止まない雨 ところにより蟲毒(4)
東雲がフィフスを伴って訪れたのは洞窟の最深部の大広間だった。異様な空間だった。地の底まで続きそうな大穴の真ん中には空中回廊を思わせる巨大な祭壇が作られており、その中央には巨大な漆黒の球体が浮かんでいた。そして周囲には様々な機械や計測器などが取り付けられていた。機械の稼働音だけが不気味に響き渡る中で白衣を着た作業員たちが慌ただしくやり取りしている姿は見るものに不安を感じさせた。
「五號。君にはあの球体の中に入ってもらう。」
東雲は実に嬉しそうに告げた。まるで子供が悪戯の種を明かすかのように無邪気なものだった。フィフスには逆にその無邪気さが不気味に感じた。
「あれはなんなの。」
「蟲毒を作る装置だよ。古代人類が現代に残した大いなる遺産さ。」
蟲毒というものが何なのかは分からなかったが、フィフスは嫌な予感が止まらなかった。なぜだろう、あの球体を見てから冷や汗が止まらないのだ。まるであの中に名状しがたき何かがいるような異様な気配がする。それは本能的な危険予知だったのかもしれない。恐怖に耐え切れなくなってフィフスは球体から目を背けた。
「どうした。顔色が悪いぞ。」
フィフスの様子に気づいた東雲はそう言うとフィフスの顔を無理やり球体のほうに向けさせた。そして目を無理やりこじ開けさせた後に耳元で怒鳴った。
「何を恐れる!しっかり見ろ!あの中に何が入っているのかお前なら分かるだろう。」
その目は正気を失った狂信者を思わせるものだった。フィフスの恐れなどは全く気にも留めていない。興奮のあまりにその口元からは涎が垂れていた。強制的に見させられた球体から伝わってくるのは複数の混虫達の気配だった。妖精族であるフィフスは本能的に混虫の気配を感じることができる。だからこそ球体の中にいるのが混虫であることは伝わってきた。だが、あそこにいるのは普通の混虫ではない。混虫はあれほど重なり合ってはいないはずだ。様々な混虫が溶けて混ざり合ったような気配。あれは何だというのか理解できなかった。理解できない存在はそれだけで恐怖を覚えさせた。
「やだ、あそこには行きたくない。」
直感的に身の危険を感じてフィフスは首を横に振った。東雲は片目を薄めた後に残念そうな顔をした。
「いや、残念だよ。君があの中に入らないならあの孤狼族の首をはねないといけないねえ。」
東雲の言葉にフィフスは弾かれるように反応した。その視線を心地よさそうに受けながら東雲は嗤う。
「僕はそれでもいいんだけど、大事なお友達なんだろう。」
それはフィフスから逃げるという選択肢を奪う絶望的なものだった。フィフスは恐怖と必死に戦いながらボロボロと涙を流した。東雲はそんな彼女の表情を恍惚としながら眺めた後に配下の兵に告げた。
「中に放り込め。融合実験を開始するぞ。」
東雲の命令と共にフィフスに向かって無数の手が伸びていく。彼女がいくら泣きさけぼうとも暴れようとも気にも留めずに。冷酷に淡々と兵士たちは彼女を拘束していく。
「いやだ」
兵士たちの隙間這い出すようにしながら必死にフィフスは訴える。だが、男たちはまるで感情がないかのように無表情のまま彼女の訴えを無視する。
「あそこには行きたくない」
フィフスは泣きながら訴えた。だが兵士たちがその言葉を聞き入れることはついになかった。目を塞がれて口を塞がれた時についに彼女は抵抗をやめた。
◇
フィフスが放り込まれた球体の中は真っ暗だった。その深淵の闇の中に圧倒的な存在感を持った何かの気配がした。フィフスが辺りを見渡した瞬間、凄まじい数の目が彼女を凝視した。同時に何かを引きずるような音をさせながら何者かが這いずってくる。それは生理的な恐怖を誘発するに充分なものだった。その何かがフィフスの身体に触れた瞬間に球体の外に響き渡るような叫びを彼女はあげていた。喉から出る声ではなく腹の底から上げるような恐怖の叫びだった。だが、それに反応するものや助けようとするものはだれ一人いなかった。阿鼻叫喚の叫びが辺りに響き渡る中で必死に白衣の男たちが行なうのはあくまでもデータ取りだった。人間の心を持つものはその場に一人もいなかった。
そして叫び声は突然途絶えた。




