閑話休題 はぐれ狼娘一人旅(3)
その頃、時を同じくして一人の孤狼族の若者が血走った眼で街中を探し回っていた。剣狼である。彼が探しているのはフィフスという名の少女であった。辛気臭いガキだった。事の詳細は何も語られないままに所属組織の幹部からとある場所までの護衛を命じられていたのだが、その途中で剣狼から逃げ出した。このままおめおめとアジトに帰った日には子供の使いもできないのかと怒鳴られかねない。クソガキが。心の中でそう毒つきながら持ち前の嗅覚を使って探し回る。幸いなことにフィフスの体には特有の薬品の匂いが染みついていたから居場所を特定することはそこまで困難ではなかった。どうやら大通りから入り組んだ裏路地に入っていったらしい。鼻を利かせながら裏路地に入っていくとようやくフィフスの姿を見つけることができた。遠目からではよくわからないが、だれかと一緒にいるようだ。人さらいか。騒ぎ出すようなら殺すか。剣狼は血走った眼でそう思いながら無造作に近づくとフィフスの腕を強引に掴んだ。
「見つけたぞ、クソガキ!」
「痛いっ!」
「何が痛いだ、人を騙して逃げ出しやがって。」
苛立ちのあまりにフィフスを掴む手に力が入る。それを制止したのはリムリィだった。恐怖のせいか真っ青な顔をしながらも剣狼の腕を彼女は両手で掴んだ。
「誰かは知りませんがやめてください。」
「ああ?」
「フィフスちゃんが痛がってます。」
誰だか知らんがうるさい女だ。剣狼はそう思った。威嚇のひとつでもすれば逃げ出すに違いない。そう思った剣狼は腰の刀を抜いてリムリィの首元に突き付けた。
「3秒やるからとっとと失せろ。」
ゴミか何かでも見るような目で剣狼は吐き捨てた。だが、リムリィは恐怖でさらに真っ青になりながらもその場から逃げ出さない。どころか訴えかけるように剣狼の目を真っすぐに見据えている。誰かの目に似ているなと思ったら先日に飯をおごってくれた妙な軍人の目とそっくりだった。この短期間に自分を怖がらない奴が二人も出てくるのは剣狼にとって意外なことだった。全く逃げないからといってこのまま切ったら寝覚めの悪いことになる。直観的にそう思った。
「分かった分かった、俺の負けだ。」
根負けした剣狼はため息を突きながら刀を納めた。フィフスを掴む手を放すとようやくリムリィも剣狼の手を放すと同時にその場にへたりこむ。剣狼は呆れかえりながらリムリィを見た。
「そんな様でよく俺に歯向かう気になったな。」
「物凄く怖かったです…」
「お前のような奴は早死にするぞ。」
過去の経験則から得た剣狼なりの忠告であった。リムリィから視線をフィフスに向けるとフィフスは怯えた視線で犬娘の後ろに隠れた。「クソガキめ」と苛立ちを覚えながらも力技ではまたこの犬娘が騒ぎ出しかねないと思い直した。苛立ちをこらえながらもフィフスに話しかけた。
「なあ、フィフス。何を考えてんのかわかんねえが、俺はお前の護衛を頼まれてる。勝手にいなくなられると俺が困るんだ。」
「けんろうも困るの。」
「ああ、だから勝手にいなくならないでくれ。」
剣狼の言葉にフィフスはしばし考え込んだ後に頷いた。
「わかった。フィフス、勝手にいなくならない。」
「わりいな。」
剣狼が手を差し出すとフィフスはその小さな手で握り返してきた。そのまま連れて行こうとすると何かが引っかかってきた。見るとフィフスが剣狼を掴む手とは逆の手で犬娘の手を掴んでいる。
「けんろう。ママも一緒にいくの。」
このガキは何を言っているんだ。この女がママだと。若干の眩暈を感じながら剣狼はリムリィのほうを見た。
「あはは、すいません。この子、私をママだと思ってるようでして。」
「そりゃあ結構なことだな。で、なんでお前はへたり込んだままなんだ。」
さっさと立ち上がればいいものなのに何をしてやがる。剣狼の非難の目にリムリィは力なく笑った。
「完全に腰が抜けちゃいまして。自力で立ち上がれないんです。」
面倒くさいのが増えやがった。剣狼は黙ったまま天を仰いだ。
◇
結局、フィフスのたっての願いにより剣狼とリムリィはフィフスと一緒に街を散策することになった。目的の研究施設までは連れて行かないといけないが厳密に期限が設定されていない以上、少しくらいの遅れはどうにでもなるだろう。剣狼はそう腹をくくった。街を散策することになってから最初に連れていかれたのは子供向けの服屋と靴屋だった。剣狼はまったく気にしていなかったが、リムリィに言わせると小さな女の子に靴も履かせずに外套だけ羽織らせたまま外を歩かせるなどというのは言語道断で人間の尊厳に関わる大問題らしい。「どうでもいいじゃねえか、面倒くせえ」とも思ったが、リムリィに服を選んでもらって喜んでいるフィフスの表情を見ていると「なるほど、そういうものか」と考えを改めた。どうにも自分にはそういった機微が欠落しているらしい。なぜか会計は自分が払うことになったので剣狼は抗議しかけたが、女二人の反論を受けて面倒くさくなって諦めた。服を買った後は菓子屋や出店を散策した。そんな中でフィフスが特に興味を示したのは鯛焼きだった。形が面白いのが気に入ったようだったので戯れに買って与えると大喜びしたため、十個ほど買って皆で食べることにした。




