これが更に帰還者たちを追い込み、そして彼らは表舞台から完全に姿を消した。
しかし、科学的に「能力感染」が否定されると今度は「能力者ブーム」が巻き起こったのである。
声を上げて「帰還者」を排斥していた者達が気付けば「反帰還者」というビブスを裏返し「歓迎能力者」の看板を背負って声を上げる。
その手の平返しを非難する声は以外にも小さいものであった。
その理由は皆が後ろめたさを感じたからに他ならない。
「帰還者」という能力者に恐怖し、疎み、遠ざけたのだ。
そんな人々は自らの罪悪感を薄めようとした。
それは功を奏し、時の流れが彼らの悩みを少しずつ和らげていった。
そして、それからゆっくりと「能力」は人々に受け入れられていくこととなったのである。
しかし、ひっそりとそんな世間を見つめる存在がいた。
彼、彼女たちの瞳に籠ったナニカは激しく燃え盛っていた。
□■□■
時尾が現場に着くと、既に多くの野次馬が集まっており、それらを警察が押し留めているのが見えた。
マスコミは声を張り上げ、一般人は携帯電話機のカメラモードを起動し高くそれを掲げていた。
「人が拉致されて祭りか、色々と終わってるよな」
苛立ちから気が昂るのを感じ、いかんいかんと深呼吸をして息を整える。
そして人混みを割って、警官の前に辿り着く。
「ちょっと、下がって!」
「いえ、私戸籍管理局の者でして」
スッと手帳を見せる時尾に若い警官が一瞬時を止める。
そしてすぐに理解して、KeepOutのロープを上げる。
「失礼致しました!どうぞ!」
すいませんね、と時尾が入って行き再びロープは下ろされる。
このやりとりを見ていたマスコミ陣は時尾に「異世界召喚ですか!?」「詳細は!」と声を上げるが彼が振り返ることは一度もなかった。
「お待たせしました。とらくさんでいらっしゃいますか?」
「そうでさぁ。戸楽引造ですわい」
時尾が現場に行くとその近くには白のノースリーブに作業用のズボンを履いた男性が待ち構えていた。
その傍にはスーツ姿の刑事らしき姿も見える。その人物は時尾を見ると何とも言えない顔をした。
「遅くなりまして申し訳御座いません。私、電話でお話しさせて頂いた相談課の時尾と申します」
そう言って名刺を渡す。
戸楽は訝し気に名刺と時尾に視線を交互させる。
「刑事さん、どうも戸籍管理局相談課の時尾と申します」
「ああ、名刺は結構。それじゃあ、勝手にやってくれ」
そう言ってその場を立ち去る刑事に時尾は苦笑で見送った。
仕事場に素人が入ることが気に食わないのだろう。それが分かるからこそ、時尾はそれを甘んじて受け入れた。
「それでよう、仕事先のほうなんだけどよう」
戸楽が少し不安げな様子で尋ねて来た。
「そちらの方にはこちらに来る前にご連絡を私どもの方から入れさせていただいてますので、ご心配なく。荷物の方もこちらで手配した人員がお運びしますのでどうかご安心を」
「おっ、そうかい!ならいいんだけどよう」
打って変わって安堵する中年の男。
時尾は笑顔を浮かべたまま話を続ける。
「それでは、お疲れの所申し訳ありませんが、事情の方を再度お聞かせ願えますか?」
ペンと手帳を取り出し聴く気満々な時尾。
戸楽も便宜を図ってもらった手前、それをすんなりと受け入れる。
「ああ。そうだなぁ、今日はな、資材運んでる最中だったんだよ。でな、いつも通りこの道通ってたんだ」
「それは何時頃のことでしょうか」
「えっとよう、警察呼んだのが、十三時過ぎだったよう。ケータイの時計で見たから間違いねぇ」
「分かりました。では、先程仰ったようにこの道は普段からよく使われるんですね?」
「ああ、表の国道は良く混むからよぉ、ここらの人はみんな知ってるよ」
「なるほど」と時尾はペンを走らせる。
