閑話休題 毒を喰らわば皿まで(2)
勝手知ったる様子で天龍王は基地内を練り歩く。不法侵入のはずなのにその姿は堂々としたものだった。彼を見つけた一人の兵士が侵入者だと大騒ぎしかけたが、すぐに周囲の兵士達に慌てて止められる。どういう伝えられ方をされたのかは知らないが耳打ちされた瞬間に青ざめた表情をしている点を見ると新米兵なのだろう。恐らくはあれに逆らってはいけないなどと言い含められているに違いない。
「俺を知らないとは潜りだな。」
実際、基地の侵入に関してはこの男は常習犯である。空軍の間では突如現れる最高権力者として恐れられている。横柄な態度をせずに人懐っこく気軽に声をかけることから兵達には慕われているが、ちょっとした珍獣扱いだ。
「この時間なら体操でもしてるかと思ったんだけどな。」
きょろきょろと辺りを見渡しながら天龍王が探しているのは一人の軍人の姿であった。飛行機の格納庫の前を通り過ぎて角を曲がってからしばらく歩くと宿舎の前で体操をしている一人の男の後ろ姿を見かけた。
「おう、精が出るなあ、ルーデス。」
呼ばれた男は振り返るとにこやかに笑った。彼の名はルーデス・ウィンリッヒ。かつて世界征服を試みたアイゼンライヒと袂を分かってから王国に亡命した軍人だ。先の大戦では「空の大魔王」と敵味方に恐れられた撃墜王でもある。その逸話はとんでもないものが多いがその中でも有名な話がある。ある時、新米の飛行機兵がどうすればあなたのような撃墜王になれるのかと聞いたところ、「毎日三食の食後は体を動かした後に出撃するという規則正しい生活を三年も続ければ誰でも撃墜王になれる」と平然と答えたという。一日三回出撃して戦果をあげつつも生還できる確率自体が低かった大戦時代にそれを行った彼の腕はまさしく神業だった。現在は王国の空軍に所属しながらも有事の際には出撃して混虫を撃破しては帰還している。ちなみにその愛機の撃墜マークが多すぎて機体に貼る場所がもうないというのが整備班たちの密かな悩みである。
「王様、また抜け出してきたのかね。」
ルーデスの笑みに天龍王は悪戯がばれた子供のように照れ臭そうに笑った。そんな自らの主を好ましく思いながらもルーデスは続ける。
「ここへ来たということは剛鉄に運べばいいのかな。」
「すまんな、忙しいのに無理を言って。」
「謝ることはないよ。むしろ感謝している。なにしろ空軍のお偉方たちは私が出撃することを好ましく思っていない連中も多くてね。」
一度出撃すれば必ず何らかの戦果を挙げて帰ってくるルーデスは上層部からすれば自分たちの立場を脅かす危険要素に過ぎない。陸軍だけでなく空軍にもこういったくだらない軋轢があることに天龍王はため息をついた。
「苦労かけるな。せめて帰る時には思う存分に混虫を撃破してくれ。」
天龍王の言葉にルーデスは満面の笑顔のサムズアップで答えた。
◇
その頃、剛鉄は平和に線路を走っていた。線路沿いは草原地帯となっており、列車からの風を受けて草たちがなびいていく。陽気も暖かでそのまま外を眺めていると眠くなってしまうような気候だった。車内巡回を行っていた少尉は一通り剛鉄の中を見終えた後に客車を通り抜けていった。その際に客車の座席で眠りこける二人の亜人の姿を見つけてため息をつく。
「気が抜けすぎだろ、こいつら。」
そこで眠っていたのはフィフスと剣狼だった。二人で肩を寄せ合って眠りこける様は実の親子のように微笑ましいものであった。蟲毒の暴走した事件の後にフィフスは魔核から元の姿に戻ることができた。だが、彼女の存在を危険視した陸軍の過激派どもが彼女の即時引き渡しを命令してきた。その命令を少尉は完全に無視した。おかげでひと悶着あったが、亜人排斥を平気で唱えるおめでたい連中の言うこと等毛頭聞くわけもなく、所在をどうするかは天龍王にすべて丸投げしたわけである。
現在は天龍王からの返答を待っている状況のため、剣狼とフィフスを剛鉄で保護している訳だが、列車の中ではすることも限られて暇になる。ゆえの居眠りである。自分もさぼって居眠りしようかな。そう思いながら通り過ぎようとした少尉は見逃せないものを見た。剣狼達が眠っている座席のすぐ近くでリムリィも眠っていたからである。就業中に職務怠慢にも程がある。少尉は笑顔のままリムリィの顔面を左腕で掴むとアイアンクローを放った。水をかけられた犬のような悲鳴が辺りに響き渡った。




