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止まない雨 ところにより蟲毒(5)

全くの無音となった中で白衣を着た男たちは興奮しながら情報端末に表示されたデータを眺めていた。口々に同調率が上がっているだの、熱量が予想以上に上がっているだのという端末越しからの情報しか口にしない。叫びをあげなくなった少女への心配をするものなど皆無だった。それゆえか。彼らは球体自体に起きている異変には全く気づかなかった。まず球体に一筋の亀裂が走った。そこから二筋、三筋。途方もなく鋭い刃物が金属を切ったような線が金属である球体の内側から走っていく。同時に亀裂で自重を失った球体の外殻の一部が堕ちていく。一瞬の間の後に場内に響き渡ったのは重量のある金属の破片が床に堕ちる轟音と振動だった。その音に反応した何人かが球体のほうで起こっている異変に気付いた。彼らが外殻の一部を失った球体の中から見ることができたのは不気味に広がる形のある漆黒だった。そこから現れたのは暗闇の中で一斉に光る無数の赤い目だった。爛々と輝くその瞳はせわしなく闇の中を動きながら外の様子を確認する。そこから節のある長い長い無数の腕が闇の中から無数に這い出していく。それは卵を破って生まれる雛鳥のようだった。だが、決定的に違うのはその動きが見るものの生理的な恐怖を促すということだった。まず一人目。その瞬間を直視してしまったひとりの女研究者が狂ったような叫びをあげた。運が悪いとしかいいようがない。なぜならば彼女は恐慌に耐え切れずに精神に支障をきたしていたのだから。女の叫びで白衣を着た男たちは目の前で起こり始めている絶望的な状況にようやく気付いた。球体の内側を食い破るようにして何かが生まれようとしている。次の瞬間、球体の内側から形のある闇が走った。それは長く巨大な鞭のごとく暴れ狂いながら床とむき出しの外壁を薙ぎ払った。器材と人がそれに巻き込まれてごみのように崖下に堕ちていく。鞭のように見えたのは百足のものを思わせる黒光りする尻尾だった。それを直視した人々が阿鼻叫喚の叫びをあげる中で球体を食い破って巨躯が躍り出る。それは蜂であり、百足であり、蛾であり、あるいは蟷螂であり、同時に蜘蛛である化け物だった。様々な混虫が混ざり切ったような化け物は超振動する羽根を虚空に広げて飛行しながら辺りを見渡した後におもむろに絶叫した。その叫びを聞いたものは本能的に悟った。あれは駄目だ。あれは決して人間と相容れる存在ではありえない。人々の悲鳴が響き渡る中で地獄が始まった。混虫にとって目の前にいる人間達は餌に過ぎなかった。長い間を球体に閉じ込められていたために混虫は凄まじく腹が減っていた。だから捕まえて捕食した。皮肉なことに少女をもののように扱った非道な人間達は報いを受けるように羽虫のごとく潰されていった。あるいは生きたまま頭からぼりぼりとかじられた。旺盛な食欲で混虫は場にいた餌たちを貪っていく。口から溢れ出る鉄分の味を心地よく感じながらもその飢えは決して満たされることはなかった。むしろ食えば食うほどに飢えが増していくように感じられた。食欲のままに混虫は人間を狩った。ようやく満足し終えた頃にはその場に動くものは全くいなくなっていた。




                   ◇




剣狼が目覚めたのは洞窟内の振動を感じたことがきっかけだった。腹部に激痛を感じて見てみると自分の腹に刀が生えていた。

「切腹なんて悪い冗談だぜ。」

起き上がった後に覚悟を決めて腹の刀を引き抜く。出血が一気に広がる前に意識を集中させて蜘蛛の細胞を傷口に集めて無理やりに埋めた。便利な力だが体力消費が凄まじいことが難点だな。そんなことを思いながら剣狼は起き上がった。血が足りないせいか頭がくらくらするのを感じる。意識をはっきりさせるために頭をフルフルと振った後に彼は辺りを見渡した。一定のタイミングで大きな振動が起きて洞窟全体を揺らしている。何が起きているのか分からないが、嫌な予感がするのは確かである。脳裏によぎったのは泣きそうな表情でこっちを見ていたフィフスの顔である。彼女は最後まで自分ではなく剣狼の心配をしていたのを思い出すことができた。

「自分の心配をしやがれ。あのバカ。」

必ず助ける。あんな顔をさせるものか。ふらつく足を鼓舞させながら剣狼は洞窟の奥に向かっていった。


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