「でな、走ってたら角から急に猫が飛び出して来てな、それとほぼ同時に学生が飛び出して来たんだぁ」
ここでテンプレかよ、と突っ込むような茶々は入れない。
それぐらいの分別は時尾にもあった。
「そして、轢いてしまったんですね?」
「あ、ああ、でもよぉ、車から出たら誰も居なくてよぉ、地面にも落書きみてぇなのがあって、怖くなって……」
戸楽は酷く怯えていた。
人一人を撥ねて、尚且つその人が消えたなどという理解の範疇を超えた現象に出くわしたのだ。無理もない。
「轢いたのは一人でしたか?」
「ああ、多分。飛び出して来たのは一人だっただぁ」
「猫の方はどうでした?」
「正直わっかんねぇんだぁ。人轢いちまって驚いてそれどころじゃなかったしよぉ」
「なるほど、ありがとうございました。ご協力感謝します」
近くにいた警官に戸楽を任せると、時尾は現場をよく確認する。
トラックのバンパーは確かにへこみ、地面には確かなブレーキ痕が残っている。
そして接触したであろう地点には薄っすらとした模様が残っているのが確認できた。
時尾は現場確認をし終えると、携帯電話機の電源を入れすぐさま連絡を入れる。
「こちら、相談課の時尾です。現在地にて事案発生。対象は学生らしき一名。召喚陣が消えかかっています。ケースは危機型を想定。対象の体が消えていることより、意識・状態は不明です」
「至急奪還に向かえ。しかし、自らの命を優先せよ。救出が困難な場合は引き返すことを許可する」
「了解」
通話が切れると、時尾は不可思議な模様の元へと進んで行く。
止めようとした若い刑事が上司に止められる。
「止めとけ、あいつはそういう役目だ」
「そういう役目?」
若い部下の浅学さに上司は溜息をつく。
「戸籍管理局。知ってるわな?俺らと同じ公僕さんだよ」
その言葉に部下は理解する。
「もしかして、あれが……」
「ああ、当然普通じゃないだろうな?しかし、あの機械みてえな笑顔はどうにかならんもんか、全く。肝が冷えるったらねぇよ」
「自分、生で初めて見ました」
「へっ、そんな何度も見ることがあって堪るかってんだ!」
上司の男は気に食わねいとポケットに入れていた飴を口に放り込んだ。
ゴロゴロと転がしていくと甘味によっていくらか気分が和らいだ。
「能力者の中でも選りすぐりしか入れないって聞きましたけど、あの人もエリートなんすかね?」
「さぁな?平の俺にはトンと分からんよ」
眺めていると、しゃがんだ男の周りが急に強い輝きが生まれ、全てを光が支配した。
□■□■
「よっと~、いつもながら甘ったるくて気持ち悪いとこだ」
そう言ってネクタイを緩める時尾の顔は何処となく怒っているように見える。
彼の周りは何もなく真っ白な空間に囲まれている。
それは何処までも続いているような開放感と、身動きが取れない程の窮屈さという二律背反を見る者に感じさせる。
”何奴だ”
突如としてエコーのかかったような大きな音が響き渡った。
「私、地球の日本という国より参りました。戸籍管理局相談課の時尾と申します」
”何用だ、無礼者”
その音には不快感が混じっているように感じられる。
「いえ、こちらの世界のそれも日本国民が理不尽にも奪われようとしておりますので、
”くだらん、見逃してやる。さっさと失せよ”
話を聞く気は更々ないらしい。
ならばと彼はある言葉を口にする。
「人が下手に出りゃあ、調子に乗るなよ、人攫いの不神者が」
その言葉に突如時尾の周囲が歪み始める。
まるで平穏であった海が突如として荒れ狂うかの如く、その変貌は凄まじいものであった。
”貴様、余程死にたいらしいな。望み通り灰も残らぬよう念入りに消してやろう”
確りとした殺意がその言葉には込められていた。
「大物ぶってないで本性見せろよ、不神者。歪んだ時を正してやる」
”ほざけよ、人間風情が!”
