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止まない雨 ところにより蟲毒(11)

蟲毒に失策という自覚があったかは分からない。だが、コロに意識を集中しすぎていたのはあきらかだった。ゆえの油断。蟲毒の束縛から逃げ出した剛鉄はすぐに速度を増してその場を離れていった。コロもそれにすぐに追いついて乗り込む。蟲毒もそれを追おうとした。だが、その前に少尉は部下たちに指示を与え終えていた。主砲、そして副砲、及び機銃による同時射撃。加えて煙幕弾による目くらましによって彼らは見事に蟲毒の足止めに成功した。煙幕が晴れて蟲毒が辺りを見渡した時にはすでに剛鉄の姿はそこになかった。蟲毒は苛立ちをあらわにしながら咆哮した。聞くものすべてに不快感しか与えないその無機質な異音。母を慕う幼子の慟哭とその叫びが全く同一なものであることに気づくものはその場に誰もいなかった。



                    ◇




剛鉄はすぐに地中に潜っていた。機関室内で荒い息をするコロに少尉は満面の笑みを浮かべながら声をかける。

「ご苦労さん。」

すでに白虎化を解いていたコロは壁にへたり込みながらも相槌を打った。身体の節々が悲鳴をあげている。腕と足の筋繊維が別の生き物のように鳴動している。しばらくはまともに動けないな。冷や汗をかいていると少尉が無造作にふくらはぎを掴んできた。

「みぎゃあ!」

「ふむ。だいぶ筋肉を酷使したようだが、なるほど。そういう技か。強力だが何度も使えるものではないようだな。」

そう言いながら少尉はコロのふくらはぎのマッサージを行ってくれた。乳酸がたまらないようにほぐして筋肉痛が和らぐようにするためだ。コロは礼を言いつつも少尉の質問に答えた。

「『白虎』は本来ならば打撃を与える瞬間のみに発動させるものなんですが、僕は未熟なのでスイッチの切り替えが下手なんですよ。」

打撃の瞬間だけ発動できれば体への負担は劇的に少なくなる。実際に修行の時に仙人が見せたのは身の丈をはるかに越える大岩を白虎化による斬撃と超振動で見事に粉砕する『(びゃっ)虎震破(こしんぱ)』という技だった。白虎化をもっと自在に扱えれば刀を粉砕しない攻撃の仕方もできる。だが、コロの技量ではまだその域には達していなかった。なぜならば口伝と見取り稽古のみで少尉達の危機を知って修行を切り上げてきたからだ。修行よりも仲間を取ったことを怒ることなく仙人は満足そうに送り出してくれた。「またいつでも来い」と笑って。今思えば厳しい修行も懐かしいと思いながらもこの難局を乗り越えないことには再び仙人に会うのも不可能な話であることを自覚した。

「あの混虫の狙いはなんなのでしょうか。」

「分からん。だが、明らかに我々を狙ってきているようだったな。」

確かに剛鉄の姿を認識してからわき目もふらずに攻撃を仕掛けてきた。捕縛してきた点といい、単に食うためというわけでもなさそうである。今もおそらくはこちらのことを執念深く探しているだろう。追い付かれるのも時間の問題だ。

「一度地上に戻るぞ。そろそろ依頼していた応援部隊がやってくる頃だろうからな。」

「応援はどこが来るんですか。」

「お前の大好きな空軍の戦闘機隊と爆撃部隊だよ。」

「うわぁ……」

全く嬉しくないなとコロは思った。剛鉄ごと周辺一帯を焼き払うつもりではあるまいかという疑念が抱かれたからだ。実際に司狼大臣である孤麗や天龍王はともかく軍の上層部には剛鉄を厄介払いしたい風潮が見られる。裏切者である少尉を誤射で葬ることができれば万々歳という味方に対する疑念が常に持たれるのだ。安易に味方を信じることはできない。その考えは少尉も同じだった。だが、敵混虫をおびき出さないと焼き払うこともできないのも確かである。

「最近、困った時にはすぐに爆弾を使おうとしていませんか、わが軍は。」

「蟲への有効打が少ないからな。火力に頼るしかないのだろう。」

もっとも秘密裏に他国との共同開発で虫への有効打となる新兵器が開発されているらしい噂も聞いたことがある。そんなものがあるならさっさと実戦配備してほしいのだが、まだ実用化されていないのだろう。そんなことを思っているうちに地上へとたどり着いた。


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