閑話休題 毒を喰らわば皿まで(1)
蟲毒の暴走。そして撃破までの情報は軍の上層部経由で天龍王の元まで届いていた。下から上がってきた報告書を眺めながら天龍王はため息をついた。
「人の縄張りで随分派手に騒いでくれてるな、敵さんは。」
「人為的に妖精を作る技術や蟲と兵士を融合させる技術など禁忌に触れるものばかりですよ。正気の沙汰とは思えません。」
「率いているのが正気の沙汰ではない男だからな。」
傍らの孤麗の言葉にそう返した後に天龍王は革細工の長椅子に深々と座った。無意識のうちに煙草を一本吸おうと取り出して吸おうと咥えたところで孤麗からひったくられる。恨めしそうに孤麗を見る天龍王に孤麗はぴしゃりと言い放つ。
「失礼しました。ですが王妃殿下から王に煙草を吸わせないように厳しく言い含められておりますので。」
「分かってるよ。」
おもちゃを取り上げられた子供のように天龍王は口を尖らせた。怖い嫁から跡継ぎを生むまでの間は禁煙するように厳しく言われている。それは分かっているがどうしても吸いたくなったのは無意識のうちにそれだけ強いストレスを感じたからだった。ベルゼベードが率いる『亡霊の騎士団』。軍部でもその行方を追っているのだが拠点を転々とさせるために組織を根絶やしにすることができない。放っておけば王国の平和を脅かす脅威となることは間違いない。だが敵は外部だけではない。おそらくは軍部にもベルゼベードの内通者がいる。これは暗部が秘密裏に行った調査によって分かったことだ。下手に動けば内通者を通じてこちらが罠にかけられる危険性がある。
「ままならんものだな。」
天龍王はそう言った後に湯飲みを口につけた後にそれを掲げてお茶がなくなったことを孤麗に訴えた。恭しく湯飲みを受け取った孤麗はお茶のおかわりを準備するべく部屋を退出する。再び戻ってきた時に孤麗は嘆息して項垂れた。
「やられた……。」
そこにはすでに天龍王の姿はなく開いた窓と風になびくカーテンだけが空しく揺れるだけであった。
◇
大本営から抜け出した天龍王はすぐに郊外にある空軍基地に向かった。いつものように剛鉄の元へ運んでもらうためである。一国の王としては軽率な行動としかいいようがないがこのフットワークの軽さがこの王の良さでもあった。疑念を持ったことは自分で直接確認しないと気が済まない。
今回の報告書で気になったのはただ一つ。剛鉄が保護した妖精族とその護衛である弧狼族の処遇である。今回の事件で妖精族の危険性を認識した軍の過激派は即時処刑すべきと訴えた。それを庇ったのは少尉である。天龍王直属という立場を最大限に利用して彼は過激派たちに反論した。「渡してもいいですけどうちの王様の許可なくやったらどうなるか知りませんぜ。あんたたちも戦車が宙に舞うのはもう見たくないですよね。」それは過去に実際にあった事件の例を引用した殺し文句だった。数年前、過激派たちの横暴にブチ切れた天龍王が彼らの駐在する駐屯地の建屋に戦車を次々と投げ入れて建屋を壊滅させた事件は表ざたにはならなかったものの過激派にとっての忌まわしい記憶となっている。王を怒らせたら手が付けられないというのが過激派の共通認識だった。何も言えなくなった過激派のトップの肩を軽く叩きながら「せめて王様の判断を待ってから決めましょうや。あんたらも長生きしたいでしょう」と言って黙らせた姿は軍人というよりはその筋の人にしか見えなかった。その場にいたわけではないが、人づてから聞いてその姿が天龍王にはありありと浮かんだ。そこまで頼られては動かないわけにはいかない。
空軍基地にたどり着いた天龍王はいつものように正面の門ではなく裏手に回った。そして2mはある金網のフェンスを軽々と飛び越える。何事もなかったかのように着地した後は口笛を吹きながら格納庫のほうへ歩いていった。