ここより天変地異をも超える闘いが始まった。
□■□■
「課長ぉ~、トキさんって~、やっぱり強いんですかぁ~?」
時尾のいない相談課にて仕事に飽きたのか、若い女性は己の上司に話し掛けた。
「う~ん、何て表現がぴったりなのか悩むなぁ。まぁ、僕も君もここに入れるくらいだから、それなりには出来るよね?」
上司の男も書類仕事が一段落した所だったので、その質問に答えることにした。
「いやいやいや、それなりどころか正直人間じゃないっしょ、私ら」
「アハハ、それが本当の君なのかい?いやぁ、部下の新たな一面が知れて私は嬉しいよ」
「話聴けよ、オッサン」
口調がキツくなる若い部下に上司の笑いも空々しいものになる。
「中々、キツイねぇ、君。でも一応、僕上司だからね?」
「いいから、早く」
「まぁ、そんな我々「能力者」には色々な種類があるよね。君のように他人の感情が読める人もいれば、千剛君のように肉体を硬質化して全身凶器に出来る人もいれば、私のようにコソコソするしか能がない者もいる。これこそ正に千差万別だよね?」
「前置きなげえっつてんだろ、絞めるぞハゲ、お?」
鋭い眼光が男を貫く。
しかし、男は何ら変わらぬ態度でそれに答えた。
「怖い怖い、それじゃあ時尾君に関してだね。彼はね我々とは少しまた違うんだよね」
上司の男は席を立ちコーヒーを淹れる。
それを持って自分のデスクに戻るが、部下にもコーヒーを注いだコップを渡す。
まるで立場が逆であるが、この課においてはコーヒーの配膳は上司の仕事であった。
「我々が戦闘機だとするならば、彼はそうだねぇ、差し詰め台風かな?」
男は自分の例えが面白いと言わんばかりに笑う。
「つまり?」
答えになっていない答えに部下の視線の温度がグッと下がる。
「そう睨まないでくれよ、僕だって彼の能力を全て把握している訳じゃないんだよ?それに相談課の課長程度じゃ彼の情報は掴めないよ。予め偉い人に釘指されたしね」
「誰に?」
薄々この女性社員も訊くべきではないと思いながらも、結局は誘惑に耐えきれず問うてしまった。
上司はニヤリと笑ってこう言った。
「ココの一番偉い人」
「んなっ!!」
女性社員が驚くのも無理はない。
戸籍管理局で最も上に立つ人物、それは
(天地局長が!?)
天地 海戸籍管理局局長。
四十代と言う若さながらも、その強さは日本能力者史上でも五指に並ぶと言われるほどの実力者。
管理局入所後から幾つもの活躍を残し、今では日本のそして能力者の顔として、世界で最も有名な人物の一人である。
そんな人物が直接口を出してまで、情報漏洩を警戒する時尾正という人物の能力とは一体何なのか。
とても魅惑的ながら何処かとても恐ろしいものを女性は感じ取った。
そしてそんな部下の様子を楽しそうに眺めていた上司の男が言った。
「うん、君は優秀だ。ちゃんと線引きが出来ている。これからも賢く頼むよ?僕も優秀な部下を切り捨てたくはないからね」
その言葉を聞いて、女性は自分が正しかったことに安堵の溜息をつくとともに、うだつの上がらない先輩の顔を思い出していた。
□■□■
”な、なぜだ!なぜ、貴様は消えない!”
その声には焦りが生まれていた。
時尾の姿は一見ボロボロであった。
黒い髪は乱れ、服は破れ、体中には血の跡が散見された。
しかし、不思議なことに彼には傷らしい傷が一つも見られなかった。
「そんなの教える訳ないだろうが、ちっとはそのでっかちな頭使って考えてみろ」
そして男は迫る。
「さあ、いい加減出て来い!」
突き出した腕が何もない場所を突き破る。
”っ!!この○×※△たる我を……離せ!!”
驚く様子が手に取るように分かる。
そして、その奥にはこれまでの経験で全く無縁だった感情が生まれていた。
「なるほど、これが真のお姿か。これまた……前時代的なのか?」
時尾に首を掴まれていたのは、白髪を伸ばし、口元を同じ白い髭で覆った、老人だった。
その顔は息苦しさで大いに歪んでいた。
「キサマァァ、放せ、放せぇぇぇ!」
「そう言われて従う輩は頭の中がお花畑の自称平和主義者か絶対的な強者のみさ。生憎、俺は阿呆でも強者でもないんでな」
握る手に力が入る。
「それにあなた方に優しくする義理もないんでね、では、介入」
すると老人の首元から全体にかけて何かが流れ込む。
血でもなく薬液でもなく、毒液でもないそれは老人の体を巡って行く。
「ヌ、ヌオォォォォ!許さん、貴様ァァ、絶対に許さんぞォォォ!」
苦しんでいるというのにも関わらず、その表情には純然たる殺意に漲っていた。
しかし時尾はその姿を見て口角を吊り上げる。
「そう、それだよ、その表情が見たかったんだ。傲慢で独善的で愉悦に浸って余裕ぶった貴様らのその顔を屈辱と怒りと恐怖に染めたくて仕方なかったんだよ。クククク」
これまで張り付けていた無機質な笑顔を捨て、現れた彼の顔も狂気を帯びていた。
「ヌッ、貴様、何やら、おかしいと思っていたが、まさか」
老人が何かに気付いた時だった。
時尾の姿、いや、その気配が膨らんだ。
「今更かよ、やっぱりお前らからすれば俺達なんてそんなもんか……」
彼の体から壮絶な気が乱れ飛ぶ。
それが空間を埋め尽くしていく。
