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止まない雨 ところにより蟲毒(14)【終】



                   ◇




背後の爆炎を眺めながら剣狼は肝を冷やした。あのままいたら火あぶりになっていたところだ。王国の軍というやつは相変わらず容赦がなさすぎる。もっともこの女や少尉とかいうあの軍人のように憎めない連中もいるがな。今回の出来事で剣狼は物の見方がかなり変わっていることに気づかされた。フィフスを救いたいと思っていたのは自分だけではなかった。実際、自分一人ではフィフスの魂は救うことができてもその肉体を救うことはできなかっただろう。殺すことが救いだと勝手な理屈で自分を納得させていたに違いない。

安全な場所までたどり着いた後で剣狼はバイクを止めた。Gに耐え切れずに気を失っているリムリィと魔核の中で眠るフィフスを介抱する必要があったからだ。剛魔合身を解いた頃には完全に気が抜けてしまっていた。それゆえの一瞬の油断。ざらついた殺気を身に感じた時にはすでに体の自由を奪われていた。金縛りに遭ったように動かない中で暗がりから現れたのは東雲だった。魔眼の使い過ぎでその目は充血し、動悸も上がっているようであったが目つきだけは凶悪そのものに剣狼を睨みつけた。

「お前に五號は渡さないよ、野良犬。」

「てめえ、生きていたのか。」

「危うく殺されそうになったけどね。御覧の通りさ。」

最早その本性を隠す必要もなくなったのか、紳士じみた態度は見る影もない。完全に油断していた。わが身の不甲斐なさに剣狼は苛立ちを隠せなかった。そんな剣狼の様子に東雲は軽薄そうに嗤った。

「残念ながら君にはここで死んでもらう。」


「あー、悪いんだがそれはあきらめてもらえないか。」


場違いな間延びした声に東雲は驚いて振り返った。見ればそこにいたのは少尉だった。眠そうな目をしながらその手には拳銃を構えて東雲に照準を合わせている。

「貴様、何者だ。」

「王国軍独立遊軍機動機関車『剛鉄』専属特務曹長。しがない雇われ軍人だよ。」

軽薄そうな笑みを浮かべながらもその銃口は真っすぐに東雲をとらえていた。東雲は内心焦った。こんな男が来るとは思わなかったからだ。実のところ魔眼をすぐに使ったために力を溜めないと魔眼で操ることができない。時間稼ぎが必要だ。見たところ、そこまで切れ者ではないように見える。口先で時間を稼ごう。東雲は心の中でそう算盤を打った。

「何が目的だ。」

「とりあえずそこにいる者たちの身柄かな。残念ながら顔見知りなので殺されると寝覚めが悪い。」

「なるほど、そんな銃だけで私を止めれると思うのか。」

「どうだろう。よく分からない力を持っているようだが。使うのならとっくの昔に使ってるよねえ。」

昼行燈のような顔をして鋭い野郎だ。東雲は内心で舌を巻いた。だが、この場を乗り切ればなんとかなるだろう。そう思った東雲は懐柔策を取ることにした。

「大したものだ。お前なら組織の幹部になることもできるだろう。どうだ、腐敗した軍など抜けて我々の組織に入らないか。軍の安月給など比較にならない好待遇を約束するぞ。」

少尉はしばらく考えた後に悩み始めた。そして尋ねた。

「好待遇ってどのくらいだ。」

東雲が答えた金額は少尉の予想した金額の二桁ほど上回っていた。少尉はさらに悩んだ後にさらに踏み込んだ質問をした。

「君たちの組織の狙いはなんだ。それを語って私を説得できるようなら考えてもいいぞ。」

かかった。東雲は心の中でほくそ笑んだ。そして語りだした。


「我々の組織は今の腐った人間社会を粛清することが目的だ。アイゼンライヒの理想を受け継いで亜人達を迫害する人間社会を滅ぼす。そしてこの地上に王道楽土を……」


パンパン。


乾いた音が辺りに響き渡った。眉間にぽっかりと風穴を開けた東雲は王道楽土の後の言葉を継げることなく絶命した。

「どうした。私を説得するんじゃなかったのか。早く語ってみせてくれ。」

酷く軽薄な表情をしながら少尉は仰向けに倒れた東雲を見下ろした。最期まで自分が撃たれるとは思ってなかったのだろう。東雲は信じられない表情をしたまま事切れていた。

「お前たちのやっていたことも立派な亜人迫害だろうが。」

苦虫を噛みつぶした表情で少尉はその顔に唾を吐き捨てた。


少々長くなってしまいましたが、ようやく今回で蟲毒の話は集結です。

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