表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/192

止まない雨 ところにより蟲毒(13)

追体験を行ったことでリムリィはフィフスの核のある正確な位置を掴んでいた。それは偶然とはいえ記憶を共有した少尉も同様だった。実に非科学的で馬鹿げた話だったが、確かにあの時に自分はあの蟲の一部となっていたのだ。胴体の中心。瑠璃色に光るむき出しの核の中に少女はいる。問題はどうやってその核を引きずり出すかだ。さて、どうするか。少尉がそう考えだした瞬間に横殴りの衝撃が襲ってきた。間違いない、蟲の攻撃だ。衝撃で床に投げ出されそうになりながらも少尉は怒鳴った。

「どうする!相手は魔核とやらを取り出すのを待ってはくれないぞ!」

リムリィはその赤い瞳を光らせながら思案する。その思考は常人のものを遥かに超える速度で加速していく。作戦は浮かんだ。後はそれを実行するだけだ。

「…生餌を使います。」

「生餌だと。」

「はい、彼女が一番ほしい生餌を使って注意をそらすんです。」

「一番欲しい生餌ってお前…」

リムリィの言わんとする言葉の真意を知って少尉が青ざめる。フィフスと呼ばれた少女の記憶が確かならば彼女が一番求める生餌はリムリィしか考えられないからだ。少尉の表情に気づきながらリムリィは笑う。

「安心してください、死ぬつもりはありません。それに味方も来てくれたようです。」

「味方だと。」

怪訝な顔をした少尉にリムリィは頷いた。




                 ◇




「止まりっ…やがれえ――――――――!!!!」

そう叫ぶと共に裂帛の気合を込めて剣狼は刀を叩きつけていた。その姿はすでに戦闘形態である剛魔合身の姿に変化していた。巧みな身体制御によって繰り出されるバイクのフルスロットルの加速を上乗せした斬撃は一振りとはいえ鋼鉄化した蟲毒の装甲をやすやすと切り裂いていた。

「もう一丁!!」

刀を振りぬいた後に反撃してくる蟲毒の攻撃を避ける。そして刀を肩に担いで次の攻撃を仕掛けようとしたタイミングで横から声がかかった。

「剣狼さんっ!!!」

「ああん?」

この戦場に不似合いな間延びした声だ。なんだか聞いたことがある。そう思って見てみると見知った犬耳娘の姿が視界に映った。リムリィといったか。なんでこんなところにいやがる。剣狼が返事をしようか迷ったところでリムリィは恐ろしいことを口走った。

「受け止めてくださいっ!」

いうが早いかリムリィは横にいた少尉の制止を振り切って剛鉄から宙に舞っていた。ぞっとしたのは剣狼だ。自殺願望でもあんのか、あのバカ女。そう毒つきながらも剣狼はすぐにバイクを駆ってリムリィを受け止めていた。そのすぐ後に蟲毒による粘着性の糸が放たれたために慌てて加速して避ける。糸はまるでリムリィを捕獲するために放たれたようだった。

「馬鹿野郎、死にてえのか!!!」

見ているほうの寿命が縮むようなアクロバティックな曲芸を見せられて流石の剣狼も肝を冷やした。だが、リムリィはそんな剣狼を無視して人差し指で一点を指示した。

「このまま虫を引き付けてください。」

「なんのつもりだ。」

「フィフスちゃんを助けるためです。」

急にフィフスの名を出されて剣狼は言葉を詰まらせた。なぜだろうか。いつもと全く違うこの凛々しさは。有無を言わせない何かを今のリムリィは兼ね備えている。剣狼の迷いを察知したリムリィはその記憶共有能力の一部を剣狼に使用した。剣狼は一瞬で頭の中に浮かんだ景色に驚きながらも理解した。

「…そういうことかよ。あいつはあそこにいるんだな。」

背後を一瞬だけ眺めて確認した。確かに今浮かんだ光景通りに虫の胴体に瑠璃色に光る核の姿が確認できた。リムリィはそれに無言で頷いた。

「だったらしっかり掴まってな。」

そういうと剣狼は蜘蛛の触手を器用に使ってリムリィを後部席に乗せた後で加速を開始する。急激なGを体に感じながらリムリィは顔色を白黒させた。急激に距離を離された蟲毒は一心不乱にその後を追う。あくまでも彼女の求めるのは母であるリムリィであった。先ほどまであれほど襲っていた剛鉄を置いて彼女は母の姿を追い求める。なぜ自分から逃げるのか。そう言った感情をもしかしたら持っていたのかもしれない。剛鉄への注意が全くなくなったことは少尉にとっては千載一遇の好機であった。

「剛鉄、あれをやるぞ。分かっているな。」

【承知しました。】

少尉の指示を受けて剛鉄の先端から主砲が現れる。次いでその周囲から触手が生えて六門の巨大な砲が姿を現した。零距離射撃弐式、通称『阿修羅』。主砲による零距離射撃から考案された剛鉄の隠し技の一つである。旋回して横薙ぎの体当たりを喰らわせて蟲毒の身体深くに潜り込んだ剛鉄は六門の砲と主砲を一気に解き放っていた。瞬間、凄まじい爆音と火薬の破裂が起こり、容赦なく体をえぐられた蟲毒は苦しみの叫びをあげた。その隙を剣狼は見逃さなかった。バイクの進行方向を翻した彼は苦しみ悶える蟲毒に迫る。目指すのはただ一点。核となった悲しき少女を救うために彼は走った。狼のごとき雄叫びをあげながら。

「フィフスっ!!戻ってこい!!!」

次の瞬間、核の周囲の肉を彼はその愛刀で切り裂いていた。落下していく核をその蜘蛛糸で捕獲すると一気に離脱する。核を失ったことで混虫達はその身体の均衡を保てなくなった。一瞬の間、収縮した後で一気にその肉体を膨張させ始めた。その膨張速度は凄まじく接敵していた剛鉄は危うく取り込まれそうになるところをすんでのところで地下に逃れた。蟲毒はその身体を膨張させて大地を侵食していく。王国の爆撃部隊が現れて辺りを焼き払ったのはそれからすぐのことだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