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止まない雨 ところにより蟲毒(7)

森を切り開いた線路上で剛鉄は停車していた。走行中に地の底から感じた地震のような地響きを警戒したためだ。しばらく付近の哨戒を行っていたところ、周辺の警戒を告げる鐘の音が鳴りだした。鐘の鳴っている方角の大体の見当をつけた後に少尉は剛鉄の上に登った。雨でずぶ濡れになりながらも懐から双眼鏡を取り出して鐘の鳴る方角を眺めていくと不可思議なものが視界に入った。

「なんだ、あれは。」

西の空に不気味な混虫が浮かんでいる。だがあの形には見覚えがない。これまで多くの混虫と戦い、葬ってきた少尉ですらあんなものは見たことがなかった。あえていうなら様々な混虫が混じったような形状をしている。

「奇形にもほどがあるだろう。」

冗談じゃないと思った。生態が分かるからこそ前もって基本戦術を考慮することができるのだ。ただでさえ厄介なのにその上で挙動も分からない奇形種の相手など危険すぎて考えるだけで吐き気がしてくる。下から少尉を見ていたコロも様子がおかしいことに気づいて天井に登ってきた。何も言わずに少尉は双眼鏡を突き付けて見るように促す。しばらく双眼鏡を眺めた後にコロも敵の姿を確認したようである。

「あれ、なんなんですかね。」

「わからん。あんなものは見たこともない。」

「新種だとしたら世紀の発見ってやつですよ。名付け親にでもなりますか。」

「言っていろ。」

コロの軽口に苦笑いしながら少尉はどうするかを考慮した。下手に刺激するのは逆効果であるが、放っておけば付近の人里を襲う可能性がある。早急に対処する必要がある。敵の姿を確認したなら大本営に連絡して応援を頼むのが定石だろう。そうと決まれば行動あるのみだ。思案し終えた少尉はコロに呼び掛けようとした。だが、その前に困惑したようなコロの声を耳にする。

「あれ、あいつ、こっちに向かってませんか。」

「なんだと。」

コロから双眼鏡を強引に奪い取ると少尉は混虫の姿を確認する。コロの言うとおりだった。謎の混虫はなぜかこっちに向かって一直線に飛んできている。このままではまずい。そう思った少尉は怒鳴った。

「剛鉄をすぐに発進させろ!総員第一種戦闘配備だ!」

「了解しました。」

コロは短く頷くと同時に機関室へと降りていった。少ししてから警報のアラーム音が不気味に響き渡る。顔に吹き付ける雨をぬぐうことなく少尉は帽子の鍔を真っすぐに正した。




                  ◇




車内に響き渡った突然の警報音に驚いたリムリィは周囲をきょろきょろと伺った。不安そうに辺りの様子を伺いながら耳をピンと立てている様子から警戒している様子が伺えた。警報からすぐに停車していた剛鉄が走り始める。何かが起き始めているのは分かったが、それが何なのかは分からない。

「これって確かこないだ設置したアラームですよね。」

記憶が確かならば口頭による連絡に限界を感じた少尉がついこないだ剛鉄に設置したもののはずだ。不安そうにしていると乗員達がどかどかと車内に入っては後部車両のほうへ通り過ぎていった。邪魔にならないように隅に寄りながらも通り過ぎていく兵士の中に見知った伍長の姿を確認して声をかけた。伍長はリムリィの姿を確認して立ち止まった。

「おお、リムリィか。お前も早く戦闘準備をしろ。」

「一体何が起きてるんですか。」

「詳しいことは分からんが、正体不明の混虫に追われているらしい。」

「正体不明ですか。」

リムリィの言葉に頷いた後で伍長は戦闘車両がある後部車両へと移っていった。一抹の不安を感じながらリムリィはその大きな背を見送った。




                ◇




線路を走る剛鉄の姿を見るなり蟲毒はその飛行速度を速めた。その風圧を受けて周囲の木々がなぎ倒されていく。蟲毒は本能的に理解していた。あの鉄の塊に自分の母がいることを。なぜ母が逃げるのか分からないが、逃げるのであれば追いかけるだけのことだ。幸いなことにこの体は蟲毒の意思を反映するかのように速く飛ぶことができた。吹きすさぶ豪雨の中をお構いなしに蟲毒は飛んでいく。突然、鉄の塊から何かが飛来してきた。反射的に蟲毒はそれを切り裂いた。それは剛鉄が放った砲弾だった。切り裂くと同時に蟲毒の顔付近で爆発が起こる。爆発に蟲毒は少しだけ驚いたが気にはしなかった。全く痛みがなかったからだ。あえて言うなら少し五月蠅いだけのことである。何の影響もないことを確認しながら蟲毒は母の後を追った。


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