目に見えない筈のそれが気が気でない老人にも確りと分かった。
「まぁ、アンタからすれば俺は初対面だろうから分かれって言う方が土台無理な話か」
そう言って自嘲の笑みを浮かべる男の背には孤独が浮かんでいた。
「ならば、何故だ!?力を与えられたであろう貴様が!何故!!」
「それが傲慢で独善的って言っているんだけど、やっぱり無理か。ん、もういい。消えてくれ」
そう言うと再び力の奔流が活発化する。
「くっ、貴様、分かっているのか!我を殺めれば一つの世界が消えるのだぞ!?其処に住まう無辜の民も謂われなく死を迎えることになる!それでも良いのか!」
「……ハァ」
老人の叫びに若人は一つ溜息をついた。
それは子どものついた嘘を分かり切った大人のようであった。
同時に力の奔流も止まる。
「終いには良心を揺さぶりに来るか。やっぱり、お前たちはクズだよ。俺が知らないとでも思っているのか?この世界の神なんて存在がとっくにいないことに」
その瞬間、老人が初めて驚愕の表情を見せた。
時尾は笑う。
「そんな世界に目を付けたあんたら不神者はこれ幸いと、持ち主のいなくなった人形を自分たちの箱庭に拉致していった。まるで空き巣だよな?どう思うよ?」
その声には明らかに侮蔑の色が含まれていた。
「そして狂言回しの役目が終われば、ゴミを捨てるみたいに元の世界に押し付けた。時と場所も考えずにな」
老人は何も語らない。
いや、何も話すことが出来ない。
喋ろうにも口が動かず、音を出そうにも喉が動かないのだ。
「それでも、捨てられた人形は懸命に生きようとした。けれど、拒まれた」
「人形たちは疎まれたよ。人じゃない、悍ましい、怖い、化け物、人紛い、他にも病原菌みたいな扱いも受けた。何処にも居場所なんてなかったんだよ」
その声は怒っているようにも泣いているようにも聞こえた。
「にもかかわらず、自らの子にそれと同じものが見えれば今度は打って変わって褒め称える。人形ってのは滑稽だよな?」
そして一つ咳払いをする。
「だから、我々は生まれたんですよ。これ以上、引っ掻き回されないように、これ以上同類を増やさないために、ね」
男は笑う。
その笑みは相変わらず空虚なものであった。
「長ったらしく話しましたが。要は神なんて居ようが居まいがこの地球ってものは回り続けるし、生き物は生まれ続けるってことです。つまり、アンタの異世界とやらもアンタが消えようと何ら問題はないんですよ?」
男は胸のバッジを強調する。
「対異世界戸籍管理局所属、争断員時尾正、これより本件の犯人とされる不神者の殲滅、及び、拉致された本世界の魂救出を開始する」
再度、力の奔流が始まる。
もう止まることはない。
ある世界で神と呼ばれ崇められている老人であったが、もうどうしようもなかった。
「ふん、忘れるな。例え我を退けようと、他の者らの触手は止まらぬ。どんなに貴様が異端な力を持とうとな!」
だからこそ、この不神者は悪態をつく。
何とかこの矮小なヒトという存在を傷つけようと。
そこに神としての威厳など何処にもなかった。
あるのは醜い本性のみで神威の欠片も感じられることはなかった。
「最後の最期でそれか。とんだ小者だよ、アンタ」
首に食い込んだ指が完全に握り切った。
光が弾け飛ぶ。老人であったものは形を失い、光の粒子となって無と帰した。
静寂が訪れる。
そこは無だった。
「うし、んじゃ、ちゃっちゃと引き戻しますか!」
男の声はいつもと変わらぬものに戻っていた。
□■□■
「はい、こちら戸籍管理局相談課です」
ジーッ
「はい…はい」
ジーーッ
「分かりました。データの方よろしくお願いします。はい、失礼します」
ガチャン
「で、なに?」
隣の後輩からの視線に時尾は気だるげに尋ねる。
「べっつにぃ~」
そう言って彼女は自分の仕事に戻る。
前回の案件の翌日から何故か彼女の視線がこちらにやたらと向くようになった。
時尾としては思い当たる節もなく、疑問符しか浮かばない現状である。
「課長、自分が居ない間に何かありましたか?」
分からないことは上司に尋ねるしかなく、訊いてみるが
「さぁ、若い子の考えることは僕には分からないよ」
と、はぐらかされるだけであった。
「そうですか」
そう言われてしまえば追求することは諦める他ない。
しがない公務員は上司に抗おうなどとは思わないのである。
「そう言えば、この前の学生さんはどうだって?」
「はい、何とか引き戻せましたよ。当分は入院生活ですけど」
その言葉に課長は笑う。
「それは良かったね」
「はい、そうですね」
時尾も心底そう思う。
その学生はまだ、普通でいられるのだ。
「それと、その時一緒にいた猫なんですけど、どうも、目覚めちゃったみたいで」
「それは……」
学生が召喚されそうになった原因でもある猫はあの出来事がきっかけに能力に目覚めたようだと報告があった。猫は学生の元を離れたがらず、上層部が困っていることを時尾は耳にしていた。
「まぁ、面倒臭いことはお上に任せましょう」
「うん、そうだね」
課長の声が切れると同時に電子音が鳴り響く。
男は溜息を一つ入れてから受話器を取った。
「はいもしもし、こちら戸籍管理局相談課です」
ちょいとした解説?
