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止まない雨 ところにより蟲毒(8)

主砲をあっさり切り裂かれて無効化されたことに少尉は顔を引きつらせた。

「やっぱりあの鎌は飾りじゃなかったか。」

装甲が薄そうな頭を狙わせたはずだった。にも関わらず防がれた。傍らのコロも冷や汗を流しながら少尉に尋ねる。

「どうします。」

「決まっているだろう、撃って撃って撃ちまくれ。」

コロは黙って頷くと伝令菅で指令を出した。剛鉄の主砲が砲塔の向きを変えて弾丸を撃ち出す。命中する寸前で蟲毒は身を横に軽く振って回避する。さらに剛鉄は撃った。それも避けられる。

砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。

戦車はもちろん大型の混虫すら一撃で葬る威力の剛鉄の主砲を蟲毒はことごとく回避していく。そして徐々に距離を詰めていく。攻撃が全く通じないことに少尉は内心で苛立ちを募らせたがあくまでも表には出さなかった。あの鎌が飾りでないならば接近戦になれば厄介なことになる。だが幸いなことに向こうには遠距離攻撃はなさそうだ。相手との距離が離れているうちになんとかするしかない。そう考えていた矢先に剛鉄が急に横に曲がった。慣性に引っ張られる形で少尉とコロは機関室の壁に打ちつけられる。

「いきなりなんだ!」

【申し訳ありません。敵の攻撃を避けた影響です。】

「攻撃だと。」

嫌な予感がして少尉は機関室の窓からその身を乗り出して双眼鏡で敵の様子を見た。見ると敵は尻尾から何かを溜め込んで撃ち出してきている。あれは一体なんだ。

【おそらくは大蜘蛛の所有していた粘着性の糸と同じものと思われます。】

「蟷螂や蜂の能力だけでなく蜘蛛の能力も持っているというのか。」

蜘蛛の糸には「ちはや」を脱線させられた苦い経験がある。絶望的な気分になりながら少尉は状況を一変させる打開策を模索した。駄目だった。小手先の対応でなんとかなるような相手ではない。百も承知だ。駄目だと自覚していても少尉は考えることを止めない。なぜならば思考をやめた瞬間に打開策は生まれなくなるからだ。いつもならこの辺りで居候の犬耳娘がやってきて突拍子のない意見を進言してくるのだが、今日に限ってやってこない。肝心な時に役に立たない奴だ。

「逃げ切れるか。」

【彼我の速度差を考慮するにあと数分持てばいいほうだと考えられます。】

「だよなあ。」

剛鉄の意見に同調しながら少尉は煙草を懐から取り出して火をつけた。

「いつもの末期の一服ですか。」

半ばあきれながらコロが尋ねる。少尉自身が悪い癖だと分かっていながらもやめられないのは死ぬ前に煙草の一本位吸っておきたいという喫煙者独特の願望から来るものだ。煙草を吸いながら様々なことを振り返っていく。その中でふと思い出した。

「そうだ。潜ればいいんじゃないか。」

【なるほど。地中潜行すれば敵は追ってこれませんね。】

地中潜行は王国軍の中でも剛鉄のみに許された特殊能力だ。煙幕を張って使用すれば飛行能力を所有して上空から観察する混虫であっても振り切ることができる。

「そうと決まればすぐに準備だ。」

少尉の命令にコロは頷いて伝令菅で命令を出した。




                 ◇




蟲毒は困惑した。母がいる鉄の塊から突然に煙が噴き出している。あれは一体なんだろう。不思議に思って様子を見ているうちに見る間に煙は膨大な量になり、鉄の塊の姿を隠した。蟲毒は煙の中に入ると手探りで鉄の塊の場所を探したが、見つけることができなかった。次第に煙が晴れるとそこには鉄の塊の姿はなかった。どこへ行ったというのだろうか。周囲を見渡すと地面に穴が開いているのを見つけることができた。おそらく穴を掘って地中へ向かっていったのだろう。早く追って行かないと母に会えなくなる。それはなんとしても避けたかった。蟲毒はそう認識すると自らも羽根をしまって地上に降り立った。降りた瞬間に自重で地面が大きく陥没するがお構いなしだ。そして百足を思わせる動きで地中へ潜っていった。



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