閑話休題 毒を喰らわば皿まで(3)
リムリィの叫びは客車両内に響き渡った。そのけたたましい鳴き声に剣狼が薄目を開ける。
「うるせえな…。静かにしろよ。フィフスが目を覚ますだろうが。」
元の威厳はどこへやら。すっかり愛娘を溺愛する父親のようになっている元刺客の姿に少尉はため息をついた。
「私の首を取りにこようとしていたお前はどこにいってしまったんだ。」
「知るかよ。」
少尉の言葉に剣狼はぶっきらぼうに応えた。この男が本当にあの襲撃を起こした狂暴な刺客と同一人物なのかと思うと少尉は涙が出そうになった。剣狼はやり取りが面倒くさくなったのか再び夢の世界に入るべく目を閉じる。それに助けを求めたのはリムリィだった。
「剣狼さん、剣狼さん、無視しないで助けて!」
関われば面倒くさいことになると思ってか剣狼は薄眼を開けてちらりとリムリィのほうを見た後にあえて目を閉じた。確信犯と言えた。助けが絶望視されたリムリィは少尉に懇願した。
「少尉殿、少尉殿、これ以上頭を締め付けられたらおバカになってしまいます。」
「大丈夫だ。元からのおバカさんがこれ以上悪化することはない。」
「そんなっ!!」
泣き笑いを浮かべながら悶えるリムリィの姿は少尉の嗜虐心を煽った。さんざんリムリィをいたぶった後に少尉はその手を離した。こめかみを押さえるリムリィに少尉は尋ねた。
「言い訳を聞こうか。」
「それが。最初は剣狼さんと一緒にフィフスちゃんの面倒を見ていたんですが、だんだん三人共に眠くなりまして。だったらいっそのこと寝ようかと思ったわけなんですよ。」
ばつが悪くなったのかリムリィは頭を搔きながら、あっけらかんと笑った。なぜここまで堂々とできるのか。軽い頭痛を感じて少尉はこめかみを押さえた。
実際、リムリィにフィフスと剣狼の面倒を見るように命じたのは自分であるために強くは言えない部分がある。自分は元々幼児の面倒を見るのは苦手だし、コロはまだ剣狼と蟠りがあるのか自分から進んで話そうとはしない。精神年齢が近い犬耳娘ならばと思ったのだが失敗だったかもしれない。そんな矢先、天井のほうから何かが落ちるゴンという音がした。飛行機でやってくるいつもの人かと思ったあとにふと剣狼のほうを見るとすでに姿がない。まさか気づいて迎撃しにいったのだろうか。よほどこの阿保狼娘よりは役に立つと思いながらも止めないとまずいと思って少尉は天井へ向かうべく走っていった。
◇
列車の上に降り立ったのはマフラーで顔を隠すように巻いた男だった。音もなく列車の上を走りはじめる様は特殊な訓練を積んだ精鋭のごとき無駄のないものだった。向かう先は先頭車両であろう。その行く手に立ちふさがったのは剣狼だった。狂暴な剣歯を剥き出しにしながら男に襲い掛かる。振り下ろしてきた爪を男はあっさりと避けると同時に掌底を放つ。腸に衝撃が走って胃の中が逆流しそうになるのをなんとかこらえた剣狼は身を翻して間合いを取った。
「てめえ、ただもんじゃねえな。」
「おまえではその人に勝てないよ。」
背後から声をかけられて剣狼は険しい表情で唸りながら振り返った後に舌打ちした。そこにいたのがコロだったからだ。
「喧嘩売ってんのか、とらあ。」
「冷静な事実を言っているだけだ。加えて言うなら僕でも勝てない。」
だからやめろ。そうコロが続けようとする前に剣狼は男に襲い掛かっていた。その身の内から混虫の装甲をむき出しにしながら拳を放った。その身に大蜘蛛の力を宿した剛魔合身を拳に宿した近接攻撃。本気の戦闘形態で剣狼は襲撃者を迎え撃ったのだ。それは剣狼なりに男の力量を推し量っての行為であった。男は目元に笑みを浮かべながらそれを当たり前のように迎撃する。つまりは剣狼に倣うように拳を放った。二つの拳がぶつかり合った瞬間に衝撃波が辺り一面に爆発的に広がる。風圧を必死でこらえながらコロは驚愕した。剣狼の拳のあたりの装甲に亀裂が走った後に粉々に砕け散ったからだ。驚きに目を見開いたのは拳を放った剣狼も同様だった。鋼鉄すら粉砕する力を持つ自分の装甲が競り負けただと。愕然とする剣狼に男はすまなそうに声をかける。
「いやあ、悪い悪い。つい本気になってしまった。剣狼だっけ、お前は強いな。」
そう言って天龍王は悪びれずに頭をかきながら笑った。




