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止まない雨 ところにより蟲毒(10)

蟲毒が開けていった大穴から凄まじい轟音をあげながらオートバイは射出していた。射出。まさにその表現が相応しい。なぜならばロケットの発射を思わせる速度で上空を舞っていたからだ。さながら一筋の飛矢だ。もっとも空へ舞い上がる羽根がないために一気に急降下していく。舞い上がって感じなくなった重力が一気に戻ってくる気味の悪い感覚が乗り手に襲ってくる。それに必死に耐えながらも剣狼はバイクから振り落とされることなくバランスを取った。着地の際の衝撃も凄まじかったが、弧を描くようにして体勢を整えながら大地に着地した。

「とんでもねえじゃじゃ馬だ。地上に出るまであっという間じゃねえか。」

バイクを制止させた剣狼は半ば信じられない思いで辺りを見渡した。見覚えがある景色だ。間違いなくここは洞窟に入る前に通った森林地帯だ。かなりの最深部だったはずだが、あの壁を登りだしてから数分とかかっていない。はっきりいって規格外の化け物スペックだ。元より人間が乗ることを想定していないとしか思えない。バイクは剣狼の呟きにどうだと言わんばかりにエンジンを躍動させた。その態度を剣狼は気に入った。飼い主に負けず劣らず負けん気が強そうだったからだ。

「上等だ。むしろこっから付き合ってもらうぜ。」

魔核から感じるかすかな共振。そこから感じるフィフスのかすかな鼓動だけが頼りだ。意識を集中させながら再び剣狼は蟲毒の元へ向かってバイクを走らせた。




                  ◇




数本の触手を切られた後に蟲毒はコロを脅威であると認識した。攻撃手段を両手の鎌に替えたのはそれゆえだ。剛鉄を尻尾で捕獲し続けながらも上半身はコロに向けたまま鎌を振り下ろす。一振りではなく二振り。右の一刀を辛うじて受けてもすぐ足元を薙ぎ払うように左の鎌が襲ってくる。次第に不利になりながらもコロはあきらめなかった。機関室から眺めていた少尉が怒鳴った。

「その刀で切り裂けばいいだろう。こないだ蟷螂をバラバラにしたじゃないか。」

攻撃を避けながらコロは怒鳴り返した。

「駄目です、こいつ、鎌を百足のように鋼鉄化させて強化しているんです。」

「むう。器用な野郎だ。」

少尉に意識が向いたせいで危うく顔面すれすれに襲って来た鎌を避け損ねる所だった。間一髪のところでコロはそれを避けた後で一定の距離を取る。

「このままじゃダメだ。」

コロは思った。白虎化しなければこの化け物と渡り合えない。白虎化とは大神仙人の元で授けられた奥義だ。孤狼族の体内に宿る天狼の力を解放することで数分の間は人外の力と速度で戦うことができる。ただしリスクも存在する。自分の限界を超えた動きをするということはそれだけの負担が自身の身体にかかることになる。一度使えば極限の疲労でしばらくは戦えなくなる。それは奥義を教わって実践した時に経験済みだった。

コロの迷いを少尉は長年の付き合いから素早く察知した。だからこそ怒鳴った。

「何かするなら迷わずにやってしまえ。後のことは私たちがフォローする。それが仲間だろうが。」

仲間だろうが。その言葉はコロの迷いを晴らす言葉だった。忘れていた。僕は一人で戦っているわけではないのだ。少尉殿が、みんなが、仲間がいるから安心して戦えるんだ。

そう思った瞬間にコロは刀を納めて白虎化していた。まず全身が真っ白な闘気で覆われる。同時に全身の筋肉が一回り大きくなる。元々赤みがかった瞳の色は鮮やかな紅色と変化していく。白虎化し終えたコロは大地を蹴ると弾丸のような速さで蟲毒の顔面を殴りつけた。空気が振動するような衝撃の後、彼我の重量差などまるで無視するように蟲毒は体を仰け反らせた。どういう力だ。傍目で見ていた少尉が絶句する。コロは冷静に蟲毒を見つめながら構えを取った。そして蟲毒が体勢を整える前に再度殴り掛かった。乱打に次ぐ乱打。見ているほうが不安になるほどの勢いでコロは蟲毒の顔面を左右に容赦なく殴りつけていく。

「あいつ、なんで刀を使わないんだ。」

コロの戦い方を見て不審に思った少尉が呟く。確かに拳で戦うよりは刀を使って戦うほうが強いはずである。だが、白虎化したコロにはそれができない理由があった。人外の力を使って刀を使えばその負荷に刀身が持たないのだ。もし刀を抜いて戦えば切る前に刀身がボロボロになって崩れ落ちる。それは白虎化を教わる際に仙人にも言い含められていた。だからこそ殴りつける。

ただ一つの狙いのために。

打撃のダメージが徐々に効いてきたのか、蟲毒の尻尾が剛鉄を締め付ける力が緩んできている。その隙を剛鉄は見逃さなかった。渾身の力をこめたコロの右ストレートが放たれた瞬間に剛鉄は蟲毒の束縛から逃げ出していた。



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