異世界
別次元に存在する世界、程度の認識。これが一般常識になっている。
何も知らぬ者達はその甘美な響きに夢を追う。
しかし、現実はそんなに甘くなく、召喚された人数に対して帰還するのはごく僅か。
大抵の場合その世界で命を落としている場合がほとんど。
帰還者
異世界から再び元の世界に帰って来た者達を指す。
年代はバラバラで、彼らが元々暮らしていた時代もそれぞれ異なる。
皆、それぞれ特殊な能力を携えており、その多くがワンマンアーミーと呼べるほどの個人戦力を保持する。
帰還者排斥の時代を経て今では表舞台から皆姿を消しているが、都市伝説では今でも裏の世界で猛威を振るっているなどと実しやかに語り継がれている。
能力者
現代で生まれ育ちながらにして特殊な力を得た者たちの総称。
現在、社会では受け入れられているように言われているが、非能力者との軋轢も少なくはない。
戸籍管理局
国内の戸籍情報を取り扱っている役所というのは表書き。
裏では日々、帰還者や能力者の情報を集め取りまとめている。
更には犯罪を犯す帰還者や能力者の取り締まりなども行っている。
そして局内でもごく一部が知る裏の裏の仕事が異世界召喚の阻害活動。
この仕事を任されるのは能力者揃いの局内全体の1%程度とかなりのイカレタ人たち。
職種としては国家公務員なので危険は多いがバックアップはかなり充実。
その代わり基本どんな指示にもNoとは言えない。
能力者の就職希望番付堂々の一位。
時尾ときお 正ただし
二十代半ばから後半ぐらいの見た目。
機械的なスマイルが特徴的な男性。
基本、言葉遣いは丁寧だが感情が昂ると口が悪くなる傾向にある。
何やら重そうな過去有り。
能力は《介入》
その詳細は不明。
局内でも上から数えた方が早いほどの化け物。
しかし、本人曰く、「自分は強いのではなく、ただ意地汚く諦めが悪い」とのこと。
彼女ナシ。
後輩女性職員
ギャルっぽい口調で話す。
しかし、中身はヤンキー。
能力は《共感覚》
相手の感情が分かる。
自分の能力にそれなりに自信を持っていたが、時尾や課長の感情が読めず、少しイライラ気味。
そんなでも、戸籍管理局に入れるぐらいなので、この子もエリート。
現在は時尾を観察中。
課長
人畜無害そうな顔をしながらも実は結構なお腹真っ黒さん。
只ならぬ曲者臭が止まらない御方。
能力は不明。
この人もやっぱりエリート。
天地あまち 海かい
現在、世界中の能力者の頂点に立つ男。
見た目はかなりのイケメン。しかし、四十代。
なので、女性ファン多数。
実力は疑いようがなく、更には人格者で非の打ちどころがないと世の中の男たちは絶望している。
四十代を前にして戸籍管理局の局長に就任する化け物エリート。
彼は逸話にも事欠かず、曰く「津波をぶった切った」や「複数のテロ組織を一夜にして壊滅した」などとまるでチートなキャラクター。
不神者
異世界の神達のことを人攫いをする不届き者という蔑称で時尾が呼んでいる。
一般的に神の存在を知る局員は「不審者」と呼んでいる。
これらの存在と渡り合える能力者は世界でも100人もいないと思われる。
力にばらつきはあるもののどいつもこいつも変態級の権能を持つ。
普通の能力者では姿も認知できず知らない間に消されるのがオチ。
争断員
戸籍管理局員の中で不神者との戦闘を許可された者達のこと。
その実力は最早バグ。ブッ壊れ性能的な意味で。
もちろんお給料はお高い。




